ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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 地上からも然程深くないダンジョンの地下5階層目

 そこは駆け出しの新人が己の腕を磨き、やがて一人前になるための登竜門のような場所だ。

 ある日、そこには出現しないはずの強大なモンスターによって一人の少年の命が散りかけた。

 冒険者に成り立ての少年は必死で抵抗したが、力も技量も経験も武器も何もかも足りていなかった故に敗北した。

 追い詰められて死を覚悟した少年は、既のところで命を救われる。

 暗く瘴気に満ちたダンジョンの中でも眩しく輝く金の髪に積み重ねた研鑽によって鋭く鍛え上げられた美しい剣筋。

 少年の上半身が怪物の返り血の紅で染まってしまったが、それすらどうでも良く思えるくらい、少年を助けた少女に魅入られていた。

 彼の純粋で無垢な目も心もやがて芽吹いた感情で染まった。それが目の前の少女に少年が抱いた強い憧れと恋心だった。

 「・・・あの、大丈夫、ですか・・・?」

 助けた少年の安否を尋ねる少女と尻もちを着いてそれを見上げる少年。

 その出会いはまさしく運命の始まりだっただろう。

 「なるほど・・・通りで眩しかったわけだ」

 何も無い空間から、人の声が発せられるが、それは誰の耳にも届くことなく虚空に消え去った。

 ―――昔、ある出会いがあった。

 おそらくは、一秒すらなかった光景。

 されど、その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。

 その二つは、ピッタリと重なった。


槍と剣の一幕

 「エイナさぁあああああん!!」

 

 冒険者達が集まる中心部であるギルドに少年の声が木霊する。だがその声の主の顔を見る度に周りの人間は驚いて青ざめた顔をして少年に道を譲る。

 

 ギルドの職員として受付で事務作業をしていた職員の『エイナ・チュール』がその声に気付いて顔を上げるが、その反応は周りと全く変わらない。

 

 「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださぁぁぁぁぁいっ!!」

 

 「うわぁぁぁああああああ!?」

 

 顔面が真っ赤に染まって誰かも判別出来ないくらいに汚した少年こと『ベル・クラネル』の姿を確認したエイナの絶叫がギルド中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっ、なんだよ坊主。ほんのちょっぴり見違えた顔してるぞ」

 

 「えっと、実はですね……」

 

 ここはベル・クラネルが所属するヘスティア・ファミリアの本拠。といってもまだ団員がベル一人しか居ない零細ファミリアのため、廃屋となった教会跡地の地下室に生活スペースを作って雨風を凌いでいるような状況だ。

 

 「その、ですね・・・ちょっと気になる人ができてしましました」

 

 「へぇ……女か?」

 

 「なっ!?なんで知ってるんですか!?」

 

 「いやお前分かりやす過ぎるからな?思いっきり顔に出てるぞ?」

 

 にへら~と緩んだ顔が紅く染まっていれば、誰が見ても恋をした人間にしか見えないと答えるだろう。

 

 「む?ベルくんに女の子だって!?」

 

 そう言って勢いよく食いついて来たのがこのヘスティア・ファミリアの主神の『ヘスティア』だ。まだ幼い子供のような見た目に対して体の一部分が不釣合いに大きい姿がよく目立つ。

 

 「さあ話したまえベルくん!!洗い浚い詳しく聞こうじゃないか!!」

 

 ベルの前には触れる手前にまでベルの顔に接近した神ヘスティア。後ろには面白い物を見つけてニヤニヤとした顔で退路を塞ぐランサー。つまるところ今のベルは狩られる前の兎そのものだ。

 

 抵抗すら出来ずにベルは全て吐かされた。

 

 興味本意で5階層にまで降りたこと。

 

 そこで本来出現しないはずのミノタウロスに出会って交戦したこと。

 

 そこそこ戦えたけど武器が付いてこれずに追い詰められたこと。

 

 そこをロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインに救われて一目惚れしてしまったこと。

 

 「よりにもよってロキのところの子かぁ……アイツに借りを作るのもヤなんだけどなぁ……」

 

 ヘスティアとロキはとにかく仲が悪い。出会えばすぐさま取っ組み合いの喧嘩に発展するほどだ。

 

 「で、その後どうなったんだ?」

 

 「え?後も何もそこで終わりですけど?」

 

 「なんだよつまんねぇな。普通男と女が出会う展開になりゃ旨い酒飲む約束してそのまま一晩過ごすもんだろ」

 

 ここでランサーが言っている一晩過ごすというのは勿論美味しい酒を飲みながらお話ししましょうという優しい物ではない。Rや18に引っかかるようなことだ。

 

 「ななな……っ何を言ってるんですかぁぁあああ!!」

 

 「そうだよランサーくん!!そういうのはまだベルくんには早いんだぞ!!」

 

 「なんだよ……。まず良い女がいたら声をかけるだろ?次に抱きたかったら抱きたいと声にする。 良い女を抱くことは良い男になる秘訣だってフェルグスは言ってたし、ケルトも言ってるぜ?」

 

 「いやここオラリオですからね!?」

 

