修羅の旅路   作:鎌鼬

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不意に思い付いた番外編。季節感や時間系列はガン無視、登場するのはGGOまでのキャラ。




チョコレート大作戦

 

「ーーーあ゛」

 

「どうした?そんな絞め殺される鶏みたいな声出して。何か間違ったか?」

 

「……ううん、ちょっとやらなくちゃいけない事を思い出しただけよ」

 

 

学校の図書館で近く行われる定期テストに向けて不知火と勉強している時、どんな日程で行われるのか確認する為にカレンダーを確認して気が付いてしまった。

 

 

定期テストが終わった休日の2月14日……バレンタインデーの存在に。

 

 

世間一般的に女性が男性に愛を告げる為にチョコレートに関連したお菓子を渡す日とされているが私もそれに便乗して彼にチョコを渡した方が良いのだろうか。クリスマスに年末年始のイベントに対して全力で楽しもうとしていた彼の事だから、してあげた方がきっと喜ぶに違いない。そう考えればバレンタインデーに便乗する以外に選択肢は無いのだが致命的な問題があったのだ。

 

 

私は、お菓子を作ったことが無い。

 

 

食事の調理なら自信はあるもののお菓子作りは全くしたことが無い。レシピを見ながら時間を掛ければ作れるだろうが、どうせならばもっと上等な物を作って手渡したい。教科書の問題と睨めっこしながらどうすれば良いのか考えているとマナーモードにしていた携帯が震えて着信を伝える。振動の感覚からメールだと分かり、差出人を確認すればアスナからだった。またALOの誘いかと思い、メールを開いて中身を見る。

 

 

『◯◯日にバレンタインデーに向けてエギルさんのお店を借りてチョコ作りするけど、詩乃さんも参加する?』

 

 

その誘いに私は迷わずに肯定のメールを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「ーーーお、シノンか。よく来たな」

 

 

指定された日は休日なので朝からエギルが営業している喫茶店の〝DICEY CAFE〟に向かい、閉店(close)の看板がぶら下がっていたが構わずに店内に入る。するとモップを使って床を掃除している黒い肌の巨漢ーーーエギルさんが見事なバリトンボイスで出迎えてくれた。

 

 

「おはようございます。すいません、せっかくの休日なのにお店を借りて……」

 

「良いや、丁度家族サービスをしようと思って今日は休みにしていたから問題無いさ。材料は一通り揃えてあるし、みんなはキッチンにいるぞ」

 

 

この発言から分かると思うが実はエギルさんは既婚者である。二十代半ばでクラインよりも年下なのに自営業で生計を立てて、しかも結婚済みという人生勝ち組だ。良く不知火にその事をネタにされ、ヤケ酒に逃げたクラインが泥酔し、不知火がそれを介抱するフリをして財布を借りて支払いを済ませるまでが一連の流れになっている。

 

 

もう一度エギルさんに頭を下げ、奥のキッチンに向かうとアスナ、リズ、シリカがエプロンを着けて待ち構えていた。

 

 

「来たわね、詩乃ちゃん」

 

「……なんで腕組んで待ち構えてるのよ」

 

「分かってないわね、シノン」

 

「バレンタインデーとは恋する乙女たちにおける聖戦と同意味。つまり、これは私たちにとっての聖戦(ジハード)なんですよ……!!」

 

「そんなに力説されても分からないし分かりたく無いわよ……」

 

 

この3人の関係だが外から見れば仲のいい女友達で本人たちもそれを認めている。だけど、3人ともキリトに対して恋愛感情を向けている。しかもこの場にはいないリーファ……キリトの従兄弟の少女もそうだというのだから驚きだ。不知火にそれを聞かされた時には信じられず、本人たちに確認をとって本当だと言われて笑うしか無かった。

 

 

ちなみにキリトはアスナと付き合っている。そうなるとリズとシリカは普通に略奪愛になるのだがそれで良いのだろうか。

 

 

何やら聖戦について熱く語り出した3人を無視して持って来たエプロンを身に付け、手を洗ってから器具の用意をする。レシピはインターネットで見つけて来たトリュフチョコレート。本当だったらもう少し難しい物を作りたかったのだが自分のお菓子作りのスキルの低さを鑑みて失敗しなさそうな、そして王道どころを選んでみた。

