修羅の旅路   作:鎌鼬

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頼み事

 

 

「アッハッハ、いやぁ、ウェーブさんはお強いですねぇ」

 

「見ろよシノン、一杯でベロンベロンになってるぞ」

 

「ん〜?にゃによ〜」

 

「シノン、お前もか」

 

 

発勁による腹パン祭りでランとのデュエルに勝利した俺は蘇生させたランに誘われて〝ヨツンヘイム〟から〝新生アインクラッド〟の第一層で酒場に入って飲み会をしていた。VRMMOでは基本的にタバコやアルコールなどの嗜好品による年齢規制は掛けられていない。ゲーム内で酒を飲んで酔っ払ったとしても、あくまでそれは気分だけで現実世界で実際に酔っ払っている訳じゃないから。

 

 

そういう事だから2人とも多少は飲んだことはあるのだろうと考えずにエールを頼み、乾杯して一気飲みしたのだがその結果がこれだ。たった一杯の、アルコール度数も然程高くはないエールを飲んだだけでランは出会った時に感じさせていた儚げな風貌を崩して豪快に笑い、シノンは目を蕩けさせて熱い視線を向けている。俺はゲーム内では程々に飲んでいるし、リアルでも爺さんに無理やり飲まされているので多少はアルコールに対する慣れがある。

 

 

でもこの空気の中で素面でいるのは辛いので度数の高い蒸留酒を頼む事にする。

 

 

「そういや調子に乗って腹パンしまくってたけど大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ〜?ゲームの中だから痛いって言っても少しの間でしたし……それに、あんなに激しく攻められたのは初めてで癖になりそう」

 

「ゴフッ」

 

 

そう言いながらランは妖しげに微笑んで殴られた跡も残っていない自分の腹を指先で撫でるのを見て思わず飲んでいた酒を噴き出してしまった。

 

 

飲み会という事で防具を外しているので今のランの格好は腹部を曝け出すインナーの上からコートを羽織っているというリアルでやれば痴女認定されそうなものだ。それでもALOの中でそんな事を言うものはおらず、ランのような美少女の外見のアバターがそれをやればまともな感性を持っている男性ならば誘えるほどに艶やかさがある。

 

 

実際、その姿を視界に入れていた男性プレイヤーたちのほとんどが席から立ち上がるか生唾を飲んでいた。

 

 

なお、殆どに含まれない男性プレイヤーは立ち上がった男性プレイヤーの尻に目を向けていた。

 

 

「……そんなに凄いの?」

 

「待てシノン、それを聞いてどうするつもりだ」

 

「はい。何と言うかこう……痛くて息も出来なくて苦しいんですけど、ある一定を超えたらその痛みと苦しみが逆に気持ち良くなってくる感じで」

 

「ランも嬉々として教えるなよ!!シノンを汚すんじゃない!!」

 

 

俺と恭二というキチガイと交流を持ちながら非汚れ系でいられるシノンはとても尊い存在なのだ。デュエルして親しくなったものの、今日知り合ったばかりのランに毒されてシノンが汚れてしまったら彼女の祖父母に合わせる顔がない。

 

 

「ねぇウェーブ……ちょっと殴ってみて?」

 

「ゴブホッ」

 

 

素面でいたらダメだと思い酒に口をつけた瞬間にシノンから出たセリフを聞いてしまい、酒が変なところに入ってしまった。アルコールが入っているからなのかシノンの顔はいつもよりも柔らかくなっていて、背丈の都合で自然と上目遣いになる。どうにか濁そうと頭を回転させるのだが、その間で断られると思ったのかシノンの頭に着いている猫耳が垂れ下がり、少しだけ彼女の顔に影がさす。

 

 

何が悲しくてゲーム内とはいえ彼女の腹にパンチをしなければならないのか。しかも断ろうとしたら逆に悲しまれるとか逃げ場がなさ過ぎてこっちが泣けてくる。

 

 

「はぁぁぁぁぁ……シノン、ちょっと立って」

 

「うん」

 

 

どうしようもないと判断して頭の回転を止めて望まれるままにする事にする。シノンを立たせると指示もしていないのにわざわざ服の裾を掴んでシミ1つない綺麗な腹部を露出させた。