 「流石ケルト。野蛮だなぁ……」

 

 ケルトで話が完結してしまった。とはいえ二人の前にいるランサーも生前はたくさんの女を抱き、子も授かっている。

 

 影の国の女王スカサハの姉妹のオイフェとの間にはコンラという男児が産まれたが、ランサーと彼はその数年後に悲劇が訪れる。

 

 影の国で修行をするという条件を満たしてもなお娘の結婚を認めないフォルガルの軍を皆殺しにしてその娘のエメルを攫ったりもした。

 

 「まあいいか。それよりベル。今日はオレがもう一度扱いてやる」

 

 「ほ、ホントですか!?」

 

 ベルが格上のミノタウロスを前にしてある程度立ち回ることが出来たのは、初日に基本をほんの少し教えた者が、目の前のランサーだからだ。

 

 周りの冒険者など比べるまでもない程の圧倒的な実力を持った正真正銘の大英雄を片鱗とはいえ見ていれば、ミノタウロスですら深い霧に遮られたかのように霞んで見えた。

 

 「おう。だが前みたいな甘っちょろいもんじゃねぇぞ。今日一日徹底的に鍛えてやる。まずはオラリオを縦断してこい」

 

 オラリオは魔石産業のおかげで世界の中心となっている。そのため街全体を移動するには馬車が用いられる程だ。人の足では広すぎて行き来がとても大変だからだ。

 

 「はい!!行ってきます!!」

 

 「それが終わったらダンジョンに入って実戦だ。覚悟しとけよ」

 

 「分かりました!!」

 

 元気に飛び出して行くベル。すぐにその姿は街に溶けて見えなくなった。

 

 「全く。君もいきなり無茶を言うね」

 

 「出来ねぇ量じゃねぇだろ?そのくらいは分かって加減してるぜ」

 

 「ならいいんだけど……はぁ。君もベル君もホント規格外だよねぇ・・・」

 

 つい先程行ったステータスの更新の際にベルのステータスを写した羊皮紙だが、これはベルに渡す前にある加工が行われた。

 

 「まさかいきなりスキルが二つも発現するなんてね……」

 

 そのどちらも今まで発現報告の無いレアスキルだ。

 

 その内の一つは『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』これはおそらくベルがアイズに対する憧れと恋心によって成長速度が増加するという物だ。ベルのアイズに対して抱いている想いは桁外れのようで、冒険者の平均的な成長速度を遥かに超えてステータスを飛躍させている。

 

 もう一つは『偉業再現(エクスプロイツ・リピーター)』これはおそらくベルが英雄になることを望めば望む程効果が増すスキルだ。ベルが格上のミノタウロスの咆哮(ハウル)を受けても立ち向かえたのは、既にこのスキルを発現する条件が揃っていたのかもしれない。

 

 その効果は己よりも格上の相手を前にした時の恐怖心などの精神的な状態異常を消去すること、雑念を取り払って思考を透き通らせること、恩恵の全てのステータスに戦闘している間だけ上方補正を掛けることだ。

 

 これは簡単に言ってしまえばランクアップするために存在するスキルだ。ランクアップの壁を乗り越えるためにのみ存在するといっても過言ではない。

 

 そしてこのスキルの発現のきっかけは、おそらくランサーの存在だ。

 

 ベルにとってランサーは自分が憧れている英雄の代表格であり、奔放であるが面倒見のよい兄貴分だ。

 

 そんなランサーを目指してベルは毎日ダンジョンに潜り続けていた。

 

 「あっ、そうだ。僕は今日の夜はバイト先で打ち上げがあるから、今日の夕食はベル君と済ませておいてよ」

 

 「はいよー、伝えておくぜ」

 

 「……ベルくんのことを頼むよ。君を除けばたった一人の眷属なんだ……」

 

 「分かってるっての。お前は主でオレは従者だ。心配すんじゃねぇよ」

 

 ヘスティアは何も答えず、ただ笑みを一つ残して出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所と時間が変わって今は日が沈みかけて空が黄昏に変わる頃。そしてここはロキ・ファミリアの本拠である黄昏の館の前だ。

 

 「おっかぇえぇりぃぃぃぃぃ!!」

 

 門が開けられると真っ先に飛び出して来るのは、ファミリアの主神のロキだ。

 

 「え?」

 

 アイズがそれを避け、ティオネとティオナが避け、後ろに居て反応が遅れたレフィーヤに直撃する。

 

 そんないつもの光景に団長のフィンもやれやれだと安堵する。

 

 天界に居た頃は暇潰しに他の神に殺し合いを仕掛けるような物騒な神だったが、下界に降りて眷属達と共に暮らすうちに丸くなり、今は眷属達を愛する神格者となっている。

 

 「あっそうや。フィンとリヴェリアとガレスは後で執務室に来てくれんか?」

 

 一通りの挨拶が済んで、ロキは後ろで待っていたセイバーの元に向かう。

 

 「ん?どうしたんや?」

 

 セイバーは少しの間呆けていた。何故だか分からないが、懐かしい物を見たような気分になっていた。

 

 「……・いえ、なんでもありませんよ」

 

 「そうなん?まあええわ。後でフィン……ウチらの団長を紹介するから行こか」

 

 「分かりました」

 

 (アーチャーもこの世界に……まさか、また聖杯戦争が始まると言うのですか……?)

