修羅の旅路   作:鎌鼬

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ボス戦後

 

 

ヤドカリの巻貝が砕けてから30分が経った。ストレージからタバコを取り出して火を点け、深く吸い込む。シノンは壁に縋って立ち、ランは疲れ果てたのか砂浜に大の字になって寝転がっている。

 

 

そして、俺たちの目の前には3本あったHPバーを全て削り取られ、耳障りな断末魔をあげるヤドカリがいた。崩れ落ちて動かなくなり、その巨体をポリゴンに変えて砕け散る。松明の炎が青から橙色に変わり、薄暗かったボス部屋全体が明るい照明に照らされる。

 

 

最後にガチャリと大きな音を立てて次の階層に続く階段を塞いでいた大扉の鍵が外れた。

 

 

「やっとおわりましたね……正直、もう3人でボス戦とかやりたくないですぅ……死ぬ、これは比喩抜きで死ねる」

 

「ランが言うとシャレにならないわよ。まぁ、後半サボってた私が言えた義理は無いけど」

 

「シノンは前半で頑張ってくれてたから良いんだよ。それは兎も角、確かに3人でボス戦はもうしたく無いな。今回は相性が悪かったとはいえこんなのとセオリー無視した少人数で挑むのは死ねる。次辺りはアスナでも引っ張ってくるか?ランがいるって言えば〝スリーピング・ナイツ〟からも引っ張って来れるだろうし」

 

「一番納得出来ないのはなんで一番動いてたはずのウェーブさんがそんなに疲れてないんですか?」

 

「鍛え方が違う。それに倒したからって言って油断してダラけてたら他の奴らに狙われるからな」

 

「確かにGGOじゃボス倒して油断した瞬間にPKされてレアアイテム奪われるなんてあったわね」

 

 

確かに今すぐに寝そべりたいくらいに疲れているのだが、ここでそんな姿を晒してしまえばここぞとばかりにプレイヤーから狙われる事になる。一種の虚勢……ブラフのようなものだが、相手からしてみればまだ戦えるんじゃ無いかと思わせる事で足を鈍らせる事が出来る。

 

 

重たい音が響いてボス部屋の入り口の扉が開く。すると中を確認するように数人のプレイヤーが部屋を覗き込み、炎の色を確認してボスが倒されたことを知って唖然としていた。

 

 

そのプレイヤーたちに向かってシノンは恥ずかしそうに、ランはにんまりと笑いながらVサインを作り、俺は得意げな顔をしながら中指を突き立ててやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を覗き込んでいたプレイヤーたちが報告の為に慌てて引き返していったのを見送ってから29層に続く螺旋階段を登る。そして東屋風の小さな小屋を出れば、そこは誰も足を踏み入れたことのない29層だった。

 

 

「……何故か感慨深いものがありますね」

 

「一番初めに到達したって言う達成感だな。いつもいつも誰かが拓いてくれた道を自分の力で切り拓いたっていう。胸張れよ、俺たちがやったんだぞ」

 

「攻略には興味は無かったのだけど、中々良いものね……これからもアスナたちと攻略に参加しようかしら」

 

 

ダンジョンの中で充満していた塩臭さが欠片もない空気を存分に味わいながら、頬を撫でる風を感じる。長い間ダンジョンに閉じこもっていたせいで時刻は夕方になり、29層を沈み行く夕日が照らしていた。前人未踏の新階層で、俺たちだけがこの景色を独占出来ているというのは中々に気分が良い。

 

 

「ーーーあ、れ?」

 

 

気の抜けた声に何かあったのかと思いランを見れば、彼女はボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。

 

 

「どうして……悲しくなんかないのに……」

 

「嬉しいからじゃないか?」

 

 

悲しくて泣くのと嬉しくて泣く。同じ泣くという行為なのだが、この2つはマイナスの感情とプラスの感情という真逆の感情で生じる行為であり、全くの別物だ。

 

 

悲しくて泣くというのなら、どうにかして止めたいと考える。しかし嬉しくて泣くというのなら、思う存分泣いてほしいと考えている。何故なら、その行為がとても尊い物に見えて仕方がないから。

 

 

「止まらない……ウェーブさん、ちょっと胸貸して下さい」

 

「おう、無料無制限で貸してやるよ」

 

 

半ばからかうように手を広げてやるとランは倒れるように俺の胸に飛び込んできて、静かに泣いた。風の音と虫の声、そして押し殺すようなランの泣き声だけが耳に届く。

 

 

いくら夢の中の俺のことを真似て、性格を染められようとも紺野藍子(ラン)は普通の女の子なのだ。俺のように精神が早熟するように育てられた訳でもなく、シノンのように精神を早熟させなければならなかった訳でもない、AIDSに感染したことを除けば普通の女の子なのだ。倉橋さんの話では紺野家で生きているのはランとユウキの2人だけ、姉だからとユウキの前では気丈に振る舞っていたかもしれないが、未熟な精神でそんな事をすればストレスが溜まらない訳がない。

 

 

恐らくは達成感で気が緩んで溜め込んできたものが一気に吹き出したのだろう。初めは押し殺すような物だったはずのランの泣き声は、すぐに泣き叫ぶ物に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーエネミーの湧きが少なくて良かったわね」

 

「ーーー相手を任せて悪かったな」

 

 

