修羅の旅路   作:鎌鼬

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立ち向かえない過去

 

 

「あのクレイジーサイコレズめ……お陰で余計な時間食っちまったじゃねぇか」

 

 

金本をぶっ倒れるまで煽り続け、恭二と相談して取り敢えず金本だけをその場から離して残りの内股で倒れている連中はズボンを剥ぎ取り股間の上に頭を重ねるという精神的な仕置をしてその場に放置する事にした。そろそろ恭二が公衆電話から警察に連絡している頃なのでその場に駆け付けた警官が20人近い男たちが下半身を丸出しにしてそこに頭を乗せ合うという冒涜的な光景を目にする頃だ。

 

 

本当だったら恭二と一緒にゲームセンターに行くつもりだったが朝田がケバい顔面の女生徒に路地裏へ連れて行かれるところを目撃したので予定を変更した。元から助けるつもりだったが、朝田の気難しさを考えると最初から助けに行っても拗ねられるだけなので追い詰められてから助けるしかなかった。その際で発作を起こすまで放置する事になったが、あいつらの要求を正面からきっぱりと断っていたので精神的に成長しているようには思える。

 

 

だけど、トラウマを克服するまででは無い。その程度で克服出来るほど、彼女の心の傷は浅くは無い。確かに精神的に強くなった事は認めるが、少し前進しただけでしか無い。

 

 

「何かキッカケがあればな……」

 

 

朝田がトラウマを克服するのに必要なのは成長では無くてキッカケだと思われる。部外者である俺が見た限りでは、彼女は過去を恐れ過ぎているように見えるのだ。何かしらのキッカケがあれば、彼女は過去を拒絶するのでは無くて受け入れる事が出来る……そう考え、切り捨てる。何故ならそのキッカケはどんなものになるか分からないが間違いなく朝田の心を深く傷付ける物だから。下手をすれば精神崩壊まであり得る。その危険性を考えれば、どれくらいかかるのか分からないが今の方法でゆっくりと進めた方が良いに決まっている。

 

 

だってーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 

俺の時は母さんと爺さんによってキッカケを与えられたが一度精神崩壊を起こし、その後精神を再構築されるという外道じみた行為をされたのだ。俺もそれをやろうと思えば出来ない事は無いがしたく無いので候補にすら入れていない。

 

 

なるようになるかと結論付けて、夕飯の支度をしようとベットから腰を上げ、

 

 

「ーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

隣から朝田の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘かった、そうとしか言えないだろう。

 

 

現実で遠藤たちに立ち向かい、GGOで一対一でベヒモスというプレイヤーを倒して強くなったと勘違いしていた。もしかしたら、今の私なら過去と真正面から向き合い、ねじ伏せる事が出来るかもしれないと思い込んでしまった。

 

 

BoBの本大会に出場し、22位という不甲斐ない順位で敗れてから数日後にGGOの運営体である〝ザスカー〟という企業から私のゲームアカウント宛にメールが届いたのだ……英文で。漣君が読んでくれなかったら時間をかけて調べる事になっていたであろうメールにはBoBの参加賞品としてゲーム内で賞金かアイテムを、現実で〝プロキオンSL〟のモデルガンを、どちらかを選択しろという内容だった。

 

 

トラウマから賞金を選ぼうかと思ったが、GGOの荒療治の効果を確認するのに丁度良いと考えた。漣君か新川君に頼めば代わりに買って来てくれるだろうが申し訳ないと思って今まで遠慮していたのだ。そうして期限ギリギリまで悩んで、私は現実で〝プロキオンSL〟を受け取る事にした。

 

 

一週間後に国際郵便でそれは届き、偶々暇にしていた漣君に頼んでそれを開封してもらい、机の抽斗にしまってもらった。時折見ようと、触れようと考えるのだがどうしても尻込んでしまい、後回し後回しにしてしまった。

 

 

だけど今なら大丈夫かもしれない。そう考えて抽斗を開け、〝プロキオンSL〟を手に取った。

 

 

まだ始めの頃は平気だった。銃から冷気が伝わり、身体が震えてしまうが前に比べれば進歩していると実感出来た。シノンの私だったら指先で軽々と振り回せる様な重みだったが、現実の私にはまるで地面に縛り付けられているかの様な途轍もない重さを感じた。だけど、発作が起こる兆候は見られなかった。

 

 

改善されているーーーそう喜んだ時に()()は現れた。

 

 

緊張から冷や汗をかき、湿った生暖かさの中に誰かの気配を感じたのだ。その気配が誰のものなのかは察しがついてしまった。その瞬間から崩れだした。心臓が五月蝿いくらいに脈打って、頭の中がグチャグチャになり平衡感覚を失う。〝プロキオンSL〟を握っていたはずだったのに私の目はそれでは無くなっていた。

