ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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電子ドラッグキメてました。

他の小説の投稿も遅れてる身でCivilizationなんてやり始めるんじゃなかった。

だがオレのPCの積みゲーの山にはまだ一つCivilization6が残ってる。今消化中の5の後ろにはそれに加えてハースオブアイアンも幻想人形演舞も残っている。

すみません、真面目に書きます。


怪物祭 その1

 今から話す出来事は怪物祭が行われる前日の出来事だ。

 

 「……」

 

 「……」

 

 自室で書類仕事を処理しているヘファイストスだったが、目の前に映り込む女神のせいでイマイチ集中しきれていない。

 

 「あんたねぇ、いつまでそうやってるつもりなのよ」

 

 額まで床に付けて擦り切れるくらいに頭を下げて精一杯の謝意を示している。神の宴が閉幕してからまる一日以上、この女神は土下座を続けている。

 

 「……はあ、あのねぇヘスティア?『ヘファイストス・ファミリア』の武具は上級鍛冶士が打った武具ならば最高品質。性能は勿論値段だって一流なのよ。子供達の血と汗で出来ている武具を友人ってだけで譲るなんて出来るわけないでしょう?顧客にも示しが付かないし何より商売に一番大切な信用を失うことにも繋がるのよ」

 

 それはヘスティアにだってわかっている。ヘファイストスは鍛冶を司る女神だ。その実顧客の信用などより自分や子供達が打った武具という物に絶対の自信と誇りを込めている。そうやって己の命の一部を金属に溶かし込んで鍛え上げた物こそが冒険者の命を守る武具となる。

 

 「ヘスティア、教えてちょうだい?何が貴方をそこまで駆り立てるの?」

 

 そこでヘスティアは土下座を止めた。立ち上がってヘファイストスにしっかりと向き合う。既に来ていたドレスは撚れてシワだらけになりとてもではないが宴に参加していた時の美しさを保っていない。

 

 「あの子の力になりたいんだ!!あの子は、ベル君は僕の初めての眷属なんだ!!今あの子は変わろうとしてる!!目標を見つけて高く険しい道のりを走り出そうとしてる!!だから欲しいんだ!!あの子の道を切り開ける武器が!!僕はあの子に助けられてばっかりで、神らしいことは何一つしてやれてなくて……だから、何もしてやれないのは嫌なんだよ……」

 

 精一杯に張りつめた声、最後は真性の悔しさと情けなさで消え入りそうな声で絞り出されたヘスティアの気持ちは確かにヘファイストスにも届いた。

 

 「その願い、私が叶えようか?」

 

 魔力の粒子が部屋の中で光を放ち、人影が一つ形を持って現れる。

 

 「君は……?」

 

 「紹介が遅れた。私はアーチャー。ヘファイストスのサーヴァントとして契約関係にある。君のところのランサーの部署違いの同僚のような者だ」

 

 「アーチャー……悪いのだけど……」

 

 「少し待ってくれ。神ヘスティアよ。私も鍛冶の心得は持っている。私で良いのならば、私が君の眷属君の武器を打たせて貰おう。代価に期日は設けないし格安で構わない。さて、どうするかね?」

 

 「えっと、ごめんねアーチャー君。悪いんだけど、僕は出来ればヘファイストスに打って欲しいんだ。その申し出はありがたいけど、ごめんね」

 

 「だそうだが、どうするかね?マスターは」

 

 「初めからわかってるくせに。ちょっと意地が悪いわよ」

 

 ヘファイストスは棚に掛けられていた工具を手に取る。それはヘファイストス自身が腕を振るうという意味である。

 

 「大事な神友だもの。私以外が武器を打つなんてあり得ないわ」

 

 「ああ。それでこそ我がマスターだ。では私は大人しく引いて完成品を見せてもらうとしよう」

 

 ヘスティアは喜びながらヘファイストスと共に彼女の工房へと向かって行った。

 

 「だが私は既に武器を打って渡したぞ。君がその気になる前ならばこの話は適用されまい」

 