 

 

男性プレイヤーたちがそれを見て喚き立てるのは目に見えて分かっていたので先に睨みつけて見ないように脅しておくことを忘れない。

 

 

「そんじゃあまぁ……せぇのっと」

 

 

流石に本気で殴るわけにはいかないので程々に加減した発勁をシノンの腹に叩き込んだ。圏内なので障壁が発生してダメージを受けないものの、攻撃による衝撃と痛み自体は発生する。ランにした時よりも軽いが痛いものは痛いのだろう。シノンは何も言わずにその場に崩れ落ちた。

 

 

「あ〜あ、やっちゃいましたね」

 

「やっちゃいましたね、じゃねえよコレ。どうしてくれんだ」

 

 

ニコニコと楽しそうに笑うランの顔が邪悪なものに見えて仕方がない。崩れ落ちたシノンを診ると痛みに悶えている訳でもなく眠っているだけのようだった。慣れないアルコールが効いてきてあの腹パンが文字通りのトドメになったのだろう。罪悪感が半端じゃ無い。ログアウトをする前に一度自殺することを決意する。

 

 

流石にこの状態で飲み会を続ける訳にはいかないのでシノンを背負い、〝新生アインクラッド〟の第22層で買った家に戻る事にする。

 

 

「で、なんでさも当たり前のような顔をして着いてきてるんだよ」

 

「いいじゃないですか。私みたいな美少女をお持ち帰り出来るんですよ?ほら、据え膳食わねばなんとやらです」

 

「自分から美少女って言う奴にはロクな奴がいないって思ってるんでね。あと、誰が好き好んで毒の盛られたゲテモノを食いたがる?」

 

「ゲテモノは美味しいって言いますよ?」

 

「もうヤダこいつ」

 

 

何を言ってもランは着いてくるだろう。力ずくで引き剥がしても良いのだが今はシノンを背負っているのでそれは出来ない。出来るだけこの儚げな風貌の皮を被ったナマモノを視界に入らないようにしながら第22層まで転移する。

 

 

リアルでは冬だからなのか、第22層の今の気候は吹雪になっていた。しかも時間帯が夜なので視界も悪い。幸いな事に第22層ではフィールドにはエネミーがPOPしない設定なので邪魔される事なく家までは移動することが出来る。

 

 

一度コートを脱ぎ、背負っているシノンに被せるようにしてから吹雪の中を歩き出す。

 

 

「ーーーで、話したいことがあるのなら今のうちにどうぞ。外を出歩いてる他のプレイヤーの姿も見えないし、多少の声なら吹雪で掻き消してくれるからな」

 

「ーーーいつから、気付いてたんですか?」

 

 

話しかけた瞬間にランの雰囲気が変わる。デュエルした時と似たような、どこか張り詰めている物に。さっきまでの酔っ払いの面影なんて欠片も残されていなかった。

 

 

「第一層で飲もうと誘われた時から。普通ならもっと上質な物が置いてある最前線で飲もうと誘うはずだ。それなのにそれをしなかったってことは最前線付近にいるかもしれないプレイヤーに話を聞かれたくなかったか出会いたくなかったって事だろ?本当だったら第一層で話を聞くつもりだったけどシノンが潰れちゃったから……まぁ結果オーライって事で」

 

「潰れちゃったというよりは潰したって感じですけどね」

 

「止めろ、死にたくなるから止めろ」

 

 

シノンの腹を殴った罪悪感は時間を経過しても消えるどころか増してくる。家に着いたら介錯なしで切腹でもしとこう。

 

 

「実は……ウェーブさんに頼みたいことがあるんです」

 

「頼み?」

 

「はい。〝絶剣〟って知ってますよね、私はその〝絶剣〟と前まで同じギルドでパーティーを組んでたんですけどやりたい事があるからと言ってそのパーティーを抜けたんです。彼女たちの目的は、〝新生アインクラッド〟の第一層の〝はじまりの街〟にある〝剣士の碑〟に名前を残す事」

 

「〝剣士の碑〟に名前を残すって、確か1パーティーだけでフロアボスを倒さないといけないんじゃなかったっけか?飛んだキチガイ共だな」

 

