ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】 作:たい焼き
ダンジョン:第50階層 『
そのため休息を必要とする冒険者の野営地となったり、以降の階層へ進むための前線基地として利用されることが多い。
50階層に到達できる冒険者が所属しているファミリアはごく一握りしかおらず、加えてその一角であるロキ・ファミリアも遠征等の冒険者や装備や資材を充分に持ち込んだ状態で到達までには5日もかかる。
故にここから進むにも撤退するにも大掛かりな準備が必要になり、短時間で移動するのは不可能だ。
更に言えばたとえ安全階層といえども決して安全が保証されているわけではない。
他の階層に続く通路は普通に開放されているからだ。
「密集陣形!!ヤツらの体液を一滴たりとも入れるな!!」
ロキ・ファミリアの遠征組、その待機組が、今いる野営地に向かって這い上がる芋虫型のモンスターを必死で食い止めていた。
「リーネ、アミス、リットは負傷者を後方へ運べ!!動ける者は鍋でもまな板でも構わん。盾になりそうな物を持って来い!!」
野営地を任されたロキ・ファミリアの副団長『リヴェリア・リヨス・アールヴ』の顔には冷や汗が止まらず険しい表情だった。
今はまだ持ち堪えているが、腐食液で盾を溶かされ続ければジリ貧だ。物資だって無限にあるわけではない。
「フィン達が帰って来るまで、なんとしてでも持ち堪えるぞ!!」
次々と吹き付けられる腐食液によって盾がどんどん溶かされる。反撃に槍や矢で攻撃しても数が多すぎる上に体内の腐食液で使い捨てを余儀なくされる。
魔法の詠唱の時間すら稼げず、足や目をやられる者が増え始め、ポーションも尽き始める。
(万事休す、か……)
周囲に絶望が伝染し始めた時だった。
大量のモンスターの一角が突然爆発し、抉ったように消え去る。
「あれは……!?」
モンスターの最後尾近く、猛スピードで接近する紅い影が目に映った。
今まで見たことがないくらい速い速度で地を駆け、地面を踏みしめて大きく跳び上がる。モンスターの群れの上を軽々と飛び越しながら、気付いたモンスターの腐食液を空中で身を捩って避ける。
「ロキ・ファミリアの全員は今すぐそこから下がれ!!」
名も知らぬ男らしき人物からのいきなりの命令で、更に状況が状況だ。全員がどうすればと困惑するが、その中でレベル6の第一級冒険者のリヴェリアはすぐに指示を出す。
「今のを聞いたな!?負傷者を担いで全員後ろへ下がるんだ!!」
そこからの行動は早かった。慣れた足取りですぐにモンスターとの間合いを取る。壁が一瞬で崩壊することになるが、紅い人影が注意を引き付けたためすぐになだれ込まれることもなかった。
「
虚空から取り出されたようにも見える黒弓に剣を番え、真下のモンスター達に狙いを定める。
番えられた剣は魔力によって形が歪められ、より鋭利になった矢として形状を変えた。
上空から大地に、獲物を見定めた鷹が地を這う獲物に向けて矢を放つ。
コンマ一秒単位で間髪入れず放たれ続ける矢はモンスターを正確に射抜く。何百にも届く矢によってモンスターを殲滅するのに10秒も掛からない。端から端まで滝のように順に降り注ぐ矢はモンスター側から見れば、躱すことの出来ない雨のようだろう。
空から降り注ぐ魔弾の雨を躱しきる手段など存在しないのだから。それこそ、瞬間移動のように瞬時に遠くに移動するか、縮地のように一歩を踏み出す一瞬で射程距離から離れるかのように、人間の域を超えない限りは。
「……やり過ぎたか?」
モンスターはその殆どが一瞬で魔石を撃ち抜かれていた。一瞬で核を砕かれたからか、モンスターが即死して爆発を引き起こすことはなかった。
引いた者達の近くに居たモンスターはそうしたが、そこから遠ざかるにつれて徐々に魔石を外して仕留めた。前情報に存在しないモンスターはとにかく情報が無い。ならば見た目や特性、魔石を持ち帰って情報を取得するべきだと判断したからだ。
