〝絶刀〟
「ーーー〝ゼットウ〟?」
〝死銃〟事件から数週間が経って新年を迎えたある日。ALOで買っていた俺の自宅で寛いでいると、精神的に立ち直ることが出来てヤケクソ半分でALOにGGOのアバターのスキンのままシルフでコンバートしたシュピーゲルがやって来た。
そのあとでコンバートした事でアイテムをロストしている事に気がついて崩れ落ちていたのは見てて笑った。
「そうそう、絶対の絶に刀で〝絶刀〟だってさ。スレで見たんだけど年末くらいからデュエルで全勝無敗だって噂になってるよ」
「〝絶剣〟ならこの前キリトから話聞いて知ってるけど〝絶刀〟は知らなかったなぁ……で、強いの?」
「全勝無敗だって聞くから強いんじゃないかな?少なくともスレでは負けたって話は上がってないし、HPを一割も削れなかったらしいよ?」
「何そのキチガイ」
「キチガイがキチガイ呼ばわりするのか……」
確かに俺はキチガイだが話を聞く限りは〝絶刀〟も十分にキチガイの部類に入る。基本的にデュエルをした場合は圧倒的な実力差でも無い限りはそこまで圧勝出来ないから。キリトやアスナたちのようなSAO
「で、その〝絶刀〟の話をして何がしたい?」
「ちょっと〝絶刀〟と戦ってきてどっちが強いのかハッキリさせてよ。どっちが強いのかってスレが立って面白半分で胴元始めたらエライ金額が集まっちゃってさ……あ、もちろん僕はウェーブが勝つ方に賭けてるから」
「シュピーゲルの自業自得じゃねぇか」
「そう言わずに一度戦うだけで良いから!!あ、〝絶刀〟は良く〝ヨツンヘイム〟に出没するらしいから自分で探してね!!僕は今から冬休みの宿題終わらせてくるから!!」
「終わってないのかよ……ああ言うのって普通、休みの初日で終わらせるもんだろ」
「僕は休み明けにならないとエンジンが掛からないから」
言いたい事だけ言ってシュピーゲルはログアウトして行った。実の兄が自分を守る為に殺人の片棒を担いでいたと知って気落ちしていたけどあの様子を見る限りでは完全に吹っ切れたか立ち直ったらしい。もしかしたら空元気なのかもしれないが、それでもずっと引きずって暗い顔されるよりかは全然マシだ。
「ーーーあら、シュピーゲル帰ったの?」
キッチンからお茶を持って現れたのはシュピーゲルと同じくALOにケットシーでコンバートをしたシノン。彼女もGGOのアバターと同じスキンで、ケットシーであるから猫耳に猫の尻尾をつけている。
初めてALOのシノンを見た時にアミュスフィアの安全装置が働いて強制ログアウトさせられたのは黒歴史に入るのだろうか?
「冬休みの宿題がまだだから帰るってさ」
「まだ終わってなかったのね、あと休み明けまで3日しか無いのに」
「泣き付かれたら手伝ってやるつもりだけどな」
とは言っても頭の出来がいいシュピーゲルならキッチリと終わらせると思うのだがその時の光景を想像すると中々に笑えてくる。腹を抱えて笑いたくなるのだがシノンからお茶を淹れたカップを渡されたので断念する事にする。
「で、何の話だったの?」
「〝絶刀〟っていうプレイヤーの話。シュピーゲルが俺とどっちが強いのかって題目で胴元始めたから戦って欲しいんだとよ」
「……彼って油断するとこういう奇行をし出すから怖いわよね」
「この前はキリクラかクラキリかって題目でアンケート取ろうとしてアスナにバレて追いかけ回され、リズベットには何でキリリズじゃないんだとメイスでボッコボコにされてたからな」
事実婚みたいな関係のアスナとキリアスは邪道、キリリズこそが王道と言い張るリズベットだからシュピーゲルにキレたのも納得が出来る。
だけど略奪愛上等と言い張るリズベットの方が邪神に見えて仕方がない。
「そういえば〝絶剣〟って名前のプレイヤーの噂なら聞いたことがあるのだけど、何か関わりがあるのかしら?」
「あだ名だから無関係、とは言えないんだよなぁ……この世の中何があるか分からないし。もしかしたら関係があるかもしれないぞ」
「そうだったら面白いのだけど……それで、ウェーブは〝絶刀〟と戦うの?」
「戦うよ」
カップに残っていたお茶を飲み干し、ソファーに掛けてあった紅いコートを羽織る。インベントリから適当な刀武器を2つ取り出して腰に吊るして準備は完了だ。
「割と即決だったわね」
「だって賭けとは言え、俺と比較されているプレイヤーが居るんだぞ?気にならない訳ないだろうが」
シノンと付き合い始めてから心に余裕が出来たのか以前のように積極的に戦いを求めるような事は少なくなった。時折気まぐれにサラマンダー領に喧嘩を売りに行くくらいで、前までのように各方面に喧嘩を売るような事はしなくなった。
だけど、強い奴がいると言われたら興味が惹かれる。弱かったら所詮噂だったとがっかりして倒せば良い。強かったらラッキーだと思いながら倒せば良い。できる事ならば後者の方が有難いのだが、キリトやアスナたち以外で俺と一対一で戦えるようなプレイヤーが居るとは考え難い。
「〝ヨツンヘイム〟に出没するらしいから行ってみようと思うけどシノンはどうする?」
「私も行くわ。この間取ってきた〝光弓シェキナー〟の試し撃ちもしたいし」
「この間みたいにメンテ忘れて使い続けて壊さないようにな?」
「……壊さないわよ」
その時のことを思い出したのか、拗ねてソッポを向くシノンの姿を可愛いと思いながら〝ヨツンヘイム〟に行くためのルートを頭の中で思い描いていた。
〝ヨツンヘイム〟は〝アルヴヘイム〟の地下に存在する地下世界で、かつては一面氷で覆われた氷結世界だったがキリトたちが