「確かに、頭がおかしいと言われるかもしれないですね……だけど、それでも、彼女たちはあそこに名前を刻みたいんですよ」

 

 

〝新生アインクラッド〟はSAOの舞台である〝アインクラッド〟がALOに移植されたフィールドだ。武器で戦うしか無かったSAOだが、魔法という手段のあるALOではそのままではどうしても歯ごたえの無いものになるからという理由で全体的にSAOよりも強化されているとキリトたちSAO生還者(サバイバー)は言っていた。フロアボスももちろん強化の対象に入っていて、レイドの最大人数である49人集めたとしても全滅したなんて良く聞く話だ。

 

 

それをたった1パーティーだけでクリアしたい?正気の沙汰とは思えない。キチガイである俺がキチガイだと口走っても仕方のない事だ。

 

 

でも、だけど、そのキチガイ共に興味を惹かれてしまった。

 

 

「良いぞ、手伝っても」

 

「っ!!本当ですか!?」

 

「あぁ、興味を惹かれたからな。俺がそいつらと一緒のパーティーに入れば良いのか?」

 

「いえ、ユウキ……〝絶剣〟は私の代わりにパーティーに入るプレイヤーは自分で探すって言ってましたから。ウェーブさんにお願いしたいのは彼女たちの邪魔をする他のプレイヤーたちです」

 

「フロアボス攻略の邪魔ってことは……攻略組か」

 

 

元SAOプレイヤーとALOトッププレイヤーたちで構成された攻略組は、〝剣士の碑〟に名前を刻もうとしている〝絶剣〟たちの邪魔になるだろう。ゲーマー故の強固な自負心がそれを許すとは思えない。何度も繰り返せばいつかは成功するかもしれないが、ランの言い方からすると時間はあまり無いようだ。

 

 

攻略組の足止め、もしくは状況によって攻略組の排除。言葉にすればそれだけなのだが、下手にトラブルを起こせば後々面倒な事になるだろう。

 

 

好奇心とそれによって生じるリスクを天秤にかけ、迷う事なく好奇心を優先させる事した。

 

 

「んじゃあ〝絶剣〟が仲間集めるまでは暇だな。了解、どうにかしておくよ」

 

「ッ!!……ありがとう……本当にありがとう……!!」

 

 

基本的に面白ければなんでも良いと考えているロクで無しの俺にお礼を言うなんて間違っているとしか言えない。ランの嗚咽交じりの言葉は吹雪によって俺の耳にだけ届いて掻き消される。きっと今彼女は泣いているのだろう。悲しみの涙なら何としてでも止めたいと思うのだが、喜びの涙であるなら止める理由は無い。

 

 

そうして暫く歩き、ランが泣き止んだ頃に俺の家に辿り着いた。

 

 

「……それじゃあウェーブさん、宜しくお願いします」

 

「ハイハイ、任されましたよ」

 

「それとーーーこれはお礼です」

 

 

完全に油断していた。扉を開けようとして手を伸ばした一瞬の隙にランは俺の間合いまで一気に距離を詰めて、背伸びをしながら俺の頬に唇を当ててきた。

 

 

「ッ!?」

 

 

何をすると文句を言いたかったがアイテムか魔法か、ランは悪戯に成功したような笑顔を浮かべながら転移エフェクトで消えてしまった。

 

 

「ーーーウェーブ、一体今のは何かしら?」

 

「oh……」

 

 

そしてそのタイミングでシノンが目を覚ましてしまった。肩に乗せられた手が万力のように握られて痛みとダメージを発生させる。顔は振り返ってないので分からないが声だけでも気温以外の寒さを感じさせるほどに冷え切っている。

 

 

この場で言い訳しようかどうか迷い、寒かったので先に家に入る事にした。

 

 

 






悲報、ランねーちんの手によってシノのんが目覚めかける。あれで悶えて恍惚な笑み浮かべてたらシノノン待った無しだったよ……

そしてランねーちんが爆弾残して去っていった。この後修羅波は猫耳シノのんとにゃんにゃんして許してもらったらしい。


絶許。

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