ランが悪臭テロを発生させてなんとか逃げ切ってシノン共々ログアウトしたが部屋にまで来た恭二に泣き付かれて冬休みの課題を手伝った翌日の午後1時、話していた通りにアスナは〝新生アインクラッド〟の27層の宿屋の前でユウキたちと合流してそのままダンジョンに向かって行った。
その時に僅かにアスナの表情が曇っていたが何かあったのだろうか。キリトとの仲違いはするはずが無いので違うだろう。あるとすればリアルでの交友関係か、家族関係かといったところだが俺に出来る事は無いので気に留めておくだけにしておこう。アスナとは浅い仲ではないので相談されれば真剣に考えるつもりだ。
アスナたちが飛び立ってから数分ほど時間を空けてからシノンとランと一緒にダンジョンに向かう。その際に〝禁じ手〟のプレイヤーに連絡をしておき、商人RPをしているので攻略ギルドの動きに目敏いエギルに攻略ギルドが動いたら伝えて欲しい事を頼んでおく。その時にキリトも動いていると教えられたので礼を言い、〝禁じ手〟たちに黒が特徴的なプレイヤーには攻撃しない様に伝えておく。
ちゃんと敵味方の区別を教えておかないと、あいつらは皆殺しにしかねないから。
「っと、ここが迷宮区ですね」
「久しぶりに来たわね。前に来た時は確か私がALO初めてすぐの頃かしら?」
「そうそう、GGOとの違いを分かってもらう為にシュピーゲルも連れて一緒にダンジョンアタックしたんだよな」
シノンとシュピーゲルがALOにコンバートしたのは12月の下旬頃でそんなに前の事ではないが、年末年始に詩乃の実家に行った事もあって遠い昔の頃に思えてならない。
確かあの時は俺はシノンの護衛と称して後ろに下がっていて、シュピーゲルだけをエネミーの群れに突進させたんだっけか。GGOと同じ様に三次元的な動きをしようとしていたシュピーゲルだがALOでのあいつの武器は弓では無くて短剣。すぐに距離を詰めなければいけないことに気が付いてよく分からない声を出しながら奮闘していた事は覚えている。
「あぁそうだ、2人ともこれを被っといてくれ」
ストレージから真っ黒なローブを取り出して2人に渡す。
「これは?」
「〝隠者の羽衣〟っていう装備しておくだけである程度の
「……付かぬ事をお聞きしますがこれはもしかしてウェーブさんの使用済みですか?」
「んなわけあるか。エギル……友人の商人に頼んで用意してもらった新品だ」
「ガッデム」
「ラン、なんでウェーブの使用済みじゃないって分かったら露骨に落ち込んでいるのかしら?ちょっとそこら辺の影のところでお話しましょう」
「落ち着きたまえ」
シノンが額に青筋を浮かべながら迷宮区の入り口に乱立している結晶体の影にランを引っ張っていこうとしているので止める。どういう訳なのか、ランは
ランの方が俺のことを一方的に知っているという可能性も捨て切れないのだが、それにしてはそういう奴ら特有の色眼鏡を通した様な目を感じられない。デュエルした時に見せた俺の成長先を知っているかの様に動いている事と何か関係があるのかもしれない。だけど正直に聞いたところで話してくれると思えないので彼女から話してくれることを信じて待つしかない。
「ウェーブさん、シノンさんが怖いです!!助けて下さい!!ご慈悲を!!ご慈悲を!!」
「どこからどう見てもランの方が悪いから助けない」
「ウェーブ、後で的当てしましょ?もちろん的はランで」
「シノンも落ち着け」
眉間にシワを寄せて不機嫌さをアピールしているシノンの鼻っ面に軽くデコピンをして意識を反らせる。
「ランの行動が気にくわないのは分かるけど気にし過ぎだ。俺がお前以外に靡くと思ってるのか?」
「……思わない。でも……ウェーブって優しいから貴方にその気が無くても向こうがその気になるって事もあり得ない話じゃないから……」
「ハッハッハ、愛い奴め。後で言葉にするのも憚られるレベルで可愛がってやろう」
「ウェーブさんウェーブさん!!私も空いてますから可愛がって下さいね!!」
「また〝スメルトートのガマ油〟ぶっかけるぞ……って、いい加減にしないと離されるな」
アスナたちが迷宮区に突入してから10分以上が経過してしまっている。迷宮区はフィールド以上のレベルに設定されたエネミーが徘徊してトラップが設置されている。その上に〝ヨツンヘイム〟と同じ様に迷宮区内では飛行は出来ない。ボス攻略が目標ならば消耗を避けるためにエネミーとの戦闘は最低限にするはずだ。マップデータはすでに情報屋によって公開されているのでアスナの指揮下でユウキたちが戦うのならばすでに奥まで進んでいてもおかしくは無い。
情報屋からボス部屋まで大体3時間くらいはかかると教えられたのだがアスナたちならば1時間もあれば到着出来ると思われる。俺たちはアスナたちの跡を追うだけなので戦闘にはならないのだが、あまりにも距離を離されると追うのが面倒になる。
