修羅の旅路   作:鎌鼬

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マザーズロザリオアンケートは6日の朝6時で締め切ります(2017/08/05現在)


そして前に向かって歩き出す

 

 

「ーーー寒っ」

 

 

12月の気候ゆえに病院の屋上は吹きさらしな事も合わせて寒かった。本当なら病室にいたいのだが4人の相部屋が理由で病室には居たくは無かった。

 

 

1人は厨二病を拗らせて嵌められているギブスを見て悦に浸っている中年、1人は〝猿でも解る簡単将棋指導〟という本と囲碁盤とにらめっこをしている老人……そして最後の1人が揺りかごからミイラまで性別人種関係なくイケるとかいう規格外の小学生だった。

 

 

もう何がなんだか分からない。最初の2人に清涼感を覚えている辺り俺はダメかもしれない。

 

 

あのままあの部屋にいると俺の数少ないマトモな感性が根こそぎダメになりそうだったので寒いと分かって居ながらもこうして屋上に出向いている訳だ。寒さ対策に防寒着とホットコーヒーを用意しているがそれでも寒い。

 

 

でもあの部屋にいるよりはマシだ。絶対にマシだ。

 

 

「ーーー寒いんだったら病室に居なさいよ」

 

「俺に死ねと申すか」

 

 

呆れた様子で隣に座っていた朝田がいうが彼女だってあの病院の惨劇は見たはずだ。あそこに戻って精神的に死ぬくらいなら俺は屋上で寒さに耐えることを選ぶ。

 

 

「で、遠藤たちに絡まれたけど撃退したんだっけか?」

 

「えぇ、ドヤ顔で〝1911ガバメント〟向けられたけどセーフティーも外さないで撃とうとしてたから笑いそうになったわ……その後でちょっとだけ倒れそうになったけど」

 

 

BoB本大会からーーー正確に言えば〝死銃〟事件の終結から3日が経った。あの出来事に朝田が何を思い、何を感じ、何を考えたのかは俺には分からないが、それでも彼女は少しずつ銃へのトラウマが薄れつつあった。モデルガンに触れても軽い発作が起こる程度で、前ほどひどい発作は起こらなくなったという。〝死銃〟事件が彼女のトラウマを克服するキッカケになったのだとしたらそれだけは褒めてやろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件の顛末を話そう。

 

 

俺が気絶してからキリトーーー桐ヶ谷和人が連れてきたパトカーによって金本と俺を殺そうとした男は不法侵入や傷害、殺人未遂で現行犯逮捕された。ここから〝死銃〟のメンバーが芋づる式で捕まるかと思ったのだが金本は精神を崩壊させていて幼児退行して話にならず、俺を殺そうとした男も黙秘を貫いていて情報は全く集まらなかった。このまま捜査が難航すると思われたところで予想外の進展があった。

 

 

ステルベンーーー新川昌一(しんかわしょういち)が出頭し、俺と話をすること、それと恭二の保護を条件に〝死銃〟の全てを話すと言ってきたのだった。

 

 

なんでもSAOから解放されてから最近になって〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のメンバーから接触があり、言うことを聞かなければ恭二に危害を加えると脅迫されていたらしい。それを新川昌一は渋々承諾。殺人に使われたサクシニルコリンや無針高圧注射器、それに侵入するために電子ロックを解除するマスターコードを提供したとの事だ。普通ならば入手するのに苦労する物だが2人の実父は病院経営者なので普通よりも苦労せずに手に入れる事は出来ただろう。そして新川昌一はゲーム内で活動していた。なんでもキリトたちへの復讐のためにVRMMOを続けてキャラクターを育てていた事と虚弱体質を理由にしてリアルでの実行役は出来ないと言い訳をしていたらしい。そのせいでキリトの依頼人だという黒縁眼鏡の長々しい肩書きの男性ーーー菊岡は裁判荒れると頭を抱えていた。

 

 

やけに素直に話す事が気になり、治療を終えてある程度体力が回復してからすぐに新川昌一と面会を希望した。出頭から半日も経っていない事で菊岡は笑顔のまま固まっていたが5分程で再起動してどこかに連絡を取り、パトカーに乗って留置所で新川昌一との面会を行なった。

 

 

