ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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運命は夜にて交わる

 「今日は宴や!!飲めぇ!!」

 

 『乾っ杯!!』

 

 ここは酒場『豊穣の女主人』店主兼料理人のミア・グラントと、数人の女性ウェイトレスの手によって経営されている。

 

 男性店員はおらず、ウェイトレスは皆美人ばかりで評判であり、荒くれ者の多いオラリオで店を出すには少々不用心とも思えるが、何故かこの店では客同士や店員を巻き込んだ喧騒は滅多に起きない。

 

 起きた場合、瞬時に叩き出されるからだ。その店員か、女将のどちらかに。

 

 「団長、つぎます。どうぞ」

 

 「ああ、ありがとうティオネ。ところで僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけど、酔い潰した僕をどうするつもりなんだい?」

 

 「本当にぶれねえなこの女・・・」

 

 「うおーっ、ガレスー!? うちと飲み比べで勝負やー!!」

 

 「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい!!」

 

 「ちなみに勝った方がリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやあああァッ!!」

 

 『な、なんだってええええぇぇぇぇッ!?』

 

 「じっ、自分もやるっす!」

 

 「オレもだ!!」

 

 「私もっ!」

 

 「ひっく。あ、じゃあ僕も」

 

 「団長ーっ!?」

 

 机の幾つかに跨ってロキ・ファミリアの団員達は遠征で誰一人欠けることなく帰って来れたことを祝って宴会が行われていた。

 

 「ところで、私がここに居てもいいのかね?神ロキよ。どうにも場違い感が強いのだが」

 

 「そんな硬い事は言わんでええ。これでもウチは感謝してるんやで。ウチの子達を助けてくれてありがとうな」

 

 「お、美味しい!!これも、こっちも!!美味し過ぎます!!」

 

 一方で酒を一滴も飲むことなく、運ばれてきた料理を端から順に全て喰らい尽くさんとする勢いで腹の中に納めていく少女が周りから浮いていた。

 

 「ほんとセイバーたんはよう食うなぁ・・・」

 

 セイバーは現在ロキの隣でただひたすら食事に没頭していた。

 

 「お前王様だったんだろ?美味いもんは食い飽きたとかそういうのはねぇのかよ」

 

 セイバーともう一人を挟んだ隣にいるベートは酒を飲みながらからっぽの皿が山を作られていく光景を見ていた。

 

 「当時の食事は・・・・・・雑でした・・・」

 

 ぽつりと、されど怨念のこもった感想が溢れ落ちた。こう、至らぬ部下に対する不満であり、それを窘められなかった自分自身への自責の念が溢れ出ていた。

 

 「ガウェイン卿はどんな物もマッシュにすれば食べられると思い込んで雑な料理ばかり、モードレッド卿も一緒になって隣でマッシュポテトを量産していました。ベディヴィエール卿も感性はまともなのですが、どんな肉も栄養価は変わらないとワイバーンやゲイザーというゲテモノばかり狩って来ては焼くだけ茹でるだけの食事でした・・・」

 

 思い出した記憶がどれもそんな物ばかりで涙を浮かべるセイバー。

 

 「泣くなセイバー。特に宴会の席では周りの空気も壊しかねん」

 

 セイバーの隣に座る男、アーチャーはロキ・ファミリア所属ではないが、遠征での件とアイズの招待に応じてこの場に居た。持っていたハンカチをセイバーに手渡す。

 

 「ああ、ありがとうございますアーチャー。ですが、それも過去の話。今はこれ程美味しい食事に囲まれて幸せですよ。私が今まで食べた料理の中で二番目です」

 

 「そんなにかい!!じゃあ一番はどこなんや!?ウチの食堂じゃないやろ?」

 

 「ええ、あの料理も大変美味でしたが。一番はやっぱりシロウが作った料理です」

 

 セイバーの口から想像もできなかった人物の名前が出る。シロウという名前は今の極東辺りでよく付けられる名前であり、セイバーの伝説から考えると当時の技術力では到達できず接点もできない。

 

