ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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二十話で怪物祭の最中です……

もう少し頑張ります


怪物祭 その3

 「ふーん。なんだか面白くないわ」

 

 とある女神がそう呟いた。彼女は先程ある目的を果たしてからある少年を見続けている。彼女が起こした騒動で彼女が気にかけている少年がどのような成長を遂げるのかを誰にも見られず上から見下ろしていた。

 

 その目的の傍らで同じく気になっている男を見ていたのだが、どうにも自分にとって気に入らないことをしている。自分という極上の女神の視界に映っているというのに自分ではなく他の女が視界にいるとはどういうことだ、と言わんばかりにだ。

 

 彼女と男は一度たりとも出会っていないのだが、神というのは人が思っているよりも気まぐれで傲慢なのだ。

 

 「オッタル」

 

 「はっ」

 

 彼女の傍らには常に一人の男が控えている。彼の名はオッタル。このオラリオにおいて唯一のレベル7の恩恵を持つ『猛者』であり、他の冒険者達の追随を許さない絶対強者だ。

 

 「貴方にはこれから一人の男と戦ってもらうわ。色の黒い肌に灰のように白い髪、紅と黒を纏った男よ」

 

 「その者はなんという者でしょうか?私はその男を知りませぬ」

 

 「それは私もね。そうね、ついでに彼に名前も聞いて来てくれるかしら?」

 

 「御意に」

 

 オッタルは彼女の側から姿を消す。今を生きる人間の中で最高レベルの男の身のこなしは常人には捉えられない物だ。

 

 「ふふ……上手くいけば貴方の中の心の一端でも見れるかもしれないわね」

 

 彼女の行動にも思惑にも悪意は一欠片も無い。ただ面白そうだから、興味があるからという思いつきだけでの行動だが、それによって人が破滅しようとも彼女は気に留めない。神の気まぐれに晒されるのはいつも人間であるが、時にこれは試練とも呼ばれた。与えられた試練を乗り越えられなければ試練に殺されるだけ。そして試練を乗り越え、多くの偉業を成し遂げた者達のことを人々は英雄と呼び崇め讃えられるのだ。

 

 彼女が気にかけている男が、今の自分が持つ最高戦力を相手にどのように立ち回るのか。それが暇を持て余した神の娯楽の一端になるのだろう。彼女は己以外に誰も居なくなったその場でただ微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここのお店のケーキ、美味しいですね」

 

 一方でアーチャー達は適当に入った喫茶店で軽食を取っていた。適当に入ったと言ってもそこそこ評判の喫茶店ではある。

 

 「ふむ、美味いな」

 

 アーチャーはケーキではなくコーヒーのみを頼んで飲んでいたが、何気なく選んだコーヒーが彼の琴線に触れたようだ。思いがけない掘り出し物を見つけたのだろう。

 

 「口の中に残らない程よい苦味も風味も良い」

 

 「あら?貴方はこういう物に詳しいんですか?」

 

 「昔、執事のバイトをしていてね。コーヒーや紅茶の淹れ方、マナーや作法は真っ先に叩き込まれた覚えがある」

 

 「ふふ、機会があれば見てみたいです。そんな貴方の姿」

 

 「……機会があれば、な」

 

 もう記憶とも呼べないような脳の中から浮かんでくる水泡のような思い出だが、そんな生前の穏やかな一光景もアーチャーにとっては大切な物だ。

 

 祭の最中だが喫茶店の中は静かで落ち着く雰囲気だ。外の賑やかな声は殆ど聞こえてこない。だがそれはあくまで賑やかな程度ならばの話だ。

 

 『グオォォォ!!』

 

 空気を目一杯吸い込んで放たれた咆哮が空気を揺らす。大きな獣のそれに似たそれは間違っても平和な街の中から聞こえて来てはいけない物騒な物だ。突如として出現した『バグベアー』に市民達はパニックに陥った。パニックは伝染し、大本の原因であるバグベアーから蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 

 一方で檻の拘束から解放されたバグベアーにとって、今の気分は最高な物だろう。逆に目の前に映り込む人間達の叫び声は耳障り極まりない。目を落とすと躓いたのかバグベアーの前から動けない少年が涙を浮かべて地べたを這うように逃げていた。

 

