修羅の旅路   作:鎌鼬

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extra・幸福

 

「どうしようこれ本当……」

 

「今回だけはウェーブに全力で同意する……」

 

 

〝新生アインクラッド〟22層にある我が家でキリトと共に頭を抱える。ピクシーのユイが困った様に飛んでいる姿が地味に癒しになっている。ユイがいなかったら真面目にキリトと一緒に発狂していたかもしれない。

 

 

俺たちがこうして頭を抱えている理由はただ1つ、紺野藍子(ラン)紺野木綿季(ユウキ)の存在だ。

 

 

「大人しくしますからその手に持った劇薬下げてくれませんか?」

 

「いや、ランさんのここまでの言動とか見てるとこれくらいしないと止まりそうに無いし……」

 

「むしろこれだけじゃ不安に思います」

 

「私としては暴れてくれた方が得するから暴れて欲しいのだけど。そうすればキリトに頭を撫でて貰える……!!そこから一気に押し倒す……!!」

 

「ちょっと、このクレイジーサイコ呼んだのは誰よ」

 

「アスナァァァァァッ!!」

 

「ユウキ……ッ!!」

 

 

ヨツンヘイムに藍子の墓参りに行ったら彼女の気配を感じたので、それに従って手を伸ばしたら本人が現れたのだ。初めは何が起きたのか分からずに固まってしまったが、幻覚などではなく本当に実在していることを確認してから人目につかない様にしながらここまで連れて来た。現実世界で藍子は死んだので、彼女のアバターであるランも居なくなっている。もしも他のプレイヤーに見られれば騒ぎになると考えての判断だった。

 

 

そしてこういう出来事に詳しいキリトに相談しようとしたところ、こいつもこいつでアスナがユウキを連れて来たとメッセージを飛ばして来た。何が起こっているのか理解出来なかったが、一先ず情報を集めるために俺の家まで木綿季を連れて来てもらった。

 

 

「で、木綿季はアスナが連れて来たんだよな?」

 

「あぁ、24層の小島に行ったら気配を感じて、手を伸ばしたらユウキが出て来たって言ってた」

 

「俺と同じだな。俺もヨツンヘイムに行って藍子……ランの気配を感じたから手を伸ばしたら本人が出て来た。俺が生きて来た中で一番のビックリだよ」

 

 

情報を集めるとは言ったものの、向こうも詳しいことは分からなさそうた。当事者であるアスナは木綿季と共に感動のご対面中なので離す訳にはいかない。無理矢理離して話を聞いたところで俺と同じ様なシチュエーションだったらしいので特に意味は無いだろう。

 

 

「で、ユイ。2人の状態はどんな感じなんだ?」

 

 

ナビゲーションピクシーであるユイにこんな事を聞くのはおかしいかもしれないが、現在で2人のことを一番理解しているのは彼女なのだろう。実は彼女はALOに存在するナビゲーションピクシーでは無く、SAOからキリトたちが連れて来たメンタルヘルスカウンセリングプログラムというAI。プレイヤーのメンタルをチェックするのが彼女の与えられた役割で、ALOでもその役割を務めることが出来る。つまり、彼女はプレイヤーの状態を見ただけで理解できるのだ。

 

 

「はい、今のランさんとユウキさんの状態は一応はプレイヤーとして認識されています。ですが、2人はその……現実世界では死んでいます。だから今の2人は〝プレイヤーアカウントを持ったAI〟と言ったところでしょうか?」

 

「今の状態を放置しておいて何か問題が発生するって事は?」

 

「こんなケースは初めてなので何とも言えませんが問題無いと思います。ですけど、2人の事が他のプレイヤーたちに知られると問題になるかもしれません」

 

「だよなぁ……」

 

 

ユイの言葉から、慌てて何かをしなければ2人が消えてしまう様な事態にはなら無さそうだ。問題があるとすれば他のプレイヤー、それとALOの運営くらいか。

 

 

他のプレイヤーたちに関しては、すでに死んだと知られている2人が姿を現れば間違いなく大騒ぎになるから。騒ぎになるだけならまだ良いのだが、それに便乗して誹謗中傷などが飛び交う可能性がある。2人にはそんな下らないことで傷付いて欲しくない。

 

 

ALOの運営に関しては言うまでもないだろう。2人の存在は運営にとって()()()()()()()()()()()。バグと認識されて消去される事も考えられるが俺の思い付いた事態ではまだマシな方だ。最悪は、VRを研究している奴らに2人の存在を知られる事である。現実世界で死んでもVRの世界に意識を残せるのならば、それはある意味での不老長寿だ。電子世界がある限りという大前提が存在するものの現代のハイテク社会の根幹である電子世界がそう簡単に消えるとは考えられない。2人の様な存在になったとしても生きたいと考える輩は山ほどあるだろうーーーそれこそ、前例である2人をモルモットの様に扱ったとしても。

 

 

「一介のプレイヤーにはちょっと重たすぎる案件だよなぁ……そこのところどうにかならないの?SAOの英雄様」

 

「どうにか出来そうな奴に心当たりはあるけど……そいつの胡散臭さが天井知らずで相談したくないんだよなぁ……」

 