 

 

私が用意を始めているのに気が付いて3人は慌てて用意を始める。リズは経験があるのか手慣れた様子で準備を済ませ、シリカは辿々しい手付きで準備を進めている。そしてアスナは……見てるこっちが心配になる程に危なっかしげな手付きで準備をしていた。

 

 

「アスナ、大丈夫?」

 

「大丈夫……大丈夫よ……!!SAOとALOじゃ私の料理スキルはカンストしてるから……!!」

 

「いや、そんなゲーム内のスキルなんてリアルじゃ役に立たないでしょうに」

 

「こうして見るとアスナさんって本当にお嬢様なんですね」

 

 

前に聞いた話だがアスナの実家はそれなりの良家らしく、俗にいうお嬢様的な生活をしているらしい。前に家に呼ばれた時にお手伝いさんがいるし、用意してもらった昼食がフレンチのランチみたいな盛り付けをされていたのは本当に驚いた。だからなのかゲーム内では料理スキルをカンストさせてなんでも作れるアスナであるが、リアルの料理経験の少なさからなのか手付きは見ていて心配になる程に危なっかしい。一通りの基本は知っているらしいが、過剰な力が入っているのが目に見えて分かる。シリカも似たような物だがアスナ程に酷くない。手を貸した方が良いのか迷ったが見兼ねたリズが手伝いに行ったので大丈夫だろうと結論を出して自分の作業に集中する事にした。

 

 

用意されていたチョコレートを細かく包丁で刻んでボウルに移し、火にかけていた生クリームを沸騰する前に火から下ろしてチョコレートを入れたボウルに注ぐ。それを泡立て器で混ぜてクリーム状になったのを確認して冷ましていると3人から意外な物を見るような目で見られているのに気づいた。

 

 

「何よ?」

 

「いや……シノンって意外と料理出来るのね?」

 

「手付きが慣れた様子でしたし……」

 

「まさか……料理が出来るの……!?」

 

「一人暮らししてたら嫌でも上達するわよ。ところでキリトにあげるのは確定だとして、他には誰にあげるの?」

 

「私はみんなにあげるつもりよ?」

 

「私もです」

 

「私もそうしたいんだけど……」

 

「待ちなさいアスナ、その手に持ってる鍋をゆっくり下ろしなさい」

 

「え?だけどチョコレートを溶かすために湯煎するって……」

 

「湯煎ってそういう意味じゃないわよ!!」

 

 

アスナがチョコレートにお湯をかけるという暴挙を阻止したところでボウルの中身が良い具合に冷えて液体と個体の中間のような状態になっているのを確認する。それをスプーンで掬い同じ大きさに揃えながらオーブンシートを敷いておいたパッドの上に並べ、冷蔵庫に入れて冷やしておく。

 

 

「そういうシノンはウェーブに渡すの?」

 

「そのつもりよ。あとシュピーゲルに……数が余ればみんなにも配りたいわね。口に合うかは分からないけど」

 

「大丈夫ですよ、数が足りなかったらクラインの分を削ればオッケーですから……あとアスナさん、小麦粉は篩にかけて振るうのであって、ボウルに入れた物を振るんじゃ無いですよ」

 

「……え!?」

 

 

さっきから熱心にボウルに入れた小麦粉を震わせていたので何をやっているのか不思議だったが、アスナは小麦粉を振るい方も知らなかったらしい。一度エギルさんにでも頼んでリアルでの料理を教えた方が良いんじゃないかと思う。

 

 

冷蔵庫に入れていたチョコレートがさっきよりも固まったのを確認してからそれを手で丸めて団子状にする。そして細かく刻んだチョコレートをボウルに入れ、お湯にボウルを浸して湯煎をして溶かす。

 

 

「いいアスナ、あれが正しい湯煎よ!!余計なことはしないであれを真似しなさい!!」

 

「そうじゃありません!!板チョコをボウルに入れないでちゃんと刻んでください!!そうしないと溶けないじゃないですか!!」

 

