「ーーーアスナァ!!タルケンが転んで転がってるんだけど!?」
「ーーーノリ!!お願いします!!」
「ーーー任せな!!」
ボスに負けて〝ロンバール〟まで戻ってしまった私たちは再びダンジョンに挑んでいた。途中でタルケンが脚を縺れさせてそのままのスピードで転がっていたが脚を止める事は出来ないので隣に走っていたノリに頼んで走りながらタルケンを立ち上がらせてもらう。
私たちがここまで急いでいるのは時間が無いからだ。ボス戦の序盤ごろにジュンの足元で小さなトカゲがうろちょろしているのに気が付いた。すぐに消えてしまったがあれは闇魔法の〝
あの3人はボス攻略専門ギルドの
このままだとあのギルドにボスを攻略されてしまうが、幸いな事に今は平日の昼間。こんな時間にボス攻略のためのプレイヤーを集めるのには少なく見積もっても1時間は掛かるはず。その前に私たちが先にボスに挑んでしまえばいい。
ユウキたちの努力が横取りされるのが許せないから急いでいるのだ。決して鬼と呼ばれたからでは、SAO時代に呼ばれていた〝攻略の鬼〟という不名誉な呼ばれ方を思い出したからでは無い。
そうして5分でミーティングを済ませ、30分でボス部屋まで移動すると決めて実行中。時計を見れば予定していた通りに30分でボス部屋の間近まで来ることが出来ている。これならば他のプレイヤーが集まる前にボスに挑む事が出来る。
「ーーーッ!?止まって!!」
そう思っていたが回廊を先頭で走り、誰よりも早くにボス部屋の前の光景を目にする事が出来たから急停止をかける。〝スリーピング・ナイツ〟のみんなはその指示に怪訝そうな顔をしていたが、同じ様にボス部屋の前の光景を目にしたらすぐに納得してくれた。
ボス部屋の扉に繋がる回廊のラスト30メートル、そこにあったのはプレイヤーでは無くて大量の〝
そして回廊の最奥、ボス部屋の扉の前には2人のプレイヤーがいた。1人はケットシーの少女、GGOからALOにコンバートしたシノンだ。そしてもう1人はユウキと同じインプの青年……ALOで様々な伝説を残し、GGOにコンバートして暴れまわり、12月の中頃に再びALOに戻ってきたウェーブさんだった。
「ウェーブさん?」
「ん?……あぁ、やっと来たか」
扉の前で座っていたウェーブさんだったが、私たちの姿を確認すると立ち上がり、その場を退いて道を譲った。
「挑むのなら早くしろ。封鎖しようとしてた連中は倒したけどこの後すぐに本隊が来るって言ってた。ノンビリしてたら大乱闘が始まっちまうぞ」
「……いったい何のつもりですか?」
大型ギルドの事情を知った上で好き勝手に動くウェーブさんならギルドと問題を起こしても然程問題は無いだろうが彼の考えが読めなかった。ボスに挑む為ではなくて私たちに挑ませるために占領しようとしていたプレイヤーたちを倒した、その意図が分からない。
「警戒している様だが別に何も企んでは無いぞ?俺はただ頼まれただけだからな。お前たちの邪魔をするプレイヤーをどうにかして欲しいって」
「……」
「まだ疑ってるのかよ、俺ってば信用なさ過ぎじゃない?」
「これまで自分がやって来たことを振り返って見なさいよ」
「……あぁダメだ、心当たりが多過ぎて納得出来ちまう」
「本当に何やらかしてるのよ……」
ウェーブさんのいう通りに他意は無いのだろうが私は彼を信じきれなかった。彼がボス攻略に興味は無いことは知っているが何か企んでいるのではと勘ぐってしまう。
彼を信じていいものかと迷っていると、ユウキがウェーブさんの前まで駆け寄って行った。
「ねぇお兄さん、本当に通っていいの?」
「良いぞ?俺のこの澄んだ瞳を見てくれ。嘘を言っている様に見えるか?」
「う〜ん、スッゴイ濁ってるんだけど」
「ガッデム」
「でも、嘘は言ってないね」
「だからそう言ってるじゃん」
「みんな〜!!行こうよ!!」
ユウキの言葉を信じてか、〝スリーピング・ナイツ〟のみんなも警戒しながらボス攻略にゆっくりと近づいていく。それを見てウェーブさんはわざとらしく肩を竦めながら回廊の端まで移動して腰を下ろした。