 そして、ここで何故かアーチャーが固まったのを見ていたのは、酒が飲めずに素を保っていたアイズだけだった。

 

 「誰やシロウって!?まさかセイバーたんの男か!?」

 

 「はい。シロウは私が召喚された第五次聖杯戦争のマスターで、私が愛する人です」

 

 『な、なにいぃぃぃぃぃ!?』

 

 今日一番の声が酒場中に広がる。

 

 「む、悪いですか?確かに私はこんな子供体型ですが、それは聖剣の加護で不老になって成長が止まっているだけです。実際にはしっかりと成人しています」

 

 「違うそうじゃないで!!セイバーたん伝説じゃ確かギネヴィアっちゅう嫁さん貰ってたやん?そっちはどうしたんや!?」

 

 「ギネヴィアは女性です。それも形だけの結婚ですし。仲が悪かったわけではないですが」

 

 一気に疲れが襲ってきたのか、頭を抱えて酒を酔い潰れる勢いで飲み始めた。

 

 「ねぇねぇセイバー。シロウって人はどんな人だったの?」

 

 「ティオナ。そうですね。シロウは私のマスターになった人で、料理がすごく美味しくて、困っている人のために前に立てる人です。そして私が抱いていた間違った願いを正してくれた人です。『生前の行いが間違えていないなら、やり直しを望むべきではない』と。自分の国を守れずに滅ぼしてしまった私でしたが、だからこそ王の責務を務め果たした私を、自分だけ救えなかった者として私を救ってくれた人、それがシロウです」

 

 「へぇ。すごくいい話だね。私もいつかそんな人に会えるかな?」

 

 「ええ。きっと出会えますよ。ところで、先程から黙っていますが、どうしたのですかアーチャー?」

 

 「い、いや。なんでもない」

 

 「そうですか?いい機会ですので同じ聖杯戦争に参加した貴方からも何か言ってください」

 

 「あー・・・まず味噌汁は塩気が強過ぎたし、たまご焼きは火を通し過ぎて固くなってしまっていたし、焼き魚は火加減が微妙で上手くできていない。総じて未熟者だったよ」

 

 セイバーの砂糖無しでブラックコーヒーを飲み干せそうな程甘い話だったが、続くアーチャーの評価はかなり辛口の物だった。

 

 「む、そんなことはありません!!」

 

 「そうかね?あいにくだが未熟者も未熟な思想も私は我慢できないのでね。もし君が私のこういった態度が気に入らないのならば、お互い関わらない方が賢明だと思うぞ」

 

 「貴方という人は・・・。初めて会った時からですが、その捻くれた性格もその臆病な性根もまとめて全部鍛えなおしてやりたいくらいです」

 

 「それは是非とも遠慮ねがいたいな」

 

 ギャアギャアと二人の会話が続いていく。今までロキ・ファミリアの面々と会話した時間は軽く超えるくらいに。

 

 「あの・・・お二人共、距離近くないですか?」

 

 「だよねぇ、ティオネもそう思うよね?」

 

 「私もいつか、団長とそんな関係に・・・」

 

 「ああ、ダメだこりゃ」

 

 「・・・私もいつか、私だけの英雄に、出会えるのかな?」

 

 アイズの口から溢れた小さな小さな声は誰の耳にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあぁぁぁぁッ!!」

 

 小さな刃が空を切り裂き、その軌跡にいたウォー・シャドーを袈裟斬りにする。肩から脇腹へと斜めに切り裂かれて二つに分けられた体では生命活動を維持出来ず、地面に崩れ落ちた。

 

 ここはダンジョンの第6階層

 

 朝一で街を走り込んで体を温めて来たベルは、ランサーの指導の下この階層まで降りてきていた。

 

 ベルのアドバイザーであるエイナからは厳重注意で止められていたが、ランサーはそれを無視した。

 

 『はぁ?そんなモン守ってたらいつまで経っても強くなれねぇよ。限界まで自分を追い込んでそれを乗り越えた時こそ人間ってのは強くなれんだよ。それがお前が望んでる冒険だろうが』

 

 と言ってベルをどんどん下の階層まで連れていく。

 

