ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

16 / 25
槍と弓の一幕

 「ったく、アーチャーの野郎……。バカみてぇな金要求しやがって……」

 

 ランサーは霊体化しながらバベルの下のダンジョンを目指していた。

 

 理由は単純でただの金策だ。アーチャーに武器の製作を依頼したが、その際に一億ヴァリスという法外な金額を要求されたのだ。

 

 ここオラリオにて一番金が稼げる職業と聞かれれば誰もが冒険者と答える。確かに魔石を換金すれば他の職業の日当など軽々と超える金額が一括で手に入る。

 

 だが冒険者という職業は命の危険と隣合わせでもある。ダンジョンから産出される魔石は何も壁から採掘するのではない。魔石は凶暴なモンスター達の核でもある。当然それを採るにはモンスターを殺さなければならない。

 

 そのため冒険者という仕事は一番稼ぎが良い代わりに死傷者数が一番多い職業なのだ。

 

 故にランサーはダンジョンに潜って魔石で金を稼ごうとしていた。それも他のファミリアなら遠征での大部隊でなければ潜れないような50階層より下に潜ろうとしていた。ついでに鉱脈から鉱石やドロップアイテム等を採取すれば更に儲かるだろう。

 

 だが問題もある。勿論自分が負けて死ぬなんてことではないが。

 

 「あっ、そういや魔石ってモンスターの何処に埋まってんだったか?」

 

 ランサーはダンジョンに潜ったことがあると言ってもベルの付き添いとしてだけしかなかった。それに魔石の回収もベルが全部こなしていたため方法も良く分からない。昔は獣を狩って捌いたりもしたが、それらと同じという保証もない。

 

 「やっべ、どうすっかな」

 

 そういえばベルの担当アドバイザーから聞いたことがあるなと思い出す。冒険者の武器やアイテムを代わりに持って必要な時に渡したり、戦闘の邪魔になるモンスターの死骸を退けて戦いやすく整えたり、魔石の回収を手伝うことを生業にしているサポーターという職業があると。

 

 通常は同じファミリアの低レベルの冒険者がサポーターを兼業したりするが、規模が小さかったりファミリア内としがらみがあったりすればフリーや日雇いとしてサポーターを請け負ってくれる者も居るらしい。

 

 「そうと決まれば……おっ?」

 

 ランサーの視線の先には古くなってボロボロになったローブで頭から身体まで隠して身体に釣り合わないような大きなバックを背負った少女が目に入った。

 

 「なあ嬢ちゃん。お前ってフリーのサポーターか?」

 

 「?そうですけど……?」

 

 「ならよ、これからからダンジョンに潜るんだが、オレのサポーターやってくれねぇか?」

 

 「お仕事の話でしたか。リリはいいですよ。今日は他に仕事もありませんし」

 

 「ありがてぇぜ。じゃあ報酬は今日の日暮れまでに稼げた金の半分でどうだ?」

 

 「えっ!?半分!?」

 

 「足りねぇか?じゃあドロップアイテムも半分付けるぞ」

 

 「い、いえ違います!!お金の半分で結構です!!その条件で受けさせていただきます!!」

 

 「おーけー。んじゃ行くか」

 

 少女は驚きながらもランサーとその条件で契約し、ダンジョンに潜ることになった。

 

 「そういえば、嬢ちゃんの名前は?オレはランサーって言うんだが」

 

 「えっと、リリルカ・アーデと申します」

 

 ダンジョンに潜るまでの間にランサーは自分が雇った少女の事を幾らか聞く事が出来た。リリルカ・アーデはソーマ・ファミリアの所属の小人族(パゥルム)で、種族故に身体能力が低くサポーターを専業とするしか稼ぐ手段が無いらしい。ソーマ・ファミリアは酒造りの神のソーマが作ったファミリアで、ランサーが聞いただけでも良い噂は何一つない、胡散臭いファミリアの一つだった。

 

 「おっ、そうだ。これ持っときな」

 