モンスターの特性上、爆発によって砕けるか腐食液で溶けてしまうところだが、運良く数個ほどそれらを免れている物がキラリと光った。
「ところで、そっちは大丈夫かね?」
「ああ、なんとか」
「そうは見えんがね」
リヴェリアは比較的後ろに居た分腐食液の直撃を避けており負傷も少ないが、最前線の盾持ち達の負傷は特に酷い物だった。
腕や足ならばポーションを傷に直接かければ治るだろうが、目に掛かったり体の内部に入った者はすぐに治療しなければ失明等に繋がりかねない。
「すぐに治療する必要があるな」
「だが我々も遠征でポーションを大分消耗してしまっている。正直に言ってしまうと心許ない状況だ」
「心配するな。もうすぐ君達のところの主戦力が戻ってくる。その中の一人に私が譲った物資がある。ポーションもだ」
そんな会話をしていると、51階層の方から人影が幾つか見えてきた。この時期に51階層に居るパーティはロキ・ファミリアの主戦力だけだ。
「紹介が遅れたな。私はアーチャーという者だ。ヘファイストス・ファミリアに所属している」
「ロキ・ファミリアのリヴェリア・リヨス・アールヴだ。窮地を救ってくれてありがとう」
「気にするな。私がやりたくてやってるだけなのでね」
危機は去った、はずなのに妙に嫌な感覚が残り続ける。
地響きと共に地中、もとい下の階層から掘り進んで一体のモンスターが現れる。
先程の芋虫が羽化したかのように生えた羽を持ったモンスターはまるで羽化して成体に成長したように見えるが、むしろ人間の女体に近いフォルムをしている。
「なんだあれは……」
「……醜いな」
巨大モンスターが羽を羽ばたかせると粉のような物が撒き散らかされる。
「毒か?いや……ッ!!」
直後に粉が爆発を起こす。咄嗟に後ろの者達に被害が被らないようにアーチャーが特大剣の壁を作る。
「爆発しただと!?」
「それだけじゃない。もしあれがさっきの芋虫と同じなら、中に詰まってるのは大量の腐食液だろうな」
この巨体が中に持っている腐食液をぶち撒ければ、軽くこの階層の全体に巻き散らかされることになるだろう。
直後に信号弾がフィン達からの方角から上がる。色を確認するとそれは撤退を意味する色だった。
「撤退か?なら殿を引き受けるとしよう」
「だが、これ以上は……いやこれは悪手だろうな。待機組は全員撤退だ!!迅速に最小限の荷物だけを纏めるんだ!!負傷者を庇いつつ急げ!!」
殆どの資材は先程の腐食液で溶けてしまったため、残っているのはここまでのダンジョンから得た戦利品と僅かに残った武器くらいだ。
「すまない……武運を祈る」
「構わんよ……急いで行ってやれ」
遅れた団員が居ないか確認するために最後尾で撤退していくリヴェリアを流し目で見ながら、飛んできた腐食液を切り裂いて弾き、鱗粉は特大剣の衝撃波や巻き上げた砂で逸らす。
すると下から巨大モンスターに向かって接近していく金の影が見えた。風を纏って戦場を駆ける眩しいその姿は、別人だとしても彼の記憶の彼方に焼き付いた人物を思い出させる。
「さて、お手並み拝見といこう」
突如出現した巨大な女体型モンスター。
その巨大な体躯はただ暴れるだけでも広範囲に尋常ではない被害を起こすだろう。
羽から撒き散らされる鱗粉は、時間差で爆発し広範囲を薙ぎ払える。
触手から放たれる腐食液は言わずもがな。強竜すら溶かし尽くしたそれはもはや語るまでもない。
これらの武器を持ち合わせていながらも、現在戦っているアイズに対して有効打が一つもなかった。
アイズの縦横無尽跳び回るに戦闘スタイルには巨体の一撃では速度が遅すぎる。
鱗粉も腐食液もアイズが纏う風によって彼女には届かない。
アイズに与えられた役目は囮だ。時間を稼いで撤退を安全に行えるようにする。