虚弱体質からなのかガリガリに痩せて色白い肌をしていた新川昌一は疲れた顔で俺を出迎えてくれた。そしてSAOでの〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の誕生の経緯を教えてくれた。

 

 

元々〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟は決闘(デュエル)システムによるPVPを行う事で、中層プレイヤーたちに娯楽を提供する事を目的としていたギルドだったらしい。そうする事でSAOでの通貨であるコルを稼げ、プレイヤースキルも高まるとギルド員にとっても利益のある計画だった。新川昌一はSAOではXaXa(ザザ)を名乗り、実質的リーダーのポジションに治まっていた。

 

 

そして準備が終わり、いよいよ旗揚げだという時にーーー黒いポンチョを被ったPoHを名乗るプレイヤーが現れた。

 

 

PoHは日系人の顔つきでまずはメンバーの関心を引き、言葉巧みに〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のメンバーを誑かした。PVPに情熱を傾け、いつしか自分たちも攻略組に参加してSAOをクリアしようと奮起していたメンバーの関心を全てPKに……戦う事ではなくて、弱者を甚振る事へとすり替えた。そうして出来上がったのがSAOを震撼させた最悪の殺人ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟だという。

 

 

幸か不幸か、メンバーの誰もが狂気に走る中で新川昌一(ザザ)だけは正気を保っていた。だけども仲間たちを見捨てて自分だけ逃げるという選択肢は取れず、結局正気のまま殺人(PK)をするという地獄を彼は味わう事になる。それでも犠牲者を出さないように立ち回っていたらしいのだが、それが逆にPoHの関心を引いてしまい〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の幹部に位置付けられたとか。しかもその理由がPoH曰く、新川昌一(ザザ)が血に酔うところを見てみたいからと発言していたらしいのでPoHの狂人っぷりが伺える。

 

 

そして裏で新川昌一(ザザ)が奔走しながら〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟は活動を続け、攻略組によって討伐された。

 

 

そしてSAO内での刑務所的な役割をしているエリアに新川昌一(ザザ)は閉じ込められ、攻略組をーーーキリトたちを恨んだ。

 

 

彼自身、その恨みが逆恨みである事を理解していたという。だけど、例えPoHに誑かされて殺人(PK)に走ったとしても、仲間が殺されて恨まずにはいられなかったのだろう。いつかVRMMOでキリトたちを見つけ、復讐してやるとSAOから帰ってきてもVRMMOに没頭していたという。

 

 

長々しい話を聞いて始めに思った事は、何故俺にその話をしたのかという事だった。確かに俺はステルベンを倒したのだが俺はSAO生還者(サバイバー)では無い。攻略組と〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟との因縁も、PoHの存在も、正直に言わせてもらえばそれがどうしたとしか思えない。

 

 

その事を正直に口にしたのだが、新川昌一から帰ってきたのは首を横に降る否定だった。

 

 

なんでも〝死銃〟としての活動はリアルにいるPoHに向けてのメッセージも込められていたらしい。〝It's show time〟というPoHが好き好んで使っていたセリフを使う事で〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟はまだ終わっていないと伝えたかったそうだ。

 

 

そして俺は〝死銃〟であった新川昌一(ステルベン)を倒した。もしもPoHがその時の映像を見ていたのなら、興味を持つに違いないと新川昌一は確信していた。なんでもPoHはSAO内でキリトに強い関心を持っていたらしく、そのキリトよりも強いと思われる俺にも関心を持つかもしれない。PoHは生粋の狂人だから、下手をすればリアルだろうが殺しに来るかもしれないと真剣な顔で警告をしてきた。可能性は極めて低いだろう。日系という事はPoHは外国にいると思われるから。だけど、低いだけでない訳ではない。警戒しておくと告げると新川昌一は満足げに頷いてから頭を下げた。

 

 

済まなかったと、そして恭二の友達であって欲しいと。自分の犯した罪を認め、弟を思いやる兄として頭を下げた。

 

 

俺はその謝罪を受け入れ、恭二から離れない限りは友人であり続けると約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、コーヒーが無くなった」

 

「新しいの買ってこようか?」

 

「良いって。そろそろ時間だから」

 

 

