ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】 作:たい焼き
「じゃあお爺ちゃん、いってきます」
これといって何も秀でた所が無い村の更に外れた位置にある小屋の前で少年が一人、別れの挨拶をしていた。
少年の祖父はモンスターに襲われてそのまま亡くなった。一人残された少年は、途方に暮れていたが、予てから考えていたことを実行に移した。
ほんの僅かな路銀を手に、少年は冒険者達が集う迷宮都市オラリオに移住することを決意した。
オラリオに向かっている馬車の荷車に便乗させてもらい、しばらくの間心地よい風に煽られながらオラリオを目指す。
やがてオラリオの街が見えてくる。
巨大な街全体が高く堅牢な城壁で囲まれており、巨大な門には屈強な門番が街の中に危険な物や人間が入らないように常に目を配らせている。
「ここが、オラリオ……」
少年の目はまるで憧れて追い求めていた物を見たかのように輝いていた。祖父から聞かされた色々な過去の英雄達の物語のような冒険に少年は本気で憧れ、自分もそうなりたいと胸に秘めていた。
「……あれ?」
門の前に辿り着くと、そこに一際大きな存在感を放つ男の姿が目に入った。
青いタイツのような装束のみを纏って顔や手以外の全身の肌を隠しているが、その装束の上からでも分かる鍛え上げられた肉体は生半可な訓練などでは手に入らないだろうと容易に想像させる。
「あの、すみません。もしかして、貴方も今オラリオに来た人ですか?」
「ん?ああ、そうだぜ」
「やっぱり!ってことは貴方も冒険者になるためにオラリオに?」
「いんや?迷って真っ直ぐ歩いてたらたまたま着いたってとこだな」
男はオラリオのことを知らないような口ぶりで答えた。オラリオと言えば世界有数の主要都市の一つだ。当然その名も世界に轟かせている。
「そうなんですか……?」
「途中で盗賊に襲われてな。適当に蹴散らして情報を吐かせたが、そいつらが知ってた街に行ってみただけだぜ?」
オラリオは控えめに言っても世界で一番人や物が集まる。そこから各地方都市や村へと流れる物流を狙ってオラリオ周辺にはそれなりの数の盗賊集団がいる噂がある。
「すごい!!お一人で盗賊達を倒したんですか!?」
「まあな」
目を星のように輝かせて男を見上げる少年。少年は手に届きそうにもない偉業に手を届かせたくてオラリオに来たのだ。男からは歴戦の勇者のような輝きを感じていた。
「あの、僕、ベル・クラネルって言います。貴方のお名前は?」
「俺はそうだな……ま、気軽に『ランサー』って呼んでくれや」
「なんだよ坊主。そんじゃあ女に出会いたくてここまで出張って来たのかよ?」
「うぅ……そうですよ。悪いですか……?」
「悪かねぇよ。むしろいいじゃねぇか」
広場の近くで買ったジャガ丸くんという料理を片手に雑談を楽しんでいる。ベルはここまでの旅費で碌な金額を持っていなかったため、ランサーが盗賊から迷惑料代わりに徴収した金を使った。
「男ってのはなぁ、若い時くらい夢持ってた方がいいんだぜ。それ目掛けて必死で歩いてな。それで最期に笑えれば御の字だ」
「そういうものなのでしょうか?僕も、死ぬ時になったら笑えますか?」
「そいつを決めるのは坊主自身だ。時には人生を分ける選択肢ってのもあるし、血反吐吐いても超えなきゃならねぇ壁ってのもある。そいつら全部乗り越えた奴だけが自分の生き様に満足して笑って逝けるのさ」
ランサーはそうベルに笑って見せる。
「そうとなりゃ話は早ぇ。とっととファミリアとやらを見つけてきな。オレも付いてってやるよ」
「は、はい!!わかりました!!」
「おっと、ちゃんと信用出来る主神を見つけてこいよ」
期待を胸に秘めて、ベルは駆け出していった。その背中が見えなくなるまで見送ったランサーは再び座っていた椅子に腰をかける。
「さぁて、何をするかねぇ」
ベルを待っている以上、この広場からは暫くは離れることが出来ない。
「タバコでも吸うか」
暇に耐えかね、タバコを求めて立ち上がり、売っていそうな店を探そうとしたときだった。
「いやっ、離してください!!」
広場から少し離れた酒場のような場所で少女の悲鳴が聞こえてきた。
「いいじゃねぇかよ。その格好ならウェイトレスだろ?酒の一杯くらい注いでくれよ」
「買い出し帰りですし、それにここの店員ではありませんので……」
「細けぇこと言うんじゃねぇよ。一杯注いで終わりだぜ」
酒場のテラスで昼間から酒を飲んで酔ったガラの悪い冒険者の二人が偶々通りかかった女性に悪酔いして絡んでいるようだった。
「ですから、私は急いでいるんですって!!」
