ーーー夢を見た。それは過去の出来事、俺が唯一悔いている出来事。
周囲が森に囲まれた家の裏手で2人の子供がいた。
1人は血溜まりに沈み、口から血を流している。
1人は両腕が砕けた状態でそれを泣きそうな顔になりながら見下している。
見下している子供は何かを口にしようとしているが、漏れるのは声にならない嗚咽だけ。
それを血溜まりに沈んでいる子供は悲しげに微笑み、最後の言葉を口にする。
『不知火……▪️▪️▪️▪️』
「ーーー糞みたいな目覚めだな」
あの時のことを夢に見て、頭痛と吐き気を催す最悪の気分で目を覚ます。夢見が悪かったからなのか、夏が近づいて気温と湿度が上がったからなのか、身体は汗で濡れていた。体調不良を理由に学校を休む事を決めてシャワーを浴びる。
そして学校へ連絡しようとしてスマホを手に取った時に、クラスメイトから誘われて入れていた通信アプリにメッセージが入れられている事に気がついた。
「〝悲報。学校に人殺しがいる〟、ねぇ」
俺の事かと興味を惹かれたが中身を確認すれば別の人間らしい。名前を出すことは憚られたのかイニシャルと思われるAという少女が5年前に東北で強盗事件に遭遇し、犯人の男性を銃で射殺したらしいという旨が書かれていた。何人かが嘘じゃないかと言っているが証拠として挙げられていたURLを開けば、5年前の日付の新聞が乗せられたページに辿り着く。確かにそこには男性が郵便局に押し入り、射殺された事が書かれていた。
「くだらねぇ」
続く書き込みを読む価値無しと判断して学校への連絡を済ませる。ベットに倒れ込み、俺の頭に浮かび上がったのは朝田だった。彼女は銃に対してトラウマを抱えている。それから銃に関わるトラブルに巻き込まれたと考えていたが本当の事だったらしい。問題なのはこの話が広まる事だ。
真偽なんて集団はどうでもいいのだ。ただ興味を惹かれた事を面白半分で掻き立てるだけ。同じ学校に通う者が人を殺した事があるなど、彼らに取っては格好の獲物に過ぎない。面白半分に噂を広め、面白半分に尾ひれ背びれを付け、面白半分で朝田の事を責め立てる。まだ十代で未成熟の少女にとってそれは地獄と同じだろう……いや、東北からわざわざこちらまで出てきたと言うことは地元に居られなくなったからと考えれば彼女はこの地獄を経験しているのかもしれない。それでも辛い事には変わりは無いはずだ。
助けたいと思うーーー
これはあくまで彼女の問題だ。部外者の俺がどうこうしたところで事態は変わらないし、彼女は救われない。彼女が自分の力でどうにかしないと問題は解決しない。無論背中は押すし、手を差し伸べるが、それでも前へと進むのは彼女の意思で無くてはならないから。
「はぁ……ダル」
そう結論付けて、少しでも身体を休めようと再び寝る事にした。
バレてしまった……いや、正確に言えばバラされたと言うべきか。5年前の事が学校中へと広められてしまった。
誰がこれをしたかなんて簡単に予想が出来る。私が友達だと思い、私を利用するために近づいてきた遠藤さんたちしか居ない。恐らくは報復行為のつもりなのだろうか、わざわざ地方の新聞にしか載っていない様な事件まで調べるとはご苦労としか言えない。
学校に噂が広まった事により生徒は誰も私には近づかずに、教師も噂の真偽を知る為に私を呼び出して以降は直視を避ける様になった。
それに対して私は何も感じない。ただ、ここに来る前に戻っただけなのだから。自分を救えるのは自分だけ、寧ろ周囲の全てが敵であった方が強くなれると信じている。
でも、そう考えている私でも、遠藤さんたちに利用された私でも、信じたい人はいる。
漣君と新川君……私がGGOをプレイするキッカケになった2人だ。
2人は端的に言えばキチガイだ。漣君は普段は猫でも被っているのかマトモな人間を装っているが新川君と私だけの場合だと良くその皮と自重を投げ捨てた言動を取るし、新川君も彼に汚染されたのか似た言動を取っている。
新川君とはGGOを通して知り合ったが、漣君に関してはリアルでの邂逅の方が先だった。
