ログアウトして連絡を済ませて即座にログインし直す。その際に恭二から宿題が終わりそうに無いとSNSアプリで伝えられたが見なかった事にしておいた。
〝新生アインクラッド〟の第27層は閉鎖空間になっているので何時も夜かと思うほどに暗い。主街区〝ロンバール〟はすり鉢の様に凹んだ谷底に作られた街で、横穴式住居の様に作られた家の窓からはちらほらと灯りが見えている。
街の中心部に作られた広場に降り立ち、今アスナたちがどこにいるのかを知る為にフレンド検索機能を使ってシノンの居場所を探す。見つけてから今から向かうことをメッセージで伝え、耳に届く穏やかなBGMを聴きながら歩を進めた。
〝新生アインクラッド〟攻略の最前線となっている〝ロンバール〟だが、視界にはプレイヤーの姿は殆ど映っていない。俺たちの様な学生ならば冬季休暇に入っているので今の時間帯でもログインは出来るが、就職している社会人ともなれば平日の昼間にゲームなんて出来ないだろう。本格的にここが賑わうようになるのは夕方を過ぎた頃からになると思われる。
しばらく歩いた先にあったのは宿屋と思われる店。その店先でシノンはガタガタと動く謎の樽に腰掛けていた。
「ただいま。その動く謎の樽は何?」
「おかえり。これはランよ。〝絶剣〟に見つかりたく無いからってこの中に入っちゃったのよ。流石に立ちっぱなしだと怪しまれそうだからこれに座って休むフリをしてたのよ」
『シノンさぁん!!そろそろ退いてくれませんかぁ!?この中やたらとお酒臭い上に何だかヌルヌルして気持ち悪いんですけどぉ!!』
「俺も疲れたから休みたい。シノン、ちょっと詰めて」
「仕方ないわねぇ」
『無視!?無視ですか!?このままだと超絶可愛い美少女剣士のランちゃんがとんでもない事になっちゃいますよぉ!?薄い本が分厚くなる感じの事になっちゃいますよぉ!?』
樽の揺れが酷くなってきたのでストレージからALOの中でももっとも臭いと噂されてる〝スメルトートのガマ油〟を取り出して樽の中に投げ込んでおく。一瞬だけ揺れが激しくなったがすぐに静かになった。
「で、禁じ手とか言うのはどうなの?」
「了承は貰えた。こっちから連絡したらいつでも動けるようにしてくれてるはずだ。ぶっちゃけ、やりたく無いんだけど流石に数の暴力には勝てないからな」
「スレでウェーブは全種族から選抜された連合軍と戦って勝ったってあったのだけど?」
「あれは拓けた空間だったし障害物も沢山あったからな。最初に回復役のプレイヤーたち潰してから撤退、物陰に隠れてメイジ隊を強襲、後はひたすらゲリラ戦だったよ」
あの時は戦闘と言うよりも暗殺と言った具合だったが中々に楽しめた。見つかれば即座に物量に任せて潰されるという緊張感を感じながら俺を倒そうと闘志を漲らせるプレイヤーを思う存分に倒すことが出来たのだから。
不満があるとすればキリトたちが逐次投入されたことか。俺の精神的な余力を削ってから本命の投下とか本当に止めてほしい。最終的には連合軍をほぼ壊滅状態にしてキリトとアスナと相討ちになって負けたのだが、一対数百人の戦いだったので俺の勝ちだと連合軍を指揮していたユージーンは考えているのだろう。
「ふぅん……で、次に連合軍と戦ったら?」
「勝てるよ」
図らずしもGGOの経験で俺は成長した。他のプレイヤーたちも成長していると分かっているが、仮にもう一度あの連合軍が組まれて戦いを挑まれたとしても
「流石はウェーブね……けど、その時になったら私を呼びなさい。流石に1人で大軍相手に挑むのを見てるだけってのは出来ないから」
「分かってる、その時はシノンを呼ぶよ。ついでにシュピーゲルも呼んで肉盾にしてやるか」
「せめて遊撃をさせてあげなさいよ」
シュピーゲルのことだからギャアギャア騒ぎながら戦場を走り回ると思われる。AGI極振りなのでそう簡単には捕まらないだろうからいい囮になってくれるだろう。それに釣られたプレイヤーをシノンが狙撃したり、俺が背後から辻斬りしてやれば楽に十分の一くらいは削れると思う。
その時が来たら思う存分、シュピーゲルを走らせてやろう。きっと喜びの涙を流しながら魔法の飛び交う戦場を走り回ってくれるに違いない。