 

 

あの男を殺した黒い拳銃を……血塗られた〝黒星五四式〟を握っていてーーー

 

目の前には私が殺したあの男が立っていてーーー

 

生気のない顔で、光を宿していない瞳孔で私の事を睨んで来てーーー

 

 

「ぁ……ぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

そこで限界を迎えた。恐怖を思い出した事から発作が起きて呼吸が出来なくなり、同時に胃が激しく収縮するのを感じる。咄嗟に〝プロキオンSL〟を投げ捨てる事に成功したがそれでも発作は止まらず、歯を食い縛りながらユニットバスの中へと飛び込み、トイレの蓋を跳ね上げるのと同時に嘔吐した。

 

 

しばらく吐き続けてようやく胃の収縮が収まったが、その時には私はすっかり力尽きてしまった。落ち着いて来たものの体力は根刮ぎ持っていかれて指一本でも動かすのは辛い。でもこのままではいられないとなんとか力を振り絞って吐瀉物を流し、顔を洗い、口の中を濯いだ。

 

 

もう何も考えられない、考えたくないが、今も部屋の中にはあの忌々しい銃が転がっている。思考能力が無くなりつつある頭でタオルを使えば見えなくなるのではと考えてタオルを持って部屋に戻る。

 

 

するとそこには……

 

 

「……またもんじゃをリバースしたのか?」

 

 

制服のズボンとカッターシャツという学校帰りの格好をしている漣君が居た。制服の上着で包まれて見えないのは恐らく〝プロキオンSL〟だろう。彼は自分の身体で〝プロキオンSL〟を隠しながら、抽斗の奥へとしまってくれた。

 

 

「それと戸締りはちゃんとしとけよ?女の子の一人暮らしなんだからさ」

 

 

呆れた様に話す彼に言われて、帰ってから鍵をしていなかった事を思い出すがそれに反論するだけの余力は無い。フラフラと力無い足取りで彼に近づきーーーそのまま胸にすがり込んだ。

 

 

「ちょーーー」

 

「ーーーごめん……このまま……」

 

 

突然の事で驚いたのか尻餅をつき、漣君が慌てるという珍しい光景を目の当たりにするのだがそれを気にしている余裕は無い。

 

 

せめて動悸が収まるまで、

 

せめて呼吸が落ち着くまで、

 

せめて流れてる涙が止まるまで、

 

誰かに近くに居て欲しかった。

 

 

言葉にしなくても私の状態を見てそれを察してくれたのか、漣君は落ち着きを取り戻してあやす様に私の頭を撫でてくれた。

 

 

彼は何も言わない。カウンセリングを受けた時に医者たちが口にしていた同情的な言葉を言わない。きっとその言葉が逆効果だと知っているから何も口にしないのだろう。彼は、私の気持ちを知っているはずなのに、心から共感できるはずなのに、何も言わず、無言で私を受け止めてくれた。男らしい大きな手で、私の頭を撫で続けた。

 

 

そう言えば頭を撫でてくれたのなんでお母さんしかいなかったと思いながら、泣き疲れたからなのか私は漣君の体温で身体が温まるのを感じながら、彼の胸で眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしようかこれ……」

 

 

朝田の部屋から叫び声が聞こえて来たので駆けつけてみれば、ユニットバスへの扉は開きっぱなしでトイレに向かってしゃがみ込んでいる朝田の姿と、部屋の隅に転がる〝プロキオンSL〟のモデルガンを見た。それで何があったか察し、一先ずモデルガンをしまおうと制服の上着で包み込んだところで朝田がユニットバスから出て来た。

 

 

目は虚ろで、足元が覚束ない彼女の姿を見て下手な同情は逆効果だと考えていつも通りの態度で話しかけたのだが、モデルガンをしまったところで朝田に抱き着かれてしまった。極力人に頼らないスタンスを取っている彼女が泣きながらこのままでいて欲しいなんて言うから振り解く事なんて出来ず、成すがままにされていると朝田は泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった。

 

 

朝田を起こすのは論外、発作を起こして精魂尽きている彼女を起こすなんて俺には出来ない。ポケットに入れていたスマホでGGOをプレイする事を約束していた恭二に朝田と共にログイン出来ない事を伝える。

 

 

「これって男として見られていないって事なのか……それとも男として見られているから頼られてるのか……」

 

 

個人的には後者だと凄く嬉しいのだが、それを知っているのはカッターシャツにしがみ付きながら眠っている彼女だけだ。

 

 

弱り切った子猫の様な印象を与える朝田の寝顔を眺めながら、どうか彼女が救われる日が来て欲しいと願わずにいられなかった。

 

 

 


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