「ちょっとくらいいいじゃねぇか。減るもんじゃ『じゃあオレが注いでやるよ』あ?」
次の瞬間、瓶に入ったエールが男の頭上からぶちまけられる。
「なっ、何しやがる!!」
「何って、あんだけ酒飲みたかったんだろ?だから浴びるくらい飲ませてやった、それだけだろ?」
ランサーは今までの冒険者二人の一連の動きを観察していたが、てんで大したことのない動きだ。態勢の立て直しも状況の把握能力も精々一般人に毛が生えた程度だ。
ここまでにベルが熱く語っていた冒険者とやらはこの程度なのかと落胆するばかりだ。
「テメェ、ふざけやがって!!」
酒と怒りで判断能力を失った男が拳を振りかぶって殴り掛かる。恩恵で強化された力を我武者羅に振るものだからか拳に力が伝わっていないし、何より動きもメチャクチャだ。
「よっと」
ランサーは容易く回避し、伸び切った腕を掴んで男を床に叩き付け、ついでに腕の関節を外す。
「ギャッ!!」
ゴキッという鈍い音と悲鳴と共に男が一人戦闘不能になり床に崩れた。
「よ、よくも相棒を!!」
次にもう一人が大剣を手にして襲いかかった。といっても武器屋で売られている安物で大した性能もない。だが冒険者が思いっきり叩きつければ低レベルでも地面に亀裂を作る程度は出来るだろう。
だがこれも技術が伴っていなければ軽くて遅い一撃だ。ほんの少し下がって上から大剣を踏みつけてやれば容易く地面にめり込んで使えなくなる。
「惜しかったな」
武器を失って呆気に取られている男にランサーの蹴りが炸裂した。蹴り上げられて宙を軽く一回転しながら広場の方に叩き出された。
「なんだよ呆気ねぇな」
ランサーからしてみれば期待はずれもいいところだ。ファミリアに所属して早々にダンジョンの深層深く潜ることも視野にいれた。
「あの、助けてくださってありがとうございます」
側で見ていた少女が礼を伝えに来た。
「いいってことよ。嬢ちゃんも災難だったな」
見た所目立った怪我も無く、荷物にも損害は無さそうだ。
「随分とお強いのですね。冒険者の方ですよね?」
「いんや?そのつもりだがまだ冒険者じゃねぇよ」
女性の顔が軽く歪んだ。オラリオにおける恩恵のレベルはそのまま戦闘能力に次元違いの差を生むというのが常識だったからだ。
「それよりも行かなくていいのか?急いでるんだろ?」
「あっとそうでした。私、この近くの『豊穣の女主人』という酒場で働いています。もしよろしければ是非ともご来店ください」
「おう、ありがとな。機会があれば連れと寄らせてもらうぜ」
少女は笑顔でお辞儀をして足早に去っていった。
「おーい、ランサーさーん!!」
「おっ、来たか」
ベルがちょうど良く広場に戻ってきた。どうやら入団出来るファミリアを見つけたようだった。
「見つかりましたよ!!僕を入れてくれるファミリア!!」
「おう、分かったから落ち着けっての」
ベルが連れてきたのはこれからベルが眷属となるファミリアの主神らしき者だ。低身長に対して豊かに育った胸が不釣合いに見えるが、その身から感じる気は紛れも無く神のそれだ。
「なんだぁ?えらく小せぇが」
「むっ、君中々失礼だな。これでも僕は神だぞ」
「分かってるよ。そんくらいは分かるぜ」
その女神の名は『ヘスティア』ギリシャ神話にて炉の神であり、アテナ、アルテミスと同じく処女神である。
ちなみに原典にてアウトな性格の持ち主が多いギリシャ神話では数少ない良心である。
「で、ここがその神の家、ねぇ……」
目の前に立っていたのは、今にも崩れそうなくらいにボロボロになった教会の跡地だった。ここの地下で生活しているらしい。
「なぁベル。オレは確かに信用出来る神を見つけろって言ったがな、アレ撤回するわ」
「いやいやダメですよランサーさん!!せっかく入れてくれるって言ってるんですよ!?」
聞けば華奢で小さい見た目で判断されたベルは何処のファミリアにも入れて貰えなかったらしい。そこに一からファミリアを作ろうとしているヘスティアが通りかかり、出会ったという。
「いいやい、どうせ僕は引きこもりの駄神だよ……」
「ほら神様が拗ねちゃいましたよ!!」
「まあベルがここがいいって言うならオレは何にも言わねぇよ」
面倒くさそうにランサーも了承する。できればある程度上位のファミリアに入って鍛錬を積んで欲しいところだが、四の五のは言っていられない。
廃教会の地下の居住スペースに降りてきたが、お世辞にも余り良いとは言い難い部屋だった。
ある程度の瓦礫や埃は掃除されていたが、家具や食器等は安物が多いのが目立つ。
「それじゃ、恩恵を刻むから上着を脱いで横になってよ」
背中を露わにしたベルの背中にヘスティアは自らの血を垂らした。
