ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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英雄譚のプロローグ 前編

 部屋の中に鉄同士がぶつかり合う音が響く。

 

 炉に焼べられた燃料の石炭やコークスが燃え上がり、炉の中の温度が酸化鉄が溶ける900℃近くにまで上昇する。

 

 強まった炎は酸素を消費しなければ火力を維持出来ず、その結果酸素を求めて酸化鉄の酸素を奪う。酸化鉄を還元して鉄を作る作業だ。

 

 「……」

 

 更に鉄鉱石を投入すると、熱によって石などの不純物が溶け出し鉄だけが残る。

 

 不純物が流れ出た鉄はまだ硬くはなく、これを鎚で叩いて形を整えながら鉄を鍛えていく。一度叩く度に鉄に残った異物が火花となって散っていく。

 

 「……ッ!!」

 

 形が完成したら刃を水に浸して急激に温度を下げて鉄を引き締める。

 

 「ふぅ……」

 

 作業工程が終了して出来上がった剣の表面を磨くと見事に透き通った鋼の刃がそこにはあった。

 

 完成した剣は無骨で何の装飾もない剣ではあれど、その性能は間違いなく第一級冒険者が使っている物と比べても劣らない程高いだろう。

 

 見事な剣を作り上げたにも関わらず、製作者の男の表情は曇っていた。

 

 「……何故私はこんなことをしているんだ……?」

 

 男の後ろには同じように男の手で鍛えられた剣が何十本も鞘に入れられて立てかけられていた。

 

 褐色に染まった肌を伝う汗をタオルで拭い、男は自問自答し続ける。

 

 「どうしてこんなことを命じたんだ?マスターは」

 

 【Hφαιστοs】のロゴが刻まれた金床と鎚を手にした男は彼がいつも行っている魔術を使う時と同じように剣を鍛え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは男が神ヘファイストスを己のマスターとして契約して数日が経った時のことだった。

 

 「そういえば、貴方って剣を作るのが得意なんでしょ?なら鍛冶もできるんじゃないかしら?」

 

 唐突に、思いつきで溢れた言葉だった。

 

 今までは彼女の執務を手伝ったり、紅茶などを淹れる程度の手伝いしかしていなかったが、こうした提案は急であり、初めてだった。

 

 「何を急に……?確かに私は剣を作ることに特化した魔術師ではあるが、鍛冶としては一度も剣を作ったことはないが?」

 

 「でもやったことがないだけでやれないってことはないんでしょ?」

 

 「可能性があるか無いかってだけさ。できんものはできん」

 

 「まぁいいじゃない。暇でしょ?それだけじゃ。私の道具を貸してあげるわ」

 

 とまで言われてしまい、断るに断れなくなった男は結局折れて鍛冶作業を教わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっ、やっとったかのう」

 

 開け放たれた扉から涼しい風が入って来るのを男は感じた。

 

 「ああ、君か」

 

 男と同じく褐色の肌に豊かに成長した胸をさらしのみで隠した女性は、男が剣を打ち終わったタイミングが分かっていたかのように訪れた。

 

 「む、なんと見事な剣。オラリオ一の鍛冶士などと呼ばれておったが、積み上げた自信が崩れていくようだ」

 

 完成したばかりの剣を手にして観る女性の名は『椿・コルブランド』

 

 オラリオで一、二を争う鍛冶系ファミリアの団長で、名実と共にオラリオの頂点に君臨する鍛冶士だ。

 

 「それも贋作だよ。真作の域に至っていない紛い物だ」

 

 「そう言うなアチャ男よ。見様見真似で作ったとしてもこれは一級品だ。手前が保証する」

 

 熱の篭った部屋では居心地が悪く、鍛冶の用を終えた部屋の窓を開けて空気を入れ替える。アーチャーがサーヴァントで暑さや寒さの影響を受けないとしても居心地が悪い。椿の場合は慣れていたとしてもそうでろう。

 

 今の彼も紅い外套は脱いで、黒いボディーアーマーの姿となっている。

 

 「それにしてもお主は贋作贋作と言っておるが、一体何を参考にしておる?ここには真作も何もないだろうて」

 

 「何、剣の設計図は全て頭に入っている。外見も、剣が持つ概念も、製造過程も、担い手の想いや技術も、製作者がどんな想いを込めたのかも、何もかもな」

 

 「それは手前も気になる。例えばどんな物がある?」

 