「八方塞がり、という訳じゃないけど良くない状況って感じだな……」

 

 

2人に……藍子に再び出会えた事は素直に嬉しいと思っている。だけど2人のこれからのことを考えると頭が痛くなってくるのも事実だ。少なくともALOには置いていられない。他のゲームにコンバート出来ればプレイヤーの件に関しては大丈夫になるだろうが、コンバート出来るかどうかが怪しい。一先ずは現状維持……2人の存在を公にしない方が良いだろう。

 

 

「とりあえず現状維持、それからはおいおい考えていく感じで」

 

「異議なし……にしても、2人はどうしてまたALOに帰って来れたんだろうな?」

 

「えっと……なんかのゲームで似た様なシチュエーションがあった様な……サイバーゴースト、だっけか?」

 

 

そのゲームの作中ではサイバーゴーストと呼ばれる存在がいた。確か電脳世界における残留思念の様な存在だったはずだ。生きたい、死にたくない、まだこの世界(ALO)にいたいと2人が強く思い、その思いが電子世界に焼き付いて2人の存在を残した。無理矢理過ぎる話だが、そう考えられなくも無い。

 

 

「それに2人は死ぬまで〝メディキュボイド〟を使ってた。倉橋さんの話によれば、〝メディキュボイド〟用に調整された通常の数倍の密度に引き上げられた電子パルスを使っているから長期的に使用して脳にどんな影響があるのか誰も分からないってな。それが原因で2人の意識だけがこの世界に残った、そう考えられる」

 

「長期的に使用してか……脳をスキャニングしてるのと同じ様な効果があったのかもしれないな」

 

「ま、専門家でも無い俺たちが幾ら考えたところで答えは出ないけどな」

 

 

それっぽい言葉を並び立てて推測したところで答えなんて出ない事は分かっている。キリトはどうかは分からないが、俺は答えなんて出なくても良いと思っていたりする。

 

 

2人と再会出来た。それだけで充分なのだから。

 

 

「さて、俺はユウキにこれからについて話してくるよ」

 

「あ〜……あっちに若干暴走してる感じのするリズベットがいるけど大丈夫か?」

 

「……知ってるか?人には必ず戦わなければいけない時が来るんだぜ?」

 

「かっこいい事を言ってる様に見えるけど、足震えてるから」

 

 

サムズアップをして震える足を動かしながら、下手をすれば俺と〝統一デュエル・トーナメント〟で戦った時以上の気合いを宿してキリトは木綿季たちのいる隣の部屋に入って行った。

 

 

それと入れ違いで藍子がやって来る。シノンは隣の部屋にいるので自然と2人っきりになる。

 

 

「不知火さん、私たちはどうなるんですかね?」

 

「とりあえずしばらくは引きこもって貰うことになる。悪いな、こっちに帰って来られて色々とやりたいことがあるだろうに」

 

「構いませんよ。私はこの世界に戻れて、不知火さんと詩乃さんとまた会えただけで満足してるんですから」

 

 

そう言いながら藍子は俺の隣に腰を下ろし、身体を横に倒して俺の膝に頭を乗せた。

 

 

「暖かい……また不知火さんに触れられる事が出来るだなんて、夢みたいです」

 

「夢、夢ねぇ……確かに夢かもな。俺もお前とまた会えたなんて正直に言って信じられん。夢って言われた方がまだ納得が出来る」

 

「あ、酷い。その言い方だと私と会いたくなかった風に聞こえますよ?」

 

「馬鹿か?会えて嬉しいに決まってる」

 

「……そういう恥ずかしい事を真顔で言うの、卑怯だと思います」

 

「恥ずかしい事?どこが?嬉しい事を嬉しいと言って何が悪いんだ?」

 

「天然属性持ちですか!?」

 

 

このまま問答を続けていたら暴れ出しそうだったので膝に乗っている藍子の頭を撫でる事で落ち着かせる事にする。初めの方は恥ずかしそうにいていた藍子だが、数秒もすれば安心したのか身体を弛緩させて寛いでいた。

 

 

「はふぅ〜……ペットみたいな扱いですけど悪くないですねぇ……ハッ!?私が不知火さんのペットになれば……!!」

 

「下らない事を口走る前にアイアンクロー」

 

「グワァ……ッ!!」

 

 

撫でていた手でそのまま藍子の頭を掴んでやれば、女性があげてはいけない声を出しながら苦しむ。いつもならばそれを失神するまでするのだが、彼女たちの状態が状態なので数秒だけに留めてやる。

 

 

巫山戯ている様にしか見えないのだが、俺も彼女とまたこうして馬鹿をやれている事が嬉しいのだ。

 

 

だからこそ、1つだけ聞かなければならない事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、藍子ーーーお前、幸せか?」

 

「ーーーはい。間違いなく、私は今が幸せです」

 

 

そう言いながら笑う彼女は、今までに見た事が無いほどに美しい笑顔で笑っていた。

 

 

 

 

 





再会を喜ぼう。


例えその再会が原因で、


数え切れないほどの困難が待ち受ける事になろうとも。


その再会を喜べるのならば、


それは間違いなく幸福な事なのだから。



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