意外にも硬かったモンスターの腕のおかげで、誤って過剰火力で倒すのを防ぐことができるのは幸いだった。
だがモンスターも負けてはいられない。不意打ちで放った腐食液に風を使ったアイズを腕で殴りつける。
防御が完璧ではなかったアイズはそれによって後ろに大きく飛ばされる。
「ッ……」
目立った外傷は無い。だが追い打ちに放たれる脱出不可能の鱗粉による包囲網。だがこれも既に対処法は確立している。
爆発までにかかる時間はピッタリ三秒。それに合わせて風で吹き飛ばせば包囲網は簡単に破壊できる。
丁度良く信号弾が上がり、撃破の許可が降りる。
風によって返って来た鱗粉の爆発で体勢を崩したモンスターの足を抉り取る。
半身を潰されたモンスターは攻撃の後に大きく距離を取ったアイズの次の攻撃を察知し防御の態勢を取る。
「リル・ラファーガ」
風と高レベルのステータスによってアイズ自身を弾丸として敵を貫く刺突技は、モンスターの巨体を軽々と貫いて止めを指した。
力を失って倒れゆくモンスターを尻目に、アイズはふとあることを思い出す。
「あっ、そういえばこのモンスター。爆発するんだっけ・・・?」
気付いた時には既に遅く、最後の力で膨張を始めたモンスターの巨体が破裂する。周りに鱗粉と腐食液を撒き散らすが、範囲内には既に人が
「最後まで気を抜くな。それが致命傷に繋がりかねない」
仄かに紅い光を放つ花弁を七つ、目の前に展開して爆発からアイズを守るアーチャー。
アイズはアーチャーを見ていた。初めは51階層で、次はここに上がって来た時に一瞬だけ。
芋虫のモンスターを蹴散らしたのは紛れも無く彼一人の力だ。
「どうして、貴方はそんなに強いの……?」
アーチャーは少しの間、思考に浸った。
「そうだな。君はどうして力を求めている?」
アイズが力を求める理由。昔はその理由を見い出せず、ただひたすらにモンスターを屠った。だが今は少しずつだがそれが鳴りを潜め、ファミリアの中に溶け込み始めている。
そうして仲間に触れていくことで、アイズの中の一つの感情が強くなっていた。
「皆を、仲間を守りたいから、私は強くなりたい」
「本当にそれだけか?」
頭を鈍器で強打されたような衝撃がアイズを襲う。同時に声が聞こえて来る。
(お母さん……!!)
風のような人だった、と自分の母を例えて記憶している。遠い昔に置いて行かれてしまった。強くなれば追いつけるのだと信じて強さを求めている。
青ざめてしまったアイズを見下ろしながら、流れを断ち切ろうとアーチャーは記憶を引っ張り出して思い出していく。
思い出されるのは自らの原点とあの運命の夜の一幕。どちらも後から積み重ねられた記録に埋もれてしまったが、それらは確かに今の自分を証明する上で欠かせない物となっている。
「憧れ、だったな」
「……え?」
「私は死にかけた時に三回、助けられた事があってな。一回目はその人の理想に憧れて、二回目はその人の人間性と生き方に憧れて、三回目は……ただ焦がれて、、焦がれて、それ以上に、愛おしかったんだろうな……」
アイズは何も言い出せなかった。アーチャーの過去に何があったかなんてアイズはひとかけらも知らない。それどころかつい数十分前に出会ったばかりだ。だけどアーチャーの言葉にアイズは不思議と惹かれて行った。
「なんてな。それより行かなくていいのか?」
ハッと我に返った。既に爆発の余波は消えて静寂が戻っている。
「体と頭の力を抜いて、ゆっくり考えるといい。君は割りと頭が固そうだが、時間は腐る程あるだろう?ならそれを腐らせないようにな」
アーチャーはこの辺りだったかと地面を掘り返し、埋まっていたバックパックを背負う。ベートに渡した物には武器やポーションを詰めていたが、こちらには魔石や鉱石などの素材の類を入れて隠していたのだ。
「ではな。君の仲間が待っているぞ」
アーチャーはアイズに一言と手だけで別れを告げ、また別の出口へと消えていった。