 「そうだな……あまり言いふらしてくれるなよ?」

 

 投影、開始と唱えた次の瞬間には、アーチャーの手に一振りの剣が現れていた。

 

 「とある王の選定をした剣だ。これもコピーだがね」

 

 「これは……っ!!ちょっと借りるぞ」

 

 半ば奪い取るように椿はアーチャーから剣を受け取り、自身が持ってきた刀を置いた台に向けて振り下ろした。

 

 驚く程抵抗が無く振り下ろせた剣の軌跡の先には何も無く、真っ二つに斬られた刀の残骸があるのみだ。

 

 「やはりまだ手前の腕では極地に至らぬ……か」

 

 「そんなことはないだろう。君の刀は見事な物だ。ただ伸び代があるだけだ」

 

 「我らが主神様も言っておったわ。『神の力(アルカナム)を使っていないとはいえ、私が打った剣を尽く折られた』と泣きかけておった」

 

 「そうか……次は何を命じられることか……最近前にも増してこき使われている気がするよ……」

 

 「お主も大変じゃな」

 

 アーチャーはヘファイストスと契約したまでは良かったと語る。某あかいあくまと同じくらいこき使われるとは思わなかったとも語った。

 

 「次はダンジョンの深層で採れる鉱石を鍛冶で使うから取って来てくれと言っておったな」

 

 「ついでに試し斬りをして来いってことかね?まあいい、行って来るよ」

 

 紅い外套を上から着込んで、今まで打った剣を巨大なバックパックに詰め込んで用意を整える。

 

 「そうだ椿。これはアドバイスだが、至高の武器だとか神の領域だとか考える前にまず必要なことはな……」

 

 『せめてイメージしろ。現実で敵わない相手なら、勝てるものを幻想しろ。ひたすら勝ち続ければそのうち究極に至っているだろう』

 

 そう言い残してアーチャーは椿の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン:地下51階層

 

 ここにはカドモスの泉と呼ばれる場所が存在しており、ここに湧いている泉の水はポーション等のアイテムの製作によく使われるため、クエストとして要求されることが多く、高値で取引されている。

 

 またこの泉を守っている強竜(カドモス)と呼ばれるモンスターも強敵ではあるが、倒せれば高価値の魔石を落とすうえにドロップアイテムの皮膜もそれ以上に高値で取引されている。

 

 ここを目指しているのは泉の水を採取するために遠征を行って50階層まで来ているロキ・ファミリアだ。

 

 その中でもレベル5という第一級冒険者に名前を連ねる『アイズ・ヴァレンシュタイン』を筆頭にティオネ、ティオナ・ヒュリテのアマゾネスの姉妹、レベル3ではあるが高威力の魔法を扱える『レフィーヤ・ウィリディス』の四人だ。

 

 51階層のモンスター達を蹴散らしながら泉の前まで辿り着き、強竜との戦いを控えている直前だったが、アイズが違和感に気が付いて泉の中に入った。

 

 そこには強竜はおらず、何かが溶けて腐ったような臭いが立ち込めていた。

 

 「誰?」

 

 灰になった強竜のものと思われる死体の前に、人影がある。

 

 紅い外套を身に纏った後ろ姿はとても大きく広く見えるように錯覚する。

 

 「ん?君達こそ誰かね?」

 

 男が振り向いてアイズと相対する。180を超える高身長にドワーフに多く見られる筋肉質で褐色の肌と白い髪が印象的だ。

 

 「ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタイン、です」

 

 「ほう、君が噂の『剣姫』か。そういえばここの泉の水を採取するクエストがあったな」

 

 「ちょっと、貴方。こんな深層で何やってるの?」

 

 遅れてティオネ達三人が追い付いて来る。

 

 「ああ、そうだな。まず私はヘファイストス・ファミリア所属の者だ。ここにはまあ素材集め、だな。後は試作した武器の試し斬りってところか」

 

 「一人で?ここどこか分かってる?」

 

 「ダンジョンの51階層だろう?確かに冒険者が一人で来るようなところではないだろう。だが何、そう難しいことじゃない。敵を無視して走り抜ければ日帰りできるじゃないか」

 

 それを聞いて4人は一瞬思考が止まった。レベルが5に昇華するまでの間に何度も何年もダンジョンに潜り続けてレベルをここまで上げた彼女達ですらこの辺りの階層では命懸けだ。一つのミスで命を落とすそこでこの男は全く消耗している様子は見られない。

