修羅の旅路   作:鎌鼬

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漣灯火という少女

 

 

「ーーーねぇ、そういえば不知火のお姉さんってどんな人なの?」

 

「ーーー姉ちゃん?」

 

 

〝死銃〟事件が終わってから一週間が経ち、腹の傷も治ったので完治祝いにと詩乃を連れて外食をしている時にそんな事を聞かれた。

 

 

ちなみに俺たちは付き合う事になった。その事を恭二に報告したらやっと付き合ったか、幸せになれよ馬鹿野郎と言われた。なので当たり前だ馬鹿野郎と返しておいた。その時の恭二は泣きそうになりながらもちゃんと笑えていたので新川昌一のことから立ち直りつつあると思われる。

 

 

だけど母さんと爺さんは許さない。何が孫の顔を早く見せろだ。最低でも高校卒業するまでは作れんわ。

 

 

「どうしてまた姉ちゃんの事を知りたいんだ?」

 

「どんな人なのか気になったのよ。不知火から聞いた話だと危ない人ってイメージしか無いけど不知火にとっては優しいお姉さんだったんでしょ?」

 

「そうだけどさ……」

 

 

確かに姉ちゃんは優しかった。周りにいた大人の母さんと爺さんが共にキチガイという救いようの無い環境でありながら、2人のようなキチガイにはならずに他人を思いやれる慈愛を持っていた。今思えばそれは自分の異常性を隠す為の偽装だったのかもしれないが、それでも俺の持っている姉ちゃんの印象は優しい姉なのだ。

 

 

けど最近、夢で姉ちゃんが現れて詩乃とどこまで行ったのかをしつこく聞いてくる。なんで夢で出てくるんだよ、都合の良い妄想じゃなかったのかよ、さっさと成仏しろよ。

 

 

「まぁ良いか。前にあった事だけどな……」

 

 

隠しておくほどの事じゃないと判断して幼い頃の出来事を掘り起こし、伝わりやすいように頭を整理して口にした。

 

 

今までずっと目を逸らしていた、姉ちゃんの事を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあっつぅ……」

 

 

7年前の夏の暑い日に爺さんからの扱きを終えた俺は蛇口を求めて彷徨っていた。姉ちゃんはその時は母さんから扱かれていたはずだ。子供の時は性別による差は殆どないが、成長期を迎えると身体付きや筋肉量などではっきりとした差が出来てしまう。なので男である俺は爺さんから、女である姉ちゃんは母さんから〝漣〟として育てられていた。一度2人纏めての方が良いんじゃないかと爺さんに聞いたことがあるのだが、そうした場合は後で性別による修正をするのが面倒らしい。それだったら初めから男として、女として育てた方が手っ取り早いと言っていた。

 

 

そうして目的である蛇口を見つけた時、そこには先客がいた。俺と同じ黒い髪を腰まで伸ばし、俺と似た顔でありながら目は優しさを感じさせるように垂れ下がっている少女ーーー漣灯火が蛇口から出る水で顔を洗っていた。

 

 

「よぉ姉ちゃん、そっちも終わったのか?」

 

「あら不知火、お疲れ様。予定だったらもう少しやるつもりだったらしいけどお母さんが暑いからって早めに切り上げたのよ」

 

「良いなぁ〜こっちなんて早めに終わるからっていつもよりも早い時間から始めて、その上密度もいつも以上だったぞ?」

 

「ふふっ、お爺さんは不知火のことが大好きだから強くなって欲しいんでしょうね」

 

「え?いつも手加減してるけど全力で殺すつもりでいる爺さんが俺のことを?ナイナイ、そんなの絶対あり得ない」

 

「……どうしよう、確かに否定出来ないわね」

 

 

手加減をしているのは分かるけどそれでも全力で、死んだらそこまでだと言わんばかりに殺しに来る爺さんが俺のことが好きとかあり得ない。母さんの方は手加減をするし、全力でもないし、殺しに来ないからまだ分かるけど……でも1秒間で10回関節を外し嵌めするのはやめて欲しい。変に癖がつかない様にしているのは分かるけど痛いから。

 

 

「あぁそうだ、川でスイカを冷やしてあるから後でお母さんも連れて一緒に食べましょ?お爺さんには内緒でね」

 

「お、良いねぇ。ついでに皮を持って帰って爺さんの顔面に叩きつけてやろうっと」

 

「もう、よしなさい。そんなことしたらお爺さんが拗ねちゃうでしょ?」

 

 

