ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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あけましておめでとうございます


怪物祭 その2

 時は少しばかり巻き戻る。

 

 現在時刻は大体午前10時頃。朝の支度を終えて仕事に向かい働き始めたはいいが朝一番に入れた気合が抜け始める時間帯ではないだろうか。働く者にとっては何とも言えない時ではあるが、反面そうでない者にとっては至福の時ではないだろうか。

 

 朝起きてしばらく時間が経っているので目も冴えて、体から怠さが抜けてようやく動き出すのに最適な状態になる。目覚ましで食べた朝食や珈琲、紅茶が消化されて小腹が空いて来る頃でもある。

 

 「おはようございます。アーチャー」

 

 「ああ、おはようアミッド」

 

 噴き上がった噴水の水が小さな虹を作る中、男と女は予め約束していた広場の噴水近くで落ち合った。女性の方は薄めだが清涼感の漂う白色の服装に身を包んでおり、いつもの店の制服とはまた違う一面を見せる。薄っすらとだが化粧もしているようだった。もしも彼女の普段しか知らない者が今の彼女を見れば、こんな一面もあるのかと感嘆するか、見惚れるかの二択ではないだろうか。

 

 一方男性の方は普段と特に変わらない。いつもの紅い外套は置いて来てはいるが、黒いボディーアーマーだけはそのままだった。もう少しお洒落という物に関心を向けてもいいのでは、と女性は内心で思うが、結局最後にはこのままの方が彼らしいという結論に行き着く。

 

 「もうちょっと身だしなみを捻って見るというのはどうでしょうか?アーチャー」

 

 「ふっ、生憎昔から服だとかこういう物に疎くてね。結局何も変わらないままここまで来てしまったよ」

 

 合流してからは適当に時間を潰しながら目的地の闘技場に足を運ぶ。途中の出店で適当に食べ物を購入するのも忘れない。そして二人は怪物祭の影響で安売りをしている服飾店に入った。

 

 「やはりアーチャーは紅か黒、もしくは白が本当に似合いますね」

 

 「ふむ、あまり意識したことはないんだがね」

 

 ヒューマン向けの店に入って見たはいいものの、中々しっくり来る物が無い。彼自身がヒューマンらしからぬ特異な見た目をしているからか、この店の商品の中にピッタリの物が無いのだろう。むしろ装飾の無い無地の服の方が彼自身の素が見れて似合うのではないだろうか。

 

 「アミッド、気持ちは嬉しいがあまり無理はしなくていい。正直に言って着飾っている私の姿は想像できん」

 

 「……えいっ」

 

 アーチャーの視界が急に変わる。

 

 「っ……これは、眼鏡か?」

 

 「はい。度が入っていない伊達眼鏡って物です。合う物が無いのであれば、せめて顔だけでも印象を変えて見てはいかがでしょうか。投げやりですけど」

 

 「……なんでさ」

 

 アーチャーは側にあった鏡を覗き込んで見る。不思議と似合う黒縁の眼鏡だったが、どこか違和感がある。自分がどんな存在かは生前も死後も向き合い続けている分よく知っているが、自分に剣以外の何が似合うかなど、考えたこともなかったとアーチャーは思い至った。

 

 「うーん。あっ、どうせなら髪も下ろしてみますか?」

 

 「……それは勘弁願いたいな」

 

 それだと何時ぞやの時に置いて来たあの未熟者に見えるじゃないか、とアーチャーは誰にも聞こえない心の中で呟いた。自分自身は別に嫌いではない、未熟な自分が抱いた未熟な思想だけは決して許すわけにはいかないが。

 

 「……アーチャー?」

 

 「……はぁ、分かった。……これでいいか?」

 

 くしゃくしゃと髪を下ろす。するとアーチャーに取ってはとうの昔の自分に似た男が鏡の前に現れる。

 

 「アーチャー。貴方は結構童顔なのですね」

 

 「言ってくれるな。顔は成長しても大して変わる物じゃないんだ……」

 

