修羅の旅路   作:鎌鼬

52 / 75
告白

 

 

「……なんと言うか、想像以上の有り様だな」

 

 

〝メディキュボイド〟に繋がれている紺野藍子の姿を見てそう零す。生きている様で生きていない、機械によって生かされているだけの哀れな人間に見えてしまう。〝メディキュボイド〟の臨床試験を望んだのは彼女だから、こうなることは覚悟の上かもしれない。でも、俺からすれば今の状態は苦しみを長引かせているだけにしか見えなかった。詩乃は絶句して口元を押さえている。

 

 

「倉橋さん、彼女の病気は?」

 

「後天性免疫不全症候群……AIDS(エイズ)です」

 

AIDS(エイズ)か……」

 

 

AIDS(エイズ)は世間で騒がれている程に恐ろしい病気では無い。感染経路はすでに判明しているのでそれを理解して正しく接すればウイルスを持っている罹患者といても感染はしない。それに種類によってもだが、早期に治療を始めていれば発病を抑えることだって可能なのだ。

 

 

しかし彼女はこうして〝メディキュボイド〟に繋がれて生かされている。恐らくは感染したウイルスは薬の効きにくい薬剤耐性型の物だったのだろう。

 

 

「藍子さんは妹の木綿季くんと共に生後すぐに多剤併用療法を開始しました。たくさんの薬を飲み続けるというのは子供には辛い事です。強い副作用に悩まされながらも、彼女たちはいつか病気が治ると信じて頑張り続けてきましたが……」

 

「結局発症したか……」

 

「はい、小学四年生の時に。当時通っていた学校で酷い差別と偏見を受けたそうです。その時のストレスで発症したと推測出来ます。それ以来、彼女たちはこの病院にいます」

 

「〝メディキュボイド〟はいつから?」

 

「3年前からです。私から彼女たちに勧めました」

 

 

3年前、つまり世間がSAO事件で揺れていた頃から。〝メディキュボイド〟が臨床試験の最中だという事と合わせると彼女たちが使っているのは試作機なのだろう。倉橋さんは夢の機械などと言っていたが前例の無い治療な上に通常の数倍の電磁パルスを長期的にどんな影響を与えるのか誰にも分からないというリスクがある。そうは扱われていないだろうが、モルモットに近いと言っても過言では無い。

 

 

倉橋さんが勧めたのは無菌室に入る事で日和見感染のリスクを減らそうとしたからなのだろう。しかし、〝メディキュボイド〟の被験者になる事で別のリスクを背負う事になる。しかし彼女たちはそれを承知で被験者になる事を選んだ。バーチャルワールドという未知への憧れがあったかもしれないが、生きる為にこの選択をしたのだ。治療のための投薬の副作用に苦しまぬ様に、体感覚キャンセル機能を使用してずっとバーチャルワールドの世界にいながら。倉橋さんは3年と言っていたが、それはそのまま3年間バーチャルワールドの世界に居続けたという意味だろう。

 

 

だがそれももう限界なのだろう。ガリガリに痩せこけた彼女の身体からは生気が微塵も感じられない。死にかけ、死に間際の人間の発する死の匂いがガラス越しから伝わってくる。例え無菌室に入ったとしてもそれは空気感染を防ぐだけで体内の細菌やウイルスは残ったままなのだ。

 

 

「……彼女と話す事は出来ますか?」

 

「出来ますよ。隣の部屋にアミュスフィアがあるのでそれを使えばVRワールドでも話す事は出来ます」

 

「いや、このままで。折角顔を向かい合わせているのにそれは間違ってると思うんで」

 

『ーーーまったく、妙な拘りを持ってますね。ウェーブさんは』

 

 

部屋に設置されているスピーカーからランの声が聞こえてきた。頭の部分のモニターには会話中を知らせる〝Talking〟が表示されている。

 

 

「よぉラン、来てやったぜ。あと、漣不知火の方で好きに呼んでくれ」

 

『なら不知火さんって呼びますね。モニター越しですけど顔が見えます。本当にゲームの顔と同じですね。シノンさんはどこか面影がある感じですけど』

 

「……私も本名の方で呼んでいいわ」

 

『だったら詩乃さんと呼びます。先生、すいませんけど部屋から出てもらっても良いですか?彼らだけと話したいので』

 

「分かったよ。その代わりモニターはチェックしているからね。何かあったらすぐに飛び込むから」

 

 

そう言って倉橋さんは座って居た椅子から立ち上がって部屋から出る。そうする事で部屋の中には俺たちだけになった。

 

 

『さて……何から話しましょうかね?』

 

「ねぇ……ラン、貴女は助かるの?」

 