 

 「ふざけないで。第一ここを一人で突破するにはレベルは少なくとも6以上必要よ。そしてそれ以上のレベル7は都市に一人しかいないし、ヘファイストス・ファミリアは最大レベル5のはずよ」

 

 「そうだったな。何分最近ここに来たのでね。その辺りの情報はまだ収集しきってないようだ」

 

 「最近?ってことは一年も経ってないってことだよね?」

 

 ティオナがそう尋ねた。仮に一年だったとしても最速ランクアップ記録はアイズが叩き出した一年でレベル1~2だ。

 

 「そんな!?そんな短期間で第一級冒険者までランクを上げられた人なんて聞いたこともないですよ!!」

 

 仮にそんなにすぐにレベルを上げられたのならば、自分達が命を掛けて苦労して上げた恩恵は何だったのだろうかと思ってしまう。

 

 「何を言っている?ああそうか、君達は一つ勘違いしているな。私は恩恵を受けていないよ」

 

 「は?ちょっとそれって!?」

 

 「まあいいじゃないか。それより先にやるべきことがあるだろう?君達は泉の水の採取。私はその他の素材の採取。それにここはダンジョン、だろう?ならば事は迅速にだ」

 

 男はアイズの前から離れて強竜の死体に近づいて行く。

 

 「そういえば、貴方の名前は何?」

 

 ティオナの質問に男は答える。

 

 「名前か……そうだな、『アーチャー』。それか無銘(ネームレス)とでも呼んでくれ」

 

 突きつけられた衝撃に理解も納得もできないもののアイズ達はここに来た目的をまずは済ませる。泉の水を持ってきた容器に入れる。

 

 「おっと、これは……」

 

 「うわっ!?それ『カドモスの皮膜』じゃん。すっごい高額アイテムじゃん!!」

 

 男が灰の中から拾ったドロップアイテムをティオネがその後で見つけていた。

 

 「欲しいのか、これ?」

 

 「えっ?いいの!?」

 

 「ああ、どうせこれは回収するリストに入っていないし、売ってもうちの主神の鍛冶資金になるだろうからね。そこまでうちの主神を甘やかすつもりはないから貰ってくれ」

 

 カドモスの皮膜は最低でも500万ヴァリスは下ることはない。より高品質ならば1000万ヴァリス程になる。それだけあれば冒険者は中層から下層辺りで余裕を持てるだけの装備をフルで揃えることも可能だろう。

 

 「だがまあ、こんな高額のアイテムを置いていく人間は居ないということでもあるな」

 

 「ってことはつまり……」

 

 「これをやったのは、人間じゃない……」

 

 強竜すらも退けてしまえるモンスターがここに居たということだ。それもまだ知られていない新種のモンスターが。

 

 アイズ達は一瞬のうちに警戒態勢に入る。

 

 「いい動きだな。レベル5は伊達じゃないか」

 

 「言ってる場合じゃないわ。すぐにここから撤退よ。貴方も付いて来てもらうわ」

 

 「ああ、どの道後は帰るだけなのでね」

 

 道中道標代わりに置いていった魔石を辿って50階層を目指すが、暫く歩くと階層中に響き渡る悲鳴が聞こえて来る。

 

 「今のは!?」

 

 「ラウルの声!?」

 

 ラウル・アーノルド。ロキ・ファミリアに所属するレベル4の冒険者で『超凡夫(ハイ・ノービス)』の二つ名で知られている優秀な冒険者だとアーチャーは記憶している。

 

 「急ごう。何かの異常が起きたのかもしれん」

 

 ここばかりは満場一致の同意見で、全員で声が聞こえた方へ走って向かう。

 

 「団長!?」

 

 角を曲がると別行動していたロキ・ファミリアの団長『フィン・ディムナ』と『ガレス・ランドロック』『ベート・ローガ』の三人が負傷したラウルを担いで芋虫型のモンスターから逃げていた。この中の誰の記憶にもそれは存在しておらず、ダンジョンが産んだ新型のモンスターだろう。

 

 「止せティオナ!!」

 

 巨大な武器を担いで芋虫型モンスターに斬り掛かったティオナは吐き出された何かの液体を避けて切り裂くが、切り口から同じ液体が吹き出した。

 

 「うおっと!?」

 

 咄嗟に身を引くが液体が掛かった武器は跡形もなく溶けた。

 