遠藤さんたちが私の部屋に入り浸り、挙句知らない男を複数呼んでいて、利用されたと理解した時に彼は眉間に皺を寄せながら隣の部屋から出てきた。土曜日なのに学校に行っていたのか制服姿だったので同じ学校の生徒であると一目見て分かった。
そして彼は私が隣の住人である事と、騒いでいる人物との関わりを確認した。前者には肯定、後者には迷った末に否定をした。その様子で事態を察してくれたのであろう彼は私を自分の部屋へと隠し、大人しくしている様にと言って私の部屋に入っていった。
そして数十秒後には私の部屋にいた全員が顔を青くしながら裸足で逃げ出していった。その様子が尋常じゃなかったので何をしたか彼に聞いてみたが話しをしただけだと言っていた。彼と友人になった今なら分かる、多分肉体言語で話したのだろう。それが彼との始まりだった。
それが銃へのトラウマを知られて、GGOに誘われ、気が付けば友人になっていた。聡い彼のことだからもしかしたら私が人を殺し、それが原因でトラウマになったと察しているのかもしれない。
それが真実だと知って、彼らはどう思っているのだろうか。それが気になって仕方がない。
勉強が出来る様な状態では無かったのでそれを理由に早退する事を担任に告げて帰る事にする。新川君はまだ学校にいるが、漣君は体調不良を理由に休んでいるとメールが来た。半日ほど眠って回復してGGOをしていると言っていたが。
先送りにしても解決しないと分かっているので早退する事と今から話したいことがあるとメールを送り、GGO内で待ち合わせる事にする。
そして寄り道もせずに部屋へと帰り、アミュスフィアを被ってGGOへログインした。
「ーーーよぉ」
ログインして出迎えてくれたのはタバコを咥えて壁に縋っているウェーブの姿。その見た目と相まってモデルの撮影のポージングに見えなくも無い。
「フィールドが良いか?それともそこらの店の中か?」
「……フィールドに行きましょう」
〝SBCグロッケン〟の中にはクレジットを払う事で外から話が聞こえないプライベート空間を借りる事が出来るが聞かれない可能性はゼロでは無いのでフィールドに出る事を提案する。
それをウェーブは何も言わずに、頷いてフィールドに向かって進んでくれた。
〝SBCグロッケン〟から東に数キロほど離れたフィールド、廃墟が立ち並ぶ廃墟エリアと呼ばれる場所に私たちはいた。エネミーの湧きの関係で人気が無く、時間が時間なのでこのエリアにいるプレイヤーは私たちだけの様だ。
「ーーーで、話したい事って?」
徘徊していたエネミーを瞬殺し、〝索敵〟を使って誰もいない事を確認してからウェーブはそう切り出した。
「……貴方、あの話を聞いたでしょ?」
「……お前が人を殺したって話か?」
「……」
その言葉に頷いて肯定する。腕を組んで瓦礫に座ったウェーブは別段変わった様子を見せない。だけどいつもの様な笑みを浮かべずに、真顔で話を聞いていた。
「どう思ったの?」
「……ふぅ〜」
問われたウェーブは即答する事なく新しいタバコを咥えて煙を吐き出す。VRMMO内ではリアルには影響を及ぼさないという理由でタバコやアルコールの年齢制限は解除されている。噂によれば〝倫理コード〟とかいう物があるらしいが詳しくは知らない。
長々と煙を吐き出し、たっぷりと間を開けてウェーブは、
「ーーーやっぱりなって思った」
至極簡潔な一言だけを口にした。
「そう……」
「おう」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……え?それだけ?」
「それだけだけど?」
あまりにも簡潔な一言で済ませられた事に呆気に取られてしまう。
やっぱりーーー私が人を殺した事を推測していて、それが事実だった。それだけだと言ったのだ。
「それだけって……私は人を殺したのよ?」
「ああそうだろうな……で、それがどうした?」
「それがどうしたって……」
「……これから話すことは倫理観のイカれたキチガイの戯言だ。聞き流してくれ」
ウェーブはそう前置きをして吸い尽くしたタバコのフィルターを捨てる。いつもなら見せないはずの真剣な表情を見せられて私は口を閉ざす。
「別にシノンが誰を殺そうが俺は気にしない。だってーーー俺も、
「ーーー」