「それじゃあ、行くぞ」
2人がローブを着た事を確認してから刀を引き抜く。そして闇に包まれた迷宮区へと迷わずに足を踏み入れた。
予想していた通りにアスナたちは1時間程でボス部屋まで辿り着いていた。戦っているのを見掛けたのは二度ほどだが、アスナは指揮をするだけでユウキたちが瞬く間にエネミーを蹴散らしていた。
そしてユウキ以外のプレイヤーたちも予想通りに強かった。フルダイブ慣れしている動きに加えて連携技術が見事というしか無いほどの練度だった。僅かな目配せや手振りだけで意思の疎通を済ませ、状況に対応して切り抜けている。GGOで戦ったことのある
このままボス部屋に突入するのかと思ったのだが、ここで少しだけトラブルが発生した。アスナが突然に曲がり角に目を向けて〝サーチャー〟の魔法を使ったのだ。俺たちがバレたのかと思い距離を取ろうとしたのだが、魚を模した〝サーチャー〟は俺たちが隠れている場所とは反対へと向かっていき、弾けるのと同時に何も無かった空間からインプが2人にシルフが1人、計3人のプレイヤーが姿を現した。
シノンとランは声に出さないでいるものの驚いている様だが俺は気配で気が付いていたので驚かない。それよりも注目するのはカーソルに表示されたギルドタグ。盾に横向きの馬のエンブレムは確か大規模ギルドの物だったはず。アスナもそれを理解しているのか、3人の行動を疑っている様だったが向けていた杖を下ろして立ち去る様に言った。アスナのことだから3人の行動に不信感を覚えているのだろうが大規模ギルドとトラブルを起こす事を嫌ったのだろう。3人はアスナの言葉に素直に従って隠蔽呪文を使い、ここから離れた……様に見せかけてこの場に残った。
アスナたちがボス部屋に入るのと同時にハンドサインで2人に指示を出して何も無い空間に飛び込んで蹴りを放つ。足の裏から感じられる確かな手応えと共に虚空からシルフのプレイヤーが飛び出して来た。隠蔽呪文を使っていたシルフが看破されたことで残るインプ2人の隠密も剥がされるのだが、それと同時に攻撃した俺の隠密も剥がされる。
「おまーーー」
「ハロー!!こんにちわ!!取り敢えず死ねッ!!」
何かを言おうとしていたインプの1人の首を斬り、心臓を穿ち、クリティカルを叩き込んでHPを全損させる。仲間が〝
シルフを10本の矢が襲い、命中するのと同時に弾け飛ぶ。
インプの腕が斬り落とされ、首と腹部を刀で斬り裂かれる。
シルフとインプの意識が俺に集中した瞬間にシノンとランの強襲によってHPを全損させ、もう1人のインプと同じ〝
「お疲れさん」
「ウェーブが囮やってくれたからそんなに疲れてないわよ」
「あー私はとっても疲れましたーこれはウェーブさんに良い感じな事をしてもらわないとなー!!」
何故かランが物凄く期待した目で俺のことをチラチラ見てくるのでご褒美として〝スメルトートのガマ油〟の入った瓶を投げつけておく。騒いでいるのできっと喜んでくれているに違いない。俺とシノンはその間、昨日の反省を生かして買っておいた消臭剤を使って避難していた。
「でも良かったの?さっきのって大手ギルドのプレイヤーなのでしょ?目をつけられるんじゃないかしら?」
「元々色んな方面から恨み買ってるから、今更一つや二つ増えたところで気にしない。それに、どういう理由なのか分からないけどあいつらは〝剣士の碑〟に名前を残したがってる。ランに頼まれたからってのもあるけど、俺もそれを応援したいんだよ」
「……はぁ、キチガイなのにこういう時に恰好良くなるのは卑怯だわ」
「いやぁイケメンでゴメンね!!俺からすればそんなつもりは無いんだけど内側から滲み出るイケメンのとしての本能っていうの?それがどうしても俺のことをイケメンにしたがってさぁ!!いやぁイケメンってつれーわー!!」
「一気にカッコ悪くなったわ」
「……うん、これは俺のキャラじゃないからやめとこ。もう絶対にしない」
基本的にボス部屋の前は安全地帯になっていてエネミーは湧かないし近寄らない。なので扉の横の壁に縋って腰を下ろして休む事にする。
恐らく、最初の一回は失敗するだろう。現在公開されている情報の中には27層のボスの情報が存在しなかった。いくらアスナたちが強いからとは言え、前情報無しで簡単に倒せる様な存在じゃない。負けて〝ロンバール〟に死に戻りし、再びここに戻ってくるまでの間、誰にも邪魔をさせない事が俺たちの役目だ。
出来ることなら〝禁じ手〟の出番が無いことを祈りながら、〝スメルトートのガマ油〟の悪臭に襲われて騒いでいるランを眺めている事にした。
ランねーちゃんが前作のシノノンとユウキチ並みに書きやすくて困る。このままでは油断するとシノのんとユウキチャンがシノノンとユウキチになってしまいそうで……!!