ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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” その4 デート?編

 ダンジョンを出ると既に太陽が真上で輝いており、街は昼食を取ろうとする人々で溢れていた。

 

 普通の食事処もそうだが、昼も営業している酒場や主に若い一般の女性達に人気な喫茶店、軽食を主に売っている屋台等も数多く存在しており、その賑わいは多くの主要都市を凌ぐ。

 

 「あ、アイズさん、お昼ご飯ってどこに行くんですか?」

 

 「もちろん、ジャガ丸くんが食べられるお店だよ」

 

 ジャガ丸くん。オラリオで有名な軽食の一つで、ジャガイモを潰してマッシュ状態にした物に調味料を加えて衣を付け、高温の油で揚げた物だ。ベルの主神ヘスティアがバイトをしている店もジャガ丸くんを販売しており、手頃な価格で手を出しやすいとオラリオの市民も冒険者もファンが多い料理だ。ちなみにオーソドックスなプレーン味が30ヴァリスだ。

 

 特にアイズはこのジャガ丸くんをこよなく愛する一人である。

 

 「好きなんですか?ジャガ丸くん」

 

 「ベルはジャガ丸くん、嫌い?」

 

 「僕も好きですよ。僕のファミリアの神様がバイトしている店がジャガ丸くんを売ってるんです。それでよく食べるんです」

 

 「そっか。じゃ、行こ」

 

 アイズに手を引かれ、ベルはアイズに連れられて大通りを歩く。その途中、アイズの存在に気付いた他の冒険者達の視線が刺さる。

 

 「おい、あれ『剣姫』じゃないか?」

 

 「俺、初めて見た……」

 

 「一緒に居る小僧は誰だ?」

 

 「さあ?俺は見たことねぇ」

 

 興味と嫉妬といった負の感情を含んだ視線がベルに刺さる。アイズ・ヴァレンシュタインといえば数少ない第一級冒険者の中でも特に知名度の高いオラリオ最強の剣士と言われている者だ。圧倒的な力量でモンスター達を薙ぎ倒し、神々さえも霞みかねない容姿も相まってオラリオでは一種のアイドルのような存在であり、所謂ファンも多い。

 

 本人は天然な面も持っており、下心を持って近寄ってきた男を文字通り玉砕した数は千人を超えたという。

 

 そんなアイズは大通りを歩くだけで自然と人々の目を引く。そして今回はその傍らにベルがいることで、その視線がベルにまで向く。

 

 そこには自分こそが相応しいとベルに向けられる負の感情は様々だが、中には殺意まで含んだ物もあり、純粋なベルには些かキツイ物がある。

 

 だがそんな視線もアイズの目には入らないのか、知らぬ存ぜぬといった顔で大通りをベルを連れて歩き続ける。

 

 「アイズさん?どこのお店に行くんですか?」

 

 「広場にジャガ丸くんを売ってる店があるの。そこに行こ」

 

 「あ、今日は……」

 

 ジャガ丸くんで頭が一杯になっているアイズにはそれが聞こえず、広場に到着する。

 

 当然辺りを見渡してもジャガ丸くん屋の屋台は無い。

 

 「あれ?いつもこの辺りに……」

 

 「今日は別の場所で営業するって神様が言ってましたからね……どこでかまではわからないです」

 

 明らかに落ち込んだ顔を見せるアイズ。そこでふとベルはある事を思い出す。

 

 「そういえば、ジャガ丸くんを提供してる喫茶店がこの近くにあるって聞きましたよ」

 

 「!!本当!?どこにあるの!?」

 

 「わっ、アイズさん、近いです!?」

 

 二人が接触するまでほんの僅か。鼻先まで迫ったアイズの顔を見てベルは思わず赤面になる。だが端から見ればレベル5がレベル1に脅しをかけて迫っているようにしか見えず、次は自分の番になるんじゃないかと後ずさりしていた。

 

 「分かりました。案内しますよ」

 

 「!!早く、いこ」

 

 「あ、アイズさん!?引っ張らないでください!!」

 

 アイズはベルを引きずりながらその店に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こんなお店、あったんだ」

 

 「ちょっと外れた場所にありますからね。でも美味しいみたいですよ」

 

 大通りからは外れているが日当たりが良く、テラス席が人気のお店だ。

 

 綺麗に掃除が行き届いた店の中でベルとアイズは二人きり、男と女が二人きりで会っているとなると、それはもうデート以外ありえない。自分達がそうは思っていなくても周囲から見ればそうとしか見えないのが現実だ。

 

 「あっ、私はジャガ丸くん小豆クリーム味をお願いします」

 

 アイズはかなりマイナーで変わった味のジャガ丸くんを注文する。甘い物が余り得意ではないベルはプレーン味を選択する。素朴で素材の味を味わえるとのことで人気の味だ。

 

 ベルは今朝からの思わぬ出来事に喜ぶやパニックでどうにかなりそうになっていた。湧き上がる興奮を必死で制御しているがために、今の自分の表情がどうなっているかある意味で恐ろしかった。

 

 「そういえば、アイズさんは今日はどうしたんですか?」

 

