ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】 作:たい焼き
「そっちには居たかい?」
「いえ、こちらには居ませんでした」
「こっちにも居なかったよ」
『
ビッグネーム故にその噂は誇張を繰り返した形ではあるが、オラリオの中で話題になった。
曰く、彼らが探しているのは高値で売れるお宝で時価数億ヴァリスは下らない物だとか。
曰く、彼らが探しているのはロキ・ファミリアに楯突いた者でそいつを血祭りに上げるために草根もかき分けて探しているだとか。
もちろん見当ハズレもいいところなのだが、広まった噂という物は時間でしか洗い流せない。
「マズいな。目立ち始めている」
「オラリオ中探しておらんってことはダンジョンの中じゃろうな。別に不思議なことじゃないわい」
「仮にあの少年がレベル1だったとして、探索出来る階層は限られているだろうけど、入れ違いになる可能性もあるね」
日が既に沈み始めていた。街全体を数人で、それもたった一人を探し出すのは簡単なことではない。有力な情報を得られぬまま、一日が終わろうとしていた。
「じゃあ最後に豊穣の女主人に行かんとな。昨日のことミア母ちゃんに謝らんとあかんしなぁ」
一向は豊穣の女主人へと向かう。もしかしたら件の少年も昨日のように同じ店を訪れているかもしれない。
然程距離は離れておらず、十数分歩けば目的地に着いた。
「ぅおーす。ミア母ちゃんいるかー?6人なんだけどいけるかー?」
それに返ってくるであろうミアの声は聞こえてこない。
「なんや?おかしいな」
「あっロキ様。いらっしゃいませ」
「お、シルちゃん。今日もよろしくな」
「はい。6名様入りまーす!!」
ロキ・ファミリアが通された席は昨日ランサーの一突きで壊された机。それが完璧に修復されていた。
「なんや?仕事早いな。壊れてるとこも全部直されてるし、それにミア母ちゃんはおらんのかいな?」
「ミア母さんは今日は所要で出かけていますよ」
「ん?ってことは今日は誰が料理作ってるんや?」
「あはは・・・それがですね・・・」
シルが指を向けた先、厨房の先にはロキ・ファミリアも知っている人物で、驚くべき人物だった。実際にそれを見た面々は全員残らず呆然としてしまった。
「アーニャ!!この料理を6番席に持って行ってくれ!!」
「は、はいニャ!!」
「クロエとルノアはこっちの料理を8番席に迅速に頼む!!」
「分かりました!!」「分かったニャ!!」
「リュー、帰られたお客様の席の片付けを頼む」
「かしこまりました」
厨房の方からいつものミアと同等にウェイトレス達に指示を飛ばしながら忙しくなく働いている男がいる。
「店長代理、もうお米が無いのニャ・・・」
「何?アレだけ炊いておいた物がものの数時間で・・・。だが安心しろ。既に秘密兵器は用意してある」
アーチャーの後ろに控えている巨大な物体をウェイトレス達の誰も見たことがなかった。
「アーチャーさん、これは?」
「これはいつか米が大量に手に入った時のために投影しておいた巨大炊飯器だ。細かな設定をする必要はあるが、稼働させれば待つだけで炊き上がるって寸法さ」
蓋を開けると中にはホカホカと湯気を上げる炊きたての白米が大量に詰まっていた。
「動力を魔石駆動の物に切り替えるのにも苦労したが、やはり一番こだわったのはこの釜だな。最適解に至るまで実費で打って鍛え上げた特性の釜はやはり格が違うよ」
「アーチャーさん、日替わり定食4人前入ったのニャ!!」
「了解した。すぐに取り掛かろう」
今日の定食はアーチャーが最も得意とする和食の料理だ。主菜として魚の切り身を火加減や塩加減に注意しながら焼き上げ、側におろし大根と少し酸味のある柑橘系のタレを添える。
またアーチャーが急いで探して購入した味噌という調味料を使った味噌汁という料理と、ふっくらと柔らかさを損なわずに焼き上げたたまご焼きと膾、漬物を添える。漬物を漬ける時間がなかったので、浅漬けで妥協せざるを得なかった。
物珍しい料理を注文する者が続出し、アーチャーの想像を超えた人気が出た。特に極東出身者からの注文がその多くを占めた。中には涙を流し出す者も居たくらいだ。