彼の事だから油断した隙に襲いかかって来ると思っていたが、様子を見る限りはそんな気は無い様だ。
「あ、そうだ」
ボス部屋に入る直前で、ユウキが思い出したかの様にウェーブさんに近づく。
「ねぇねぇ、頼まれたって言ってたけど誰に頼まれたの?」
「〝絶刀〟って言ったら分かるか?分からない?じゃあランっていうウンディーネって言ったら?」
「ーーー」
ランというプレイヤーの名前を告げられた瞬間、ユウキは動きを止めた。何かあったのかと思い〝スリーピング・ナイツ〟の他のメンバーにランという名前の意味を聞こうとしたが、誰もが驚いている様だった。
「本当に……本当にランに頼まれたの?」
「本当だよ。この濁った目を見て信じてくれ」
「信じられる要素が一切無いんだけど……」
「嘘、俺の信用なさ過ぎ……」
「信じられないかもしれないけど、私も一緒に居たから本当の事よ」
シノンが同意した何とか信じられるという辺り、ウェーブさんの信用は存在しないと思われる。何せ今では大人しくなっているのだが昔は騙し討ちとか息をする様にやっていたから。
「はぁ……信じる信じないはそっちの勝手だけど早く部屋に入った方が良いぞ。後ろから団体様が来てるから」
団体様、そう言われて思い付くのは攻略専門ギルドだけだ。ウェーブさんが先遣隊を倒したので後から来るのは残りのレイド部隊だろう。このままかち合ったらボスに挑む前に余計な消耗を強いられる事になる。
「……ウェーブさん、頼んでも良いですか?」
私たちが先にボス部屋に入ってしまえば後から来るプレイヤーは私たちが勝つか負けるまではボス部屋に入ることは出来なくなる。勝つつもりなのだが勝ったとしても負けたとしても、このままでは攻略専門ギルドから私たちは〝先に攻略された〟などの理不尽な怨みを買う事になってしまう。
だけど、ウェーブさんが攻略専門ギルドと戦ったのなら、〝彼が邪魔をしたのでボスに挑まなかった〟と怨みを彼になすり付ける事が出来る。酷いことをしているという自覚はある。後から私が出来ることならば何でもするつもりでいるのだが、ウェーブさんは子供をあやす様に私とユウキの頭を優しく撫でた。
「元からこっちはそのつもりだ。それに今更俺に対する怨みなんて一つや二つ増えたところで痛くも痒くも無いしな」
「待って、お兄さんってどれだけ怨み買ってるの?」
「取り敢えずALOの9種族全部から一通りは怨み買ってる」
「……嘘でしょ?」
「ユウキ、この人が言ってることは本当よ。特にサラマンダーが田植えされたとかで彼の顔見ただけで錯乱するくらいのトラウマ植え付けられてるわ」
「いやぁ、あの頃は落ち着きが無くって若かったからなぁ」
「私と同い年が何を言ってるのよ……」
兎も角、私たちに出来ることは言葉をウェーブさんに任せる事だけだ。落ち着きを取り戻したみんなを連れてボス部屋の扉を開く。そして中に入り、扉が閉じるその直前で、
「ーーーお兄さぁん!!ありがとぉ!!それと、ランにありがとうって言っといて!!」
ユウキがウェーブさんに向かってそう叫んだ。それに対してウェーブさんは振り返りもせずに片手を挙げただけで返す。
「ねぇ、ランってもしかしてユウキ達が言ってたギルドを抜けた人の事?」
「えぇ、やりたい事があるからってギルドを抜けてそれからは行方不明だったんですけど……どうやらあの人を見る限りではやりたい事はやれたみたいですね」
私の疑問にシウネーが答えてくれた。27層の宿屋で〝スリーピング・ナイツ〟は7人居たのだが、1人は理由があって抜けたと言っていたのを思い出したのだ。ウェーブさんの言葉を信じるのなら彼にランというプレイヤーが接触し、私たちの手伝いをする様に頼んだのだろう。
「……ねぇユウキ、ランさんに会いたいって思わない?」
「……うん。ボク、またランに会いたい」
「じゃあ、ボス戦が終わったら会いに行きましょう。ウェーブさんを使えば会えるだろうから」
「ーーーうん!!」
威勢の良い返事をしてくれたのはユウキだけだが、他のみんなも頷いて賛同してくれる。ボス部屋の壁に掛けられた篝火が点火していく中で武器を構える。