 フッっと微かに笑みを浮かべてアーチャーは再び姿を魔力に溶かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神ヘスティアが本拠に帰らなくなってから既に三日過ぎた。ベルは今日も金を稼ぐためにダンジョンに潜ろうと本拠を出ようとした。

 

 「待ちな坊主」

 

 ランサーが後ろから声を掛けて引き止める。

 

 「こいつは餞別の新しい武器だ。性能はオレが保証するぜ」

 

 「えっ!?いいんですか!?」

 

 ベルは布に包まれたそれを二つ受け取る。布の上から分かるのは形が二つとも同じであるだ。

 

 「開けてもいいですか?」

 

 「勿論だ。もうそれはお前さんの武器なんだぜ」

 

 布が解かれる。ベルの両手に握られるのは二振りの短刀だ。片方は黒の、もう片方は白を基調とした剣だ。剣の知識はほんの少ししかないベルだったが、この剣が二本で一対の所謂夫婦剣と呼ばれる武器であることが分かった。

 

 「すごくカッコイイです!!でもこれ高かったんじゃないんですか?」

 

 「んなこと気にすんなや。別に借金なんかしてねぇしな」

 

 ベルは剣をよく観察しながら、左右の腰に一本ずつ差す。支給品のナイフを後ろの腰の部分に付けて準備完了だ。

 

 ただ一つ、剣の鞘にも剣自体のどこにも作り手の意匠が刻まれていなかったのだ。普通作られた武器には作った者の名前か所属している組織の名前が刻まれるのではないかと思ったが、些細なことだと思って深くは考えなかった。

 

 その剣の作り手を示す意匠が、何も刻まないことそのものだと気づくはずもなかった。

 

 「それじゃあいってきます。ランサーさん、ありがとうございました!!」

 

 「おう、気ぃつけてな」

 

 ベルが出ていって暫くしてからランサーも身支度を整える。適当に買い揃えた服を着たランサーは、気高き武人の一面を引っ込めて、気さくで頼りがいのある兄貴質の青年に見える。

 

 「ったくヘスティアの奴。バイト押し付けやがって……。何が悲しくて芋揚げて売らにゃならねぇんだ」

 

 渋々ランサーは本拠を発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おーいっ!!待つニャそこの白髪頭ー!!」

 

 一方ベルは気合を入れてダンジョンへと向かう途中に声を掛けられた。

 

 「えっと、酒場の店員さんの、確かアーニャさん?」

 

 猫人の店員の一人であるアーニャ。酒場の中でも特に声が目立ったし、ベルも印象にも残っていた。

 

 「おはようニャ。たった二回店に来ただけでミャーの名前を覚えるニャんて、さては少年ミャーに気があるのニャ?」

 

 「あはは……おはようございます。えっと、何か用ですか?」

 

 「おっとそうだったニャ。はいコレ」

 

 ベルがアーニャに手渡されたのはどこからどうみても財布だった。特に飾りがあるわけでもなく、オードソックスな物だ。

 

 「へ……?」

 

 「これをあのおっちょこちょいに渡して欲しいのニャ」

 

 ベルの内心では考えがごちゃ混ぜになって軽いパニックになっていた。

 

 「アーニャ、それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」

 

 続いて出てきたのは金の髪が眩しいリューだった。少し怖そうだったけど、真面目に働いていた姿はベルの記憶の中にも残っていた。

 

 「リューはアホニャー。怪物祭を見に行ったシルに忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、話さずとも分かることだニャ」

 

 「というわけです。言葉足らずで……」

 

 「あぁ、なるほど」

 

 わかりませんよそんなこと……。ベルは内心そう思いながらも内容は凡そ把握した。店の開店準備のために店員の誰もが離れることが出来ず、たまたま通りかかったベルに白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 「ところで、怪物祭って何ですか?僕はオラリオに来たのがつい最近でして……」

 

 怪物祭とはガネーシャ・ファミリアが開催している祭りで、闘技場を貸し切りモンスターの調教を公開するのがメインとなるが、それに便乗して多くの店が出店等を出すことから、都市内外関わらず多くの人々が集まる年に一度の祭であるとベル聞かされた。

 

 「なるほど、では僕はこれをシルさんに渡してくればいいんですね?」

 

