「……俺が悪いって分かってるけど納得出来ないな」
詩乃に延々と説教をされてようやくALOをログアウトした時にはすでに外は暗くなっていた。時計で時間を確認すればもう6時を回っている。夕食を作るために冷蔵庫を確認したのだが、マヨネーズやケチャップなどの調味料以外に食材として使えそうなものは入っていなかった。炊飯器にはログインする前に炊いておいた米があるのだが、それだけでは成長期の食欲は抑えきれない。財布の中身が十分に入っている事を確認して、俺は防寒着を着込んで買い物に出かける事にした。
「……ん?」
寒さに耐えながらスーパーに向かっていると軽快な着信音がしてスマホがメールを伝える。確認すれば差出人は〝死銃〟事件の時にリアルの連絡先を交換していたキリトで、今から会えるかと言うものだった。夕飯の買い物が終わってからと返せば、奢るから今すぐに会いたいと返ってくる。
ホモと腐女子が見たら喜びそうな内容に鳥肌を立てながら、しかし奢りというワードの魅力には勝てずに二つ返事で了承する。待ち合わせに近くの公園を指定され、空腹を紛らわせるために自販機で買ったコーヒーを飲みながら待つ事数分、キリトがエンジン音を響かせながらバイクに乗ってやって来た。
「よぉ、奢ってくれるんだよな?」
「相談したい事があるからその料金だと思ってくれ。エギルのところでいいか?」
「エギルのとこの飯は美味いから問題無し。だけど今の時間ってやってるのか?」
「あそこは酒も扱ってるから夜遅くまでやってるんだよ」
投げ渡されたヘルメットを被ってバイクの後部座席に乗る。キリトのバイクは電動スクーターが主流になりつつある今の時代では珍しい代物だったが、バイクというのはやはりこの音が大切だと思う。リアルだと騒音扱いされるので扱いに困るのだが、GGOでバイクに乗っているとその音が心地良く感じられる。
騒音を聞きながらキリトがバイクを走らせて御徒町まで向かい、細い路地を右へ左へトロトロ走らせながら辿り着いたのはエギルが営業している喫茶店の〝DICEY CAFE〟。聞いた話ではエギルの年齢は二十代前半らしい。二十代前半で自分の店を持ち、しかも既婚者という辺りエギルのリアル無双っぷりの凄まじさを感じられる。クラインに少しでも分けてあげて欲しいと一瞬だけ考えたが、今のままの方が面白いのでその考えを消す。
〝OPEN〟と書かれた看板のぶら下げられているドアを押し掛けて店内に入る。耳障りの良い軽やかな鐘の音、それに続いてスローテンポなジャズが聞こえてくる。
店内に居たのは2人だった。1人はカウンターの向こうに立っているガタイの良いスキンヘッドの男性、エギル。そしてもう1人は酒瓶を掴みながらカウンターに崩れ落ちている年齢イコール彼女居ない歴の非モテ野武士ことクライン。
「よぉ、何にする?」
「ども、取り敢えず軽く摘めるのとコーヒー先に。後はナポリタンとグリーンサラダ、それにオムライスで。あぁ、先に言っておくけどキリトの奢りだから請求はそっちにな」
「待って、奢るっても限度があるんだけど……」
「安心しろ、キリト」
「エギル……ッ!!」
「お前とは長い付き合いだからな……ツケで構わない」
「エギルッ!!」
ハッハッハとコミカルに笑いながらもエギルは手を止めない。食パンを数枚用意してゆで卵とマヨネーズを和えたもの、ツナマヨ、チーズとハムなどを挟んで耳を切り落とし、あっという間にサンドイッチを作り上げる。俺たちが席に着くのと同じくらいにはすでにサンドイッチとコーヒーがテーブルまで運ばれていた。
一言礼を言ってからコーヒーを一口飲む。程よい苦味と酸味が味覚に届き、それと引き立ての豆の香りが鼻腔を擽る。ミルクや砂糖で誤魔化す必要が無い、美味いコーヒーだった。
「んで、何でよびだしたのさ。ALOでは話せないことなんだろ?」
「あぁ、〝絶剣〟……ユウキの事なんだけど」
サンドイッチを摘みながらキリトの口から出て来たのはさっきまでALOで会って、デュエルをしていたユウキの事だった。
何でも〝剣士の碑〟で〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーとアスナの名前が載っていることを確認して、その記念に写真を撮った後でアスナの言葉にユウキが泣き出し、何も言わずにログアウトしたらしい。何度連絡を取っても繋がらず、アスナは気落ちしているので何か俺なら知っているんじゃないかと思ってこうして呼び出したとの事だった。
