修羅の旅路   作:鎌鼬

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28層・ダンジョン攻略

 

 

ギルドを結成した翌日の午前中、俺たちは〝新生アインクラッド〟の最前線に当たる28層。そのダンジョンに俺たち〝三身一体(トリニティー)〟は来ていた。ダンジョンの中は膝ほどの水が覆い尽くしている。しかもただの水ではなく、鼻にツンとくる匂いから塩水だと分かる。

 

 

「水浸しのダンジョンね、水の処理が苦手なのによくやるわね」

 

「しかもこの匂いは海水ですね。海を思い出します……まぁ入らずにずっと眺めることしか出来なかったんですけどね!!」

 

「その自虐ネタは普通に悲しくなるから止めろ。でも俺も海にはいい思い出は無いんだよなぁ」

 

「何があったか聞くのが怖いのだけど」

 

「別に?高校入学前の休みの時に爺さんと母さんが俺を無人島に置き去りにしただけだから」

 

「ちょっとランちゃんの聡明な頭脳でも理解できないですねぇ……」

 

「〝学校始まる前に戻って来いよ〟って書かれた手紙だけあって唐突にサバイバルが始まったんだよなぁ……」

 

「ウェーブ、戻って来なさい。ここは置き去りにされた無人島じゃ無いから」

 

 

シノンに揺さぶられて高校入学前に置き去りにされた無人島の光景からダンジョンの入り口に視線を戻す。あれは最悪だったとしか言えない。持ち物は何も無しで半径10キロほどの無人島に置き去りにされて、なんとかイカダを作って本州まで帰って来た。その間の食事はもちろん自給自足。幸いな事に毒のある食べ物の選別は出来たので当たる事は無かったが満足に食べられなくて常に空腹状態、しかも魚が取れない時には虫とかも普通に食べていたから。本州に帰って来て最初に食べたラーメンを食べた時の感想が、マトモな食べ物って美味いんだなという時点で察してくれるだろう。

 

 

無論、実家に帰ったら即座に仕返しとして実家を放火して爺さんにホームレス生活を強制させた。

 

 

「ふぅ……良し、暗い話はここまでにしてダンジョン攻略を始めるぞ!!」

 

「スタートは私ですけどその後はウェーブさんが戦犯ですからね?」

 

「私からしてみればどっちも同罪よ」

 

「シャラップ!!えっと、情報屋から仕入れた話によるとこのダンジョンは現在マッピングされている地点まで殆どが海水で覆われているらしい。出てくるエネミーは魚人とか甲殻類とか海に関係している種類ばかりだそうだ。中止する事としては雷系の魔法やソードスキルは使用厳禁。どうもあるパーティーが弱点だからと言って雷系の魔法を使ったら海水で感電して全員麻痺状態になって倒れて海水で溺死したってよ」

 

「あ〜確かに海水は電気をよく通すって言いますからね」

 

「……でも、私たちって魔法もソードスキルも殆ど使わないわよね?強いて言うなら私が属性付与した矢を撃つくらいだけど、2人はソードスキルも魔法も使わないし」

 

「身体が勝手に動くソードスキルはどうも好きになれなくてな。それに魔法も詠唱は覚えてるんだけど噛むから。そんな事をするよりも弱点部位見極めてクリティカル連発した方が楽なんだよ」

 

「私も似たようなものですね。ユウキみたいにOSSは作ってますけど硬直しますし、それにどちらかと言ったら一対一向けの物なので複数と戦うエネミー戦では使わないんですよ。魔法も一々唱えるのは面倒ですし」

 

 

魔法を主体としたALOに真正面から中指を突き立てているような物なのだが、戦闘中にわざわざ足を止めて長ったらしい呪文を唱えるよりもクリティカル連発した方がダメージ効率は良いのだから仕方がない。別に魔法を否定している訳ではない、俺が戦うのには魔法は必要無いってだけの話だ。

 

 

「んじゃあアイテム確認して不足が無かったら攻略を始めるぞ。別にタイムアタックとかしている訳じゃないから何かあっても慌てないように」

 

「分かったわ」

 

「了解です」

 

 

とは言っても元々ダンジョン攻略をするつもりで来たので不足しているアイテムなんて無い。俺もレイド部隊戦やユウキとのデュエルで使った手甲では無くて刀を二本装備すればそれでお終いだ。

 

 

そうして俺たちは装備とアイテムの確認を済ませて、アスナと〝スリーピング・ナイツ〟たちと同じように〝剣士の碑〟に名前を残すべくダンジョンに足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン攻略を初めて1時間程、水中から現れるモンスターを倒しながら進んで気がつけばマッピングされている領域を超えたところまで私たちは進んでいた。ウェーブさんがダンジョンの入り口で言っていた通りに出てくるモンスターは海に関係している種類が多く、時折天井にぶら下がっている蝙蝠が群れで襲い掛かってくる位だ。それもシノンさんが視界に入れた瞬間に撃ち落としてくれるのだから脅威にはならないのだが。

 

 

「お、砂浜だな。あそこで休憩するか」

 

 

ザブザブと海水を蹴りながら歩いていると水面から顔を出している砂浜が目に入った。周囲にはモンスターの姿が見えないのでウェーブさんの指示でそこで休憩する事になった。

 

 