 バグベアーは19階層に出現するモンスターだ。甘い雲菓子(ハニークラウド)を求めてセーフティゾーンである18階層に姿を現すこともあるが、巨大な体と腕から放たれるパンチや突進、生えている鋭利な爪は一般人どころかレベル1の冒険者では太刀打ちできない。レベル2や3ですら複数人で相手をしなければ最悪命を落とすかもしれない文字通りのモンスターだ。

 

 「ひっ……」

 

 怯えるのも無理はない。見たところ街で商売を営む商人の息子と言った所か。身を守る手段もなければ脅威に対峙したこともないような子供なのだから。

 

 そして振り下ろされるバグベアーの右腕。受ければ骨折程度で済む訳がない。少年は死を前にして目を閉じた。人間を殺すことが頭に染み付いているバグベアーにためらいなどなく、このままいけば自身が死ぬまで殺戮と破壊を繰り返すだろう。だがバグベアーにとって不幸なことが一つあるとしたら、お人好しの正義の味方が一部始終を見ていたことだろうか。

 

 瞬きくらいしか出来ないような刹那、バグベアーは灰となった。

 

 男が喫茶店の席を立ってバグベアーに接近しながら投影した夫婦剣を手に、バグベアーに振るう。まずは脅威を生み出す右腕を斬り落とす。振るわれた雄剣の干将を相手にバグベアーの肉は障壁にすら成り得ない。続いて雌剣の莫耶がバグベアーの心臓辺りに埋まっている魔石を目掛けて手を伸ばす。深々と刺さった莫耶は奥深くに埋まっている魔石を打ち砕いた。トドメに右手を斬り落とした干将を体を捻りながら後ろに周り、背中を大きく切り裂きながら首と頭を目掛けて切り上げ真っ二つにする。

 

 一種の芸術にも見える美しさと効率化された作業が組み合わさり、バグベアーは死を認識すら出来ず、意識を手放すことになる。

 

 「大丈夫か?少年」

 

 涙が浮かんだ目で見上げて見るとそこにはバグベアーは既に居なかった。変わりに双剣で武装した男が居た。最後に見た光景は実は悪い夢じゃないのかと疑いたくなるが、剣に付いた血が現実に起きたことなんだと認識する。

 

 「怖かったのか?無理もない、だけどもう大丈夫だ」

 

 剣が目の前で消えて、空いた手で少年の頭を軽く撫でた。

 

 「お見事です」

 

 「ああ、だがモンスターが脱走するとは……ガネーシャは一体何をしている」

 

 いつもとは違う轟音が響くオラリオの中で、アーチャーは辺りを見渡した。

 

 「すまんがアミッド、観光は終わりだ。この子を頼む。ディアンケヒトの店に戻れば助けのいる怪我人がいるかもしれない」

 

 「ええ、少々残念ですが、この騒動では仕方ありません」

 

 助けた少年をアミッドに引き渡し、アーチャーは屋根に登り上からオラリオ全体を見渡すように駆け始める。

 

 穏やかな街並みの中から騒動で荒れている方が似合っていると思ってしまう辺りどうしようもない愚かな男だと、アーチャーは自分で自分のことを嗤う。だがそれすら許さない暴威がアーチャーを襲った。振り下ろされた大剣をアーチャーは干将と莫邪で受け止める。

 

 あまりにも突然襲いかかって来たため対応が遅れた。体勢が良くない。

 

 「チィ……」

 

 「外見の特徴が一致する。ならば俺の標的はお前か」

 

 真正面から受けきれないのなら逸らせばいい。剣を正面からではなく横に逸らして力を逃した。振り抜かれて描かれた軌跡の先にアーチャーの姿は無い。だが襲撃者もアーチャーを逃がすつもりはないようだ。続く第二第三の斬撃が振るわれる。

 

 「クッ、面倒な」

 

 フードで顔を隠した襲撃者の正体を考察する。強力な膂力と巧みな技術、そしてがっしりと鍛え上げられた強靭な肉体、どれも生半可な物ではない。第一級冒険者、それすら超えている。

 

 路地裏に落とされたが故に一端仕切り直すべく距離を取る。

 

 「貴様……『猛者』だな?」

 

 「……」

 

 「答えるつもりはないか。だが貴様のその他者を寄せ付けない力を持つ男など、私はレベル7の猛者オッタルしか知らないな。それで、要件は何かね?大方貴様の所の女神の気まぐれと言ったところか」