飲み干した空き缶を片手に持ちベンチから立ち上がる。傷の経過は良好で、医者の話では一週間もあれば退院出来るらしいが体感的には2、3日で治りそうだ。

 

 

実はこの後、キリトとアスナから呼び出しを食らっている。本来ならば朝田だけなのだが心細いからと俺も病院を抜け出して付いて行くことにしたのだ。いつもなら恭二に任せるのだが……兄である新川昌一が〝死銃〟事件に関与していた事を知って精神的なストレスを感じているのでその選択は切り捨てた。今は部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいるがSNSアプリでは大丈夫だと、立ち直るという連絡があったのでいつか立ち直ると信じてる。

 

 

だって、あいつは俺の親友だから。

 

 

 

「ーーーお〜い詩乃ちゃ〜ん!!クソ息子ぉ〜!!車持ってきたぞ〜!!」

 

 

屋上の扉を開いて俺の事をクソ息子呼ばわりして現れたのは母さんだった。まだ学生で移動手段が電車くらいしか無いので暇そうにしていた母さんに頼んでキリトたちが指定した待ち合わせ場所まで連れて行ってもらう事にしたのだ。

 

 

「……実の息子に向かってクソ呼ばわりはやめーや」

 

「あん?麻酔なんてリアルデバフ食らったくらいで銃弾避けられなくなるバカなんてクソ息子で充分だろ?一丁前に病人服なんてきて恥ずかしく無いの?」

 

「あの……蓮葉さん、彼は私が連れて行くんで」

 

「ん?……あぁ、ゴメンね詩乃ちゃん。そういう訳だからさっさと降りて来いよ?見つかるなんて事は無いように」

 

 

言いたいことだけ言って母さんは屋上の扉を閉めて去って行った。母さんの事だから傷を抉るくらいはやりそうだと思って反撃の準備をしていたのに無駄になってしまった。

 

 

というよりも、なんで実の息子よりも朝田の言う事を聞いているんだろうか。

 

 

「……さて、キリトたちのところに行く前に漣君に言いたいことがあるんだけど」

 

「……奇遇だな。俺も実は朝田に言いたい事があったんだ」

 

 

寒空の下で、しかも防寒着の下は病人服という締まらない格好だが俺は朝田に言わなくちゃいけない事がある。本当だったらもっと良いタイミングで言いたかったのだけど、彼女の言いたい事も俺と同じだろうからこのタイミングで言ってしまうことにしよう。

 

 

「なぁ、多分一緒の事を言うと思うから同時に言ってみないか?」

 

「それ、間違ってたら凄く恥ずかしいわよ?」

 

「いいのいいの、俺が悶絶すれば良いだけの話だから」

 

「それで良いのかしら……」

 

 

〝死銃〟事件は企画者と実行犯を捕まえて終結した……ように思われているがまだ完全には終わっていない。金本の実兄である金本敦(かねもとあつし)がーーーSAOではジョニー・ブラックを名乗り、GGOではB・Jを名乗っていた人物がまだ捕まっていないのだ。それも、凶器であったサクシニルコリンと無針高圧注射器を持ったまま行方不明になっている。もう〝死銃〟の計画が完全に瓦解した今ではそれらを使ってターゲットであった俺たちを狙うとは考え難いが、逆恨みで狙う可能性もあるので念の為に母さんには朝田の護衛を頼んでいる。

 

 

「んじゃあせーので言おうか」

 

「分かったわ」

 

 

行方をくらませた金本敦、そして新川昌一の作ったギルドを狂気の集団に作り変えたPoHの存在。

 

 

不安要素はまだまだ尽きないけどーーー

 

 

「俺、漣不知火はーーー」

 

「私、朝田詩乃はーーー」

 

「ーーー貴女が好きです、愛しています」

 

「ーーー貴方が好きです、愛しています」

 

「「だからーーー」」

 

 

ーーーこの一時の幸せぐらい、味わってもバチは当たらないと思うのだ。

 

 

 






鎌鼬式GGOはこれにて終わり。納得がいかない場面もあっただろうけど、私としてはこんな終わり方が見たかったので書き上げられて満足。

後は番外編を2、3話書いてからアンケートの結果によってはマザーズロザリオに突入予定。

この後の修羅波とシノのん?どうなったんだろうねぇ?(スッとぼけ

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