正直な話、この砂浜の存在はとてもありがたかったりする。肉体的な疲労は存在しないのだがずっと足を水に浸けている状態で歩き続けて来た上にモンスターが海洋系だからなのかPOPは全て海水の中で行われていて視認することが出来ないので警戒しなくてはならずに精神的に疲労するのだ。しかも隠密系のスキルを持っているらしく、ウェーブさんが一度モンスターに足を取られて海水の中に引きずり込まれる事があった。すぐに出て来たがそれ以降はずっと警戒しているので疲れてしまう。

 

 

砂浜に上がり、疲れからすぐに腰を下ろす。ウェーブさんとシノンさんは濡れていた感覚が気になるのか情報処理の関係で濡れていないはずのブーツを脱いで裸足になっていた。それに習ってブーツを脱ぐと、開放感が心地良かった。

 

 

「疲れましたね……」

 

「上に張り付いてる蝙蝠は良いけど、エネミーのほとんどは水の中にいるから」

 

「やっぱりエネミーの気配は読み難くて敵わんな。これがプレイヤーなら〝隠蔽〟がカンストしてようが気配は分かるのに」

 

「なんでゲームのスキルをそんなので看破出来るんですか」

 

「経験、かな?」

 

「ウェーブの察知能力は異常だから気にしない方が良いわよ。GGOでも忍者プレイしてる隠密特化のプレイヤーを見つけて倒してたのだから」

 

 

GGOの話は聞いているがなんであのゲームで忍者プレイをしようと思ったのだろうか。イメージが合わない気もするが、魔法を主体としているALOよりもそちらの方がまだマシなのだろう。それを察知出来るウェーブさんの察知能力も異常といえば異常なのだが、夢で見たウェーブさんは普通にモンスターの隠密を看破していた事を考えればまだ大丈夫だ。

 

 

「少し早いかもしれないけど、お弁当持って来たから食べましょう」

 

「やったぜ」

 

「お〜良いですね!!」

 

 

シノンさんがストレージからお弁当を出したのに反応して近くに移動する。ダンジョンに挑む時は手軽に食べる事が出来る食事の方が好まれるのだが、どうしても味気ないものになってしまう。それを考えれば多少はストレージを圧迫するだろうが、お弁当を持って来てくれたことは嬉しい。

 

 

〝メディキュボイド〟を使用してから3年間、リアルの私は食事を摂らずに点滴で栄養を摂っている。だから、VRワールドだとしても食事は出来る限り美味しいものを食べたいと思っている。

 

 

シノンさんが持って来たお弁当は食パンで具材を挟んだサンドイッチ。3人で食べる事を前提にしていたのか数が多い。私は少しだけ迷った挙句、オーソドックスなタマゴサンドを食べる事にした。

 

 

「ッ!?お、美味しい……!!」

 

「ん、いつも通りに美味いな」

 

「VRMMOの料理は工程が簡略化されてて少しつまらないのが残念ね。あとは熟練度頼りで味が変わるし……食べられるようにするまで苦労したわ」

 

「確かにもう少し本格的にして欲しいよな。楽は楽なんだけど味気なくてつまらん」

 

「……ウェーブさん?その言い方だとウェーブさんも料理が出来るって言ってるようなものですけど……」

 

「出来るぞ?リアルでも出来るし、ALOでも〝料理〟スキルはカンストさせてるし」

 

「カンストですか!?」

 

「最古参とまではいかないけど一応古参のプレイヤーだからな。ソロで暇してる時にちょくちょく〝料理〟スキル使って飯作ってた」

 

 

ウェーブさんの予想外の女子力の高さに驚いてしまう。戦闘能力が夢のウェーブさんに劣るものの高い上に女子力も高いとか止めてほしい。家事なんてものはAIDSを発症する前にお母さんの手伝い程度しかやったことの無い。ALOでも戦闘職を意識したビルドなので〝料理〟スキルなんて習得していない。

 

 

「やっぱりウェーブさんも家庭的な方が良いですよね……」

 

「ん?別にそういうことは気にして無いぞ?確かにそういうスキルがあった方が好まれるけど、俺は好きになったらその辺りは気にして無いからな。相手が家事が出来なくても、俺が出来て助け合えば問題無いし」

 

 

そう言ってウェーブさんはシノンさんに視線を向ける。そしてシノンさんが頷いたのを確認してから私の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。

 

 

「出来ないのならば出来るようになれば良いだけだ。〝料理〟スキル取りたいのなら食べる役は任せろ。サバイバル生活で雑食を身につけた俺は食えない物なんて存在しないからな!!」

 

「ちょっと冗談に聞こえない発言は控えてくれませんか?」

 

 

普通なら冗談に聞こえる言葉なのだがウェーブさんが言うと冗談に聞こえない。この人がサバイバルをしたら食べるのを躊躇うような食べ物でも食べていそうだから。

 

 

「でも、そうですね……このダンジョンを攻略したら〝料理〟スキルを取ってみようと思うのでスキル上げを手伝ってくださいね」

 

「任せろ」

 

 

ウェーブさんの隣にはもうシノンさんが立っている。なので、私がいくら彼に恋い焦がれたところでそれは無駄な事になってしまうのだろう。略奪愛なんて趣味じゃないので奪うなんて事は考えない。

 

 

だけど、せめてこの瞬間だけは、命が終わるまでのこの時間だけは、どうか彼の事を好きでいさせて欲しいと思った。

 

 

 






原作じゃあさっくり終わらされてた28層の攻略。それを3人で攻略するっていう、普通だったら無謀すぎるチャレンジ。だけも修羅波がいるってだけで大丈夫に思えてしまう。

後半はランねーちんの視点。経歴を考えると家事がクソ雑魚でも仕方がないな〜って思った。


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