ラブライブ!side “M” お兄ちゃんは魔法使い 作:真仁
弓を構え、的を見定める海未(束)。矢を弦にかけ、ゆっくりと弓を引く。少しの間の後、矢が放たれ見事的の真ん中に命中する。
穂乃果「やった!やったー!真ん中だよことりちゃん!」
ことり「落ち着いて穂乃果ちゃん!大事なのは当たった本数だから!海未ちゃんはあと3本、矢を当てなきゃいけないんだよ」
海未「ふう、なんとかいけそうだな」
弓道初体験の束に遠く離れた的の真ん中を射抜く技術などある訳がない。当然魔法を使っており、射つ前に予め矢に魔力を込めておくことで軌道を思念コントロールしているのだ。
海未(問題は変身魔法との併用で俺の魔力が持つかどうかだが・・・)
そんな事を考えながら海未(束)は残りの矢も全て命中させる。出番を終えた海未が戻ると加賀の姿が。
加賀「それでこそ園田さん、ですね。でも決勝では負けませんよ」
海未「・・・望むところです」
やがて全選手の予選が終了し、上位2名で決勝を行う事になった。決勝に進んだのはやはりというべきか、海未と加賀である。
決勝開始まで少し時間があるので穂乃果達が海未を呼んで少し早めの昼食となった。
穂乃果「お疲れ、海未ちゃん。いっぱい持って来たからこれ食べて決勝も頑張って!」
穂乃果が用意してきたお弁当をその場に広げる。
海未「こ、こんなにたくさん食べれませんよ・・・」
ことり「でも良かった。昨日の夜にお話した時、あまり調子が良くなさそうだったから心配してたの」
海未「やっぱそうだっ・・・じゃない、心配をかけてすみません、ことり」
海未はそう言いながら近くに置いたあったコーラに手を伸ばす。コーラを飲む海未の姿を穂乃果がジッと見る。
穂乃果「海未ちゃん・・・炭酸苦手じゃなかった?」
ブフォォッ!
盛大にコーラを口から噴き出す海未。
穂乃果「うわあっ⁉︎」
ことり「だ、大丈夫⁉︎海未ちゃん⁉︎」
海未「す、すみません。私とした事がうっかりしてました・・・」
つい無意識の内に炭酸を飲んでしまっていた束。
海未(うっかり飲んじまった・・・こりゃ迂闊な事出来ないぞ・・・)
同じ家に暮らしている穂乃果ならいざ知らず、海未の事に関しては幼馴染で一緒にいる事が多かった穂乃果やことりには敵わない。バレないよう気を引き締める束、だったが・・・。
海未「ほ、他に何か飲み物はありますか?」
穂乃果「あるよ!えーとね、オレンジスカッシュとジンジャーレモンスカッシュ!」
海未「どっちも炭酸じゃないですか!」
穂乃果「あ、やっぱエナジードリンクとかのが良かった?レモンのエナジーの」
海未「だから炭酸じゃねぇか!」
穂乃果「今回は弓と掛けてみた!」
海未「掛けんでいい!」
穂乃果「な、なんか海未ちゃんがお兄ちゃんみたいだよー!」
ことり「やっぱり具合が悪いんじゃ・・・無理しないで棄権した方が・・・」
海未「そ、それは出来ません!こちらでもちゃんとした結果を出さないと掛け持っているスクールアイドルの活動にも支障が出てしまいますから!」
ことり「海未ちゃん・・・」
穂乃果「よーし!だったらお昼ごはん沢山食べて元気を出そうよ!お腹が一杯になれば気持ちが悪いのだって吹っ飛んじゃうよ!」
ことり「そ、そうかなぁ・・・?」
海未「き、気持ちはありがたいですがまだ後がありますし・・・」
穂乃果「ダメだよ海未ちゃん!腹が減っては・・・え〜と、何とかだよ!」
海未「戦は出来ぬです!一番大事な所忘れてるじゃないですか!」
ことり「穂乃果ちゃん、無理に食べさせても身体に悪いよ?出来るだけ消化のいいものや軽い食事だけにしとこ?」
海未「その通りです!やっぱりことりはわかってます!」
穂乃果「うー・・・わかった。じゃあこの箱一杯の穂むまんも持って帰るね」
海未「それは頂きます」
ことり「海未ちゃん⁉︎」
少しばかりの休憩時間を終えて、会場に戻る海未(束)。
既に加賀は仕度を終えて待っていた。
加賀「来ましたね」
海未「ええ、お待たせしました」
加賀「・・・口の周りに餡子が付いてますよ・・・」
海未「あ、やべ」
先程たいらげた大量の穂むまんの食べかすを慌てて拭く海未。加賀は複雑な顔でそれを見ていた。
加賀「園田さんってこんな人でしたっけ・・・?」
2人の準備が出来、決勝戦が始まる。決勝はルールが少し変わり、射詰競射となる。
穂乃果「射詰競射って何?」
穂乃果に尋ねられことりが持っていた冊子を読んで調べる。
ことり「えーと、今までの予選では射てる矢の本数が決まってたけど決勝ではそれだけじゃ決まらないからどちらかが外すまで続けるって事かな?場合によっては的の大きさや距離も変わるみたい」
このルール変更で一番不安を感じているのは他でもない束である。変身を維持したまま決勝を終える事が出来るのだろうか?