 ランサーはリリに一冊の本を投げ渡す。

 

 「あの、ランサー様。これは?」

 

 「モンスターの情報が書いてあるガイドブック。ただし深層のな」

 

 「えっ!?ってことは今から行くのって……」

 

 「あ?何言ってんだよ。深層に決まってんだろ?とりあえず50階層くらいを目指すかねぇ」

 

 「あの!!さっきの契約解約させて頂きます!!命が幾らあっても足りません!!」

 

 リリが後ろに振り向いて逃げ出そうとすると、突然何もない空間に魔法陣らしき物が浮かび上がり、退路を塞いだ。

 

 「クーリングオフは受け付けません。契約内容を確認しようとしなかった嬢ちゃんが悪いんだぜ?」

 

 意地悪くニヤッと笑みを浮かべるランサー。リリからすれば獰猛な獣のようにしか見えないだろう。

 

 「で、ですが、深層にはどれだけ急いでも一日以上掛かるはずです!!仮にランサー様一人でなら可能でも、私込みでモンスターの相手をしながらは不可能のはず!!」

 

 「心配いらねぇよ。『轢き穿つ死蹄の戦車(マハ・セングレン)』!!」

 

 ランサーの真名解放と共に、二頭の強靭な馬と紅い飛沫で染まった戦車がダンジョンの地面を砕いて現れる。

 

 「なっ、何ですかこれは!?ランサー様の魔法ですか!?」

 

 「違ぇよ。こいつらはオレの馬だ。そっちの灰色のがマハ、黒いのがセングレンだ」

 

 ランサーはリリを抱えて戦車の御者台に飛び乗る。

 

 「おうおめぇら!!ダンジョンってとこを50階下に行くぞ!!途中のモンスター共は轢き殺して良いが、人間は避けろよ。あと今はこの嬢ちゃん乗せてんだからちょっとは気ィ使えよ!!」

 

 マハとセングレンが揃って猛々しく咆哮を上げた。むしろ主であるランサーの方こそ振り落とされるなよと言わんばかりである。

 

 「嬢ちゃん行くぞ!!舌噛み切るんじゃねぇぞ!!」

 

 「お、降ろしてくださ~い!!」

 

 ひ弱な叫び声を残して、ランサー達は風となり、音を超越し、高速で移動する一つの砲弾となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、金を集めきったのか。とはいえ、一日で稼いで来るのは予想していたがね」

 

 「おう。久々にストレス発散できたぜ」

 

 「しかし、リリルカ君だったか?彼女は災難だったな。」

 

 ランサーはヘファイストス・ファミリアのアーチャーの私室にまで来ていた。

 

 上層から中層までのモンスターは反応することすらできずにマハとセングレンの突進を受けて肉片すら残さず塵となった。運良く残った魔石やドロップアイテムは偶然通りかかった冒険者達の臨時収入となるだろう。

 

 18階層のリヴィラの街を壊さぬように通り抜けて更に下の階層に進出した。途中リリが持っていた知識に基いてダンジョン内にある稼げるアイテム採取エリアで止まりながら薬草や鉱石を集めた。鉱脈を見つける度にゲイボルクを投擲して鉱脈を粉々に粉砕する様を見てリリは青ざめていたが。

 

 特に24階層に存在する宝石樹から宝石の実は高値で売れるだろう。他にも存在する宝財の番人(トレジャー・キーパー)を片っ端から殺し尽くして魔石もドロップアイテムも彼らが守っていたお宝も全部纏めて回収した。

 

 その後51階層まで到達し、そこの泉の水を採取したところでカドモスが出現した。無論ランサーが満足する程の実力を持ち合わせておらず、ランサーがゲイボルク以外に持っている槍の宝具で頭部をグチャグチャに抉り潰されて魔石とドロップアイテムを抜き取られたが。

 

 「それで、そのサポーターには幾ら渡したんだ?契約とやらでは換金した魔石で得られた金額の半額だったか?」

 