「いや何やってるんやアイツ?」
「本日限定の店主兼料理長ですよ」
「おや?ロキ・ファミリア御一行様じゃないか」
注文された定食を手早く作り上げたアーチャーはロキ・ファミリア一向の前に立った。
「えっ・・・え?料理出来るの?」
「意外かね?一通りは出来るさ。まあ趣味の範囲を出てはいないが」
「そうや。自分、あの青タイツの兄ちゃんがどこのファミリアに所属してるかわからんか?」
「ランサーか?知らないが、まあ呼びつける方法はある」
アーチャーは何やら紙を取り出し、サラサラと一筆書き加える。そして弓と矢になった剣を投影し、その紙を巻きつけて外に出る。
「ふむ。どこにいる・・・?」
店の屋根の上に登り、街全体を見渡す。
「見つけたぞ」
矢を番え、弦を引き、目標を定めて矢を放とうとするが、嫌な視線を感じ、そちらの方へ向き直る。全身を見られているような魔性の眼差しは見られているだけだが当然居心地は悪い。
オラリオにそびえ立つ白亜の塔。その最上階50階から見下ろしてくる者は一人しか候補が居ない。
(チッ・・・こいつを撃ち込んでやりたいくらいだが・・・)
だが今は目的を優先する。風を切り裂き、街を横切りながら一本の矢は飛んでいった。
「矢文を出しておいた。これでまたヤツはここに来るだろう」
「君はここからあの人がどこに居るか分かるのかい?」
「これでも私は弓兵を名乗っている。なので目はいい方でね。街の中央からならばこのオラリオを一望出来るくらいには」
「それってオラリオ中が射程圏内って言ってるような物よね・・・」
「この程度で一々驚いていたら気が保たないぞ。私のような無名の英霊と違って、セイバーやランサーは名を残した大英雄なのだからな」
シルからロキ・ファミリアの注文票を受け取る。
「ヤツを閉店時刻ギリギリに呼び出した。それまでの間、しばらくゆっくりしているといい」
コーヒーか紅茶でも飲むかね?とティーポットを片手に言ってみせる。その技術はもちろん洗練されていた。様々な要点があるが、そのどれもが一級品だ。
なお緑茶を用意出来なかったため、和食に最適の飲み物が無いことが、アーチャー唯一の失態と言える。
「おっと酒はやめておいた方がいい。ヤツと少年に謝る気なら誠意は持っておけ」
ペンを走らせ酒の注文を上から取り消す。きっとロキかガレスだろうと、誰だと聞かれなくても察せた。思った通り、ロキは顔色を悪くした。
「では腕を振るわせてもらおう。しばらく待っていてくれ」
「認めてやるよ。お前はまだまだ未熟だが、間違いなく一級品の戦士になるだろうさ」
無傷で息も乱れていないランサーに対して、数々の打撲で傷だらけのベートが床に転がっていた。息も絶え絶えで出血もしているが、少なくとも死ぬような怪我ではない。その程度はランサーも分かって加減している。
「ち、ちく・・・しょう・・・こんなんじゃ、追いつけや、しねぇ・・・」
「当たり前だ。年季が違うんだよ」
地べたに這い蹲りながらも目の前の敵から決して視線を外さず殺気を浴びせ続ける。闘争心を燃え滾らせた獣の思考能力は野生の本能も相まって極限にまで研ぎ澄まされる。
最早気合だけで立っているような状態だが、ベートはその両足でしっかりと地を踏み締め、再びランサーに向かう。
種族の恵まれた脚から繰り出される蹴りは種族の能力やベートの技術によって一般人には見切れない程の速度で放たれ続ける。だがランサーはそれすら凌駕した一級の英霊だった。
鋭く速い連打は彼にとっては見慣れた物になっていた。一つ一つを見切り的確に捌く。
「シッ!!」
素早い蹴りで相手の動きを制限しつつ、自分の思い通りに相手を動かす。前から危険が迫れば左右のどちらかに避けるように、移動先を四択から二択に、更に一択にしてしまえばそこに攻撃を置いてしまえば相手は攻撃に突っ込んでくる形になる。
ランサーの動きを読み取ろうと蹴りを連続で放ち続ける。やがてランサーの動く先があえて空けていた一点に向かう。
勝機を得たとベートはそこに渾身の一撃を放った。今の全力を込めて放ったそれは―――――虚しく空を蹴るのみ。