加賀「では、まずは私からですね」
加賀が前に出て弓を構える。放たれた矢は吸い込まれるように的に向かっていき見事命中する。
海未「やるしかない、か・・・」
右手に持った矢に魔力を込めて弓を構える海未(束)。
ギリギリまで弓を引き、手を離す。矢は真っ直ぐ飛んでいくが狙いが少しズレたのか徐々に右側に逸れ始める。
海未(左に寄せて・・・)
気づかれないように注意しながら飛んでいる矢の軌道を少し左に寄せる事で的に当てる。放たれた矢が的に当たるまでのほんの一瞬の出来事である為、会場にいる人は加賀も含め誰も気づかない。逆に言えば一瞬の判断が求められる為、魔力以上に束本人の負担も大きいのであるが・・・。
射詰競射なのでどちらかが的を外すまでこれが続く。しかも順位をつけやすくする為、的の大きさが途中から小さい物に変わり、束の負担も更に増加する。
お互い一射も外さず、遂に本数は12射目に突入する。
海未「はあ・・・はあ・・・」
穂乃果「海未ちゃん、疲れてるね・・・」
ことり「今まで全部的に当ててるからね・・・狙う時は全神経を集中させているって言うから・・・それをここまで繰り返すってとても大変なんだよ・・・」
海未は加賀の方をチラッと見る。平然としているがやはり向こうも疲労の色が見えている。お互いそう長くは持たないだろう。それでも加賀は小さな的を物ともせず命中させる。そして海未の番が回ってくるが・・・
海未「ッ⁉︎ヤバイ!」
疲労がピークに達した為か海未の放った矢は見当違いの方向へ逸れてしまった。それでもとっさに魔法で軌道修正を行い、矢は大きな弧を描いて的に当たる。
海未「セ、セーフ・・・」
加賀「今なんか変な飛び方しませんでした⁉︎」
海未「え⁉︎き、気のせいですよ!気のせい!」
加賀「矢があんなブーメランみたいに飛びますか⁉︎」
海未「風が吹いたんですよ!激しい風にさらわれて!・・・あ、いい歌詞出来ました」
加賀「歌詞の話は今はいいんです!」
その時、海未の身体が崩れ落ちる。かなり無理な軌道修正をしたせいて魔力が限界に達したのだ。
加賀「だ、大丈夫ですか?顔色が優れませんけど・・・」
海未「大丈夫です・・・始めていてください。すぐに・・・戻ります」
そう言って海未(束)は控え室の方へ行ってしまった。その様子を見ていた穂乃果達も不安な表情を浮かべる。
穂乃果「海未ちゃん・・・」
会場から控え室に向かう通路の途中で魔力が尽きてしまい、変身も解除され束の姿に戻ってしまう。
束「やっぱ持たなかったか・・・。さて、どう戦うか・・・」
その時、通路の奥から誰かがこちらに向かって歩いてくる。その人物は・・・
束「海未ちゃん⁉︎」
控え室の中に隠していた筈の海未が歩いてきていた。少し休んだ為か今朝よりは顔色は幾分かマシになったもののまだ足取りはおぼつかない。
海未「束さん・・・?試合は・・?」
束「あ、あぁ・・・大丈夫だ。まだ終わってないよ」
海未「そうですか・・・。では・・・行ってきます」
意識がまだハッキリとしていない状態ではあるが海未は会場に向かって歩き出す。何とかしてあげたいがもう自分には何も出来ない束はただ黙って彼女を見送るしかなかった・・・。
会場に戻ってきた海未。顔色は悪く、明らかに体調不良である。
加賀「園田さん?やはり無理をしない方が・・・」
海未「あぁ、加賀さんですか。お久しぶりです・・・今日はいい試合にしましょう・・・」
加賀「・・・?」
言ってる事が変なのだが今日の海未は朝からそんな感じだったので加賀も深くは考えなかった。
フラフラしながらも位置につき、弓を構える海未。そんな海未の様子を穂乃果達や束はハラハラしながら見ていた。
海未「・・・・・」
ゆっくり、静かに狙いを定める海未。時間が止まったのではないかと錯覚するほどの静寂の中で放たれた矢は的の中心を見事射抜く。
束「マジかよ・・・あんな状態で・・・」
自分以上に絶不調な筈なのに正確に的を射抜く海未に唖然とする束。それは近くで見ていた加賀も同じだったようだ。
加賀(どういう事・・・?先程より明らかに不調そうなのに狙いはむしろ正確になっている?)