しかし〝エクスキャリバー〟入手クエストの名残なのか、〝霜の巨人族〟と呼ばれる種類のエネミーが時々徘徊している。巨人と言うだけあって体格は大きく、HPと攻撃力も高いのだがアイテムや熟練度などのリターンは低いのでプレイヤーたちからは嫌煙されているフィールドでもある。
だけどそんな〝ヨツンヘイム〟だがプレイヤーの姿を見る事が出来た。大型のタイプのエネミーと戦うための練習か、〝絶刀〟を目当てに来たプレイヤーなのだろう。知り合いと言うわけではないがどこかで見た事のある顔をチラホラと見かけた。
「ーーーよいしょっと」
目の前でポップした〝霜の巨人族〟を完全に登場する前に背後を取ってバックアタックを仕掛けてクリティカルを発生させてヘイトを集める。そしてその隙にシノンが〝光弓シェキナー〟の矢を叩き込めばあっさりと〝霜の巨人族〟はポリゴンに変わる。
「考えてみたら俺って〝絶刀〟って名前以外はそいつの事知らないんだったわ」
「待ちなさい、顔も知らないでどうやって探すつもりなのよ」
「見たら直感で分かるかなって思ったんだけど……」
「時々ウェーブって馬鹿になるわよね」
「否定出来ない」
〝霜の巨人族〟自体は俺がクリティカルを連続で発生させてHPを削り、シノンが〝光弓シェキナー〟で射抜けば簡単に処理出来る程度のエネミーだ。だけど広い〝ヨツンヘイム〟の中で〝霜の巨人族〟を相手にしながらどこにいるか分からない〝絶刀〟を探すのは精神的に辛いものがある。
一旦ログアウトして〝絶刀〟の情報を集めようかと考えだが、遠くから甲高い金属音が聞こえて来た。
「あっちから金属音が聞こえる」
「誰かが〝霜の巨人族〟と打ち合ってるんじゃないの?」
「それにしては音が綺麗だ。多分、プレイヤー同士が戦ってる音だな」
他に手掛かりも何もないので迷わずにその金属音が聞こえた方向に進む事にする。しばらく歩けばそこは〝アルヴヘイム〟から伸びた世界樹の根が〝ヨツンヘイム〟の大地に突き刺さっている場所だった。その付近にある湖の畔で、サラマンダーの男性とウンディーネの少女が戦っていた。
PKにしては互いの顔に必死さが見られないのでデュエルをしているのだと思われる。どちらかが〝絶刀〟だと思うのだが、どちらも武器は刀で判別は出来なかった。
「どっちが〝絶刀〟なのかしら?」
「分からないけど、勝つのはあっちのウンディーネの方だな」
サラマンダーの方は流石にキリトクラスまではいかないもののALOでも中々の強さだと見て分かる。
だけど、それよりも
速さが違う。動きが違う。技術が違う。何とかサラマンダーのプレイヤーも食らいついているが、それでようやくというようにしか見えない。逆にウンディーネの少女はまだまだ余裕があるように見えた。
そしてウンディーネの少女の刀がサラマンダーの刀を弾き飛ばして喉元に切っ先を突き付ける。まだサラマンダーのHPはグリーンまで残っていたが、勝てないと感じたのか両手を挙げて降参していた。
デュエルが終わるまで邪魔にならないようにと隠れていた陰から出て2人の元に向かう。
「すんませーん、どっちが〝絶刀〟ですかね?」
「ん?おたくも〝絶刀〟に挑みに来たの……って、う、ウェーブッ!?」
「あ、ウェーブだけど何か?」
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません許してください御免なさい謝りますから……!!田植えだけは止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーッ!!」
俺を見たサラマンダーは顔色を変えてジャンピング土下座を決めた後、地面に頭を打ち付けながら謝罪して湖に飛び込んでいった。しばらくの間は気泡が上がっていたがすぐに止む。ウンディーネ以外ではまともに水中で活動出来ないのでそのまま溺死してしまったのだろう。
「何したのよ」
「やらかした事が多すぎて分からん」
湖に向かって合掌して沈んでいったサラマンダーの冥福を祈り、残されたウンディーネの少女に正面から向き合う。
ウンディーネ特有の青髪を地面に着きそうなくらいまで伸ばし、装備は刀に急所だけを白でカラーリングされた金属の防具で覆い、これまた純白のロングコートを羽織っている。健康的な肌色の脚をホットパンツで晒し出し、背丈は160センチ程でどこか儚さを感じさせる風貌だった。
そしてウンディーネの少女はーーー俺の顔を見ると目を見開いて驚いているようだった。
「どうした、何かあったか?」
「ーーーいいえ、御免なさい。貴方が私の知り合いに似ていたもので……」
彼女は律儀にも頭を下げて謝罪して来た。リアルで俺と似た顔の知人でもいるのだろうか?
「俺はウェーブって言うんだけど、アンタが〝絶刀〟?」
自己紹介をする時にはまず自分からというのでそれに則って名前を告げると先程とまではいかなかったが僅かに驚いているように見えた。どこかで俺とあったことがあるのだろうか……生憎だが、
「ーーーはい、確かに私は巷で〝絶刀〟と呼ばれています。名前はランと言います」
修羅波inマザーズロザリオの始まりよ〜
時間的にはアスナが〝絶剣〟を知る日の昼辺りから。まだユウキは登場しないんじゃよ。
よく訓練された読者ならば、ランちゃんのことを知っていると思われる……無論テコ入れはしてあるがなぁ!!
後、明日の朝にタイトルを変更しますのでご了承ください。