『ダメ、でしょうね。もう末期に入って余命のカウントダウン始まってますし。ここから回復しようかと思ったら奇跡を何回も起こさないと無理だって感じです』

 

「起こせば良いじゃないか」

 

『そう簡単に起こせないから奇跡って言うんですよ?なんで起こせないのって雰囲気で首を傾げないでください。まったく、これだから現代社会から外れたキチガイの一族はたちが悪い』

 

 

スピーカーから掛けられる彼女の声は楽しげで、だけどどこか影を感じさせた。

 

 

そして明らかに不自然な発言をする。彼女は俺の身内の事を完全に理解している様だった。彼女がAIDS(エイズ)を発症する前に出会っていたかもしれないが、俺は紺野藍子という人物に出会った記憶は無い。彼女が俺の事をなんの繋がりもないはずなのに一方的に知っている様なのだ。

 

 

「で、そろそろなんで俺を知っていたのかを教えて欲しいんだけど?」

 

 

それが俺がここに来た本題だ。ランの境遇を聞いて思うところはあったのだがそこはブレない。色々と言いたいことも出来たがそれは俺の本題が終わってからの話になる。

 

 

ランもそれを理解しているのだろう。間を空けてALOの様なおちゃらけた雰囲気ではない真剣な声色で語り出した。

 

 

『……分かりました。始まりは3年前です。〝メディキュボイド〟の被験者になり始めた頃に、不思議な夢を見たんです』

 

「夢?おいおい、まさかその夢に俺が出て来たとか言わないよな?」

 

『残念だけどそうなんですよ。それはALOじゃない、魔法じゃなくて剣が全ての世界。天空に浮かぶ鋼鉄の城〝アインクラッド〟ーーーSAOの夢でした』

 

 

SAOの夢で俺が出て来たと言われても理解が出来ない。俺はSAOをプレイした事などない。初めてプレイしたVRMMOはALOで、SAOの事などキリトたちSAO生還者(サバイバー)から聞いた話しか知らないのだ。

 

 

『その夢に出てくる不知火さんは今の姿じゃなくて大人の姿で登場してました。しかも1人だけじゃなくて詩乃さん、それと木綿季と一緒にデスゲームになったSAOで戦ってました』

 

 

もう理解が追いつかない。夢でとはいえSAOを俺がプレイしていただけでも混乱しているのにその上に俺が大人になって、そして詩乃と知りもしないランの妹と一緒になっていたとか。全部理解しようとしないで話半分で聞いておいてそういうものだと納得した方が良いだろう。

 

 

『キリト、アスナ、ディアベル、ヒースクリフ、アルゴ、ストレア、シュピーゲル、ユナ、ノーチラス……死んだら現実世界でも死ぬというのに、貴方たちは色んな人と楽しそうに笑いながら、SAOの世界で生きていました。私は、それを夢に見ていただけです』

 

「シュピーゲルの名前まで……知らないはずなのに……」

 

「……その夢で、俺の動きを知ったと?」

 

『はい。夢の中の不知火さんは、私にとっての憧れでした。強くて、優しくて、格好良くて……命の軽さを知っているからこそ命を大切にして、大切な人の為に戦う姿に憧れて、暇を見つけては不知火さんの動きを真似していたんです』

 

 

信じられない話だが、確かに納得が出来る。俺の成長先の動きを知っているから対処が出来た。どことなく俺の動きに似ていたのは俺の動きを真似していたから。だからあの攻略ギルドと戦っていた時にアドバイスをするだけで縮地を行うことが出来た。

 

 

『その姿に憧れて……気が付いたら気になって……もしかしたら夢じゃなくて本当にいるんじゃないかって考える様になったんです。だからSAOに似たALOを始めた時に無理を言ってギルドを抜けて貴方の事を探しました。私の知っている通りなら、適当に名前を売ったら向こうから来てくれるんじゃないかって考えて手当たり次第にデュエルして……まさか二週間もせずに来てくれるとは思いませんでしたけど』

 

 

シュピーゲルに言われたから俺はランの存在を知り、戦ってみたいと考えた。もしシュピーゲルから言われなくてもランの事が書かれているスレを見つけたら、きっと興味を持って探しに行っていたと思う。

 

 

出鱈目だと口にするのは簡単なのだが、それをすることは出来なかった。否定する事が出来ない証拠が揃い過ぎている。

 

 

ランは本当に夢で俺の存在を、大人になった俺の事を知っていたのだと認めるしか無かった。

 

 

 






ランねーちんが修羅波の事を知っていたのはSAOで戦うキチ波の事を夢で見ていたからという設定。3年間も夢で戦ってる姿を見せつけられれば、対応くらいは出来る様になる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。