「ふ〜ん……で、アスナは何で言ったんだ?」
「ボス戦の時にユウキがアスナの事を姉ちゃんって言って、〝剣士の碑〟でもそう言ってたからその事を指摘したらしいんだけど……」
「姉ちゃん、ねぇ……」
どうしよう、心当たりしかない。
〝剣士の碑〟にアスナと〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーの名前が載ったのが2日前。その時はランとユウキはすれ違い状態だったはずだ。ボス戦の興奮と緊張感でユウキがアスナの事を姉呼びし、それをアスナに指摘されたことで感極まって泣きだしたといったところだろう。
誰も悪くは無い。強いて言うのなら、詳しい説明無しにギルドを抜け出したランが悪い。それとユウキの状態も関係しているのだろう。ランから聞いた話なのだが、〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーは全員が〝セリーンガーデン〟という医療系ネットワークのヴァーチャル・ホスピタルの患者たち。〝セリーンガーデン〟は……最期の時間を豊かに過ごそうという目的で運営されているサーバーだと。
AIDSに侵されているユウキはどの位生きられるのか分からない。だから浅い関係で終わらせて、アスナの事を悲しませないようにしたかったのだろうが……短い時間だったが思わず姉呼びをしてしまうほどにユウキはアスナの事を慕ってしまった。だから、ユウキはアスナの前から姿を消したのだろう。俺の提案に応じてALOにログインしてくれたのはランと仲直り出来る事の他に、俺がユウキの現状を知っていたからかもしれない。
「……ユウキはアスナと会う事を望んで居ないと思うぞ。それでも、知りたいのか?アスナは、知りたいと思うのか?」
「あぁ、アスナの事だからそういうに違いない。ウェーブも知ってるだろ?アスナの性格」
「クックック、確かにあのバーサク様なら言いそうだな」
「せめてヒーラーを付けてやれよ……」
確かにアスナならどれだけ拒絶されてもその言葉を言いそうだと、その光景を思い描いて違和感が無いことに笑いながら肯定する。
「じゃあもう1つだけ質問。キリトは、
「……予想だけどな。彼女とデュエルをした時、初めはSAO
ユウキの正体を完全に確信しているわけじゃない。だけど、ユウキはあちらの世界で生きている事を悟っている回答だった。〝メディキュボイド〟でランとユウキは3年間ずっとバーチャルの世界で生き続けている。SAO
ユウキに会いたいというアスナの気持ちと、アスナに会いたくないというユウキの気持ち。そのどちらも理解出来るので板挟みになってしまう。だが、このままでは確実に2人とも後悔してしまうのは目に見えていた。
なので明確な答えは出さない。ヒントだけを与えることにする。
「〝メディキュボイド〟、それについて調べてみろ」
「ヒントだけか」
「どちらも気持ちも理解出来るんでな。それにユウキのリアルの情報を明かすのはマナー違反だ。これだって結構グレーゾーンなんだから文句言うなよ」
「分かってるよ。ウェーブの事だからそれっぽいことを言ってはぐらかされる事も考えてたんだよ」
「あのなぁ、流石にキチガイだと言われてる俺だけど鬼畜じゃないんだ。そのくらいの配慮は出来る」
人のことを何だと思っているのかこの黒尽くめは。ゲーム内だけじゃなくてリアルでも黒っぽい服装でいるのだからゴキ扱いされるのだと内心で罵っておく。
「ーーーお待たせ。ナポリタンとグリーンサラダとオムライスな」
「ナイスタイミング、ついでにコーヒーおかわり」
「あ、あの……ウェーブさん、加減というものをしていただけないでしょうか?」
「断る」
綺麗な朱色に染められたナポリタン、新鮮な野菜に特製ドレッシングをかけられたグリーンサラダ、ケチャップではなくてデミグラスソースをかけられて半熟オムレツでコーティングされたオムライス。
財布の中身を確認しているキリトを視界に入らないようにしながら夕食をいただくことにした。
リアルでキリトちゃん君と密会。彼女の為に裏で頑張るキリトちゃん君。なお、財布は軽くなった模様。
〝メディキュボイド〟だけしかヒントを与えてないけど、情報社会なのでこれだけで十分だと思う。原作でも〝メディキュボイド〟でキリトちゃん君はユウキチャンの居場所を特定出来てたし。