それから会話は少なくなるが悪い雰囲気では無かった。シノンは手持ちの矢の整理を始め、俺もダンジョンに行く事になるだろうから消耗品の確認をする。ストレージの中身を流し見しながら足りないアイテムを頭の中であげていき、それをどう補充するかの予定を立てていると宿屋から複数の気配が外に出ようとしているのが感じられた。
その中にはアスナの気配も混じっている。
鉢合わせる事になると面倒なので、微動だにしないランの入っている樽を路地裏へと蹴飛ばし、シノンを連れて物陰に隠れる。するとアスナが〝絶剣〟、それにサラマンダーの少年とノームの男性、レプラコーンの青年とスプリガンの女性にアスナと同じウンディーネの女性と共に楽しげに笑いながら宿屋から出て来た。
「ーーーそれじゃあ明日の午後1時にここで集合!!みんな、遅れないでね?」
「ーーーこの中で一番いい加減なユウキに念を押されると無性に腹が立つんだけど?」
「ーー一ノリ、幾ら本当の事でも言ってはいけない事はあるんですよ」
「ーーーし、シウネーさん、せめて否定してあげてください」
軽口を言っているものの、彼らの雰囲気は決して悪いものでは無い。〝絶剣〟、ユウキと呼ばれた少女はノリと呼ばれた女性の言葉に怒っているのか頬を膨らませてポカポカと叩いているが彼らは笑顔を浮かべている。
そしてーーー彼らの動作から、少なくとも全員がユウキ並みにフルダイブ慣れしているのだと分かった。
「……思いがけずにダンジョンアタックの時間を知ることが出来たな」
「あ、あの……ウェーブ?この姿勢恥ずかしいんだけど……」
「ごめん、もうちょっとだけ我慢して」
物陰に隠れている俺とシノンだが、見つからない様にしているので必然的に密着する事になる。さらに俺の装備しているコートが〝隠蔽〟のスキルの
幸いな事に数分だけ話し合ってからアスナたちは解散した。この場に彼らが残っていないのを確認してから〝隠蔽〟の隠密を解いてシノンを解放する。
「はぁ……ごめんな、急にこんな事して」
「……怒ってないわよ。だけど事前に言ってくれても良かったんじゃないのかしら?」
「咄嗟だったから許してくれよ。次からはそうするから」
「……ログアウトしたら、私の部屋に来なさい。それで許してあげるから」
「ハイハイ、分かりましたよ」
シノンの顔は赤くなっているもののそれは怒りではなくて羞恥心で赤くなっているのだとこれまでの付き合いで分かる。今のシノンの気持ちを表すかの様に揺れる猫の尻尾を見て可愛いなと考えているとーーー暴力的なまでに嗅覚を刺激する悪臭が届いて来た。
「臭ッ!?何これ臭ッ!!」
「ーーー」
「シノン!?シノォォォォォォォン!!」
「ーーーウェーブさぁん……」
悪臭にやられたのか倒れたシノンを介抱しながら声のした方を見るとーーー路地裏に蹴り飛ばした樽からランが這い出していた。全身は〝スメルトートのガマ油〟を被ったからなのか水の表現が苦手な筈なのにヌラヌラとした光沢で濡れている。
どうしてだろうか、ランの様な見た目の良い少女がそんな事になれば多少は興奮を覚える筈なのに恐怖しか感じない。
「うふふふ……〝スメルトートのガマ油〟なんて物を掛けられて汚されちゃいましたよ……さっきまで私、気絶してたんですよ?それなのにそんな反応するんですか、そうなんですか……」
右にゆらり、左にゆらりと揺れながら近寄ってくるランの姿が悍ましいものに見えて仕方がない。悪臭にやられて動かないシノンを抱き寄せていつでも動ける様にする。
「ーーーそれじゃあ抱き締めてあげますよォォォォォォォ!!」
「こっちに来るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
〝スメルトートのガマ油〟の悪臭を漂わせながら突進して来るランをシノンを抱えて逃げる。シノンを抱えている分俺の方が不利なのだがそこら辺は技術でカバーが出来る。
そこから2時間弱、〝スメルトートのガマ油〟の悪臭が無くなるまでランと〝ロンバール〟で色気の無い追いかけっこをする事になる。
ユウキチャンのサポートをする為に裏でこそこそしてる筈なのに気が付いたシノのんとイチャイチャしちゃう不思議。シノのんが可愛いから仕方ないネ!!
〝新生アインクラッド〟の最前線にて悪臭によるテロが行われた模様。