修羅の旅路   作:鎌鼬

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epilogue

 

 

紺野藍子(ラン)紺野木綿季(ユウキ)がこの世から去って一週間が経った。

 

 

2人の告別式はつい先程終わったばかり。式場となった保土ケ谷区の丘陵地帯にあるカトリック教会は周囲を桜並木に取り囲まれていて、一斉に散り始めた花びらが2人の事を送っているようだった。

 

 

そして告別式だが、一般的に表現されるしめやかというお決まりの形容詞が似合わないものになった。紺野の親戚筋の出席者が喪主を務めた人物を含んでたったの4人だったのに対し、友人を名乗る参列者が優に100人を超えたのだ。言うまでもなく、彼らの正体はALOプレイヤーである。以前から〝絶剣〟として有名だったユウキに、〝統一デュエル・トーナメント〟で俺に勝った事で知名度を上げたランの事情をどこから知ったのか分からないが、今日2人の告別式をあると知った彼らはここまで足を運んで来た。予定や地方に住んでいてどうしても告別式に参加出来ないものはALO内でリアルとは別に告別式を行う予定になっているらしい。

 

 

告別式が終わって、ALOプレイヤーたちはランとユウキの事を思い出して語り合っていた。本当だったらランと長く接していた俺もその輪に加わるべきなのだろうが、参加する気になれずに教会の敷地内にある墓地の真新しい2つの墓ーーー紺野藍子と紺野木綿季の墓の前にいた。2人の墓には参加者たちが持ち込んだ花束が供えられている。

 

 

「良かったな藍子、木綿季。お前たちが死んだ事を悲しんでくれる人がこんなにいたんだぞ」

 

 

藍子が死ぬ間際に、彼女は自分が生きていても良いのかと口にしていた。きっと木綿季も同じような事を考えていたのかもしれない。すぐ目の前に死が迫っていて、自分が生きても良いのかと自分を否定していた時期があったに違いない。その答えを木綿季が見つけて死んだのかは死に際に居なかったので分からないが、少なくともこれだけ悲しんでくれる人がいるのだから彼女たちの生には意味があったに違いないから。

 

 

「……やっぱり、ここに居たのね」

 

「あぁ、詩乃か」

 

 

現れたのは母さんから借りた喪服に身を包んだ詩乃。目が赤く、目元が僅かに腫れているのでさっきまで泣いていたのだと分かる。

 

 

「良かったのか、あっちの方にいなくて」

 

「少しだけあっちにいたんだけど、ここに来たくなったのよ。それに、ここなら不知火がいると思って」

 

 

そう言って詩乃は2人の墓に向かって手を合わせた。その祈り方は日本式のものでカトリック信徒の墓地であるこの場には相応しくないものなのだが、ここの牧師はそう言うことに関しては寛大だった。祈る気持ちがあるのなら作法を問わないと仏教徒のような祈り方を認めてくれたのだった。

 

 

「大丈夫か?疲れてるように見えるけど」

 

「そう言う不知火も酷い顔よ。何日寝てないのよ」

 

「一週間だな。寝ようとしてもランの顔が思い浮かんでどうしても、な」

 

 

詩乃に指摘されたが自分が酷い顔をしているという自覚はある。目は充血して白い部分は無くなっていて、目元には深い隈が出来上がっている。痩せた訳ではないが、さっき会った恭二からは窶れていると評価された。

 

 

藍子が死んでしまってこんな状態になる程に、俺は彼女の事を想っていたという事だった。

 

 

「参考にならないと思うけど一応聞いておくわ。灯火(あかり)さんの時はどうだったの?」

 

「姉ちゃんの時は翌日に俺の状態が危ないと思った爺さんと母さんの手によって一回精神崩壊させられて、その後で精神再構築されたな。絶対に参考にならないぞ?」

 

「蓮葉さん……」

 

 

今では頭がおかしいんじゃないかと思うような治療法だったが、当時の俺はその手段を選んで実行してくれた2人に感謝していた。あの時の俺の中にあったのは罪悪感と後悔だけだったから。いくら姉ちゃんが危険だからとはいえこの手で殺した事が俺の心に深い傷をつけていた。もしも2人が立ち直るまで俺を放置する事を選んでいたのなら、俺は間違いなく自殺していたに違いないから。

 

 