「たすけてキリトくん……」

 

 

アスナが心配になるのか、自分の作業を放り投げてまでリズとシリカは両サイドからアスナにお菓子作りの指導をしている。何かをする度に凄い勢いで怒鳴られているアスナは段々と目が死んでいっているが自業自得なので関わらないようにしよう。

 

 

湯煎で溶かしたチョコレートで丸めたチョコレートをコーティングし、それにココアパウダーを表面にまぶしつければトリュフチョコレートは完成だ。試しに1つ味見してみる。このトリュフチョコレートは不知火の好みに合わせて作ったので若干甘みは強めなのだが十分に美味しく出来ていると思われる。溶けたチョコレートの舌触りも良く、変な失敗もしていない。

 

 

「生クリームは沸騰させない!!」

 

「バターはちゃんと溶かしてください!!」

 

「し゛の゛ちゃ゛ん゛……!!」

 

「はぁ……しょうがないわね」

 

 

流石に死んだ目で泣きながら助けを求められれば動かないわけにはいかないだろう。トリュフチョコレートを完成させ、溶けないように冷蔵庫に入れてからアスナの手伝いをする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いよいよ今日ね」

 

 

ついにバレンタインデー当日の朝となった。新川君には休日を理由に昨日の内にトリュフチョコレートは渡してあり、アスナたちにも学校を理由に前以て渡しているのであとは不知火に渡すだけだ。

 

 

部屋の真ん中に置かれたテーブルの上には新川君たちに渡した物とは違い、深めの赤色で落ち着いたデザインのラッピングの施された箱が鎮座している。あとはこれを渡すだけなのだが……どうも気恥ずかしくて躊躇ってしまう。

 

 

「大丈夫、大丈夫……私なら出来る……!!」

 

 

大した質量ではないはずの箱がズッシリと重たい気がする。緊張からなのか恥ずかしさからなのか心臓は五月蝿いくらいに鼓動を鳴らしている。部屋を出て、不知火の部屋に行き、渡すだけのはずなのに飛んでもない試練に思えてきた。

 

 

そして意を決して立ち上がり、不知火の部屋に向かい、チャイムを押した。

 

 

「ーーーはいは〜い……って詩乃?こんな朝早くからどうしたのさ」

 

「……今日、何の日か分かる?」

 

「今日は14日……あぁ、バレンタインデー?」

 

「そうよ。だから……これ」

 

 

恥ずかしくて彼の顔を見れないのでそっぽを向きながら箱を押しつけるように渡す。

 

 

「おぉ……バレンタインデーにチョコレートとか初めて貰った……食べても良い?」

 

「良いに決まってるでしょ」

 

「じゃあ、いただきます」

 

 

ラッピングを破かないように丁寧に広げ、彼は中身のトリュフチョコレートを摘んで口に入れた。ゆっくりと咀嚼しているのを見て、口に合っているか心配になって来たが顔を綻ばせたのを見る限り大丈夫だったようだ。

 

 

「美味いな、俺の好みにピッタリだ。ありがと、ちょっと待ってくれ」

 

 

そう言って彼は部屋の中に引き返し、すぐに戻って来た。

 

 

その手に、ラップで包まれたチョコレート生地のスポンジで出来たロールケーキを持って。

 

 

「昨日不意に食いたくなって作ったロールケーキだけど良かったら食べてくれ。あぁ、ちゃんとホワイトデーにはお返しするからな」

 

「あ、ありがと……」

 

 

ロールケーキを自作するお菓子作りのスキルの高さを見せつけられてどうしてだか負けた気分になってしまった。

 

 

そして部屋に戻ってそのロールケーキを食べて、あまりの美味しさに再び負けた気分になってしまう。

 

 

「来年はもっと凄いチョコを用意してやるんだから……!!」

 

 

 





どこかで見た気がするシノのんが悪戦苦闘しながらチョコレートを作っている画像を思い出して書きたくなった。でも一人暮らししてるシノのんならレシピさえ入手してればサクサク作れると思うの。

そして食べたくなったからとロールケーキを自作する修羅波の家事スキルの高さよ。


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