 実際にベルの成長速度は群を抜いており、最初のころはウォー・シャドーの戦い方の違いに驚いていたが、二、三体戦うと相手の動きを読めるようになり、ウォー・シャドーを狩り続けて既に三、四十体程が魔石に変わった。

 

 「ランサーさん!!終わりましたよ!!」

 

 「おう。上出来だ。じゃあ30分休憩したら次の階層に行くぞ」

 

 ランサーは立ち上がって、休憩している場所に魔術を施して行く。

 

 「ランサーさん。それは?」

 

 「こいつはルーン魔術。これはその内の人避けのルーンだ。人間も雑魚もこれで寄ってこれねぇだろ」

 

 今は洞窟の正規ルートを少し外れた場所にいるが、そこに入ろうとする冒険者は一人もおらず、またモンスターも避けているようだ。

 

 「おっ、なんだ?美味そうなモン持ってんじゃねぇか」

 

 「あっこれですか?実は走り込みの途中でとある方から頂いた物なんです」

 

 バスケットの中には簡素だがしっかりと作られたサンドイッチが入っていた。

 

 「当ててやろうか?女だろ?」

 

 「うぇ!?ち、違いますよ!!」

 

 「だからお前分かりやす過ぎるんだよ。顔真っ赤だぞ」

 

 ベルは観念して経緯を詳しく話した。

 

 「なるほどな」

 

 「べ、別にやましい気持ちがあったわけではありませんし、お腹が減ってたのはホントですよ!!」

 

 「んなこたぁ聞いてねぇよ。人からの好意、それも女のモノだってんならありがたく受け取っておけ。ついでに今日そこに行ってたらふく飯を食いに行こうぜ」

 

 「えっ、でも神様が・・・」

 

 「ヘスティアはバイトの打ち上げで今日は居ねぇよ。だからそれまでに腹を減らして飯を食って金を目一杯出してやれ。それが借りを返すってモンだろ?」

 

 「・・・はい!!」

 

 「いい返事だ。じゃあ今日は10階層まで行くぞ」

 

 ダンジョンの第10階層からは様々な仕掛けが施される。視界を妨げる霧が発生する等、このせいで方向感覚、敵の察知が遅れることが多くなる。

 

 「霧が深くて敵が見えない時は目以外を頼れ。五感全て使うのも大切だが、時には直感も使って敵の位置や行動を読むんだ」

 

 霧の奥から重い何かが地響きを鳴らしながら歩いて来る。ここからは大型級の部類に入る豚頭人身のオークが現れる。

 

 巨体に見合うパワーに加え、ダンジョンのギミックである【迷宮の武器庫(ランドフォーム)】が生み出す【天然武器(ネイチャーウェポン)】によってリーチを伸ばして来る。

 

 「あの手の相手ってのは大抵の場合スピードがねぇ。振り下ろしの威力とかなぎ払いのリーチには目を見張るモンがあるがな。まずは相手の動きを見ろ。見てから反撃で一撃入れてヒットアンドアウェイで攻撃してけば何れは倒せる」

 

 「はい!!行きます!!」

 

 支給品のナイフを手に、ベルはオークに向かう。全ては強くなるために、憧れる人達に追いつくために。

 

 「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 振り下ろされる木の鎚を避け、オークの懐に飛び込み、ナイフを足の腱に突き刺す。ベルは確かに手応えを感じた。鉄が砕ける鈍い音と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・悪かったな坊主。武器が保たねぇのを見抜けなかったオレのせいだな」

 

 「いえいえそんな・・・、ランサーさんのせいじゃありませんよ!!」

 

 ナイフは持ち手を除いて粉々に砕けてしまった。それを見たランサーがすぐさまオークを槍で即死させ、ベルの安全を確保してすぐさまギルドまで引き返して来た。

 

 「これ以上は今は無理だな。武器も装備もついていけてねぇ」

 

 「それは、そうですね。でも良い武器は高いんですよね・・・」

 

 魔石をギルドの換金所に持って行くと、換金所の係員は驚いた表情で出迎えた。

 