 いつも厳しい顔をしているアーチャーの顔は、アミッドには少し柔らかく見えた。ほんの少しの悪戯心に従ってからかってみたが、また違った一面が見れて微笑ましく思う。気障で皮肉屋、そして悲観的な彼だが、内側に相手を気遣う優しさを秘めていることも知っている。

 

 でなければ彼との間に私生活で交友関係が生まれることはなかった。とアミッドはあの時のことを思い出す。

 

 「そろそろ闘技場に行くかね?」

 

 なんだかんだ言いながら眼鏡をかけたまま居てくれるらしい。

 

 「はい。行きましょうか」

 

 立ち位置はアーチャーの隣。密着はせず、お互いに一歩分の距離を置いて、それでも置いていくことも置いていかれることもなく、二人は闘技場を目指す。恋人の関係よりも遠く、あくまで知り合いや仲間の関係を貫く。

 

 アミッドは彼とのこの距離感を気に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて会ったのはダンジョンの中層、18階層より下で薬草の採取をファミリア単位で行っていた時のことだった。普段なら他のファミリアにクエストの形で依頼し、報酬と引き換えにポーションやその他の薬の材料を確保しているディアンケヒト・ファミリアだったが、その日の翌日に迫った大きな取引で引き渡すポーションの材料が足りないということが直前になって発覚してしまい、クエストを出す暇が無かったためファミリアが一丸となってダンジョンに潜った。

 

 危険も伴うのだが、この形の方が支出が減って結果的に儲けに繋がるため時たまに行われている小さな遠征のようなものだ。そこそこ頻度があったためファミリア全体のレベルも規定値を超えていたのも幸いしてさして問題も無く目的地に到着して無事に材料となる薬草等を集め終えた。

 

 だが帰る時程油断が生じるというのも強ち間違った認識ではないらしく、運悪くモンスターの群れに囲まれる形になってしまったのだ。荷物を抱えた状況で大群による消耗戦を仕掛けられると分が悪く、パーティが壊滅寸前にまで追い込まれてしまった。アミッド自身も命を落とす一歩手前に追い込まれた。

 

 そこに現れたのが彼だった。突如として現れた彼は初めの剣の一閃でパーティに肉薄するモンスターの前衛の命を残らず刈り取った。次いで取り出した弓で次々とモンスターの魔石を一発も外すことなく撃ち抜いた。

 

 全てが終わった時には、パーティの中に怪我の重軽傷はあったが誰一人欠けることなく生還を果たしていた。ディアンケヒト・ファミリア壊滅の危機を救った彼はその後ファミリアとして差し出された謝礼金もエリクサーを含む大量のポーションも何一つ受け取らなかった。それどころか彼はそれを使って金が無く命を落とそうとしている者達を無償で救って欲しいとまで言った。

 

 この時だろうか、少なくともアミッドは彼の異常性を知った。彼のその在り方は破綻しているとさえ知ってしまった。だが異常だとか破綻しているだとか、アミッドに取ってどうでも良かった。それでも彼が人を救うという事実だけは間違っていないのだから。

 

 そんな彼だからこそ、アミッドは手を貸したくなる。アミッド一人の力ではそこまで大きな事は出来ない。ファミリアで働く傍らで、少しでもアーチャーに有利でファミリアに影響が出ない金額を提示し、彼が求めるポーションは常に用意しておき、彼がポーションを持たずにダンジョンに行くことが無いようにするくらいだ。残念だがアミッド一人の力では彼が救おうとする人々全てにポーションは回らない。

 

 彼が何に執着して人を助けるのか今のアミッドは知る由もないが、それはきっと美しい物だと信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方でここは闘技場の前。

 

 中で繰り広げられている見世物によって生じた歓声が外にまで聞こえており、それに刺激された人々が次々と押し寄せ、入り口の前は人々でごった返している。席は既に満席が告知され、なんとか見ようと諦められない人々がキャンセルで席が空かないかと期待して長蛇の列を作って並んでいる。

 

 ここまで見世物によって歓声が上がってしまっていると、何かのトラブルの対応で慌ただしくしているガネーシャ・ファミリアの団員達やギルドの職員達の存在に気が付きにくい。

 