 「ええ、どうかお願いします。……おや?その剣、どうされたのですか?」

 

 リューの視線はベルの腰に刺さった剣に向けられる。

 

 「これですか?実はさっきランサーさんから貰ったんです。そろそろ支給品のナイフが歯が立たないからって」

 

 「えっ、でもこれは……」

 

 リューは覚えていた。それはベルが酒場に始めて訪れ、飛び出してから起きた酒場内での乱闘騒ぎ、片方は先程ベルの口から出たランサーが、もう片方のアーチャーは最近良く店の手伝いをしてくれて交友があるのだが、あの時彼が使っていた武器もこれと全く同じだったのだ。それが印象に良く残っており、リューの気を引いたのだ。

 

 「えっと、すみません、リューさん。僕そろそろ行かないと追い付けなくなってしまいます」

 

 「え、ええ、そうですね。それではベルさん、お願いします」

 

 「何なのニャー?何かあったのニャ?」

 

 「何でもありません。アーニャ、早く戻らないとミア母さんに怒られますよ」

 

 それを聞いて顔を青くしたアーニャは駆け出していった。ベルは既に姿を人混みの中に溶かしており、リューはそれを見届けてからゆっくりと酒場に戻る。気持ちの整理をするためであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で東のメインストリートでは多くの人でいつも以上の賑わいを見せており、稼ぎ時と見た多くの店は揃って出店を出して己の店の商品を売り捌く。各店舗の売り子達の呼び込みや宣伝にも漏れはない。

 

 その大通り沿いに幾つもある喫茶店の一つ。そこは今現在、妙な静けさが支配していた。客がいないわけではなく、席は半ば以上に埋まっている。

 

 その場にいる客も店員も全ての人間が惚けたように口を半開きにし、店の一席に視線を集中させているからだ。窓辺の席に静かに座るその者は大通りを見下ろせるガラス張りの席からその様子を眺めていた。その女性は何もしていない。ただ自然と溢れ出る魔性の魅了がこの喫茶店を支配しているのだ。その場に居合わせた人間は皆その女性に文字通り心を奪われてしまっているのだ。

 

 その女性は紺色のローブで上半身から下半身まで全て隠している。正面に立ってようやく顔を拝むことが出来るのだが、その顔がまた美しい。フードの下に隠れた銀色の髪と整い過ぎた顔、そして厚手のローブからでは分かることは豊満な胸と女性達の理想のボディラインのみだが、たったそれだけでその女性がいかなる人間の手も届かない至上の女性であると本能が察してしまう。

 

 その支配された空間をバンと扉が開け放たれた音が破る。それを知らせる鐘の音色と共に二人の女性が入店する。

 

 「よぉ~、待たせたか?」

 

 「いえ、少し前に来たばかりよ」

 

 その女性の一人はロキ・ファミリアの主神たる神ロキだ。もう一人はその護衛代わりについてきたアイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

 「アイズたんも一応挨拶しときぃ。こんなんでも一応神やからな」

 

 「あら、こんなんなんてひどいわね」

 

 「……初めまして」

 

 「ふふ、可愛いわね。ロキがこの子に惚れ込む理由が良くわかったわ」

 

 一方でロキの会談の相手はロキ・ファミリアと双璧を成す『フレイヤ・ファミリア』の主神である神フレイヤだ。美の女神が放つ魅了の餌食になりかけるが、なんとか飲み込まれることなく踏みとどまるが、アイズの顔からは冷や汗が流れていた。

 

 お互いにクスクスと笑ってはいるが、その内面では神の気が溢れ出そうと水面下で競い合っている。注文を取りに来た店員など震えが止まらず怯えきっている。

 

 「単刀直入に聞くけどな、何やらかす気や、自分?」

 

 「……どういう意味か分からないわね。」

 

 「とぼけんな阿呆ぅ。興味ないとかほざいとった『神の宴』に急に顔出すこと自体可笑しいのに今の口振りから察するに相当情報かき集めてるようやないかい……今度は何企んどるんや?」

 

 「企むなんて人聞きの悪い。そんなに私って信用ないかしら?」

 