 

 鼻歌を歌いながら歩いて行くロキと対称に、セイバーの顔は決して明るくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「来たよロキ」

 

 数十分後、ロキに言われた通り、フィン達が執務室に集合した。

 

 「遠征帰りで疲れてるやろうにごめんな」

 

 「構わないさ。それで、私達をここに集めた理由は?」

 

 「せや、この子のことなんだけどな」

 

 ロキの隣に立つ女性にフィン達の視線も集まる。フィン達には女性が放っている存在感に似たような物を数刻前に感じていた。

 

 「お初にお目にかかります。私はセイバーという者です」

 

 「セイバーとは名前じゃなくて剣士(セイバー)ってことでいいのかい?」

 

 「なんや、知ってたんかい」

 

 「知ってたというか、遠征中に異常事態に遭遇して、その時助けてもらった人が弓兵(アーチャー)と名乗っていたんだ。そう呼んで欲しかったみたいだから本名じゃないと思ってね」

 

 「でしたら話は早いです。私達『サーヴァント』について説明します」

 

 セイバーは先程ロキにした説明を再びフィン達にも繰り返す。

 

 「サーヴァント、ねぇ……」

 

 「世界に登録された英雄や偉人の使い魔・・・儂らにはスケールの大き過ぎる話じゃわい」

 

 「ということは、私達が出会った『アーチャー』も……」

 

 「ええ、間違いなくサーヴァントでしょう」

 

 「私達が出会ったサーヴァントは、紅い外套を着た褐色肌で白髪だった」

 

 「そのサーヴァントには心当たりがあります。私が過去二回召喚されたうちの一回は彼がアーチャーでした」

 

 「セイバーたん。そいつの真名は何や?」

 

 「申し訳ありません。あのアーチャーは真名を告げる前に脱落してしまったので分かりません。ただ弓兵でありながら近接戦闘を好んで白と黒の夫婦剣を主武装にしています。ですが弓兵としての腕前も一級品です。4キロは離れた場所からでも正確な狙撃が可能です」

 

 「それはまた……とんでもないね」

 

 「それがサーヴァントです。後の世に残り続ける偉業を成し遂げた者の集まりですので、大抵の不可能を可能にしてしまう存在です」

 

 「分かったよ。君や彼はそのサーヴァントで、今後新たにサーヴァントが出現する可能性があるってことで、いいね?」

 

 「はい。サーヴァントを確認したら私に報告してください。サーヴァントの中にはバーサーカーのように狂気で暴れ出す者や精神汚染持ちや悪属性のように進んで悪行を行う者もいますので」

 

 「意見は纏まったかいな?じゃ、本日のメインイベントや!!セイバーたんの真名公開やで!!」

 

 ロキが一人で盛り上がる中、全員の視線がセイバーに集まる。

 

 「えっ?なんですかこのノリは」

 

 「諦めてくれ。これがウチのノリなんだ」

 

 「はぁ……まあいいですけど……私の真名は『アルトリア・ペンドラゴン』かつてブリテンを治めた王です」

 

 その発言で場の全員が驚くが、フィン達は全員第一級の冒険者である。その動揺をすぐに抑える。

 

 「ってことはアーサー王ってことかい?」

 

 「って女じゃないか!?性別を偽っていたとは……」

 

 「こりゃ驚いたわい」

 

 三者三様の回答だった。

 

 「すっごいわ!!やっぱりうちのセイバーたん、もといアルトリアたんは最強だったんだ!!」

 

 集中線が幻視できる程勢い良く跳びついてくるロキを片手で顔面を掴む。

 

 「あと、私のことはこれからもセイバーで通してください。サーヴァントにとって真名はそのまま弱点になってしまうので。ジークフリートの背中やアキレウスの踵のような物です」

 

 「分かったよ。これからも君はセイバーだ」

 

 「お願いします。ところで、一つ気になることが、リヴェリアでしたか。」

 

 「なんだ?」

 

 「……私達、声が似過ぎていませんか?」

 

 「……私に聞かれても困る」

 

 二人の声は同一と言っていい程似ていた。聞き慣れた者ですら後ろから声を掛けられたら判別できないくらいに。

 

 「ま、その話は置いといて、じゃあセイバーたんの紹介は夕飯の時にしよか。セイバーたん食事とかどうなってるんや?」

 

 「基本は必要ありません。マスターからの魔力供給さえあればサーヴァントは現界を維持出来ますが、魔力供給の手段の一つとして食事でも微量ですが魔力を補給できます。他にも睡眠や食事を取ることで精神的な面での回復もできます」

 

 「……食べたいんやな」

 

 ここ一番の笑顔で力説されれば、誰だって察する。

 

 「はい!!いただきます!!」

 

 「分かったで。用意して貰うわ」

 

 ロキはこの判断を終わることはないが一生後悔することになる。




中の人ネタはアーチャーの時にもやりたかったけど、単純に忘れていました

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