ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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遅れました。(こいついつも遅れてんよ)


怪物祭 その5

 「全くもう……忙しいわ……」

 

 街の中にモンスターが現れる騒動が起きてから忙しなく働いている者は二種類に分けられる。一つはガネーシャ・ファミリアの団員達、彼らが街にモンスターを持ち込んだことで騒動にきっかけが出来てしまった故に責任を取る意味も兼ねて住人達の避難誘導等で精を出している。

 

 もう一つがギルドの職員だ。オラリオ全体の管理等が仕事となっている彼らは戦闘力こそないもののやはり無関係ではないため非番の者も含めて動いている。

 

 特にギルドの職員達は今回の騒動によって非番の者は全て召集がかかり、ガネーシャ・ファミリアの冒険者達の協力の下で市民達に避難を呼びかけている。とはいえもう殆どの住民は安全なエリアへの誘導が完了し、足腰の弱った老人や小さな子供は現在ガネーシャ・ファミリアの冒険者達が担いだりする等して直接安全な場所まで送っている。

 

 忙しいとぼやきながらギルド職員のエイナ・チュールはいつもと同じように真面目に職務を実行していた。祭で賑わっていた大通りだったが、それとは一変して今では自分以外に人っ子一人もおらず世界の中心地とも例えられる程発展したオラリオでは考えられない程閑散としていた。

 

 「でも一先ずは安心ね。怪我人も居ないし」

 

 本当に一息吐く程度だったが、彼女は油断してしまった。何かが高速で接近する空を斬り裂くような音を聞き取るのが遅れてしまった。

 

 その何かは舗装された石畳を粉々に砕きながらエイナに向かって吹き飛んで来るが、エイナに激突する一瞬手前で止まった。衝撃で舞っていた砕けた石と砂埃が晴れるとそこにはある意味オラリオの中で一番有名な男が居た。

 

 「オ、オッタル氏!?」

 

 オラリオ最強の名を担い事実上恩恵を受けた眷属達の中での頂点に君臨している男だが、エイナから見て、いつも放っていた圧倒的強者の覇気が見る影も無かった。迷宮の弧王(モンスターレックス)さえも単独で撃破しうる圧倒的レベル差のため動きやすさを求めて最小限の防具しか付けないのが彼のスタイルだが、鍛え上げた肉体には無数の傷が出来ており血が滲み出て赤に染まっていた。

 

 既に原型を無くした己の武器に何の未練も無い。速やかにそれを破棄して背負っていたバックパックから別の剣を取り出す。もう何度目になるかも分からなくなる程繰り返した行為だ。それだけオッタルの相手を務める男との実力が伯仲しているからだろうか、それともただ担う武器もオッタル自身もあの男に遠く及ばないからだろうか。

 

 「ッ、退け!!」

 

 背後に非力な一般人が居ることを察知したオッタルは直ぐ様エイナを突き飛ばした。その行為がエイナが受けるはずだった怪我を最小限に留めることになり、オッタル自身は不利な体勢で戦闘を再開されることになった。

 

 オッタルを追って大通りを疾走する青い影。最速のランサーとして候補にあがるこの男の疾走は残像さえ視認出来ず、残るのは流星の如き一筋の線のみ。ここまで脱走したモンスターと異質な花形のモンスター、そしてオッタルの返り血を浴びて赤くなったドス黒い槍がオッタルの額、その奥の脳目掛けて突き出される。ハッと気付いた時には既に即死する一瞬前なのだから質が悪いのだが、その一瞬前が到達する前に剣で逸しながら槍が突き出される線の上から顔をずらして回避し、そのまま槍の間合いの奥に踏み込む。

 

 槍と剣が相対した時、優劣は間合いによって決定する。単純に剣が届かない距離から攻撃が届く槍が有利と思われるが、槍はその性質上遠くまで届くが反面取り回しは剣よりは良くない。懐に潜り込んでしまえばその優劣は傾く。

 

 だが槍の担い手は数多の戦場で武功を上げたケルト一番の大英雄だ。積んだ経験値や場数はオッタルよりも圧倒的に多い。過ぎ去ったと思った槍はオッタルが斬りつける前には既に手元に引き戻されており柄で受け止められる。オラリオ最速ではないだろうが最強の冒険者と謳われるオッタルはこの見事と言う他ない圧倒的な戦闘技術に何度も驚かされている。