 「今更何言っとるんや」

 

 冷え切った目が二柱の神のちょうど真ん中辺りでバチバチと火花を放っているようだ。緊張感などとうの昔にメーターの針が振り切っている。

 

 「当てたろか?……男やろ?」

 

 「……」

 

 「つまり、どこぞのファミリアの男が気に入ったから欲しいっちゅうわけや。相変わらず男癖悪いんとちゃうか?」

 

 クスッとフレイヤの顔から笑みが溢れる。

 

 女神フレイヤは自身のファミリアを気に入った色の魂の持ち主のみで構成している。その全てがフレイヤによって才能を見抜かれ、子供達も期待に答えようと必死に己を磨いた結果、ロキ・ファミリアと同等以上のエリート集団となっている。

 

 だがこのフレイヤの勧誘は何も無所属の者からだけではない。例え他のファミリアに所属していようがフレイヤは一切譲ることなくその子供を得ようとする。美の女神らしく魅了漬けにして自主的にファミリアから抜けさせることなどまだ生易しく、時には『戦争遊戯』を仕掛けることもある。

 

 「今度はどこの誰に目を付けたんや?」

 

 「……今はまだ、強くはないわね。貴方や私のファミリアの子とは比べものにならない程に弱い子よ」

 

 ロキはそれを聞いてただ、珍しいと思った。だがそれはつまり今後才能を開花させる可能性があるということだ。

 

 「それで?」

 

 「そうね……綺麗だった。何よりも透き通っていたわ。あの子は私が今まで見たことのない色をしていたの。見つけたのは本当に偶然。あの時もこんな風に……」

 

 ふとフレイヤが固まった。何かを見つけたのか大通りの方を見て目を離さない。

 

 「ごめんなさい。急用が出来たわ」

 

 「は?おい待てや!!せめて最後まで言ってから行けや!!」

 

 「急いでいるのだけど……そうねぇ……」

 

 フレイヤはふと思いついて両手を自分の頭の上の方に乗せてピコピコと動かした。それは児童福祉施設などの保育士や小さな子供の母親が子供をあやすために見せる仕草の一つに似ていた。

 

 「白い髪の毛と紅い目の、そう、兎っぽい子だったわ」

 

 それだけ言い残してフレイヤは喫茶店を後にした。ロキとアイズがそれを聞いてある人物を思い浮かべるまでに10秒と掛からなかった。数日前に二人が出会った少年も、兎によく似た容姿をしていた。

 

 「まさかあの色ボケ……ドチビんとこのベル坊を狙ってるんじゃないだろうな……」

 

 「ベル……」

 

 魅了の支配空間が解けて行くが、二人の硬直は解けなかった。そしてフレイヤが代金の支払いを押し付けたことに気がつくのももう少し後のことである。

 

 「あん色ボケのことは後で考えるとして、折角やし祭でも楽しもか?」

 

 気を取り直して出店を見て回る。店先で調理されている肉が焼ける匂いが漂って来て食欲を誘う。

 

 「おっ、ジャガ丸くんや。アイズたんアレ食べよか。えーと普通のジャガ丸くんと……」

 

 「小豆クリーム味一つ!!」

 

 「へい、プレーンと小豆クリームおまち」

 

 ホクホクに蒸したジャガイモを潰して衣を付けて油でカラッと揚げられたそれは、外は油で揚げられた衣でサクサクに、中はすり潰されたジャガイモが熱を保ったまま衣に包まれたことでアツアツでホクホクに仕上がっている。

 

 「なんだ嬢ちゃん達。デートか?」

 

 アイズ達がジャガ丸くんに舌鼓を打つを打っていると、ジャガ丸くんの屋台の店員として応対していた男が声を掛けて来る。

 

 「ん?そやけど……ってランサー!?自分何しとるん!?」

 

 「あっ、ランサーさん。どうも……」

 

 エプロンを付け、トングを片手に揚げる前のジャガ丸くんをせっせと補充しているランサーが目の前にいた。

 

 「何ってバイトに決まってんじゃねぇか。神の宴の日からヘスティアのヤツが帰って来ねぇから代わりにな」

 