「な・・・にッ!?」
「甘めぇよ」
残像を残してランサーはベートの蹴りの下に潜り込んでいた。ベートの今の攻めは中々の物だったとランサーも理解しているが、まだまだ荒削りが過ぎていた。
これがもしアーチャーだったらとランサーが思考すると、考えるより先に槍を持ち出したと答えを出した。もっとも、この手の戦術を取ればアーチャーは自身が知っている英霊の中でも頂点に立つだろうと思っているので、アーチャーと比べる方が間違っているだろう。
「オラァ!!」
「グッ・・・!?」
ベートは下から突き上げてくる大きな衝撃を口の中から滲み出る鉄の味と同時に味わった。ランサーの鍛え上げられた腕から放たれた高速のアッパーカットがベートを的確に捉え、ベートの身体が宙に浮く。
「そらッ!!」
浮き上がって吹き飛び始めたベートの身体をランサーは無理矢理掴んで手繰り寄せ、そのまま地面に叩き付ける。
石造りの地面がクレーターのように陥没する程の衝撃をベートは受け、そのまま意識を手放した。
「ちぃ・・・こいつオレの髪に触れたな」
鋭く速い蹴りは軽い真空波を発生させ、ランサーの髪を数本切り取った。それはつまり、ベートが一瞬とはいえランサーの神速を捉えたということに他ならない。
「中々楽しみじゃねぇか。ベルといいコイツといい、鍛えりゃいい戦士になれるヤツもたくさんいやがる」
ベルも、あの場で見た神ロキの周りに居たおそらく幹部格達もそうだ。ステイタスだけでなく、それがなくなってもなお残る物を大切にして欲しい物だ。
「あぁ、ホント。楽しみでしかたねぇな」
取り出されたドス黒い槍で飛来した矢を叩き落とす。見る物全てを恐怖させるであろうそれは、ランサーが愛槍よりも長い間使ってきた彼の主武装の一つだ。
弾かれた矢は形を壊すことなく壁に突き刺さり、結ばれた紙を残して魔力になった。
「なんだよアーチャーのヤツ。直接言いに来いっての」
紙を広げて中身を確認する。
【今夜、夜9時ごろ。昨夜の店『豊穣の女主人』にて待つ。貴様が好きな物を用意して待っている】
などと書かれているが、伊達にランサーはアーチャーと腐れ縁と呼ばれているわけではない。
一般人が見ればただ待ち合わせの手紙だろうが、アーチャーの言いたいことの大体はランサーも察せた。
「あの野郎・・・もし犬の肉だったら街ごとぶっ殺してやる」
倒れ伏したベートを担ぎ上げ、ランサーはロキ・ファミリアの本拠に向かう。都市最強候補のファミリアの本拠は、その所在もしっかりと公表されており、少し調べれば場所程度はすぐに分かった。
「誰だ貴様は?」
目の前に着いてみれば早速門番らしき人物に遭遇した。
「届けもんだ。すぐに治療してやれ」
「ん・・・べ、ベートさん!?貴様、何をした!?」
「ちょいと組手しただけだ。別に致命傷は与えちゃいねぇよ」
「嘘をつけ!!何もなければレベル5のベートさんがこんなにボロボロになるわけがないだろう!!」
「チッ・・・話になんねぇな」
ついに剣を取り出した門番に対して、ランサーは余裕を持って構えを取る。
「剣を収めなさい。その者は敵ではありません」
「なんだよ。もうここの王様になってんのか?セイバー」
霊体化していたセイバーがすぐに出てきて、門番を引かせる。
「負傷した仲間を連れてきた者を見て警戒するのは分かりますが、すぐに敵意を剥き出すのは良くない。もう少し穏便に事を済ませる努力をしなさい」
「は、はい。すみません」
「素直でよろしい。それではベートはこちらで受け取りましょう。軽い打撲程度ですませていますよね?」
「ああ、中々骨のあるヤツだったぜ。気になるなら手合わせでもしたらどうだ?」
「そうですね。機会があればそれもいいですね。それでは私もまだやることが残っているので」
気絶しているベートを抱えてセイバーは門を潜って中に消えていった。
すまなかったと詫びた門番に手を振りながら、ランサーもそこを離れる。
「そういえば、ベルの方は大丈夫なのか?なんか面白そうな事が起きそうな予感がするぜ」
ランサー。人はそれをフラグというんだよ