 

 驚愕している間も無く受け止められた剣が急にかちあげられる。槍の刃先ではなく殺傷能力の低い石突を使い剣が浮いて脇腹ががら空きになる。そしてまたもやオッタルの対応が間に合わない状態で神速の突き、払い、そして真上からの切り下ろし、その三連撃を加えた。

 

 並の戦士が見れば全くの同時にしか見えないその三連撃、オッタルの本能が瞬時に目の前のそれらを分析し、最も致命傷に成り得る切り下ろしを無意識の内に防いだ。受けると決めた突きが脇腹を抉り、払いが胸を斬り裂いて血が傷口から溢れ出し、オッタルの顔が苦痛で歪む。

 

 「グッ……!!」

 

 「オラオラァ!!勝負はまだこっからだぞォ!!」

 

 休む暇すら与えずランサーの回し蹴りが繰り出され、オッタルはこれを一番近かった右手の剣で受ける。ランサーの放った蹴りは確かに何の変哲も無い物だが、技量も筋力も敏捷も最高クラスを誇る体から放たれた物だ。受けた剣が逆に砕けて、オッタルはまたもやオラリオの街を飛びながら観光することになる。

 

 「ハッハァー!!」

 

 飛んでいったオッタルを追ってランサーがその場を走り去る。嵐が過ぎ去ったかと思える程荒れ果てた現場にただ一人残されたエイナだったが、幸いなのは怪我をしていないということだけだ。

 

 「なんだったのよ一体……」

 

 荒れ果てた大通りの道や周りの建物を一瞥し、深いため息が出た。

 

 「もしかしてギルドが負担するのかしら、これ……」

 

 いっそ壊して建て直した方が早いと見えるが、エイナはただこの惨状を報告することが億劫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ……こっちです、神様!!」

 

 白い髪と紅い目が特徴的な兎のような少年が女神の手を引きながら迷路のような住宅地の中を走り抜けている。後ろから迫る暴力の嵐から自分のファミリアの主神だけでも逃がそうとただひたすらに走り続けた。だがぴったりと少年を射抜く視線が少年を捉えて離さない。

 

 モンスターの本能から来る殺意と無遠慮に他人の心を観察するような視線の二つが少年を精神的にも苦しめる。ステイタスが離れた相手に対して取れるのは逃げの一手のみ。だがそれにも限界が来たようで行き止まりに追い込まれた。退路は無く、間もなく追いつかれるだろう。

 

 「ベルくん……」

 

 「神様……」

 

 ベルと呼ばれた少年は覚悟を決めた。相手はシルバーバックと呼ばれるモンスター。ステイタスは確かに自分よりも格上だ。だがここで自分が無抵抗に殺されれば次に同じ目に遭うのは側に居る神ヘスティアだ。

 

 恐怖はある。だがベルのファミリアの同居人はベルに対して英雄とはどういう者か、そして戦士の心構えを語った。同居人も、彼が戦った仲間から敵に至るまで、ここぞという時に勇気を振り絞って意地を見せるからこそ英雄と讃えられるのだ、と。

 

 「僕が、あいつをここで倒します」

 

 「いいんだね?ベルくん」

 

 「はい。どの道そうしなければもう逃げることもできません。ならばいっそ、迎え討った方が生き残れる確率がありますから」

 

 普段の弱々しくどこか情けないベル・クラネルは一旦鳴りを潜め、代わりにここにいるのは、覚悟を決めた立派な男そのものだった。

 

 「うん、わかったよ。今からステイタスを更新しよう。そして、君があのモンスターを倒すんだ」

 

 「はい……」

 

 「あと、これも渡しておくよ。これから強くなって前に歩もうとしている君へ僕からの贈り物だ」

 

 受け取ったのは黒く染まったナイフ。だがこれはただのナイフじゃないとベルは察した。詳しいことは分からないが、この武器は生きているんじゃないかと錯覚するような魅力と強くなることへの渇望を感じた。

 

 ステイタスの更新も終わった。予感はしていたが改めてヘスティアは驚愕する。全アビリティがトータルで600も上昇するまさに前例の無い伸び方だった。

 

 タイミングを見計らったかのように現れたシルバーバック、拘束されていた時の枷から伸びた鎖はそのまましなやかさと鉄の硬度を持った武器となる。リーチの長さはナイフと比べるまでもない。

