ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】   作:たい焼き

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” その3 姫と兎

 「はぁ・・・なんだか変な視線を感じるなぁ・・・」

 

 上から見下ろされるような視線を常に感じ続けているベルは、思わずため息をついた。今朝から色々あって気分が余り優れないと感じていた。

 

 事の発端は今朝ギルドで起きた事が原因だろう。冒険者になったばかりのベルの相談役として色々とサポートをしているギルド職員の『エイナ・チュール』から聞いた事だ。

 

 『なんかね、ベル君が気になってるアイズ・ヴァレンシュタイン氏が朝早くから人を探してるんだって。白い髪で紅い目の男の子らしいんだけど、まさかね・・・』

 

 ベルとアイズが初めて出会ったのは一昨日のダンジョンの中。5階層でベルがミノタウロスと相対した時にアイズがベルを助けたのがきっかけだった。

 

 ベルにとっては本当に運命を感じてしまうような出会いだった。その時見せられた光景は年老いて死ぬ間際まで鮮明に思い出せるだろうと思っている。

 

 今のベルにとってアイズ・ヴァレンシュタインとは遠すぎる憧れの人だ。あの綺麗な剣に魅せられて愚直に真っ直ぐ歩み続ける探求者だ。

 

 だから少なくとも弱い今は自分から会いに行こうとは思わなかった。あの時のお礼を言いたいという想いもあったが、弱いままの情けない自分よりも、少しでも成長した自分を見せたいとほんの少しだけ思っているからだ。

 

 助けられた礼をすぐに言いに行かないのは失礼だと思うが、そうしなかったのはベルに本当に少しだけ芽生えたプライドが邪魔をしたのだろう。

 

 だからただ真っ直ぐに冒険をしようと思っていた矢先の出来事だった。

 

 「見つけた・・・よ」

 

 ダンジョンの入り口前の巨大な螺旋階段。そこからダンジョンに入るのだが、入る一歩手前でアイズはベルを見つけたのだった。

 

 「ヴァ、ヴァレンシュタインさん・・・」

 

 早朝故にまだ人は殆ど居ないその空間で二人は相対した。時間が止まったのかと錯覚する程、ベルの頭の中は真っ白になっていた。

 

 伝えたい事を伝えようとする感情と、今はまだ早いと遠ざかろうとするプライドと、二つの正反対の感情がゴチャゴチャに混ざり合い、どうとも形容し難い感情がベルを困惑させる。

 

 そして事の整理が付き始めた時にはベルの足はダンジョンの方に向いていた。

 

 憧れの人に背を向けて、ただ逃げるように遠ざかっていた。

 

 「あっ・・・待って・・・」

 

 一方でアイズは逃げるベルを見て、心に更に悲しみが積もる。

 

 アイズは酒場でのベートの一件で自分がベルに怖がれているのではないかと思ってしまっている。

 

 だが例え怖れられてしまっていても、アイズはどうしてもベルに謝りたかった。だからアイズもすぐにベルを追いかけた。

 

 ダンジョンの上層を走り抜ける人影が二つあった。

 

 ベルのレベルは1に対してアイズのレベルは5。純粋なステイタスは明らかにアイズの方が上だった。ダンジョンの壁を蹴り、ベルを追い抜き前に躍り出る。

 

 「止まって」

 

 「うわあああああああああああ!!」

 

 アイズがベルを捕まえようと手を前に出した瞬間、アイズからしてみれば信じられないことが起きた。

 

 一瞬の体捌きでベルがアイズの視界の外に滑り込んだのだ。

 

 「ッ!?」

 

 余りにも信じられない出来事に今度はアイズが思考停止状態に陥る。自分と比べて特別速いというわけではなかった。

 

 アイズがベルを見た数少ない機会で受け取れたベルの特徴は、ミノタウロスと戦えるステイタスを持っていないことと、ギルドから支給されている装備を着た駆け出しの中の駆け出し程度だということだ。

 

 もちろんそんな腕っ節の強い一般人とも比べられる程度のステイタスしかないレベル1の駆け出しが万が一にもレベル5の自分を出し抜けるような身体能力はない。そう思っていた常識を崩されてから生まれた隙だった。

 

 はっと意識を取り戻すと既にベルは自分からかなり離れた位置まで逃げていた。

 

 「今度は逃さない・・・」

 

 そう決めて意識を入れ替えて再び追いかける。

 

 そんなやり取りを何回か繰り返した。アイズも流石にこの異常に気づく。

 

 「本当にレベル1、だよね?」

 

 ベルがこうして自分から逃げられていることについてだ。

 

 間違いなくベルはレベル1の駆け出しだ。だが現状ベルはアイズから逃げ続けられている。

 

 短期間で飛躍するステイタスにそれに付いて行くどころか追い抜こうとしている戦闘技術。仮にもレベル1から2に上がる期間の世界記録保持者(レコードホルダー)であるとはいえ、目の前の少年の成長速度はそれを遥かに超えている。

 

 (知りたいな・・・どうしてそんなに早く強くなれるのか)

 

 アイズはもう加減をするのをやめる。ここからは全力でベルを捕まえにかかることにした。

 

 一方ベルは今はもう鬼のような形相に変わったアイズに悲鳴を上げながら逃げ続けていた。

 

 何とか逃げることができたが、ついに年貢の納め時らしく、5階層のとある行き止まりに追い詰められてしまった。

 