「みんなーーー勝とう!!」
「「「「「「ーーー応ッ!!」」」」」」
お腹の底から出された返事を聞きながら、私たちは二度目となるボス戦に挑むのだった。
「ーーーエグッ、エグッ……ユウキィ……みんなぁ……」
「……姿見せないで泣くぐらいなら顔出してやれば良かったのに」
「だって……だって、そんな事したらみんなに水を差す事になるじゃないですかぁ……」
「だからと言って隅の方で泣かれるのも困るのだけど」
アスナ達がボスに挑む為にボス部屋の中に姿を消す、それと同時に〝隠者のローブ〟で隠れていたランが姿を現して急に泣き始めた。話を聞く限りではランとアスナと一緒にいる彼らは決して浅い仲ではないはずだ。本当なら顔を出したかったのだろうが、自分の都合でギルドを抜けてしまったという負い目を感じて尻込みしてしまったのだろう。
泣きたい気持ちは分かる、だけど隅の方で泣かれても何も事態は好転しないのだ。
「はぁ……だったらあいつらのボス戦が終わったら会いに行きゃあ良いだけの話だろ?」
「でも、でもぉ……我が儘でギルドを抜けた私にみんなに合わせる顔なんて……」
「確かに色々と言われるかもしれないけど、あいつらの事だから最後には許してくれると思うぞ?俺も一緒に着いて行ってやるから、な?」
「……本当ですか?」
「ホントホント、俺嘘吐かない」
「私も行ってあげるから泣き止みなさい……まだ終わってないんだから」
そうだ、シノンの言った通りにまだ終わりではない。これから来る攻略専門ギルドのヘイトをアスナ達から俺に向けるという仕事が残っている。ダンジョンに入ってしまえば外からは連絡が出来ないが、最初にアスナ達がボスに挑んだ時に倒した3人組から俺たちーーー正確に言えば俺がいることはバレているはずだ。これから来るレイド部隊も、俺への対策を考えているに違いない。となれば、ランをいつまでも泣かせておく訳にはいかないのだ。
「……ちょっとだけ」
「ん?」
「ちょっとだけで良いですから……頭を撫でて下さい」
そう言ったランはいつもの様なキチガイ染みた人間ではなく、年相応の女の子に見えた。どうして良いのか分からずにシノンに目を向けるが、シノンはしょうがないと言いたげに首を縦に振っただけだった。
それで許可が出たと思い、ランの頭を優しく撫でる。
「……これで良いのか?」
「はい……ウェーブさんの手って大きいですね。優しくて、温かくて……お父さんみたいです」
「これでも男だからな。父親と同一視されるのはちょっとあれだけど」
「……ふぅ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
そう言いながらランは涙を拭って立ち上がった。さっきまでの凹んでいたランの姿はもう無い。それは同時にさっきまでの年相応の女の子に見えたランが居なくなったことを意味する。
「復活!!復活!!超絶可愛い美少女剣士ランちゃん、ウェーブさんの愛を一身に受けてここに復活!!」
「……」
「シノン、ステイ。射殺したいのは分かるけどこんなのでも居ないと流石に厳しいから」
ランの言動にイラっとしたのは俺も同じなのだが、俺への対策を考えてあるレイド部隊を相手にするのにラン程の実力者が居なくなるのは厳しい。
「ん?ん?どうしましたシノンさん、そんなに短気だとウェーブさんに嫌われちゃいますよ?短気は損気ですよ?」
「黙れよ、またガマ油に浸すぞ」
「ヒギィ」
イラつきしか感じさせない笑みを浮かべながらシノンを煽るランを〝スメルトートのガマ油〟入りの小瓶をチラつかせることで黙らせる。
そしてーーー回廊に大人数の足音が響く。それはレイド部隊の接近を知らせる物だった。
アスナ視点でのボス再戦前。原作で占領していたプレイヤーたちは修羅波の手で倒されました。きっと彼らは今頃、デスペナに悲鳴をあげているに違いない。
年相応の女の子なったかと思えば再びキチガイとして復活するランねーちん。ギャップってのは大切だなぁって思い知らされました。