ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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弓の一幕 2

 「それで、急にどうしたのかしら?今まではあれ程いらないって言っていたのに……」

 

 ヘファイストス・ファミリアの主神ヘファイストスの私室。そこにあるベッドに一人の男が寝そべっていた。鍛え上げられた筋肉質の身体の上にヘファイストスが跨っている。

 

 「少々事情が変わったんだ。おそらく必要になると思ってな」

 

 「ふーん……何があったのかしら?」

 

 「何。少しばかり顔馴染みが召喚されていただけさ。私からしてみれば切れてしまえば楽な縁だと思ってしまうよ」

 

 アーチャーにとって彼らは衛宮士郎が英霊に召し上げられる上で欠かせない存在だ。運命の夜とも言えるアレを今のアーチャーが言葉にしようとしても、アーチャーは言葉にはできないだろう。

 

 かつて愛した女性と出会えたと思えば間違いなく良かったと言えるだろう。だが自分の理想を追い求めたその後に待ち受けているのは間違いなく破滅だったのだから。

 

 故にアーチャーは例え召喚されたとしても、セイバーとランサーの二人とは鉢合わせたくなかった。特にセイバーとの関係は一言で容易く語れる関係ではいかない。できることなら顔すら合わせたくなかった。守護者として蓄積した記録が取り払われ、摩耗した記憶が剥き出しになれば間違いなく硝子の心が砕けてしまうだろうから。

 

 「そうよね。何十年何百年。いえ、それ以上に匹敵する年月を守護者として存在していたのよね。有り得ないような縁の一つもあるでしょうね」

 

 「まあな。だがそれが苦だったかと聞かれれば、答えはNOだ。後悔して過去の自分を憎んだことはあるが、それが間違いではなかったと気付かされたのでね」

 

 「そうね。神としては、子供に後始末を押し付けるなんてしたくもないのだけれど……」

 

 「人間の犯した事だ。人間で片付けるさ」

 

 ヘファイストスの指先から血が滲み出る。冒険者達が持つ神の恩恵は神の血によって刻まれるのだ。

 

 「お化けにも刻める……のよね?試したことないわよ?」

 

 「お化けとは言ってくれるな……。それについてはこちらである程度調べた。神の恩恵を刻めるのは生きている人間と言われているが、それは違うようだ。どうやら『純粋な人間であること』が条件らしい」

 

 「それだと亜人達はどうなるのかしら?彼らは人間(ヒューマン)ではないわ」

 

 「ここで言う人間というのは何も人間(ヒューマン)のことではない。逆の例を挙げるなら『モンスターと神』だ。さっき言っていた召喚されたサーヴァントは片方が半神半人(デミ・ゴッド)、もう片方は竜の因子持ちでね。私はそれが神の恩恵を弾いていると見ている。後は死んでいる場合なのだが、以前、主神と眷属は恩恵によって結ばれていると言っていたな?」

 

 「ええ」

 

 「それは正しい。だが眷属が死んだ時点で恩恵が消えるわけではないんだ。死んだ冒険者の背中には確かにステイタスが刻まれているのだからな。主神が天界に送還されても恩恵が完全に消えないのも関係があるかもしれないな。それとある手段を用いて恩恵をリセットできないかと確かめてみたのだが、これも成功している。生死関係無しでだ」

 

 「ちょっと待って。それは初耳だわ」

 

 「言っていないのでね。こんな事実、あまり多くの耳に入れたくはないだろう?」

 

 アーチャーの言っている事は正しい。神という存在は人間では到底到達出来ない高みにいる。人間達を生み出したのが神であり、人間は神に守られて繁栄してきたからだ。

 

 故に神の力は絶対であり、人の力が及ぶ域に居てはならない。手が届いてしまえば神の域に至るだけではなく、神を引きずり落とすことすら出来てしまうのだから。

 

 「色々と聞きたいことができたけど、まずは恩恵だったわね」

 

 「ああ。一思いにやってくれ」

 

 指に滴る神の血で神の文字を描く。それはやがて神の気を得てほんのりと熱を帯びた。

 