 

 「……俺に与えられた任は貴様と戦うこと。そこに俺の思惑など存在せず、あるのはあのお方の寵愛に応えることのみ」

 

 「なるほど……貴様の所にいる女神は相当質が悪いようだな。貴様程の男ですら心をつかまされ、あろうことか美と愛で溶かすとは。磨けば究極に至れるかも知れない武勇が錆びついているんじゃないか?」

 

 「それでも俺はあの方の御心に応え続けるのみ」

 

 「どうしても戦いは避けられんか……」

 

 両者の剣が再び交わる。一撃一撃ごとに発生する余波は周りの建物を抉るが、それぞれの敵には全くダメージが通らない。

 

 (ただひたすらに面倒だ……時間を稼がされているのか?)

 

 アーチャーをして、オッタルは決して勝てない相手ではない。恩恵を与えられた時点でのアーチャーのレベルは8だった。その時点でアーチャーに対して恩恵からのステータスの上方補正は全く無かった。おそらく恩恵は一般的な人間のステータスを基準にして0地点が決められて加算されていくのだろう。

 

 言ってしまえばアーチャーは現時点ではオッタルよりも格上なのだ。レベル差が1あると勝ち目が殆ど無くなるという常識ではあるが、アーチャーが求めているのはいかに迅速にオッタルを下すことが出来るかだ。オッタルの技量は人間の中では間違いなく最上級だ。

 

 何度も剣戟を繰り返してどれも致命傷を与えるに至っていないことがそれを証明している。勝てない相手ではない。だが楽に下せる相手でも無いのだ。こうしている間にもモンスター達は暴れ、被害は拡散していく。

 

 オッタルの持つ大剣が半ばから砕けた。何度と繰り返される剣戟に武器が耐えきれなくなったのだ。だがオッタルは自分の持っていたバックパックから新しく直剣を取り出した。中に見える武器の数にアーチャーの顔が歪む。オッタルにとってアーチャーと戦う理由は自身が崇拝する女神の指示だからだ。だがアーチャーからしてみれば全く以て迷惑な話でしかない。

 

 『オラァ!!邪魔だ!!』

 

 一際目立つ怒声と共に何か赤い物体が飛んでくる。壁に激突したそれはその衝撃で赤い液体を撒き散らした。最早原型が分からなくなるまでグチャグチャになったモンスターの成れの果てだった。

 

 「あん?なんでテメェがこんな所にいやがる?」

 

 返り血で所々が赤く染まっているランサーがそれよりも血で赤く染まった槍を担いで現れた。

 

 「ったく、街はモンスターのせいで慌てふためいてるってのに、テメェはこんな陰湿なとこで油売ってやがんのかよ。こういうのはオレの役目じゃねぇだろ。雑魚の相手はテメェの方が得意だろうに」

 

 ふとアーチャーは良いことを思いついた。不意に現れたランサーのおかげで。

 

 「フッ、そうだな。貴様は強い奴と戦うために召喚に応える変わり者だったな。ランサー。ならば丁度いい、貴様と私の役目を交換するとしよう」

 

 「なんだよ……妙に物分りが良いじゃねぇかよ。思わず寒気がしたぜ。だが悪くない答えだ」

 

 アーチャーは直ぐ様その場を離脱するべく跳び上がった。

 

 「貴様ッ!!まだ決着は付いてないッ!!」

 

 己を前にして逃げたからか、それとも面倒事で片付けられ挙句の果てに眼中にすら入れられなかったからか、どちらにしても猛者は吼えた。逃げた弓兵を叩き落とすべく己も跳ぶ。

 

 「甘メェよ」

 

 視界の外から飛び出て来たあの青い男がオッタルの頭上から槍を振り降ろした。とっさに剣で受けるが、叩きつけられ家屋に激突する。

 

 「さっさと立てよ。そんなモンじゃくたばれねぇだろ?猛者さんよ」

 

 「グッ……邪魔をするな、見知らぬ男よ」

 

 「お断りだね。こちとら消化不良で苛立ってんだ。簡単にくたばってくれるなよ?」

 

 神速の槍がオッタルの心臓を射抜くべく煌めく。オッタルの剛剣が槍ごとランサーを砕くべく猛威を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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