 席を取ってアイズ達を待っていたティオネ、ティオナ、レフィーヤの三人がその騒ぎに気がついた。ただ事ではないと尋ねてみるとモンスターが逃げ出したとのことだった。アイズが既に対応に回っていると話を聞いて、ロキの指示の下、アイズのフォローに回ることになる。

 

 「そういえばセイバーたんはどこ行ったんや?涎垂らして祭りを楽しんで来ますと言っとったけど」

 

 ロキの問に三人とも知らないと答える。ただ彼女のことだ。ロキ・ファミリアの二軍ほぼ全員の稽古を付けてなお余裕を保っている彼女ならばモンスター一体や二体程度に遅れを取るとは思えない。

 

 「おや、神ロキに皆さんも、無事でしたか?」

 

 件のセイバーが私服姿で現れた。

 

 「あら、セイバー。そっちこそ、祭りを楽しんでいるみたいね」

 

 セイバーの声がする方向を見ると、その小さな体から零れそうになる程に抱えられたご馳走の山があった。セイバーから見て以前召喚された時代のフランクフルトやホットドッグ、焼きそばや綿菓子に近い食べ物をモグモグと食べながらここまで来たようだ。相変わらずよく入るお腹だなぁと思いながら、その光景を皆が見ている一方、レフィーヤは少しイライラしていた。

 

 「セイバーさん!!今は非常事態なんですよ!?そんな呑気に食べてる場合じゃないですよ!!」

 

 「ですがレフィーヤ、非常事態だからといって慌てても何も始まりません。幸運にも誰一人怪我人がおらず、被害は皆無です。きっとどこかの誰かがモンスターを倒しているのでしょう」

 

 「それはアイズさんが一人で一生懸命に倒しているからですよ!!」

 

 「そうでしたか。それより、何やら嫌な予感がします。皆さん、充分お気をつけください。私も少しばかり見回って来ます」

 

 いつの間にか全て食べ終わっていたセイバーはその場からさっと姿を消す。直後、その予感は悪くも的中することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、この辺りなら被害は出ないでしょう」

 

 セイバーは私服を解いて武装し、剣に風を纏わせる。それはアイズ・ヴァレンシュタインの切り札である魔法『エアリエル』に似ていた。厳密に言えば魔術に近いセイバーの宝具の一つ『風王結界(インビジブル・エア)』だ。セイバーはスキルの魔力放出において、最も得意とする使い方は風を噴出するように使ってロケットのように飛びながらの攻撃や移動だ。魔力放出とこの風は別物だが、共通点が一つある。それは『魔力の残滓を周りにばら撒く』ことだ。

 

 「出てきなさい。地下に居ることは分かっています」

 

 次の瞬間、地面が割れて地中から蛇のようなモンスターが何十匹も飛び出してくる。目や口の無い奇妙な蛇だと思われていたそれは次の瞬間パカリと割れて本来の姿を表す。その正体は花だ。ただし多数の花弁と口の中に鋭い歯が多数並んでおり、滴り落ちる粘液は地面に垂れるとそこをドロドロに溶かしていた。

 

 「ダンジョンに居たわけではありませんね。誰かが地下に持ち込んだのでしょうか。であれば下水道か」

 

 少なくとも持ち込んだ輩は碌な存在ではあるまい。魔力に反応している花のモンスターは一斉にセイバーに襲いかかる。そして、セイバーの一太刀で数匹のモンスターの頭とその下が生き別れになる。

 

 流石にその一瞬の攻防に怯んだ残りのモンスターが一端下がる。

 

 「ガネーシャ・ファミリアが持ち込んでいたモンスターより幾分か硬い。少なくともガネーシャ・ファミリアでもモンスター脱走事件の首謀者の仕業でもありませんね」

 

 大体の強さは今の攻防で判明した。その硬さから打撃攻撃には滅法強いタイプのようだが、斬撃への耐性はそこまででもないらしい。

 

 「ここで取り逃したら後ほどが面倒だ。ここで全て殲滅しましょう」

 

 風を纏った不可視の剣が、一筋の閃光となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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