 「おにーさん、ジャガ丸くん二つください」

 

 話していると次の客が訪ねて来る。まだ幼い兄妹らしく、人混みの中で離れ離れにならないように二人で仲良く手を繋いでいた。

 

 「まいどー。今日は闘技場に行くのか坊主?」

 

 「うん。闘技場に行ってフィリア祭を見に行くんだー」

 

 「そうかそうか。混んでるだろうからしっかり手繋いどけよ。いつもウチで買ってくれてる坊主達には一個奢ってやるよ。半分こして食えよ」

 

 「ありがとう兄ちゃん!!」

 

 袋に入れて子供に持たせてやると、兄妹はそれをしっかりと抱えて仲良く駆け出して行った。

 

 「妙に手慣れとるやんけ……」

 

 「ん?まあ前召喚されたトコでもやってたしな、そういやウチのヘスティア知らねぇか?」

 

 「知らんわあんなドチビのことなんか」

 

 「そうかい」

 

 そんなやり取りを続けていたお昼時のことだった。まずは街中で轟音が響いた。砂煙が立ち上り、何かが叩き付けられたような音が街中に響いた。次いでモンスターの咆哮が空気を響かせて反響して聞こえて来た。今日の怪物祭はモンスターの調教が見世物として闘技場で行われていたため、そこから逃げ出して来たのだろう。

 

 「アイズたん、聞こえたよな?」

 

 「はい……」

 

 「あーあ……こりゃ店仕舞いだな」

 

 続いて街の一角が音を立てて崩れる。その先から一頭のモンスターが姿を見せる。ミノタウロスと一般的に呼ばれているそいつはレベル2相当のモンスターであり、一般人やレベル1以下の冒険者にとっては脅威を生み出す存在だ。近くに居た人達はパニック状態になり逃げ惑ったり、何がなんだか把握出来ておらずその場に佇んだり腰が抜けてしまっていた。

 

 「アイズたん、ミノタウロスや。はよ倒さんと被害が出るで」

 

 「はい、行ってきます」

 

 アイズは腰に差していたレイピアを抜こうと手を掛ける。

 

 「お前ら邪魔だ!!どけ!!」

 

 アイズが駆け出そうとした瞬間だった。それよりも先にランサーは槍を手に持ち、それを投擲した。音速を超えて放たれた槍が空気を切り裂いて音を置き去りにして、ミノタウロスの額に吸い込まれる。刺さるどころかミノタウロスの厚い皮膚や肉を簡単に切り裂いて抉り抜き、ミノタウロスの顔面を判別不可能にまで破壊し尽くした。

 

 『……へっ?』

 

 誰かが発した間抜けな声が聞こえ、その場が静まり返る。あれだけ破壊を振りまいていたモンスターが物を言わぬ肉塊になり果てるにはあまりにも早すぎたからだ。

 

 「殺戮の狂槍(ドゥヴシェフ)!!」

 

 その槍はあまりにも醜く変質していた。ドス黒いのは数え切れない程の血肉を浴びてきたからだろうか。担い手と敵対したありとあらゆるモノを区別なく鏖殺しようとする槍は、その力を解放されれば一種の呪いと同じように全てに恐怖を与えるだろう。ただ今の担い手であるクー・フーリンによってその呪いがルーン魔術の重ねがけにより封印されているため、見ただけで発狂するような妖しさは放っていないが。

 

 「ったくよぉ……折角稼ぎ時だってのに、台無しにしやがって……」

 

 ランサーは突き刺さっていた槍を乱暴に引き抜く。刺さっていたところから止めどなく血が溢れ出す。引き抜いて直ぐ様ミノタウロスの心臓に当たる部分に槍を突き刺す。そこにはミノタウロスの核である魔石があり、それを砕かれた肉体はそれを維持出来ず灰となって崩れ去った。ランサーはそれを見届けながら慣れた手つきで振り払い槍に付いた血肉を払い落とす。

 

 「前のときの紅い槍と、違う?」

 

 「なんや自分、他にも槍持ってたんかいな」

 

 「あっちはオレの愛槍でね。こいつがあるならそう簡単には抜かんぞ」

 