この変化が加賀にほんの僅かな動揺をもたらした。そしてそのほんの僅かな動揺は明暗を分ける大きな結果として現れることになった。
ダンッ!
加賀「ッ⁉︎」
穂乃果「外した!」
ことり「次に海未ちゃんが当たれば海未ちゃんの勝ちだよ!」
束「海未ちゃん・・・行けーッ!」
ダァーンッ‼︎
穂乃果達の声援を受けて海未の放った矢は的を捉えていた。
穂乃果「やったよー!海未ちゃんの勝ちだー!」
ことり「おめでとう!海未ちゃん!」
穂乃果達が海未に話しかけるが気づいてないのか海未はフラフラと控え室の方へ戻っていく。
穂乃果「やっぱり海未ちゃん具合が良くないんじゃ・・・。行こう!ことりちゃん!」
控え室に戻ってきた海未を束が出迎える。
海未「束・・・さん?あの、試合は・・・?」
束「安心しな。君の優勝だ」
海未「そうなのですか・・・ここに来てからの記憶が曖昧で・・・」
束「ひどい熱なんだ。意識が朦朧としてもおかしくないって」
海未「そう・・・ですか」
そこに穂乃果とことりが入ってくる。
穂乃果「海未ちゃん!大丈夫⁉︎・・・ってあれ?何でお兄ちゃんが?」
束「た、たまたま近くを通りかかってな。海未ちゃん調子良くなさそうだったから付き添いってやつだ」
穂乃果「えー!穂乃果達に教えてくれれば良かったのにー!」
束「・・・お前が言うの忘れたんだろうが」
穂乃果「あ・・・そーでした・・・」
海未「皆さん・・・ご心配をおかけしました・・・」
束「そんなの後でいいから、今日はもう帰って休みな?μ’sの方もあるし、それこそ活動停止になっちまうぞ?」
穂乃果「穂乃果達が海未ちゃん家まで送ってくよ。ね?ことりちゃん?」
ことり「ごめんなさい穂乃果ちゃん!実は急に用事が出来ちゃって・・・今から行かないといけないの・・・」
穂乃果「えぇーっ⁉︎」
束「用事なら仕方ないだろう。俺たちで送って行こう。じゃあな、ことりちゃん」
ことり「ごめんね!穂乃果ちゃん!海未ちゃん!」
ことりはそう言って慌てた様子で行ってしまった・・・。
束「さて、俺達も行きますか。・・・よっと」
束は海未を背中に背負う。
海未「つ、束さん・・・これは・・・」
束「歩くのもしんどそうだし、これで我慢してくれ。というわけで穂乃果は荷物持ちな」
穂乃果「えぇー⁉︎」
束「じゃあお前がおんぶするか?」
穂乃果「・・・遠慮しときます」
こうして3人は学校を出て帰路に着いた。しばらく歩いていると遠くから束を呼ぶ声が聞こえてきた。声の方向を見ると花陽がこちらに向かって走ってくる。
穂乃果「花陽ちゃん?一体どうしたの?」
花陽は息を切らしながら束達の所にくると・・・
花陽「はぁ・・・はぁ・・・。束さん!お願いです!花陽を助けてください!束さんの力が必要なんです!」