 「……一つ謝っておくわ」

 

 「唐突だな。それで何かね?」

 

 「……極稀に恩恵を得る前からステイタスに加算できる経験値や偉業を持った子がいるのだけども、そういう子達は恩恵を得た直後からステイタスが0以上だったりレベルが1じゃなかったりするのよ。それで、これが貴方のステイタス」

 

 羊皮紙に写されたステイタスを見たアーチャーはヘファイストスと同じように顔を顰めた。

 

 

 

 

 『無銘』

 

 Lv.8

 

 力:D 536

 

 耐久:C 645

 

 器用:A 892

 

 敏捷:C 617

 

 魔力:B 768

 

 《魔法》

 

 【無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)

 

 ・一度使用するまで詳細を不可視化。

 

 ・詠唱を省略して使用可能。

 

 ・派生して『投影』『解析』『強化』が使用可能。

 

 《スキル》

 

 【真名偽装(フェイカー)

 

 ・本当の名前を己が名乗るまで不可視化。

 

 ・不特定多数から真名が認知されることで削除。

 

 【救人願望(サバイバーズ・ギルト)

 

 ・己の全てを理想に費やす者に与えられる証。

 

 ・人を救うための戦いで全アビリティ上方補正。

 

 ・己のための戦いで全アビリティ下方補正。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何とも報告しづらいな」

 

 「ほんとよ……全く……」

 

 このオラリオにおいても恩恵の最高レベル保持者は『フレイヤ・ファミリア』の団長のオッタルでそのレベルは7だ。

 

 ただ一人のレベル7として高みに君臨する彼に与えられた二つ名は『猛者(おうじゃ)

 

 ステイタスも技量も全てが他者を置き去りにした、多くの冒険者から畏敬の念を抱かれる者でもある。

 

 「こうなってしまった物は仕方がない。登録も交流があるエイナ辺りに頼んで隠せば問題あるまい」

 

 「でもそれも次の神会までよ。そこを過ぎたらどうしてもレベルは公開されてしまうわ」

 

 「そして神達の玩具の仲間入りか……だが未報告でペナルティを受けたくはないな」

 

 「ふふ……二つ名はどうなるかしらね。魔剣士(ダーク・セイバー)とかどうかしら?」

 

 「勘弁してくれ、ガラじゃないのでね……。無難な奴ならなんでもいいよ」

 

 時計を確認するともうすぐ陽が沈む時間になっていた。

 

 恩恵を刻んで欲しいと頼んだのは昨日のことだが、彼女もファミリアの主神として働く身であり暇ではなく、翌日になってしまった。

 

 「おっと、時間はいいかね?今日は神の宴の開催日だろう?」

 

 「あら本当ね。そろそろ準備しなくちゃ」

 

 「私も手伝おう。折角の機会なんだ、羽を伸ばしてくるといい」

 

 「そうさせてもらうわ。私が居ない間、ファミリアのこと、よろしくね」

 

 その後は特に何もなく、アーチャーはヘファイストスが宴に着て行くドレスを用意して、美しい紅い髪を梳かし、ヘファイストスをエスコートして会場まで送って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くランサーめ……」

 

 場所が変わってここはアーチャーが鍛冶をする際に使わせて貰っている工房、つまり神ヘファイストスの工房。ヘファイストスは自分の命に匹敵するであろう工房や道具を無償でアーチャーに貸し出している。

 

 それがただアーチャーが打つ剣に興味があるからなのか、剣製に特化した彼の技術を盗むためなのか、将又神の気まぐれによる物なのかは定かではない。

 

 あまり剣を打つことをしないアーチャーが今こうして武器を打っているのは因縁深きランサーからの依頼があった。

 

 『アーチャー。お前にうちの坊主の武器を打って欲しい』

 

 『ベル・クラネルのか?こう言っては悪いが彼にはまだ早い。戦いの技量は貴様の指導で飛躍しているが、経験がまるで足りていない。もっと基礎を積ませるべきではないかね?』

 

 『そいつはもう遅過ぎるんだ。あいつの戦いに初心者用の武具が付いていけてねぇよ』

 

