ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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ミアハ・ファミリア

 冒険者はクズばかりだ。

 

 そう理解するまでそう長い時間は必要なかった。神達から貰った力を我が物顔で振るい、弱者を虐げそして搾取する。

 

 ブカブカのローブを羽織り付属しているフードを深々と被って顔を隠している少女は、残念ながら搾取される側であった。

 

 彼女も恩恵を受けて冒険者として活動し金を稼げると思われていた。しかし彼女は冒険者にはなれなかった。ただ単純に素の身体能力が足りず、スタートラインにすら立てなかったからだ。屈強なモンスターと戦うには力不足の彼女に残された道は冒険者の後ろに隠れて援護することだけだった。

 

 サポーターと呼ばれる職業で、ダンジョンに持ち込む物資を持ち込んだり、ダンジョンで得た魔石やドロップアイテム、採取した素材を外に持ち出したり、前衛の冒険者達が戦いやすいようにモンスターの死骸を片付けて魔石を取り出すのも仕事の一つだ。遠距離武器や魔法が使える者は援護射撃もできるだろう。

 

 サポーターと一言に言ってもその役目は多岐にわたり、ダンジョンにパーティで潜る場合は特に欠かせない職業である。

 

 しかしその仕事内容に反して、サポーターの待遇は良くない。大抵はファミリア内で低レベルの冒険者に色々な経験を積ませるために使われる。サポーター専門で活動するのはレベルもステイタスも低い者たちばかりだ。

 

 フリーのサポーターとして自分を売り込んで他ファミリアのパーティに同行して働き、成果の何割か受け取るわけだが、職業として確立しているわけではないので報酬が満足に払われることすら珍しい。法律などが制定されているわけもないので訴えることもできない。

 

 それだけならまだマシとも言えるが、中には囮や盾として使い潰すこともあるらしい。遺体もダンジョン内に置き去りにすれば湧いたモンスターが喰らって勝手に処理されるからしらばっくれれば殺人として露見することも少ない。

 

 彼女もその被害者の一人で、実際にそんな仕打ちを受けたのも一度や二度ではない。

 

 彼女、リリルカ・アーデは無所属(フリー)のサポーターだ。ある時突然舞い込んだ幸運を手にして、嫌な思い出しかなかったファミリアを抜け出して自由を得た。

 

 遡ること数日。始まりはとある冒険者に声をかけられたのがきっかけだった。一人で軽装だったから上層をソロで潜る新人冒険者と思ってついて行ったのだが、実際には真逆だった。

 

 どこからともなく馬と戦車を召喚し、音をも置き去りにする速度であっという間に深層まで潜らされた。乗り物酔いで吐きそうになって戦車の外に顔を出してまず目に入ったのは真っ赤な液体が撒き散らされて一直線に伸びていた光景だ。一度たりとも止まらずにここまで踏破したということは、その進路上にいたモンスターはあの二頭の馬に轢き潰されて肉片よりも細かになったということだ。ここで吐かなかったのは素直にエラいと彼女は思った。

 

 そこからは必死だった。槍の一突きで数頭のモンスターの魔石を貫き、一薙ぎで数頭のモンスターの首を撥ねる。そんな化物じみた冒険者の後ろで怯えながら魔石を回収して回った。幾つかの採取ポイントで鉱石や薬草も回収していったのが功を奏したのか、一億ヴァリスという彼女が一生をかけても稼げないような金額が集まった。

 

 何よりも驚いたのは冒険者の男が今日の成果を半分を彼女に渡したことだ。

 

 これによって彼女が集めようとしている金のノルマを軽々と超える金額が集まってしまった。

 

 そして脱退に必要な金を持って主神に会い、ファミリアを脱退することに成功してしまった。

 

 途中で金に目が眩んでいるファミリアの冒険者達に金を奪われそうになったが、男と別れる前に貰ったお守りが結界を張って彼女を守り、その上炎を放って迎撃までしてくれた。

 

 ファミリアを抜けたいという彼女の目的は達成したのだが、彼女の心は晴れることはなく、むしろこの先何を目的にして生きていけばいいのかと悩むことが多くなった。

 

 無気力に、虚ろな目をして、日々を過ごす。そして気がついた時にはいつものローブとフードで素性を隠し、バックパックを背負い、ギルド前の広場でサポーターとして売り込みをしていた。

 

 目的を達成してもなお彼女は今までの呪縛な囚われたままだ。そしてほんの僅かに秘めている助けの声は未だに外に出せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青いローブに顔を隠した男が人混みに紛れながらオラリオの街を西へと歩んでいた。目立つ色をしているが、冒険者の魔法使い職はこうやってローブを深々と被る者も多いため奇異な目で見られることはなかった。足早に目的地に向かう男の手には木で出来た杖と一本のポーションが握られていた。

 

 『おい坊主。このポーションどうしたんだ?』

 

 『貰いました。ミアハ様に』

 

 今日も朝早くから鍛錬に励む同ファミリアの一員を軽く指導してふと違和感に気がついたそのポーションの販売元へと向かっているのだ。だがその表情は決して穏やかなそれではなかった。