 ベルがほんの半月程前に冒険者になったことは係員も知っていたが、換金してみたところ既に魔石だけで5万ヴァリスもの大金を稼いでいたからだ。

 

 これはレベル1のパーティが一日ダンジョンに潜って手に入れられる金額よりも遥かに多いのだ。今日一緒に潜った男は戦っていないというのだからもっと驚きだ。

 

 金を受け取ってギルドを後にすると外は既に黄昏時。動いて丁度よく腹が空いており、美味い物を食べるにはもってこいの条件だ。

 

 「あっ、見えてきましたよ。あそこのお店です」

 

 ギルドとヘスティア・ファミリアとの通り道に存在するその店の名前は『豊穣の女主人』といった。

 

 「ん?なんかどっかで聞いたことあるような・・・?」

 

 「何してるんですか?早く行きましょう」

 

 ランサーは記憶の隅の方で何か引っかかっているような感覚を感じるが、ベルの声で遮られる。

 

 『いらっしゃいませ~!!』

 

 店の中から聞こえて来るのは溌剌とした声。パッと見ただけだが、従業員は全員女性のようだった。

 

 全員が美女美少女の部類に入る程美しい容姿の持ち主であったが、ランサーはそれ以上に戦闘能力その物のレベルが高いことに気がついた。

 

 身体の動かし方や立ち回りも只者ではない。少なくともランサーが今まで見た冒険者の大半はレベル1であった。秘めた実力はそれらよりも比べ物にならないだろう。

 

 (なんだよ。骨のありそうな奴らもいるじゃねぇか)

 

 彼女達が実際にどれほどのレベルのステイタスの持ち主かは分からないが、密かにランサーの内側は燃え上がった。

 

 「いらっしゃいませ。ベルさん」

 

 ウェイトレスの一人がベルに気が付いて駆け寄って来た。ベルの言っていた女の子なのだろうとランサーは納得していたが、顔を見てふと忘れかけていた事を思い出した。

 

 「はい、やってきました」

 

 「お二人様ですね・・・ってあれ?貴方は確か・・・」

 

 「そうだ思い出したぜ。嬢ちゃん確か前チンピラに絡まれてたよな?」

 

 「はい。あの時はどうもありがとうございました。私はシル・フローヴァと申します」

 

 「いいってことよ。機会があったから寄らせてもらったぜ」

 

 『ありがとうございます。お客様、二名入りまーす!!』

 

 二人はシルの案内の下、カウンター席に案内される。厨房に一番近く、料理人と向き合う席だ。

 

 「アンタがシルのお客さんかい?ははっ!!冒険者のくせに可愛い顔してるねぇ!!」

 

 ここの店主で料理人らしき女性が最初に水を差し出しながらそう言った。どうやらある程度シルから聞いていたらしい。

 

 「・・・けど中々筋が良さそうじゃないかい。いい師匠か誰かに教えられてるってとこだねぇ?」

 

 勘の類ではなく、確かな確信を持っての発言だったことはベルにもランサーにも分かった。

 

 「いえ、僕はそんな・・・ランサーさんがすっごく強いだけですよ」

 

 「そうだねぇ・・・こんな可愛い顔した駆け出しを短い期間でここまで育て上げたってことも含めて、アンタ強いね。文句なしで今まで見た中で一番だよ」

 

 「そうかい。オレも師匠って奴には相当扱かれたモンでね。オレは死なねぇ程度に同じように教えてやってるだけだ」

 

 ランサーが持つ天性にも届く肉体は、彼が一生を掛けて鍛錬と戦いによって鍛え上げられた物だ。それは青いボディアーマーのような服の上からでも分かる。

 

 「ま、それはそうと、なんでも私達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!!」

 

 「・・・えっ!?大食漢!?」

 

 ベルは思わずシルの方を見る。その瞬間シルは明後日の方角を見た。

 

 「ちょっと!?僕いつから大食漢になったんですか!?」

 

 「えへへ。ちょっと色をつけちゃいました」

 

 「えへへじゃないですよ!!僕絶対大食いなんてしませんからね!?」

 