 「こっのー!!よくも私の武器(ウルガ)を!!」

 

 「走れバカ女!!どんどん来てるぞ!!」

 

 斬ったモンスターの後ろからどんどん現れる同種のモンスター。一回攻撃するだけで武器を消費し、尚且つあの数では逃げるしかない。

 

 「うえぇぇぇ!!」

 

 流石の第一級冒険者もこれには逃げるしかない。

 

 「何アレ!?何なのアレ!?冗談じゃないんだけど!!」

 

 「分からない。僕らも突然襲われたんだ」

 

 強竜を倒して泉水を回収した後に襲われ、ラウルが溶解液の直撃を受けて負傷したようだった。早く治療しなければ手遅れになる。

 

 「なるほど、溶解液を溜め込む爆弾でもあるわけか」

 

 「そういえば君は誰だい?」

 

 「名前はアーチャーだ。それ以上はあいつらを片付けてからだ。そら、前からも来たぞ」

 

 全員が前を向くと、同じくらいの数の芋虫型モンスターが迫って来ており、挟み撃ちにされそうになっていた。

 

 「ッ!!全員右手の横穴に逃げ込め!!」

 

 「そっちは行き止まりの広間だぞ?迎撃するにも数が多いし武器も足りんだろう?」

 

 「だけどこのまま潰されて溶かされるよりはマシだろう?」

 

 「仕方あるまい。だが少し数は減らしておこう」

 

 アーチャーが背中に背負っていた巨大なバックパックに手を突っ込む。そこから一振りの大剣を引っ張り出した。

 

 「それは?」

 

 アイズを筆頭にロキ・ファミリアの面々はただその剣に魅入っていた。

 

 何の飾りもないただの大剣に見えるが、相応に強力な武器を携えて振るってきた猛者ならば分かる。極限まで鍛え上げられたその一振りは自分達の得物よりも数段高性能な剣だった。

 

 「まさか不壊属性(デュランダル)?」

 

 「いいや、ただの剣だ。だがこれにも役目はある。」

 

 全員が横道に避難したのを見届けるとアーチャーは剣を地面に突き刺して自分も避難する。

 

 「何を!?」

 

 「いいから見ていろ」

 

 芋虫型モンスターが合流して剣のすぐ近くまで迫った時だった。

 

 『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 何かの呪文らしき物をアーチャーが紡ぐと剣を起点に大爆発が起こる。広がった爆風が芋虫を飲み込み消し去っていく。

 

 誘爆して溶解液を撒き散らしていくが爆風によってアーチャー達が居ない通路の後方へ吹き飛んで行く。

 

 その爆発は第一級冒険者の長文詠唱の魔法のそれと同等以上の威力を叩き出した。

 

 「超短文詠唱でこの威力の魔法を!?」

 

 「いや剣を媒介にして魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こしたんじゃ!!」

 

 「何をしている!?精々半分ってところだ。また来る前に下がるんだ!!」

 

 アーチャーの指示で再び広間に向かって走り出す。

 

 「あーあ勿体無いなぁ……さっきの大剣売ったら軽く5000万ヴァリス行きそうなのに」

 

 「剣も所詮は消耗品だ。いつかは折れるものだ」

 

 広間の先は行き止まりだったが、迎撃するには充分な広さがある。

 

 「ティオネ。君は下がってラウルの治療をするんだ。武器はガレス達に渡せ」

 

 「えーと、君はベート・ローガだったか?こいつも全部やる。中には医療品や万能薬(エリクサー)もある。惜しみなく使え」

 

 アーチャーは背中のバックパックをベートに投げ渡す。中には確かに先程の大剣にも勝るとも劣らない直剣や曲刀、短剣などに加えて充分すぎる程の回復薬が入っていた。

 

 「うわっ!?これ全部一級品以上の武器じゃん!!全部で軽く一億ヴァリスくらいありそうだよ!?」

 

 「おいテメェ!!何考えてやがる!?こいつら一体幾らすると思ってんだ!?」

 

 「たわけ!!貴様らは全員の命と金を秤に掛けるつもりか!!御託を並べる前にさっさと行動せんか!!」

 

 細い道を走り抜けると、地図の通りに大きな広間がそこにあった。

 

 「ベート、ガレス、ティオナはラウルを守りつつ敵を駆逐しろ!!あの新種は僕とアイズでやる。絶対に近づくな!!」

 

