有る意味本編であり、番外であり、蛇足である。
捉え方なんて千差万別。
extra
ーーーここはどこだろうか。
気が付いたらここにいた。視界に映る物は何もなく、しかし何もかがあるように感じられる不思議な世界。足場は無く、空も無く、自分の身体ですら定かではないのに二本の足で立っているという感覚だけはしっかりとある。
前を見ているはずなのに後ろが見える。左を向いたはずなのに右に動く。立っているはずなのに重力は頭の上に向かっている様に感じられる。
そこに自分はいた。1人だけではない、隣に誰かいる様に感じられるが姿は見えない。気配だけしか感じられないが、隣にいる誰かは決して赤の他人では無いのだと直感している。
ーーー
隣にいる誰かも自分と同じなのだろう。困惑しているのが気配で分かるが、それ以上に自分のそばにいる事で安心している様に感じられる。それは自分も同じだ。こんな訳のわからない空間でたった一人でいるなんて精神が壊れてしまう。誰か分からないが、自分の感じた直感に従って隣の誰かと何も無く、何もかがある空間にいる。
本音をいえばここから出たい。しかしここから出る手段が分からず、ここから出たら漠然と自分が消えてしまうという予感がある。結果としてこのままこの空間に留まる事しか出来ない。
だけど隣にいる誰かと一緒であるのなら、それも悪く無いと感じられた。
こうして姿の見えない誰かと一緒にどのくらいこの空間に居たのだろうか。時間の感覚さえもあやふやになって来たので何秒経ったのか、何分経ったのか、何時間経ったのかハッキリとしない。そんな中で、この空間に1つの変化が起きた。
カツンカツンと、この空間に聞こえる事の無かった靴の音が聞こえて来た。その足音は一定間隔で鳴らされて、焦らすように自分たちに向かってくる。
『これはーーーふむ、中々に興味深いな』
現れたのは白衣姿の老けた顔つきの男性。何も無かったはずの空間に足場を作り出しながら、自分たちの姿を興味深そうに眺めている。身体があったらその目に指を突き刺してやりたかったが、それは出来ない様なので心の中で中指を立てておくだけに留めておくことにする。
『あぁ、済まない。私だけ納得していても君たちには何があったのか理解出来ないだろうね。私の名前は◼️◼️◼️◼️。すでに死人の名前だから覚えなくても構わない。もっとも、今の君たちではそれも出来ないか』
勿体振るのは良いから早くしろと思った。隣にいる誰かも自分と同じ事を考えているらしく、そうだそうだと同調してくれている様に感じられる。
『急かさないで欲しいものだね。さっきも言った通りに今の君たちはとても興味深い状態にあるのだから。話を戻そう。今の君たちはシュレディンガーの猫と同じ状態だ。簡単に言ってしまえば、
さらりと恐ろしい事を言ってくれた気がするが、それよりもある疑問が浮かんだ。誰からも観測されていないのだからあやふやになっているのなら、彼に観測された事で自分たちの状態は確定されるのでは無いのだろうか。
『確かに君が考えている通りに、通常ならば君たちの存在を私が観測した事で君たちの存在は確定されなければならない。しかしだ、ここは虚数空間……俗に言うところの廃棄物置き場の様な空間だ。君たちと何の繋がりも持たない私が君たちの事を観測したところで崩壊を停止させる事しか出来ない。私がこの空間から離れてしまえば君たちだけになり、再び崩壊が始まってしまう』
ならば彼にずっとこの空間に居て貰えば良いのでは無いかと考えるがそれも難しいだろう。彼は自分たちの事をあくまで興味を惹く存在としか見ていない。いずれ興味が尽きれば自分たちがどうなろうが御構い無しでこの空間から立ち去ると分かる。
『その通りだ。とはいえ流石に私以外にこの世界の完全な住人になった存在を見捨てるのは後味が悪い。何でも良いから何か思い当たる言葉は無いかね?』
思い当たる言葉と言われても記憶にあるのはこの空間に来てからのものしか無い。ここに来る前の自分が居たはずなのだが、その時の事は霞が掛かったかのように思い出す事が出来ない。
それでも、霞が掛かっていながらも、自分の中にある光景が思い浮かんで来た。
空をドームの様な物に覆われた世界、その中心には巨大な根っこの様なものが真っ直ぐに下まで降りていて、自分はその根っこの近くで誰かに抱き締められながら話をしていた。
顔は思い出せない。
声も忘れてしまった。
名前もちっとも浮かんで来ない。
だけどあの時の光景と、彼に抱き締められている温もりだけは思い出せる。
泣かない様にと堪えながら、それでも最後には涙を流してしまった彼。
死に行く
『ドームの様な物に覆われた世界に中心には巨大な根っこ……◼️◼️◼️の地下世界か?それに君の思い浮かべた光景は24層の……成る程、どうやら君たちは全く同じ世界で生きていた様だな』
そう言って彼は腕を振ると空中にいくつものモニターとコンソールを出現させて指を動かし始めた。
『これから君たちを◼️◼️◼️の世界に送り込む。とは言っても君たちの状態は変わる事はない。あやふやな状態で送られるので誰からも観測されず、そして観測されなければ崩壊してしまう。だが、もし君たちの存在を観測する事が出来る誰かが現れれば君たちの状態は確定されてその世界で生きる事が出来るだろう』
つまりは崩壊が早いか、私たちが確定されるのが早いのかの勝負。勝率なんて欠片も無い、勝負にならない勝負……だけど、不思議と私には確信があった。
顔も、声も、名前も出て来ない、私の最後を看取ってくれたあの彼ならば、きっと私の事を見つけてくれると。隣にいる誰かも私と同じなのか、どこか自信ありげな雰囲気を漂わせていた。
『君たちがどうなるのかは私には分からない。私に出来るのは僅かな可能性に賭ける事だけなのだからな。だけど、どうかこの言葉を送らせて欲しいーーー君たちの行く末に、光あらん事を』
そう言って彼はコンソールを叩く。途端にあやふやだった全身が吹き飛ばされて、この空間から弾き飛ばされた。数字が羅列されたデジタルな紋様の空間に押し出されーーー気が付いたら私の思い浮かべた光景と同じ光景の場所に居た。
さっきまで隣にいた誰かの気配は感じない。きっと私とは別の場所に飛ばされたのだろう。一人になった事は寂しく思う。顔も名前も声も分からない隣人だったが、それでもあの何も無い空間にずっと一緒に居たのだから多少は情が湧いても仕方ないだろう。
それよりもこれからどうするのかが問題だ。彼の手によりあの空間から出る事が出来たのだが、彼の言う事が本当ならば誰かに見つけてもらわなければ私はこのまま消えてしまう事になる。それは隣にいた誰かも同じ事だ。
それでも私の中には焦りは無かった。確証なんてものは無いのだが、きっとあの光景で泣いていた彼が私の事を見つけてくれると言う確信があった。
だから、待とう。彼の事を。私を見つけてくれる王子様の事を。
出来れば私が消える前に来てくれるといいなぁと考えながら、私は巨大な根っこの近くで静かに待つ事にした。