その言葉を聞いて絶句してしまう。ウェーブは戯言などと前置きしていたがその言葉に嘘は無いと理屈ではなく直感で理解出来てしまった。
つまりーーー彼は、
「ってか殺した殺してないっていう段階なんてとうの昔に過ぎ去ってるんだよ。ぶっちゃければうちの爺さんも母さんも殺しは経験してるぜ?」
「ごめん、ちょっと理解が追いつかない」
ウェーブが私と同じだと分かり、どうしようか迷っていたところにとんでもない発言が飛び出してきた。どうやら彼の家族は全員殺人を犯した事があるらしい……言葉にしてみてもどうしようもなくぶっ飛んでた。
「お家の都合でそういうことも自分の意思でやってたんだよ。それと比べればシノンの殺しなんて優しい方だ。お前の事だから、誰かを守ろうとして立ち向かおうとして結果的に殺してしまっただけだろ?」
「……そうよ」
あの頃の私はお母さんを守らなくてはと考えていた。交通事故により精神が逆行してしまったお母さんは傷付き易く、外の世界はお母さんを脅かす存在で溢れていると信じていたから。だから私はあの時、犯人に立ち向かって銃を掴んだ。
「だったら気にしねぇよ。自分から殺そうとしたのならまだしもそうやって誰かを守ろうとしてならな。てか気にしている余裕なんて無いんだよなぁ……うちの爺さん多分3桁くらいコロコロしてるし、母さんに至っては海外でコロコロしてそうだし……」
「えっと……その、ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫、その内復活するから」
自分の家族を思い出しているのか頭を抱えて項垂れているウェーブの姿は新鮮だった。話を聞く限り、ウェーブの家族はウェーブを超えたキチ具合の様だ。ウェーブの家族だったら仕方無いと納得している自分がいる。
「……良し、復活完了!!んで、何が言いたいのかって言うとだな!!俺はシノンが誰を殺してようが気にして無いし、それに踏み込む様な事はしない!!だけど1人で耐えられなくなったら支えるくらいはしてやるから頼れ!!以上!!」
「支えるって……自分が助けるとか言わないのかしら?」
「俺は所詮は部外者だからな、その問題はシノンが解決すべき事だろ?頼りたいなら頼ってくれ、支えて欲しいのならそう言え。全力で頼られてやるし、立ち直るまで支えるから。それでもダメなら……助けてくれる王子様が来るのを待つんだな」
「王子様って……ウェーブは違うの?」
「いや、流石に白馬に跨って高笑いするカボチャズボンに赤マント装備とかいう変態にはなりたく無いんで」
「……普通なら憧れの存在のはずなのにそう聞くとレベルの高い変態に聞こえるのはなんでかしら?」
「そういう風に話しているからな」
そう言って頭を抱えていたはずの彼はいつの間にか立ち直り、いつも通りのヘラヘラとした笑みを浮かべてさっきまでの真剣な表情など嘘だった様にしている。だけど私の頭の中には、彼の真剣な表情が焼き付いていた。
「ーーーッ!!」
「……騒がしくなったわね?」
「あ〜つけられたか?最近暴れ回ってたからな……」
「そう言えばスレで挙げられてたわよ?〝GGOにキチガイ現る!?〟だったかしら?」
「マジで?ALO時代にも似た様なスレ挙げられてたんだけど……何故みんな俺をキチガイ扱いしたがるんだ?」
「常識を持った人から見て貴方の言動がキチガイ以外の何者でも無いからよ」
「解せぬ」
恐らくは演技であろう絶望し切った様な表情を浮かべてながらウェーブはカスタマイズし尽くされた銃身の下に銃剣の様にナイフが取り付けられた〝デザートイーグル〟を二丁ホルスターから抜く。ウェーブは二丁拳銃の上に普通ではあり得ないような超至近距離というGGOではあり得ない戦い方をするから注目されていると理解しているのだろうか?彼の事だから理解した上でやっていそうだが。
「負けないでね?」
「そちらこそ」
背負っていた〝FN バリスタ〟を引き抜いて〝デザートイーグル〟の銃身に銃身をぶつける。
そしてバイクに乗りながら現れた集団の先頭に向かって〝FN バリスタ〟と〝デザートイーグル〟の銃口を向け、同時にトリガーを引いた。