 「実はよ、魔石だけで軽く1億ヴァリスに到達したんだ。だから5000万ヴァリスポンと渡してやったぜ」

 

 「素直で契約を守っていて結構。だが彼女はソーマ・ファミリアの所属なのだろう?嫌でも目立つ上に彼女は戦う術を持たないサポーターだ。到底自分の身を守れるとは思えないのだが?」

 

 「それは大丈夫だ。オレが刻んだルーンのお守りをくれてやった。持ち主に危害が迫れば自動で障壁を張るって寸法だ。ケルト印の厄避けのお守りってな」

 

 ランサーのサポーターをして、常識外れであり得ないような戦闘技能を見せつけられ、大した運動もしていないのにも関わらず、ヘトヘトに疲れ切った彼女は、バックに5000万ヴァリスという大金を背負って帰って行ったという。災難だったろうが、君の不幸を呪うといい。

 

 そして現在のアーチャーは、ランサーが持ってきた5000万ヴァリスに加え、彼が持ってきたドロップアイテムや鉱石等のアイテムを相場に基いて計算しているところだ。柄にもなく計算機を使いながら帳簿にメモして合計金額を算出する。こっちの計算機がそろばんに似たもので助かったと言わざるを得ない。

 

 「ふむ。合計1億と2000万ヴァリスってところか。これでいいか?」

 

 「おう。問題ねぇ」

 

 「ならば1億はこっちで貰うとして……。2000万ヴァリスだが、これだ」

 

 ドンと大袋一杯に詰められたヴァリスが机に置かれる。ランサーが稼いで来た合計よりは随分と減ってしまったが、これでも当分の生活費にはなるし、急な出費にも耐えられるだろう。

 

 「それと、頼まれていた武器だが……こいつだ」

 

 「てめぇ、中々面白いことしやがるじゃねぇか」

 

 渡された武器を包んでいた布を取り去る。アーチャーが打ったベル用の武器、それはアーチャーが最もよく投影する『干将・莫耶』だった。

 

 「性能に関しては貴様もよく知っているだろう。私がそれこそ無数に貯蔵している武器の中でも特に信を置ける物だ。二刀一対だが、使い勝手に関しては私が保証する」

 

 「いやそれは分かってるが……こいつ、お前が普段使ってるアレよりも鈍くねぇか?」

 

 「ああ、性能はある程度落として打った。レベル1の駆け出しのうちから強力な武器を使っていても成長の妨げになる、だろう?あとは彼にそれが故障するかレベルアップしたら訪ねて来いと伝えてくれ」

 

 「了解っと。じゃあなアーチャー。助かったぜ」

 

 換金を始める前にアーチャーが出した紅茶を飲み終えて、ランサーは去って行った。

 

 「さて、こんなに大量のドロップアイテム、どうした物か」

 

 残されたのは使いみちの定まっていないアイテムの数々。鉱石はヘファイストス・ファミリアの団員とで消費すればいいが、薬草等はヘファイストス・ファミリアでは無用の長物だ。

 

 「……またアミッドのところに行くか」

 

 医療系のファミリアであるディアンケヒト・ファミリアならば薬草等の薬の材料を必要としているだろう。

 

 アーチャーがディアンケヒト・ファミリアの『アミッド・テアサナーレ』と出会ったのは、ダンジョン探索で手に入れたアイテムを買い取り先を探していた矢先の出来事だった。

 

 ダンジョンで不意に起きた怪物の宴によってモンスターに包囲されていたパーティをアーチャーが救出したことがきっかけの縁だったが、お互いにメリットもあり今も取引の関係は続いている。

 

 「魔力も補給せねばならんな……」

 

 アーチャーがヘファイストスと契約してパスを繋げたことで、たった一つだけデメリットがあった。超常の存在たる神であったヘファイストスが下界に降りてきて神の力を封印したことで、保有する魔力量も普通の人間と同程度にまで落ちてしまっていたことだ。それでも戦闘で魔力を使わなければ日常生活に支障が出ない程度の供給量は受けているが、ダンジョンに潜るとなるとそうも行かなかった。