 

 「ここか」

 

 男が目的地に到着する。『青の薬舗』と看板が出ている西のメインストリートを外れて少し奥深くまで入り込まなければ辿り着けないのだが、あまりにも目立たないせいでちゃんと商売になっているのか疑わしいところだ。だが今回はここに薬を買いに来たわけではない。

 

 「おや、いらっしゃい」

 

 入り口から店舗の中に入って二人の男女が目に入った。女性の方は犬人(シアンスロープ)らしき耳が見える。一方男性の方は顔の整った優男といった印象を受けるが、気配が人とはまるで違った。

 

 「えっと、アンタがミアハ、だよな?ここの主神の」

 

 「うむ。そうであるが?」

 

 「一つ聞きたいことがあるんだが、アンタらが作ったポーション。なんか薄くねぇか?」

 

 「な、なんだと!?」

 

 普段の端正な顔立ちは鳴りを潜め、代わりに怒りと驚きが顔に浮かぶ。一方その奥で一瞬ブルリと体を震わせた女性が居たことを男は見逃さなかった。

 

 「どういうことだナァーザ!?」

 

 男から受け取ったポーションは間違いなくミアハ・ファミリアのラベルと品質保証の検印が押されている。中身を入れ替えて細工された疑いも未開封の容器がそれはないと保証している。それどころか改めて検品してみると、棚に陳列してある売り物の殆ど全てが同様の細工がされていた。共にファミリアを経営している少女が品質偽装を図るほど卑劣に堕ちているはずが無いと信じたかったが、事実と証拠を突き付けられてしまえば疑いようがなかった。

 

 「やったのは嬢ちゃんだな? 大体一割ってところか? ご丁寧に染料とか匂い付けで誤魔化してやがる。こんなもん素人がバレずにできるわけねぇ。薬師としての知識があって尚且全部すり替えられるくらい関わってなきゃできねぇよなこんなのはな」

 

 男の目から光が消えた。今回の騒動の下手人に対する慈悲を完全に切り捨てた証拠だ。

 

 「ポーションは冒険者をはじめ全ての人々の最後に縋る希望のようなものだろう!?それを薄めて効力を落とせばどうなるか、どのような惨事を引き起こすか、冒険者であったお前自身が誰よりも一番理解しているのではなかったのか!?」

 

 温厚さと柔和さが服を着て歩いているようなミアハが一変していた。激昂したミアハの怒りを受けてナァーザと呼ばれた少女も顔を青ざめてしまっている。

 

 物を売るということは売って終わりではないのだ。買い手が買った商品がしっかりと十全に役目を果たし満足することを売り手は保証しなければならない。それができず不良品が流出してしまえばその問題は買い手と売り手だけでは留まらないことをミアハもナァーザだって知っている。

 

 「ファミリアの、経営のために。少しでも、利益を出すために、やりました」

 

 無風の室内で風が吹き抜ける。一瞬のうちにミアハの前からナァーザの姿が消えた。次いでやってきた衝撃に驚きミアハがそちらに顔を向けると、ナァーザが男に捕まり壁に叩き付けられていた。ナァーザは男の屈強な腕で抑えられ、男が持っていた杖はナァーザの顔のすぐ横の壁を貫いていた。フードで隠れていた青い髪と獣の獰猛さが宿った紅い瞳がナァーザを射抜く。

 

 「がっ……はっ……」

 

 肺の中の空気が逆流して吐き出され、代わりの空気を求めて噎せ返る。

 

 「なぁ、今のはオレの聞き間違いか? 金のためにやったて聞こえたんだが?」

 

 軽々と壁を貫通した木の杖が引き抜かれ、次はナァーザの喉元へ突き付けられる。少しでも男の気を損なえばナァーザの息の根は止まる。

 

 「別にオレはアンタらが赤字に塗れようが破産しようがどうでもいいんだわ。ポーション売ってる店なんざ幾らでもあるからな。だけどよ、うちの坊主がダンジョンで致命傷受けちまったら。ポーション使えば助かるって時に粗悪品掴まされて助からず死んじまったじゃ話になんねぇだろ? オレはそこの神やいけ好かねぇ弓兵みたいにお人好しじゃねぇし、仲間でもねぇやつが危害加えて来たらそいつらは必ず皆殺しにするぜ。だからその前にちゃんとワケ話せや」

 

 ミアハの怒りは収まっていた。それ以上の怒りに飲み込まれたというべきか。二人を引き剥がすことも体が動かずにできないでいる。

 

 「……切り詰められるところは全部切り詰めた。諸費用も全て削減しても借金の利子を返すのが精一杯。今すぐ破産するかゆっくり破産するかのどっちかしか選択肢が無くなって、やってしまった……でも、これも全部、私のせいだから……」

 