 「ああっ・・・朝ご飯を食べられなかったせいで力がでない・・・」

 

 「汚いですよ!?」

 

 「あっはっは。やられちまったなぁベル。こうまで言われちゃあお前の負けだな」

 

 ベルも余り強く言い返せない。先にシルの朝食を食べたのはベルの方だからだ。

 

 「カミさん。まずエールを頼むわ。こっちの坊主にはアルコールが薄めのモン出してやってくれ」

 

 「はいよ。料理の方はどうするんだい?」

 

 「オレは肉だな。で坊主の方は魚だな。こいつ山の村の出らしいから魚も恋しいだろうしな。こいつでオススメ料理を頼むぜ」

 

 ランサーは懐から麻袋を取り出す。中には5000ヴァリス程の金貨が入っている。周りと比べてお高めの金額設定をしているこの店だが、これだけあれば二人で満腹食べられるだろう。

 

 「おっ気前がいいねぇ。じゃあ腕に縒りをかけて作るから待ってな」

 

 まず頼んだ酒が出て来る。ベルの方はかなり薄い酒だ。

 

 「あっとランサーさん?僕まだ・・・」

 

 「いいじゃねぇか。これも修行の一貫だぞ。何れお前が大人になったらこうやって仲間と酒を飲む機会が増えるんだ。なら少しでも慣れときな」

 

 ベルは出された酒を勇気を出して一口飲んでみる。酒特有の苦味はなく、むしろ甘い果実の味と透き通るような喉越しのよさが食欲を更に誘った。

 

 「はいよ。おまち!!」

 

 メインの肉と魚の料理がそれぞれの前に出される。どちらも程よく乗った脂と味が添えられたソースに良く合う。付け合せの品もそれぞれがメインに合う味に整えられており、更に食が進む。

 

 「どうですか?」

 

 ふと横を見るとシルがちょこんとベルの隣に座った。

 

 「シルさん。楽しんでいますよ。いい店ですね」

 

 「ふふっ。ありがとうございます」

 

 どうやら仕事の方も一息吐けるらしく、しばらくベルはシルと談笑を楽しみながら、この店について聞いた。

 

 店主で料理人のミア・グラントはとあるファミリアを半脱退し、ここの店を経営しているそうだ。その一環で少々訳ありの娘を雇っているらしい。

 

 「ところで、ベルさんもそうですが、ランサーさんも綺麗に食べますね」

 

 シルから出た些細な質問だった。綺麗な食べ方をする客は酒場という冒険者や荒くれ者が集まるこの店では珍しい。

 

 「ああ、そういやベルにも言ってなかったか。こんなんでも一応王族の出だからな。オレ。そういうのは幼少期に叩き込まれてんだ」

 

 ランサーが受けている加護の一つであるゲッシュの中にもそれに関わる物が存在している。そういった場になった時にも無駄にならない技術の一つだ。

 

 「王族の方でしたか、これはとんだ無礼を・・・」

 

 「細けえことは気にすんな。どうせ大昔に滅んだ国だ」

 

 それからしばらくして、十数人の団体客が目に入った。

 

 「ロキ・ファミリア・・・!!」

 

 入って来たのはオラリオで一、二を争う上位派閥のロキ・ファミリアだった。

 

 入って来るだけで周囲に振りまく威圧感は、本人達にその気がなくてもザワザワと周囲の話題になった。

 

 一方でベルは顔を真っ赤にしてロキ・ファミリアの様子を伺っている。

 

 「ウチのお得意様なんです。彼らの主神であるロキ様が、ウチの店をいたく気に入られてくださったようで」

 

 ベルの視線は真っ直ぐ、とある少女に釘付けになっていた。一目惚れした相手だ。これだけ大勢居ても見失うことはなかった。金の髪は遠くからでも良く目立った。

 

 その相手、アイズ・ヴァレンシュタインはちょこんと座って飲み物を飲んでいた。

 

 「へぇ。アイツが坊主を助けた女ってか・・・」

 

 ランサーも食事を殆ど終えてロキ・ファミリアの方を見ていた。

 