 

 「さあ、行くんだ!!」

 

 「いってきます、神様!!」

 

 彼の持ち前の敏捷に今ステイタスを更新して上乗せされた敏捷の合計はもはやレベル1の冒険者の平均を超えていた。真っ直ぐに駆け出すベルの手には受け取った神のナイフは握られていなかった。代わりに両手は腰に差している二振りの剣の方に伸びていた。一度も使ったこともなければ試しで振るったこともない、今朝同じく同居人の男から受け取った剣だが、目の前のモンスターを倒す布石に使えると確信した。

 

 シルバーバックから放たれる両腕から伸びる鎖がベルに向かって左右から迫る。だがそれがベルを傷つけることはなく、引き抜かれた夫婦剣が直撃する一瞬前に鎖を逸らして直撃を許さなかった。

 

 だが一撃防いだだけであり、第二第三と続けて振るわれる。しかしこれらも全て叩き落とされベルに届くことはない。今まで一度も反撃出来ず、ただ逃げているだけの獲物と認識していたシルバーバックもこれには驚いた。驚いている一瞬でベルはシルバーバックに肉薄する距離まで近づいており、右手の陽剣がシルバーバックの肩から袈裟斬りにする。支給品のナイフには刃が付いてないんじゃないかと思える程抵抗も無くすっぱりと斬り裂けたが、その一撃は致命傷には至っておらず、反撃の拳が迫るのを見上げながらバックステップで躱した。

 

 下がったベルに追撃しようと踏み出して拳に力を込めるが、振り上げた腕の方に後ろから何かが刺さり力が抜けてしまう。シルバーバックが脇目で確認してみるとそこにはベルの手にあったはずの陰剣が深々と刺さっていた。

 

 ベルはその一瞬を見逃すことはなかった。持っていた陽剣を投げ捨て、代わりに神ヘスティアから贈られたナイフを持って突進する。ダンジョンから生まれるモンスターは、硬い皮膚や甲殻を貫けるならば理論上あらゆるモンスターを倒すことが出来ることは、何度も耳が痛くなるまで聞いたことだ。

 

 心臓部、魔石が埋まっている部位目掛けて渾身の力を以て突き出されるナイフは、確かにシルバーバックの魔石を穿ち、短い悲鳴を残して灰へと還した。

 

 勝利の余韻に浸れたのも僅かな時、代わりに今まで静観していたここダイダロス通りの住民達が万雷の喝采を以てベルを讃えた。

 

 この喜びを一番に自身の神に伝えようとするも、そのヘスティアは緊張の糸が切れたのか気を失ってしまっており、ベルは武器を回収すると歓声を背後から受けながらダイダロス通りを後にした。

 

 実はヘファイストスに武器を打って貰っていた時に徹夜をしており、睡眠不足と過労が重なっていただけというのをベルが知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう……ヘスティアには悪い事をしたけれど、少し妬いちゃうわ」

 

 ベルが戦っていた場所から少し離れた建物の上から、件の騒動の犯人である神フレイヤは一部始終を目に焼き付けた。

 

 「ふふ、格好良かったわよ、ベル。また遊びたいものね……」

 

 「神の戯れに付き合わされる人間は何とも迷惑なことだろうがな」

 

 フレイヤは音も無く背後を取った人物を見るためにゆっくりと振り返った。

 

 「あら、はじめましてね。色男さん」

 

 「私は出来ることなら会いたくはなかったがね。神フレイヤ」

 

 腕を組み、平静を装っているが、内心では沸々と沸いてくる怒りを抑えていた。

 

 「この忙しい中で君の所のオッタルに襲われたのだが、今日の事件は全て君の仕業で間違いないか?」

 

 「ええ、そうよ」

 

 フレイヤは普段と変わらずに構え続ける。何か策があるのか、それとも目の前の男が何も危害を加えないと確信しているのか。

 

 「そうね。貴方は私を知っているけど、私は貴方の名前も知らないわ。よかったら名前を教えて欲しいわ」

 

 「……アーチャー。もしくは無銘(ネームレス)とでも」

 

 「じゃあアーチャー、貴方には眼下のあれはどう見えたかしら?」

 

 「そうだな。小さな英雄志願者が見せた小さな小さな勇気とでも言うべきか。部外者の手が加わってなければさぞ美しい物だったと、私は思うがね」

 