 奇しくもそこはベルとアイズが初めて出会った場所であり、ベルがミノタウロスから助けられた因縁のある場所でもあった。

 

 「もう、逃げられないよ」

 

 ジリジリとアイズがベルとの距離を詰める。ベルの前には加減を忘れた第一級冒険者、後ろにはダンジョンの壁。前門の虎後門の狼、もしくは背水の陣とはこういうことだろう。

 

 「君とは、いっぱい話したいことがあるんだ」

 

 「えっ・・・?」

 

 話したい事と言われ、ベルは思考の波に飲まれる。出会ったのは一度きりでほんの一瞬のことだった。一方的に知っているだけで向こうにとって自分は名前も知らないような道端の石ころのような存在のはずだ。もしかしてあの時何かしてしまったのだろうか?と、何度も考え直しても答えは浮かんでこない。

 

 「まず、ごめんなさい」

 

 アイズはベルを相手に頭を下げた。ベルにとっては予想外の出来事だった。

 

 「私達が倒し損ねたミノタウロスだったの。そのせいで君を危険な目に遭わせちゃったから」

 

 違うだろとその一言がベルの頭の中で何度も響いた。助けてもらった上に頭を下げさせるなんて、お門違いだ。

 

 「ヴァレンシュタインさん。顔を上げてください!!」

 

 ベルは声を振り絞った。

 

 「貴方は僕の命の恩人なんです!!貴方が居なかったら僕はとっくに死んでいました。それなのに僕は、お礼すら言わずに逃げちゃって、だから貴方が謝ることなんて間違っています!!」

 

 アイズは驚いた顔でベルの顔を見る。自分よりも年下であろう男の子なのに、不思議と大人びた覚悟を決めた漢が見せる顔だったからだ。

 

 「なので、あの時は本当にありがとうございました!!」

 

 冒険者とは思えない程澄んだ綺麗な瞳。そこから覗く心はどこまでも真っ直ぐで純粋だった。

 

 アイズがこれまで見てきた冒険者の誰にもあった欲の歪み。それが未だ存在していない目の前の少年はとても魅力的だった。

 

 「ふふ、君は強いんだね」

 

 「っぅぅ・・・!!」

 

 ベルの頬が熱を帯びて紅く染まる。

 

 「いえ、僕はまだまだなんです。目標があるんです。でも全然追い付けなくて・・・」

 

 「分かるよ。私にも強くなりたい理由があるから、・・・なんだか似てるね、私達って」

 

 遥か先に居たベルの理想とする人物が二人。一人は目の前に、もう一人は同じファミリアにいるが、距離ではなく、強さの極致がだが。

 

 「ヴァレンシュタインさんにもそんな人がいるんですか?」

 

 「アイズでいいよ。そうだね。私が求める答えを持っているような、そんな気がする」

 

 思い出すのは紅い外套の背の広い男。数回会った程度だが、アイズはその男の強さの根源に興味を持った。

 

 「だから、一緒に特訓しよう。きっと私達の目的地はおんなじだから。」

 

 強さとは一体何なのだろうか。きっと人の数だけ答えが返ってくるだろうが、ベルもアイズはそれでも目指す背中を追いかけ続ける。

 

 誰もこんなところには来やしない。二人の気迫でモンスターすらも近づき難い空間が生まれていた。

 

 「・・・はい。お願いしますッ!!」

 

 アイズは愛剣デスペレートを、ベルは支給品のナイフを手に、駆け出し己の武器を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ベル、本当に駆け出しのレベル1だよね?」

 

 息が切れて倒れ伏したベルに対して、アイズは軽く汗をかく程度の損傷しかなかった。しかしアイズはベルの動きからそんな違和感を感じていた。

 

 鋭く速いナイフの連撃、時折繰り出される体術、攻撃に対して柔軟に対応する判断能力、何よりそれらを可能にする技能が攻撃・防御・回避において、第一級冒険者に匹敵する物を持っていたのだ。かつてアイズと並べて比べられた『疾風』の二つ名を持った冒険者はレベル4の中でもトップクラスの戦闘技能を持っていたが、それに匹敵するだろう。

 

 「僕が目標としている師匠がかなりスパルタなんです。10階層まで連れて行かれたこともあります。あの時は本当に死ぬ気でしたよ」

 

 ベルは冒険者になって半月と言っていた。普通ならばそのころはここ5階層にすら到達する冒険者はまず居ない。

 

 「やっぱりすごいねベル。同じころの私はもっと下だったから」

 

 「そんな・・・違います!!僕はまだランサーさんや周りの人に助けてもらってばかりなんです!!」

 

 ふとベルの腹辺りから低く唸るような音が聞こえる。それで真っ赤になったベルを見ながらアイズはふと時計に目を落とす。時刻は正午12時きっかりを指している。

 

 「あっ、そうだ。ダンジョンに潜る予定なかったからお昼ごはん持ってない」

 

 今から戻ればちょうどいい時刻に昼食を取れるだろうが。

 

 「えっと、僕は持ってきているんですけど、どうしましょうか?」

 

 「ううん。私がもらうわけにはいかないよ。だってそれ貰い物だよね?包装で分かるよ。ちょうどいいから私はそろそろ戻るよ」

 

 「でしたら僕も上がります。ご一緒してもいいですか?」

 

 「うん。いいよ」

 

 二人でダンジョンを上がる階段を目指していく。アイズはダンジョンの中ではこの瞬間が一番楽しかったと後に語った。




次回『デート?編』

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