 「なるほどねぇ。アイツもそうだが、中々強そうなのが混じってんな。もっと本格的に鍛えりゃオレらまで届きそうなのがゴロゴロと・・・うげっ」

 

 ランサーはアイズが座っている机を見渡していると、不味そうな声をあげた。

 

 「どうしたんですか?ランサーさん?」

 

 「最悪だぜ。一番会いたくねぇ奴の顔を見ちまった。食い終わってて良かったぜ。どんな美味い飯もマズい飯になっちまう」

 

 「知り合いでもいたんですか?」

 

 「知り合いってか腐れ縁になりそうだがな。オレが召喚された先には決まってアイツが居やがる。運命の糸で結ばれてますってか?冗談じゃねぇ」

 

 それっきりランサーはロキ・ファミリアの方を見なくなった。軽いツマミと共にエールの二杯目を飲み始めた。

 

 (誰だろう?ランサーさんがそこまで嫌がる人なんていたっけ?)

 

 ランサーの史実から見て会いたくない相手と言えば、敵国コノートの女王『メイヴ』だろうか?

 

 「そうだ、アイズ!!お前のあの話を聞かせてやれよ!!」

 

 酒に酔った男の声がベルのところまで飛んでくる。

 

 「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!!最後の一匹、お前が5階層で始末した時の、トマト野郎の事だよ!!」

 

 「なんだぁ?下品な声が聞こえて来やがる。これ以上飯をマズくするんじゃねぇよ」

 

 ふとランサーが視線を落とすとベルが蹲って震えていた。

 

 (そういえばベルの奴ミノタウロスに襲われて助けられたとか言ってたな)

 

 となればあの話のトマト野郎ってのはベルの事なんだろう。

 

 「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 と考えているとそんな決定的な言葉が飛んで来た。それをきっかけにベルが立ち上がろうとするが、ランサーがそれを抑えつける。

 

 「待てベル」

 

 一瞬だがベルの動きが止まったが、殆ど無意識になっているのだろう。それはランサーも承知していた。

 

 「悔しいか?悪いこたぁ言いたかねぇがあれが事実だ。だがよ、このまま黙って受け入れるようなこと、お前は絶対やらねぇよな?だったらがむしゃらに強くなるしかないよな?ここはオレが全部片付けておくから、ダンジョンにでも行って熱と頭覚ましてきな」

 

 「・・・ありがとうございます。ランサーさん」

 

 「ベルさんっ!?」

 

 その一言を消え入りそうな小さな声で呟いて、ベルは豊穣の女主人を飛び出して行った。周りから食い逃げか?という声が聞こえて来るが、どうでもいいことだ。

 

 「なんで行かせたんですか?装備も禄に持ってなかったのに、あれじゃベルさんが死んじゃいますよ?」

 

 「死にゃしねぇよ。ちょいと頭冷やしに行っただけだ。それにアイツは強くなるって言った。なら無茶はしても無謀なことはしねぇよ」

 

 残った酒を飲みきり、ランサーは懐から更に麻袋を取り出した。先程よりも何回りも大きい。

 

 「カミさん。勘定だ。さっきのと合わせて5万ヴァリスはある」

 

 「なんだい?もう代金は貰ってるよ。あれ以上貰っちゃぁ商売じゃないだろ?」

 

 「そいつは迷惑料代わりだ。ちょいと迷惑かけたろ?これまでも、これからも」

 

 「・・・分かったよ。何やってもいいけど他の客にもウチの娘にも怪我人出すんじゃないよ?」

 

 「はいよ」

 

 ランサーは静かに立ち上がり、ロキ・ファミリアの席に向かった。先程まで大声を上げていたあの狼人へと真っ直ぐ。

 

 「おい、そこの犬っころ。こっち見な」

 

 「・・・あ?」

 

 顔の半分が後ろに向いた瞬間、ランサーは己の愛槍を出現させ、タイムラグ無しで槍を突き刺す。

 

 振り向きかけた顔の脳髄目掛けて真っ直ぐに、神速で。


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