 『で、何故私なんだ?他にも腕のいい鍛冶士は巨万といるぞ』

 

 『んなもんお前が一番強力な武器を打てて信用できるからだろうが。なんで名前も知らねぇような奴らの武器を持てるってんだ』

 

 『……はぁ、分かった。一億ヴァリス用意しろ。それで彼の武器を今後ずっと打ち続けてやる』

 

 『……いいのか?』

 

 『フッ。何、彼に期待しているのは何も君だけじゃないってことだ。私も彼とミノタウロスとの関係を知っている。武器が無くて戦えない悔しさは耐え難い物だろうからな』

 

 ここには熱と鉄と彼しか存在しない。故に全身全霊を持ってアーチャーは剣と向き合える。

 

 特に問題も起きることなく剣は打ち終えた。ベル・クラネルが使っていたナイフのサイズに合わせて打ったから彼の手にはよく馴染むはずだ。特異な形状でも無ければ特殊な能力も持たせていないから使いやすいだろう。作った剣の性質上、少しだけ変わった性質を持っているが妨げにはならないだろう。

 

 「……打ち終わったぞ。入って来るといい」

 

 扉がゆっくりと開く。少年から少し大きくなった程度の青年がただアーチャーが打った剣をじっと見据えている。

 

 「君は、ヴェルフ・クロッゾ、だったな?」

 

 「ああ。だけど名字では呼ばないでくれ。嫌いなんだ」

 

 クロッゾ。大陸西部に位置するアレスを一柱の神として信仰している国家系ファミリアの王国にて鍛冶貴族として名が知られている。

 

 その名の通り、武器を王国に献上することで富や名声、権力を手にして貴族にまでなった一族だ。

 

 クロッゾの名を持つ者は昔は皆魔剣を打つことができる力を持っていた。それによって王国は今の勢力を得たが、いつの日かその力が消失。クロッゾは実質的に没落してしまった。

 

 「ではヴェルフと、それで何か用かね?」

 

 「なんでアンタがここを使ってるんだ?ここはヘファイストス様の工房だろ?」

 

 「彼女本人から貸し出されているのでね。理由は彼女に直接聞くといい」

 

 「ふざけんなよッ!!ここにあるのは全部あの人の物で鍛冶士にとっての魂だ!!他人が使っていいモンじゃねぇだろ!!」

 

 「ふむ、君の何がそこまで駆り立てるのか分からないが……ああ、そうか。悪い気持ちではないだろうな……」

 

 「な、なんだよ急に……」

 

 「こっちの事だ。それより、本当に要件はそれだけなのか?」

 

 ヴェルフは途端に黙り込む。そして覚悟ができたのか、ゆっくりと言葉にし始める。

 

 「……どうすれば俺の理想とする武器が作れるのかって、悩んでいるんだ」

 

 「そう来たか。では君にとって武器とは一体なんだ?」

 

 「……武器ってのは使い手の半身だって俺は思ってる。政治の道具でも成り上がるための手段でもない、鍛冶士の魂と使い手の魂を込める器だって思ってる」

 

 元々クロッゾとは一人の男の名前だった。ある時とある種族を助けるために大怪我を負ったクロッゾは、その種族に助けられた。神の分身とも言われる『精霊』に。

 

 その際に精霊の血を分け与えられ、魔法を行使したり魔剣を打てるようになったらしい。

 

 その後、神から恩恵を授かった時に魔剣を打つためだけのスキルが子孫達に発現した。

 

 クロッゾ一族はそのスキルを使い、大量の魔剣をラキア王国に売り込み、貴族の地位を得た。ラキア王国は魔剣を使い戦争に勝ち続け、クロッゾ一族は魔剣を大量に量産した。

 

 戦火はエルフの里にまで広がり、エルフ達と森に住む精霊達の怒りを買った。怒りの矛先は王国とクロッゾに向けられる。

 

 魔剣は全て砕かれ、クロッゾは魔剣を打つスキルを失った。それがクロッゾが没落した原因だったが。

 

 「だが君だけは魔剣を打てる」

 