 

 それに加えてアーチャーが行う鍛冶には投影魔術を応用しているため、そっちにも魔力は取られてしまう。実際に記録した剣を現実に投影しているわけではないが、剣の作り手や担い手の想いやそれに至った経験を作り出そうとしている剣に込めるにはそれらを投影するしかなかったからだ。

 

 だがそれの解決策はすぐに見つかった。

 

 「アミッド、いるかね?」

 

 「おや、アーチャー。本日はどのようなご用件ですか?」

 

 一番忙しい時間帯を超えていたのだろう。アーチャーが訪ねて来た瞬間に即座に立て直していたが、張り詰めていた気が抜けて眠気や体の怠さに抵抗している様子が見えた。

 

 「どうやら今日も繁盛していたようだな。景気が良さそうで何よりだよ」

 

 自分の失態を他人に見られるというのは何とも恥ずかしい物だ。羞恥心で顔を赤らめながらも今は仕事を優先すべく気持ちをすぐに切り替える。

 

 「……申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしました」

 

 「別に気にしてないさ。それより、これらは要らないか?価格はそっちの都合に合わせても構わん」

 

 「また深層に潜っていたのですか?」

 

 薬草等のポーションの材料の中にカドモスのドロップアイテムやそこで汲める泉水が混ざっていれば誰だってその答えに辿り着く。

 

 「こっちは依頼された武器の代金代わりに私が買い取った物だ。ウチのファミリアは鍛冶系だから使わないだろう?」

 

 「しかし、貴方の他に50階層付近を探索出来るような人なんてそうはいませんよ?遠征も無ければかの猛者が動いた情報もありません」

 

 「いるのさ。私と似たような境遇の大英雄がね。しかもここの主神の血縁者だ」

 

 「えっ?」

 

 「まあ奴の事などどうでもいいだろう。ああ、それとまたマジックポーションをくれないか?代金はそれから引いて置いてくれ」

 

 「あっ、はい、かしこまりました。では合計で820万ヴァリスで買い取らせていただきます。それとマジックポーションはこちらです」

 

 「それで構わんよ。さて……」

 

 アーチャーは買ったマジックポーションを飲み干す。通常は魔法を使って消耗した精神力を回復する代物だが、サーヴァントが現界する際に消費する魔力もまたマジックポーションで回復するようだ。

 

 これに気付いてからアーチャーは直ぐ様魔力補給の手段として活用し始めた。

 

 事情を知らぬ物が見たら、一本で何万単位とするマジックポーションに似た栄養剤をガブ飲みしている仕事疲れの男にしか見えないだろうが。実際に神ヘファイストスのお願いと称して色々と扱き使われている本人からして見れば冗談ではないが。

 

 「そういえば、もうすぐ怪物祭だな」

 

 怪物祭とはオラリオで年に一度行われるお祭りで、様々な出店が立ち並びいつも以上に賑わいを見せるが、目玉と言えば何と言ってもガネーシャ・ファミリアが見せるモンスターの調教のショーだ。

 

 モンスターを服従させることで、力を持たない市民達にモンスターが脅威に成り得ないと証明するためのデモンストレーションのような役目が大きい。

 

 「ああ、そうでしたね……ところで、貴方は当日何か予定とかありませんか?」

 

 「私か?そうだな、特に依頼も予定も入ってないな」

 

 「で、でしたら、その日は私と、一緒に行きませんか?」

 

 「私とかね?私は問題ないが、君は大丈夫なのか?仕事もあるだろうに」

 

 「大丈夫ですよ。私の代わりにディアン・ケヒト様(はたらくひと)がおりますので」

 

 「?ならばいいのだが……」

 

 何気ない日常も風のように遮られることなく流れていく。治療院の二人も、街にいる男女は皆様々な想いを胸に祭りの日を楽しみに待っている。その日に何が待ち受けているかは知るすべも無い。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。