泣き疲れたのか眠ってしまったランを背負いながら主街区に入る。これで圏内に入ったので攻撃を受けてもダメージを受けなくなった。幸いな事に主街区までの間はエネミーの湧きは少なく、眠っているランに気遣って1人で戦うと言ったシノン1人でも対処出来た。

 

 

矢は無くなっているので俺の刀を使ってシノンは戦っていたのだが、使い慣れない武器を使ったので振り回されながらの戦いだった。その姿を可愛いと思ってしまった俺は悪くない。

 

 

「それじゃあ、私は転移門をアクティベートしてくるから」

 

「頼むわ」

 

 

キリトから聞いた話によると、攻略は転移門をアクティベートして使用出来るようになるまでしなくてはならないらしい。一応時間経過でも自動的にアクティベートはされるのだが、手動の方が早いからそうしろと言われていた。本当だったら俺がアクティベートするはずだったのだが、今はランを背負っている。なのでシノンに任せて、俺はランと待つ事にした。

 

 

「ふぅ……行ったぞ?」

 

「……いつから気が付いてたんですか?」

 

「起きた時から。背負って密着してれば呼吸とかで簡単に意識があるかどうか分かるんだよ」

 

「うーん、本当に規格外ですねぇ……」

 

 

タバコを咥えながら眠っていたランに話しかけると、イタズラのバレた子供が誤魔化そうとしているように伏せていた顔を上げて少しだけ舌を出す。

 

 

主街区に来るまでの道中でランが起きている事には気が付いていた。それなのに起きずに、また何時ぞやのように強制ログアウトするのではないかとヒヤヒヤしていたのだが、呼吸が大きく深くなるだけで強制ログアウトされる事はなかった。

 

 

起きているのに寝ているフリをしていた事から、2人っきりで何か話したいことがあるのでは無いかと考えていたのだが当たっていたようだ。背中から降りたランは正面から俺に向き合い、頭を下げた。

 

 

「ウェーブさん、ありがとうございました。こんな素敵な経験をさせてくれて……正直、ちょっとだけ死んでも良いやって考えちゃいました」

 

「おいおい、事前の通達も無しに背中で死ぬとか止めてくれよ」

 

「その言い方だと先に言ってれば死んでも良いように聞こえますけど……まぁ超絶可愛い美少女剣士のランちゃんは細かい事は気にしないのでスルーしましょう」

 

「触れてる時点でスルー出来てないんだよなぁ……で、考えてたって事はまだ死ぬつもりは無いと?」

 

「ウェーブさんはなんでもお見通しですね……ハイ、そうです」

 

 

そう言ってランは夜空に変わった上を見上げる。〝新生アインクラッド〟という地理の関係で、上にある星空は本物の星空では無い。しかし現実世界では田舎でしか見れない程に満天の星空が頭上には輝いていた。

 

 

「凄く疲れたけど達成感があって……あぁ、これで死んでも良いかなぁって考えて……でも、もっとウェーブさんとシノンさんと一緒に冒険したいって思って……そうしたらまだ生きたいなぁって考えて……おかしいですよね?満足したはずなのにすぐに次の欲求が出てくるなんて」

 

「良いじゃないか。少なくとも、聖人とか言われてる無欲な奴よりも人間としては健全だと思うぞ」

 

 

おかしいと、泣きそうになりながら自虐していたランの言葉を肯定してやる。こればかりは感性によるもので賛否両論なのだが、少なくとも俺はその欲望は間違っていないと思っているし、個人的には実に好ましいものだった。

 

 

「俺の個人的な考えだけど欲求ってのは人らしく生きる原動力だって考えてる。あれがしたい、これがしたい、だから生きてやるって生きる姿は俺好みの姿だし、そのために全力で生きている奴は好きだしな。そう言う意味じゃランはちゃんと〝生きてる〟よ。現実世界では死にかけて指一本動かせない状態だとしても、仮想現実(この世界)で頑張って生きてる。生きたい生きたいって頑張って生きてる。だから間違ってるとかおかしいとか自虐するのは止めてくれ」

 

「ーーーあぁ、本当にもう……貴方って人は……」

 

 

俺の言葉に何を感じて何を思ったのかはランにしか分からない。だけど泣きそうだったのに呆れたようにいつもの顔に戻ったランを見る限りでは悪い影響を与えていないようだ。

 

 

「ふぅ……はい!!弱々しい私はもうお終い!!ここからはいつものランちゃんに戻りますよ!!取り敢えずウェーブさん、〝剣士の碑〟が更新されたら近くにいるプレイヤーを煽りましょ?」

 

「くっ、なんて酷いことを考えてやがるーーーもちろん、煽るに決まってるじゃないか!!」

 

 

泣きそうな顔よりも、こうして能天気に笑っている方が彼女らしい。俺の言葉でその笑顔が見れるのなら、それは良かったと素直に喜ぼう。

 

 

ーーーいつか、彼女と別れるその日まで。この能天気な笑顔を長く見られるように努力しよう。だから、笑ってくれ。

 

 

 






ボス戦?巻貝壊れて弱点が露出した時点で修羅波達の勝ちは決定していたから。あそこから負けるわけ無いんだよ!!

新階層を開いた達成感で満たされて、ランねーちんは軽くだけどここで死んでも良いと考える。だけどまだ修羅波とシノのんと一緒にいたいっていう欲求がそれを超える。やっぱり人間の生きる原動力って欲望なんだよ。そして気合と根性があればなんでも出来る(光属性並感


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