 「今日はね、君に謝りたかったから。会えてよかったよ」

 

 昨日は特に色々ありすぎた。ダンジョンでも、酒場でも。そして自分の弱さを今一度認識することになった。だけど考え方を変えればいい機会だったとも言える。

 

 良い師匠に恵まれて、教えられ、ドンドン下の階層に潜る事が出来て、モンスターを倒す度に自分のステイタスも技量も上がっていることを嬉しく思い、酔っていたのだろう。

 

 そんな慢心が生んだ絶体絶命の状況を救われたのだ。それなのに謝られるなんてことは間違っている。

 

 「すみません。僕のために貴重な時間を……」

 

 「あんまり自分のことを悪く言ったらダメだよ」

 

 「は、はい……わかりました」

 

 軽く雑談しているうちに注文していたジャガ丸くんが出て来る。外はサックリ、中はホクホクと食欲を誘う香りで自然と腹がそれを求める。

 

 「ア、アイズさん……」

 

 「……?」

 

 「それ……おいしいんですか……?」

 

 注文が届いてから一心不乱に食を進めて一言たりとも喋らないアイズが食べているのもジャが丸くんだ。

 

 だがあまりにもアンマッチな組み合わせにベルは困惑する。熱くなったジャガイモに甘い小豆とクリームを合わせるのだ。組み合わさって本体も小豆もクリームもぬるくなってしまうのではないだろうか?

 

 「……美味しいよ?」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは比較的控えめで余り喋りたがらない性格故に一種の神秘的な印象を与えることが多いが、実際にはただ幼く天然なだけらしい。

 

 そんなことを知らないベルは少し引っ込んでいることで見える上目遣いの輝いた目が何よりも可憐で高嶺の花に見えた。

 

 「どうしたの……?ベル?」

 

 首を少しかしげてベルのことを本当に心配している様子がトドメとなる。

 

 (おおお落ち着け僕……!!慌てるんじゃあない!!精神統一だ心頭滅却すれば火もまた涼しいはず……!!)

 

 沸騰したやかんのように顔を真っ赤にしているベルを見て、自分がまた何かしてしまったんじゃないかとオドオドし始めるアイズ。

 

 そうだ、とばかりにアイズはベルの手を取る。ベルはハッと取り乱していた意識を整理してアイズの方を見る。

 

 「よかったら、食べる?」

 

 ベルは顔どころか全身を真っ赤にして湯気を吹き出して気を取りこぼした。

 

 ――――アイズさん、それ、間接キスっていうんです……。――――

 

 意識を失う一瞬前、ベルはそんな考えが浮かび上がったが、伝えることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すいませんでした。もう大丈夫です。問題ありません」

 

 「本当?よかった」

 

 (アイズさんは天然で可愛い、心に刻んでおかないとこっちがおかしくなってしましそうです……)

 

 食事を終えて喫茶店を出る。あの後5分程気絶していたベルの目に一番最初に映り込んだのは、間近に迫ったアイズの顔だった。一目惚れした女性の顔をそんな距離で見た瞬間に再び気を失いかけたが、何とか耐えることに成功した。

 

 あの後ベルはジャガ丸くんとシルに貰った弁当を完食した。味の方は申し訳ないが微妙な味わいだったと言っておこう。本人には言えないがシルは料理があまり得意ではないようだ。逆に言えば致命傷レベルではなく、今後に期待するべきだろう。

 

 「ベルはこの後どうするの?」

 

 「僕はアイテムの補充とかですね。明日からの準備って感じです」

 

 「じゃあ、私もその買い物に付き合って、いいかな?色々なお店知ってるし」

 

 付き合う(・・・・)とアイズは言った。あくまでも買い物にだが、その単語は男にとってはすごく甘くて魅惑的な響きがする言葉であり、一生に一度言われたい言葉にランクインするだろう。

 

 (ええぃ落ち着け。平常心を保つんだ僕……)

 

 未だそういった経験も少ないベルだが、短い修練の間で鍛えられた精神は何とか平常心を保つことに成功する。

 

 「いいんですか?でもアイズさんの方は大丈夫ですか?」

 

 「うん、今日はもうダンジョンに潜る気分じゃないから」

 

 「では、よろしくお願いします」

 

 二人は再び大通りを歩き出す。歳の差も相まって、仲の良い姉弟のように見える。

 

 (あれ?これってもしかしてデートなんじゃ……まっさかぁ……)

 

 アイズに案内されてポーションを売っているディアンケヒト・ファミリアでポーションを最低限購入し、携帯食料や応急手当用の器具等を購入していく。長年冒険者を続けて来たアイズの案内のもとで物資を購入してみると、自分で購入していた場合よりもかなり安くすんでいた。次からも利用させてもらおうと記憶の片隅で覚えておく。

 

 「そういえば最近街の賑やかさが増しているような気がするんですけど、何かあるんですか?」

 

 「もうすぐフィリア祭があるよ。一年に一回だけのお祭りだよ」

 