ヘスティアの血とは即ち神の血。それがベルの背中に染み渡り、淡い光を放つと共に形作られ、人の言語ではない言葉で書かれた一つの契約が完成する。
「へぇ……
「うん、さて、これで終わりだよ」
完成した恩恵に書かれた神の言語を共通言語に書き直した物を羊皮紙に写してベルに見せる。
ベル・クラネル
Lv.1
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【 】
「最初はこんなもんだろ」
恩恵は受け取った時点を0として、そこからは経験を積んでいくことで成長していく。故に初めはどんな腕自慢だろうが力の弱い者でも0からなのだ。
「まあ誰だって最初はここからさ。これからの成長に期待できるよ」
「わかってはいましたけど、がっかりする気持ちはありますね……」
ヘスティアの視線が上着を着直したベルからランサーに視線が向けられる。
「じゃあ次はランサー君だね」
「オレか?オレは別に恩恵はいらねぇんだけど。多分意味ないし」
「まぁまぁそう言わずに・・・」
ランサーも半裸になって横になる。服の上からでも分かったが、本当に無駄な筋肉が削ぎ落とされた体は芸術の域に入っている。
「さてと……始めるよ」
だが神にも予想外の事態が起こる。垂らされたヘスティアの血はランサーの体に触れる瞬間に弾かれて消え去った。
「な、なんですか今の!?」
「僕にも分からないよ!?」
「やっぱこうなるよなぁ……」
ランサーにとっては予測の範囲内であった。
「恩恵ってのはよ……『生きている』『下界の人間』に与えられるモンなんだよな?」
「そうだよ。こんなことは今まで起きた前例も無いよ」
「だろうよ。だってオレはどっちにも当てはまらねぇんだからな」
「どういうことだい?」
「チッ、仕方ねぇな。こっちのやり方でやってやるから手ェ出しな」
ヘスティアは分かったよ、と言いつつ手を差し出す。
『―――――告げる。我が身は汝の元に、汝の命運は我が槍に、聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら―――――どうする?』
「ッ、―――我に従え!!ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!!」
狭い部屋の中が魔力で満たされる。異質に変質していく空間に取り込まれながらも、ベルは一歩も引かず、ヘスティアもその手を取った。
直後、ヘスティアの手の甲に魔力が集中し、令呪が焼き付けられ、ランサーとの間に魔力のパスが繋がる。
「ランサーの名に懸け誓いを受ける。お前を我が主として認めよう、神ヘスティア」
先程までの軽い雰囲気は何処かに引っ込み、今在るのは歴戦の戦士に相応しい圧倒的存在感。それだけで廃教会は崩れそうだ。
「さぁて、改めて自己紹介でもするか。これでオレはアンタのサーヴァントだ。」
「サーヴァント?ってことは使い魔みたいな物かい?詳しく説明してくれないか?」
ランサーは己の事を説明する。サーヴァントの事や令呪の事等、あらかた二人に説明する。
「ってことはランサーさんは英雄なんですね!!」
「おうよ。大昔に武功を上げて、英雄って呼ばれて戦い抜いて、最後は戦場で満足して死んじまったがな」
「で、いい加減君の名前を教えてくれないかい?ランサーってのは役職のような物なんだろ?」
「あ?言ってなかったか?まあいいか。オレの名前は『クー・フーリン』だ」
「「ええええぇぇぇぇぇ!!?」」
ただでさえ狭い室内に絶叫が響き渡る。
「うっるせぇ!!近所迷惑だろうが!!」
「だってクー・フーリンって言ったらあのクランの猛犬ですよ!?ケルト神話最大最強って言われてる大英雄の中の大英雄じゃないですか!?」
「僕の神話のヘラクレスとどっちが強いかで何度も賭けがあったけど、結局五分五分だったのはいい思い出さ」
「ヘラクレスだぁ?まあ場合によるな。あいつがバーサーカーなら面倒だが勝てねぇことはねぇが、アーチャーで来られたら厳しいってところか?」
「戦った事あるんですか!?」
「おう。とある戦いに召喚された時にな」
「さて、これで恩恵は与え終わったけど、ランサー君は恩恵を受けられなかったから、もしかしたらダンジョンに入れないかもしれないよ?」
「そうか?んじゃ仕方ねぇな。適当にバイトでもしてみようかね」
「大英雄がバイトするんですか……?」
「まあ前に召喚された時にやったから何とかなるだろ。ま、気軽にやろうや」
こうしてヘスティア・ファミリアは始めの一歩を刻んだ。だがまだオラリオに波乱の渦は巻き起こる。