メッと、叱るように俺の額を小突く姉ちゃんだがその顔は怒っているようには見えない。俺が知る限り姉ちゃんは滅多な事では怒らず、前に爺さんが姉ちゃんが楽しみにしていたケーキを食い散らかした時に初めてブチ切れしたくらいだ、

 

 

あの時は母さんと一緒に姉ちゃんを鎮圧したのだが大変だった。新しくケーキをワンホール買って来る事を約束して姉ちゃんを鎮めたのだが、その頃には爺さんはボロ雑巾のようになっていたから。

 

 

でも翌日には完全復活していたのはおかしいと思う。

 

 

「汗が気持ち悪いわね……不知火、一緒にお風呂入りましょ?」

 

「あ〜い」

 

 

蛇口を捻ってキンキンに冷えた水を飲み、顔を洗ったのだが炎天下の中で動き回ったせいで全身は汗塗れになっている。この不快感をどうにかしたかったので姉ちゃんからの誘いを断らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、一緒にお風呂に入るくらいに仲が良かったのね……」

 

「詩乃さん、目が怖いです」

 

「……御免なさい。初めて知ったのだけど、私って意外と嫉妬深いみたいね」

 

「すでに故人の実姉にも嫉妬しちゃうのか……でもそれだけ愛されてるって思えば悪くないな」

 

「……早く続きを話しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー滝割り……ッ!!」

 

 

家から程近いところにあった沢で、母さんが水面スレスレからアッパーカットを放ち、3メートルほどの高さの滝を綺麗に真っ二つに割っていた。

 

 

「おぉ、凄い凄い」

 

「不知火ももうそろそろ出来るんじゃない?やってみたらどう?」

 

「前にやった時は残念な結果だったけどな」

 

 

あの時はただ拳を滝にぶつけるだけという残念な結果に終わってしまった。その時のリベンジだと意気込みながら滝に向かい、母さんと同じ構えに見えるけど男用に最適化されたアッパーカットを滝に放つ。流石に母さんのように綺麗に真っ二つとはいかなかったが、それでも滝の半分までは割ることが出来た。

 

 

「凄いじゃない。私は身長くらいしか出来て無いのにそこまでいけるだなんて」

 

「でも母さんに比べたらショボいんだよなぁ……」

 

 

確かに前よりも成長しているのは分かるけど母さんの物を見せつけられた後だとどうしても見劣りしてしまう。まだ身体が未熟だからとは分かっているけど悔しいものは悔しいのだ。

 

 

「……えい」

 

「ブハァ!?」

 

 

どうすればもっと上手く出来るのかと考えていると姉ちゃんが水を叩いて飛沫をぶつけて来た。ただ水をかけられたくらいならばここまで反応はしなかったけど、眼や鼻を狙っている上にそれなりのスピードで叩きつけられたから普通に痛い。

 

 

「……何してるの?」

 

「案ずるより産むが易しよ。グダグダと考えても解決しないんだからいっその事考えずに行動したら?後、遊びに来てるんだからしっかりと遊びなさい」

 

「普通に痛かったんだけど?」

 

「……御免なさい」

 

 

痛かった事を伝えるとやり過ぎたかとショボくれたので、お返しとして同じように水を叩いて飛沫をぶつけてやる。

 

 

「……やったわね!!」

 

「お返しだよ!!やられたからやり返して何が悪い……ッ!!」

 

 

その後、姉ちゃんとひたすら水をぶつけ合った。

 

 

途中で無視されて寂しかったのか母さんが乱入し、姉ちゃんと共闘して立ち向かったが普通に負けてしまった。蹴りで水を割るのは卑怯だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッパーで滝割り……蹴りで川割りって……」

 

「別に筋力的な事じゃなくて技術的な事だから詩乃もやろうと思ったら出来るぞ?やってみる?」

 

「御免なさい、人間辞めたくないから遠慮するわ」

 

「解せぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜……疲れたぁ……」

 

 

母さんに負けて疲れたので沢から岸に上がり、身体を休めることにする。母さんはあれだけ暴れ回っていたのにまだ足りないのか、川で泳いでいる魚を熊のように手の平で岸に飛ばすという作業に没頭していた。

 

 

「元気だなぁ……」

 

「そう言う不知火はもう疲れたの?」

 

「いや、俺は爺さんに扱かれてるから姉ちゃんたちよりも疲れてるの忘れてない?」

 

「そういえばそうだったわね」

 

 

母さんに扱かれていた姉ちゃんはまだ余裕があるのだろうけれど、爺さんに扱かれていた俺は母さんが乱入するという暴挙に立ち向かったことがトドメとなって疲れ切っていた。朝早くから起きていたのもあって眠気もある。油断してるとそのまま寝てしまいそうだ。