 「ああ。何故か知らんが」

 

 何故かは分からない。それを知る術もないし、考察する気もない。

 

 「クロッゾは魔剣を打てる俺を使って再び王国に取り入ろうとした。それが死ぬ程嫌だった俺は家を出てオラリオに来たんだ」

 

 「それで魔剣ではなく、ただの剣で極地に至ることに拘っている、と。」

 

 「だからやれることは何でもしようと思ったんだが、盗み見はよくないよな。すまなかった」

 

 「いや別に構わないさ。私の持つ技術は全て模倣か贋作なのでね。それで、どうすれば理想の剣が打てるかだったな?君が何を理想としているかは分からないが、これだけは言える」

 

 アーチャーは魔力を集中させる。己が目指す理想、それの支柱となっている物は幾つもあるが、その中の一人が持っていた剣。それはアーチャーの剣製が目指すべき極地であり、星が生んだ最後の幻想(ラスト・ファンタズム)だ。

 

 「ただ己が信じる物を信じて真っ直ぐ進み続けると良い。剣に向き合い、熱と鉄とやり取りから目を背けず、己が最強と思い描いた光景は尽く凌駕していけ」

 

 形を得る工程で剣となろうとしている魔力が光を放つ。部屋全てを埋め尽くし、なおも輝き続けるその剣こそ、人々の願いの結晶だ。

 

 ヴェルフはその光を目に焼き付けた。目が痛むのを歯牙にもかけず、その光景を見逃せなかった。

 

 「こ、れは……」

 

 「約束された勝利の剣(エクスカリバー)。私が理想とする剣。君が目指す理想もいつかはこれを超えて行かなければならないだろう」

 

 剣が魔力の粒子となって消えていく。元々外殻だけの投影だったからだ。

 

 「さて、憑き物は取れたかね?」

 

 「自分が理解出来ているのかまだよく分からないが、何を思って剣を打てばいいのか分かった気がするぜ」

 

 「それは重畳だ。いつか、君が武器を打ちたいって思える人物が現れるだろうさ。魔剣を打てる人間ではなく、鍛冶士ヴェルフとして見てくれる人間がな」

 

 その人間はきっと兎のように真っ白で純粋な少年だろう。

 

 「ああ、なら俺は剣を打ち続けるだけだな」

 

 「その意気だ。頑張り給え」

 

 ヴェルフは自分の工房に戻って行った。その時のヴェルフの顔からは張り詰めた憑き物は鳴りを潜めていた。

 

 「……さて、書類でも片付けるか」

 

 神ヘファイストスが不在の間、仕事は全て代理のアーチャーの方に回される。大手の鍛冶ファミリアとなれば書類仕事の量がどれ程の物かは想像も付かない。

 

 今まで作業に没頭していた分、面倒な書類仕事によってヴェルフの代わりにアーチャーの心に負の憑き物が積み重なって行った。




できれば評価する時は少なからずコメントを付けて評価付与して欲しいです

追記:2017年11月19日

与えられた恩恵がアーチャーの元のステータス+恩恵のステイタスなのかってコメントがあったのでこの場で返信します。

まずこの小説において、恩恵は与えられた時点で本人が得ていた経験値を元に初期値が決められるとします。そのためアーチャーは最初からレベル1ではありませんが与えられた後から得た経験値はゼロなので、スペック自体は変わっていません。

これ以降に経験値を得てステイタスが上がったり、レベルアップした場合にのみ向上するものとします。

これは最初からレベル1だと、深層に行って無双するだけで簡単にステイタスが向上してレベルアップに至る物だと考えたからです。それこそスキルでボーナスを得たベルと同等クラスに。

そしてレベルが低いと比較的軽い偉業れレベルアップ出来るんじゃないか?って考えたからです。いくらアーチャーの実力が高いと言っても、知らない人間や神が見たらただのレベル1なので。

神が認める程の偉業の達成でレベルアップできるのが正しいとすると、レベルに応じてレベルアップに至れる偉業の大きさが決まっていると考えた方が自然って個人的には思いました。


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