 一言だけ返事を残して各々突撃していく。

 

 「では君達は左を片付けたまえ。私は右を受け持とう」

 

 「君の武器は……!?」

 

 「私の心配はいらないさ」

 

 アーチャーは背中に漆黒の弓を担ぎ、手には先の大剣にも劣らない見事な白と黒の双剣が握られていた。だがアーチャーは武器を全てロキ・ファミリア側に渡したはずだった。ならばあの双剣は既に携帯していたものだろうか。

 

 「レフィーヤ。この戦闘は君に掛かっている。分かっているね?」

 

 「わ……私、なんかじゃ……」

 

 彼女は先発されてここまで来たが、彼女だけレベルは3で明らかな戦力不足を自分で感じていた。

 

 「レフィーヤ。私達は何度でも守るから・・・できる事をすればいい」

 

 アイズはレフィーヤの前に立つと呪文を紡ぐ。

 

 『目覚めよ(テンペスト)

 

 【エアリエル】

 

 風がアイズを中心に集まり、風がそのままアイズを守る鎧になり、剣となる。

 

 「あれは……彼女の風?」

 

 アーチャーはふと、遠い記憶の片隅に焼き付いた眩しい憧憬を思い出した。

 

 「おっと、いかんな」

 

 ロキ・ファミリアの第一級冒険者達と同等どころかそれ以上の速度を持ってモンスターを片付けていく。

 

 元より彼の双剣の真作は怪異の類に対して絶大な効力を発揮する対魔能力を持っている。贋作であろうがそれは少しではあるが発揮され、モンスターの体を豆腐を切るようにバラバラに解体した。

 

 (長引けばどんどん危なくなる……ッ)

 

 魔法陣を展開して呪文を唱えていく。

 

 【誇り高き戦士よ。森の射手隊よ。押し寄せる略奪者の前に弓を取れ。同胞の声に応え矢を番えよ】

 

 広範囲高威力の魔法の弱点は発射までの待機時間だ。魔法陣を展開する以上、魔力の制御と魔法陣の維持に神経を注がなければ魔法を維持できない。

 

 ほんの少しでもズラせば魔法は完成しない。

 

 「魔法陣が歪んでいるぞ。余り緊張せずにリラックスするんだ」

 

 レフィーヤはゆっくりと横を見る。魔法陣に入らない程度の距離を保ってアーチャーが立っていた。既にこちらに向かって来るモンスターを倒し終えて、今は遠距離からの援護射撃に入っていた。

 

 「どうした?何を怖がる必要がある。君への害意は君の仲間が引き受けているではないか。君はさっきの通りにすればいい」

 

 (そうだ。守ってくれている仲間がいるから、それを信じて全てを任せられる。)

 

 【帯びよ炎。森の灯火、撃ち放て妖精の矢。雨の如く降りそそぎ蛮族どもを焼き払え】

 

 (だから、私が助ける!!)

 

 魔法が完成した。レフィーヤの全魔力を込めたそれは敵目掛けて降り注ぐ。

 

 「行きます!!皆さん下がってください!!」

 

 【ヒュゼレイド・ファラーリガ】!!

 

 精神力の塊から幾つにも分散した魔力の弾丸が敵だけを狙って降り注ぐ。

 

 広域殲滅型の魔法の着弾地点には巻き上がった砂埃の先にはモンスターの欠片すら残らなかった。

 

 「やるじゃないか。レベル差を見事に覆したか」

 

 「レフィーヤ!!」

 

 絶体絶命のピンチを救われたのだ。今回一番の功労者である彼女に賞賛が集まる。

 

 だが団長のフィンの顔は決して明るくない。

 

 「団長?どうしたんですか?」

 

 「このルームに逃げ込む前、モンスターがやって来た道は50階層の本隊キャンプ地に続くルートだ」

 

 「!!……まさか!?」

 

 「アイズ達を集めろ。全速力でキャンプに戻る」

 

 「方針は決まったかね?ならば私は一足先に向かわせてもらおう。50階層のキャンプ地だな?」

 

 「あっちょっと……」

 

 言い終わる前にアーチャーは目で捉えられない速度で走り去って行った。それは風を纏ったアイズや狼人であるベートのそれすら軽く上回ってみせる。

 

 「何者なんだ?彼は……」

 

 さっきの怪物の宴(モンスターパーティ)以上に彼の存在は異常であった。


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