 「あらあら、手厳しいわね」

 

 両者の間に緊張が走る。

 

 アーチャーはこのままフレイヤを今回の事件の首謀者として捕らえることも出来る。そしてフレイヤは、地上に降りるために神の力を封印しているため地上ではか弱い女性と何一つ変わらない。だがフレイヤにも身を守る忠臣はいる。

 

 「一つ、聞きたいのだけど」

 

 「何かね?」

 

 「貴方、私を見て平気なの?」

 

 「ん?ああ、美の女神の魅了か。どうやら効いてないようだ。弱いが私に付与されている対魔力が弾いているのかもしれん」

 

 アーチャーのサーヴァントとしてのスキルにDランクの対魔力があり、魔力避けのアミュレット程度の物ではあるが、それが常時放たれているフレイヤの魅了がアーチャーに影響を与えていない要因であろう。直接魅了を注ぎ込まれて許容量を超えてしまった場合は分からないが。

 

 「ではこちらからも一つ、君が街に放ったモンスターの中に蛇のような、もしくは花のようなモンスターは居たか?」

 

 「?そんなモンスターは知らないわ。そもそもベルに少しいたずらがしたかっただけだもの。ガネーシャの子たちを足止めしたかっただけで街に被害を出すつもりは無かったわ」

 

 「そうか。ならば私からは何も言うことはない」

 

 「あら、いいの?間接的だけど器物損壊罪とか、私を捕らえる理由になるんじゃないのかしら?」

 

 「いいんじゃないか?多少の物損は出たが誰も命を落としていない。今回は見逃そう」

 

 「あら。結構甘いのね貴方。この場で口封じのためにオッタルをけしかける事も出来るのも承知してるでしょ?」

 

 「猛者に出来るとは思えんがね。ああ、どちらにしても無理だったようだぞ」

 

 ドサッ、と何かが落下してくる。それが血塗れになって戦闘不能に陥っている猛者オッタルだと気が付いてフレイヤは目を見開いて驚いた。

 

 「いっちょ上がりだ」

 

 フレイヤの後ろの手すりにいつの間にか男が屈んでいた。返り血で真っ赤に染まった戦装束と槍を担いでいる男は言葉や表情には穏やかさを浮かべているが、内心は全くの逆でフレイヤに向けた殺意で溢れている。気が付いた時には既に男の槍の射程距離の中に入っていると知って冷や汗が頬を伝っている。

 

 「そこそこやる男だったが、こいつの飼い主はアンタか?」

 

 後ろから聞こえて来る声は凍える程に冷たさを持っている。この騒動を起こしたのが自分だと気が付かれているのだろう。神の力が封印された今では下手な動きをした瞬間に首を刎ねられるだろう。いや、むしろ神の力を使えてもこの状況をひっくり返すのは一筋縄ではいかないかもしれない。

 

 「待て」

 

 体力を使い切り、ダメージで碌に動けないはずのオッタルがフレイヤを守るように立ちはだかった。武器も手元にないにも関わらず、命を捨ててでもオッタルはフレイヤを守る選択をした。

 

 「フレイヤ様には……傷一つ、付けさせん」

 

 「あのなぁ……今更テメェに何が出来るんだ?オレに勝てる手札が一つも無いのはテメェが一番分かってんだろ?それとも命を差し出す代わりに後ろの女を見逃せと懇願するか?」

 

 「それで、フレイヤ様が助かるのなら、それで、いい。もう既に……貴様に負けた身だ。上で踏ん反り返る身分ではない。だから、懇願でも何でもする」

 

 オッタルは限界の体に鞭を打ってフレイヤを守ろうと仁王立ちの構えを崩さない。

 

 「……いいぜ。その覚悟に免じて今回は見逃してやるよ。あと、もう一度頂点に立ちたいんなら、まずはその錆びついた腕を砥いでから出直してこい」

 

 そう言い残してランサーは霊体化して消えた。

 

 「では私も去るとしよう。こいつを飲め」

 

 アーチャーもポーションを置いてすぐに消えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、何故君らがここにいるのかね?」

 

 「あっ、お邪魔しています。アーチャー」

 

 そこにはアーチャーの主神ヘファイストスに加え、何故か神ロキとロキと契約したセイバーが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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