 一年に一回の行事ということもあり、長い期間に渡って準備が行われているらしく、その賑わいも平時のオラリオの街を上回るという。

 

 「アイズさんも行くんですか?」

 

 「うん。多分ファミリアのみんなと行くと思う」

 

 「でしたらきっと綺麗な余所行きの服とか着て行くんでしょうね……」

 

 ふとベルはそんな服を着たアイズの姿を思い浮かべる。普段のダンジョン用の機能的な装いも凛として見惚れるが、一人の町娘のようなアイズもきっと可愛らしいんだろうな、と考えているだけだが、アイズは何を思ったのか長考し始めた。

 

 「そうだベル。あそこの店、寄りたいな」

 

 アイズが指を指す先にはアイズやベル達ヒューマン用の服が集められた衣料品店があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかな?ベル?」

 

 アイズが自分で選んでみた服を着て試着室から出てくる。袖から背中まで布地を排した服はホルターネックといっただろうか?そこにフリルの付いたスカートがお洒落で涼しげな組み合わせだ。色合いも白を基調とした清涼感を与える物で揃えられている。

 

 「……すごく、綺麗ですよ」

 

 一方でベルはそんなアイズの姿を見て見惚れて心を奪われていた。これでベルがアイズ・ヴァレンシュタインに一目惚れをするのは二度目だ。

 

 ダンジョンで戦う第一級冒険者としてのアイズと、天然で可愛らしくてジャガ丸くんが好きな一市民としてのアイズ。どちらのアイズもベルにとっては何者にも替えられない物に、あの時からなっていた。

 

 「よかった。不安だったんだ。あまりこういうことには疎いから」

 

 「あまりこういう物に興味が無いんですか?」

 

 「うん。遠征の後はいつも一人でダンジョンに潜ってるから……」

 

 アイズが見据えている強さの果ては未だ姿すら見せない。それはベルも同じだ。二人が目指す強さは具体的な形が無い。だからこそ限界を超えて更にその先へと、歩み続けられる。

 

 「でもね、それしかないんだ。それ以外にやりたいって思うことが、ないの」

 

 だが人の寿命は無限ではない。何もせずとも斬り続けられる剣が存在しないように。『不壊属性(デュランダル)』の付与された武器は決して折れないと言われているが、斬り続ければやがて斬れ味が鈍り、何も斬れなくなる。

 

 鍛え続けられ、ただひたすらに極致を目指すことを強いられる剣の行き着く先は無に他ならない。刀身は痩せ細くなり、鉄の光沢は鈍くなり、摩耗し錆び果て、やがて腐り落ちて存在していたという痕跡すら残さない。

 

 やがて理想を目指すことに疲れ果て、立ち止まらずを得ない時が誰にだって訪れるのだ。一人で目指す限りは。

 

 「アイズさんは一人じゃないじゃないですか」

 

 ベルは伏せかけていたアイズと目を合わせる。

 

 「僕のファミリアはまだ出来たてで僕以外では神様しかいません。でもアイズさんのファミリアには団員の方々がたくさんいるはずです。その中にもアイズさんが大切にしたい人とか大切にしてくれる人は居ないんですか?」

 

 鈍器で頭を叩かれたような感覚がアイズを襲う。しかし痛みが全くなく、不快な物ではなかった。

 

 それをきっかけにアイズが今までに出会った人々が次々と浮かび上がった。社交的な性格ではないため決して多いとは言えないが、それでもアイズにとっては手のひらから取りこぼしたくない人達だった。

 

 ロキも、ティオネにティオナ、レフィーヤにリヴェリア、フィンもロキ・ファミリアの皆も、アイズのかけがえのない人達だった。

 

 「アイズさんもきっとそういう人達が居るはずです。今はまだ見つからなくても、きっといつかは見つかると思います」

 

 アイズの胸の内に存在していたわだかまりが小さくなっていく。

 

 「あっ、すみません。出過ぎた真似でした。というか、上手く言葉が纏まらないのに上から言う物じゃないですよね……何を言ってるんだろう僕は……」

 

 例えそれが不器用で不格好な物だったとしても、アイズの心には澄んだ水のように清らかで心地よい物だった。

 

 「ありがとうベル。引っかかってた物がなくなった気がするよ」

 

 「え。そ、そうだったら良かったです」

 

 「今日は本当にありがとう。楽しかったよ」

 

 互いの顔に笑みが浮かぶ。迷いを振り払った彼女の笑みは、ここ最近で一番の物だった。それはベルにとっても同じだった。

 

 気がつくと陽が沈み始めていた。楽しい時間はあっという間に過ぎていくようだ。

 

 「じゃあ、私は本拠に戻るね」

 

 「はい。今日は本当にありがとうございました」

 

 「それはこっちもだよ。本当に楽しかった」

 

 広場に戻って来て、二人は正反対の方角に歩いて行く。背中合わせで真逆に離れて行くが、いつか二人はまた出会うのだろう。

 

 二人が目指す強さの過程に、ダンジョンがあるのならば。

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは、やはり間違ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんな感じでいいんでしょうか?

始めてこういう甘い話を書いたと思うので

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