 そこから先は早かった。ナァーザは事の顛末を包み隠さず全て話した。発端はこのファミリアが借金に塗れて団員がナァーザを残して全て離れていったことだ。当時は中堅のファミリアとしてそれなりの人員も資金もあったミアハ・ファミリアだが、ナァーザがダンジョンで負った怪我を治療するために馬鹿みたい高い治療費が掛かってしまった。結果的にナァーザは復帰したが、ファミリアの信用と借金を全て返すのはナァーザ一人ではどうでもならないほど大きな壁となっていた。

 

 「そうか……。すまなかったナァーザ」

 

 ナァーザはよくやっていた。金にがめつくなってもなんとか経営を黒字にしようと努力していたが、赤字から抜け出せない一番の原因はミアハがポーションや薬を無料で配ることをやめてくれないからだった。

 

 椅子に座って涙を零しながら嗚咽で歪んだ声で、全ての事情も溜め込んだ鬱憤も吐き出した。二人の仲は良い方だったが、肝心なところで反りが合わなかったことが生んでしまったのだろう。

 

 「だけどんな借金しなきゃ払えない治療ってなんだ?当時はそれなりに金持ってたんだろ?」

 

 ナァーザは暫く躊躇っていたが、やがて右腕の長い袖をまくり上げた。その下に隠されていたのは肉の腕ではなく銀に輝く義手だった。

 

 「銀の腕(アガートラム)。神経を繋げるから本物の腕と変わらず自在に動かせる魔道具。でも数億ヴァリスもする」

 

 「そいつが原因か」

 

 下手な剣よりも輝く腕に目が行きがちになるが、実際にはナァーザが失ったのは右腕だけではない。本当は右腕どころか、モンスターの群れによって全身を炎に焼かれ大火傷を負わされたうえで生きたまま体中を食い荒らされたというのが真相である。ミアハや当時の団員達の献身的な看護によって一命は取り留め、食い荒らされた体の殆どは再生したのだが、骨まで食われていた右腕だけは治らなかった。

 

 だが意識を取り戻した直後のナァーザは痛々しい過ぎて目を背けてしまいそうになる程精神が荒れていた。意識がはっきりしている中で肉体が食われていく様をその目で焼き付けてしまえば当たり前だろう。食事どころか水すら飲めず、断続的にフラッシュバックする当時の記憶に、食われて無くなったはず右腕が先から食われ続けるような幻肢痛もあったそうだ。

 

 その状況が改善されなければナァーザは精神的に死ぬか、歯車や螺子が狂って狂人になるかのどちらかだと、当時のミアハは診断した。

 

 それを防ぐために銀の腕を購入、ナァーザの失われた右腕に装着しナァーザはトラウマこそ残ったものの常人と同じように生活できるまで回復した。代わりに多額の借金と利子、他の団員達の理解を得られず離れられ、残った物はナァーザ本人と落ちぶれたファミリアだけだった。

 

 以上が事の顛末である。要するに運命のめぐり合わせが悪かったのだ。ミアハは一人の眷属を救おうとした。ミアハ・ファミリアの眷属達はファミリアそのものを守ろうとした。お互いの意見はどちらも間違っておらず、お互いに意見を押し通して生じた行き違いによって今の惨状が生まれたのだ。

 

 それを傍から見ていた男だったが、だからといって彼は手を差し伸べることはなかった。憐れむ気持ちはあれど直接関わりの無い他人のことだったからだ。であったが、ベルが世話になっていることを思い出してしまい、切り捨てるのも不利益があるんじゃないかと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ってことがあったんだわ」

 

 「ほう。それで、私に一体何をしろと言うのかね?」

 

 町中で運悪く偶然にも遭遇してしまった犬猿の仲の二人、ランサーとアーチャーはお互いに嫌な顔をしていた。

 

 先日の怪物祭りで起きたモンスター脱走事件の傍らで町中で暴れ回り建造物に少なくない被害を出したのは他でもないランサーであった。それの証拠は残ってないが唯一の目撃者であったギルド職員のエイナは青いローブで顔を隠した魔術師装束のランサーを見つけると声をかけた。

 

 『ああランサーさん。先日の怪物祭の時の件なのですが』

 

 『ランサー?誰それ。オレ、キャスター』

 

 体格も髪色も同じで声まで瓜二つにも関わらず白々しいにも程がある。これにはエイナの堪忍袋の緒も切れたようで、手が出て捕まえそうになったところをランサーがひょいと軽々と躱し、そのまま脱兎のごとく姿を晦ました。

 

 その後走って逃げている最中にアーチャーと鉢合わせして今に至る。

 

 「まず借金をどうにかしないとファミリアが潰れしまうから金貸してくれよ。すぐ返すからよ」

 

 「金に関しては特に問題ない。いざというときの資金はそこそこ用意しているし、貴様が借金を踏み倒すような奴ではないことくらい知っている。だがその後はどうする?借金を返済したところで彼らの商売が上手くいかなければ一時凌ぎにしかならん。それは彼らのためにもなるまい」

 

 うぐ、と言葉を詰まらせてしまう。それだけアーチャーの言葉は的を射ていた。

 

 「まあ協力するのは構わないが、具体的にどうするか決めておいてくれ」

 

 そう言い残し、アーチャーは人混みの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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