 

 

「よいしょっと」

 

「……何してるの?」

 

 

余りにも自然な流れで姉ちゃんが自分の膝に頭を乗せたから反応が遅れてしまった。水で濡れて乱れた髪を揃えるように優しく撫でながら、姉ちゃんは俺の顔を見下ろして優しく微笑む。

 

 

「疲れてるんでしょ?お母さんはあの調子だし少し寝たらどうかしら?」

 

「……ありがと」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

確かに母さんは魚採りに熱中していてしばらくこの場から動きそうにない。それなら姉ちゃんの言う通りに眠っても良いかなと考えて、襲ってくる睡魔に身を任せて眠る事にした。

 

 

優しく撫でられる姉ちゃんの手と、小さいながらにも聞こえる姉ちゃんの子守り唄に安心感を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーとまぁ、こんな感じかな?」

 

 

姉ちゃんとの思い出を語り終えて水で喉を湿らせる。ずっと思い出さないようにしていたので詩乃のように軽い発作でも起こると思っていたのだがそんなことはなかった。完全にとまではいかないものの、それなりに受け入れて立ち直れているようだ。

 

 

「……どうしよう、思いの外普通のお姉さんでビックリしてる」

 

「爺さんと母さんが濃過ぎるからなぁ……」

 

「最近蓮葉さんとメールしてるのだけどいつになったら孫見せてくれるのかって1日に4、5回は聞かれるのだけど……」

 

「取り敢えず年末に帰ったら〆ておくわ」

 

 

確かに俺たちは付き合う関係にはなったのだけど、まだ結婚を決めたわけじゃない。そうなれば嬉しいと考えているのだけど、それでも詩乃の意見を無視する訳にはいかないから。

 

 

もう結婚すると思って義理の娘扱いならまだ笑って許そう。だけどそれを飛ばした段階を迫るのはNGだ。絶対に許さない。

 

 

「……あと、私のお爺さんとお婆さんに不知火の事を教えたら一度顔を見せて欲しいって言われたのだけど……」

 

「なんかそっちも段階を飛ばしてる気がするなぁ……」

 

 

詩乃の家庭の事情は聞いているので心配なのは分かるのだけど、付き合いましたから顔を見せて欲しいって……ちょっと早計じゃないかなって思う。

 

 

「冬休みに入ったら一度連れてきてって言われてるけど……どうする?」

 

「顔見せた方が向こうが安心するのならそうした方が良いと思うぞ。年末に帰るって言ったけど実家は山奥だから冬になると実質的な通行止めになるし」

 

「そんな中どうやって帰るつもりなのよ」

 

「徒歩で」

 

「……あぁ、うん、そういう人だったわね、不知火は」

 

「なんか不本意な納得のされ方をしてる気がする」

 

 

だけど否定は出来ないのだからしない。真冬の雪山に入るなんて常識的に考えれば自殺行為だ。それをそうとは思わずに普通に歩いて目的地まで辿り着くなんて異常以外のなんでも無いから。

 

 

「っと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと待ち合わせに遅れるな」

 

「今日はどこのダンジョンに向かうのかしら?」

 

 

時計を見れば8時前。キリトたちと8時半にALOをする約束をしているのでそろそろ帰らないと約束の時間に遅れてしまう。そして詩乃もシノンをコンバートさせてALOをプレイしている。俺たちのアイテムはピトフーイに預けてあるので心配はしていない。コンバートをする事を伝えたら残念がられたが、第4回BoBには参加するつもりだと伝えると今度こそリベンジしてやると宣言された。

 

 

「なぁ詩乃……ありがとう」

 

 

店から出て、どうしてか分からないけど詩乃に礼を言いたくなったので素直に言う事にする。突然の言葉に詩乃は呆気に取られた顔をしていたが直ぐに元に戻り、姉ちゃんの様な優しい笑みを浮かべた。

 

 

「私も……ありがとう」

 

 

詩乃からも伝えられた感謝に微笑みで返し、手を繋いで街灯に照らされた夜道を歩く。

 

 

どうかこの愛しい人と、ずっと一緒に居られる事を願いながら。

 

 

 






灯火ネーチャンの番外編……なのに気がついたら修羅波とシノのんのイチャイチャになってしまった……何故だ!?

新川きゅんはまだ凹み中。だけど立ち直ると信じてるから修羅波もシノのんも然程心配はしてない。無関心?いいえ、信頼です。


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