 「すみません!!ギルドの者です!!通して下さい!!」

 

 何やら慌ただしくなって来ており道の向こう側の豆粒のように小さな人影が、段々大きくなって来るのが見えた。

 

 「ゲッ……ありゃエイナの嬢ちゃんじゃねぇか……。オレ苦手なんだよなぁ……」

 

 ランサーが苦い顔をした先に居るエイナはランサー本人よりも特にベルとの付き合いが深い。ギルドの係員であり、ベルの担当アドバイザーでもある彼女は新人のベルに対して何かと気を使っている。その関係は学校の教師と生徒の関係にも見えるが、一方ランサーとの相性を例えるならば、水と油の関係と例えるのが一番適切ではないだろうか。

 

 ベルの安全を一番として常に安全マージンを低く設定してベルが死なないように心配しているのに対し、ランサーの教育方針はかのレオニダス一世が治めた国の方針が語源となっているスパルタ教育そのものだ。それと同等に厳しく地獄のような影の国の女王を師匠としていたランサーに言わせてみればかの王のスパルタ教育と比べれば温いもんだと言うだろうが。ベルを死の一歩手前に追い詰めるくらいに扱くこともあれば、ベルを経験やステイタスに見合わない階層に連れていくこともしばしばある。

 

 そんな背景もあることから、ランサーとエイナが不仲になるのは自然な物だろう。

 

 「すいません、何かあったんですか?」

 

 「あっ、貴女はアイズ・ヴァレンシュタイン!?」

 

 「ロキたんもおるでー」

 

 「丁度よかった、是非とも協力を願います!!」

 

 エイナの説明によると、何らかの事故によって祭りのために捕獲されていたモンスターの一部が檻から脱走してこの辺りに散らばったそうだ。現在『ガネーシャ・ファミリア』とギルドが連携して市民の避難を行っているが、この街にいる市民の数は膨大だ。多くても数十人程度の係員だけでは手が足りないだろう。

 

 「……言った先からやな……ええよ、この際ガネーシャに貸し作っとこうか」

 

 「この辺りにミノタウロスを見たという目撃情報があったのですが、見ていませんか?」

 

 「それならあそこや」

 

 既に灰と成り果てたミノタウロスの残骸がそこに転がっていた。

 

 「流石ですね。街に被害が無くて良かったです」

 

 「倒したの、私じゃないよ」

 

 アイズが指を差した先には勿論ランサーが居た。それを知ってエイナは驚いた。彼女にとっても最近良く交友のあるベル・クラネルの関係者がそこに居たからだ。

 

 「ランサーさん!?貴方が倒したんですか!?恩恵も無いのに!?」

 

 「おう、まあな。アイズの嬢ちゃんはとっととモンスター倒して来いよ。オレはこの辺を片付けておいてやるから」

 

 「うん、分かった」

 

 手元の感覚がいつもの愛剣ではないことで違和感が発生するが、それでモンスターを斬れなくなるわけではない。一息で家の屋根の上に登り、混乱でごった返した通路を避けて街を駆けて行った。ロキはそんなアイズを必死で追いかけて行った。

 

 「ってわけだ。エイナの嬢ちゃん、お前さんは他んとこ行って来な」

 

 「で、ですが……」

 

 「早く行けや。そら、追加が来たぞ」

 

 民家を破壊しながらバグベアーがランサーに向かって突っ込んで来た。

 

 「ッ……すみません、お願いします」

 

 下がって行くエイナを尻目で見ながらランサーは突っ込んできたバグベアーの首を払い落とす。既に周りの人間は退避してしまい、この場には居なかった。そしてさらに追加と言わんばかりに道を破壊しながら地中から異質なモンスターが飛び出して来る。少なくともランサーはこの蛇のようなモンスターを見たことがなかった。

 

 「なんでぇ新種か?まどっちでもいいや。んじゃ、行くぜ!!」

 

 数多の英霊達を置き去りにする速度で繰り出された槍と蛇のモンスターの先端が交わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は少し時が巻き戻ってアーチャーやセイバー視点を書きます。後ほんのりベル君を添えて

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