「まぁ、少しずつになるだろうけど立ち直るさ。こんな顔してたら藍子は絶対に怒るからな。超絶可愛い美少女の私の死を悲しんでくれるのは嬉しいですけど、そんな顔の不知火さんなんて見たくないですってな」

 

「ちょっと、唐突な声真似は止めなさいよ……折角締まったと思った涙腺がまた緩むじゃない」

 

「ごめん、自分でやっといてなんだけどグサッときた……」

 

「自爆してるじゃない」

 

 

藍子の声を真似て、藍子の言いそうな言葉を言ってみたのだが思いの外それがしっくりきて俺は何をやってるんだろうと盛大に自爆をしてしまった。止まったはずの涙が再び流れ出してくる。

 

 

「……そういえば、あの時に一瞬だけランの心拍数が跳ね上がったのだけど何か心当たりはあるかしら?」

 

「あるな、藍子から告白された」

 

「そう……どう答えたの?」

 

「詩乃の事が大切だからって断った。だけど、もしも藍子と先に会っていたら、その時は藍子を選んでいたと思うって言った」

 

「あぁ、だからなのね」

 

 

詩乃の反応が思いの外淡白でそれが気になった。故人である俺の実姉と過去に風呂に入ったと告げただけで嫉妬する程に嫉妬深い彼女なのに、俺が告白されてもしかしたら藍子を選んでいたかもしれないと言っても安心しているようで欠片も嫉妬しているようには見えないのだ。

 

 

その姿を見て、1つだけ可能性が思い浮かぶ。

 

 

「なぁ詩乃、もしかして詩乃って藍子が俺の事を好きだって気が付いてた?」

 

「えぇ、気がついて本人からも聞いたわ。彼女と初めて現実世界で会ったその日にね」

 

「あの時か……今思えば、その後日から距離が縮まってたな……それで良かったのか?」

 

「少しだけ何をやってるんだろうって考えたけど、私だって女だから。好きな人と一緒に居たいって気持ちはよく分かるのよ」

 

「成る程」

 

「でもそれを言ったらランは自分が愛人で私は正妻だって言ってたわ」

 

「え?愛人?正妻?」

 

「なんでも夢の中の私がそう言ってたらしいわよ」

 

「夢の世界はどんな人外魔境なんだよ……」

 

 

SAOの世界に閉じ込められてデスゲームを強制されていたので、多少なりとも精神に異常をきたしたとしても納得は出来る。だけど夢の中の詩乃の思考は完全にキチガイやキグルイと称される人間のそれだ。こっちの詩乃とのギャップが違い過ぎて頭を抱えることしか出来ない。

 

 

「ーーーさってと」

 

 

夢の中の世界について考えるだけ無駄だと結論付けて、頬を張って意識を現実に戻す。さっき盛大に自爆をした時のように、こんな調子でいたら藍子に怒られてしまう。今の感情に整理をつけた訳ではなく、割り切った訳でもない。2人の死を嘆き悲しんで、引きずったまま生きていくつもりだ。

 

 

その内に悲嘆に慣れて、こんな事があったと誰かに笑って話せる日が来るかもしれない。それでも、俺はこの世界とVRの世界で頑張って生きた彼女の事を忘れないだろう。

 

 

「そういえば、一旦実家に帰るのよね?」

 

「あぁ、藍子が俺の家に行ってみたかったと言ってたからな。遺髪だけになるけど連れて行って姉ちゃんの墓の隣に埋めようと思ってる。そろそろ雪が溶けて倒れるようになってるだろうしな」

 

「……ねぇ、私も行って良いかしら?灯火(あかり)さんに挨拶したいのだけど」

 

「良いけど結構な山だぞ?着いてこれるか?」

 

「着いていくわよ。だってーーー」

 

 

その時、突風が吹いた。桜の花びらが巻き上げられて幻想的な空間を作り出し、詩乃はその中心で恥ずかしそうに、だけど自慢げに微笑んでいた。

 

 

「ーーー貴方に着いて行くって、決めたのだから」

 

「ーーー」

 

 

その言葉に胸を詰まらせて、言葉にならない声しか出せず、結局照れ臭そうに頬を掻いて頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生とは誰かと出会い、そして別れる事である。

 

その中で一生の相手と出会う事もある。

 

もう二度と会う事が出来ないかもしれない。

 

だけど、それでも、

 

その出会いは、決して無駄な事ではないのだ。

 

あの世界で頑張って生きてきた、

 

2人の少女との出会いの様に。

 

 

 































To be continued……?


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