修羅の旅路   作:鎌鼬

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マザーズロザリオ編の賛否を問うアンケート実施中(2017/08/04現在)


決着

 

 

「漣ぃ……漣ぃぃぃッ!!」

 

 

俺の名を忌々しげに叫びながら狂気に彩られていた目をさらに血走らせる金本。右手には円筒のようなものが持たれていて、恐らくあれが〝死銃〟がリアルで殺すための道具なのだろう。麻酔なんていうリアルデバフを仕掛けてくるくらいだからあれも医薬品の可能性がある。

 

 

「どうしたクソレズ女郎?まるで理想と現実の違いを見つけて絶望したような顔して」

 

 

今すぐにでもあの凶器を取り上げたいのだが金本が他に武器を持っている可能性があるし、朝田との距離が近過ぎるのでこちらに注意を向けさせる事に集中する。金本の呼吸を奪い、合わせながら視線を俺だけに向けさせて朝田から意識を逸らさせながら麻酔を使われて動けない朝田にアイコンタクトで黙っておくように指示を出す。

 

 

「黙れ!!お前のせいで朝田さんは弱くなるんだ!!強い朝田さんが!!そんな事許せるはずが無い!!」

 

「あぁそういう事……馬鹿みたいだな、お前」

 

 

金本の口から動機のような物を聞いて納得した上でそう評価する。

 

 

「お前は朝田を見てないよ。過去に怯えて、強くなろうと必死に足掻いていることは確かに強いと言えるかもしれないけど、少なくとも朝田はお前が思い描いている様な強い人間なんかじゃない。強い人間だったら強くなろうだなんて思わないだろ?そんな事も思いつかない程に耄碌したのかよ」

 

 

今ようやく理解出来た。金本は一切朝田詩乃という少女のことをまともに見ていないと。自分の理想に近い人間が現れたから色眼鏡を通してこいつは朝田の事を見続けてきた。その結果、現実の朝田が自分の理想の朝田から離れていく事に耐えられなかった。

 

 

もっとこいつが本当の朝田を見ていれば、そんな理想に執着していなければ結末は違っていたかもしれない。

 

 

だけどそれは可能性(IF)の話でしか無い。

 

 

血走った目が俺だけに向けられて、朝田から完全に意識が逸れた事を確信して一歩踏み出す。突入するときに砕いた窓ガラスで足の裏が切れるが、麻酔が残っているので痛みは気にならない。

 

 

「ッ!!」

 

 

それを見た金本は左手を腰に回し、黒光りする銃を……〝黒星(ヘイシン)〟を向けてきた。実銃なんてどこから仕入れたかなんて疑問には思わない。良くも悪くも金さえあればなんでも手に入る時代なのだから、そういう事で利益を得ている連中もいておかしくない。

 

 

「まだ麻酔は効いている上に一発貰ってる……この距離なら外さない!!リアルじゃGGOみたいな避け方は出来ないわ!!」

 

「じゃあ撃てよ」

 

 

挑発する様に両手を広げながらさらに一歩踏み出す。そして勝ち誇った笑みを浮かべながら金本は引き金を引くーーーその直前で身体を銃口からズラし、放たれた弾丸を避ける。

 

 

「ーーーえ?」

 

「GGOじゃプレイヤースキルであれをやってたんだぞ?リアルで出来ない訳ないだろうが」

 

 

避けられる事を考えていなかったのか呆気に取られている金本の顎を蹴り上げる。顎が砕ける感触と共に金本の身体が宙に浮き、地面に落ちた時には白目を向いて気絶していた。

 

 

起きて暴れる事も考えて両手首と膝の関節を踏み砕き、〝黒星(ヘイシン)〟と円筒を取り上げておく事も忘れない。

 

 

やることはやった、もう大丈夫だろうと安堵の息を吐いてその場に座り込む。今更だが血を流し過ぎたのか身体が寒くなってきた。麻酔とは別の理由……血が足らなくて身体が動かしにくくなっている。

 

 

「漣君!!大丈夫!?」

 

「疲れただけだ……それより朝田動ける?動けるのなら玄関開けて外にいる恭二連れてきて欲しいんだけど」

 

「分かった!!」

 

 

麻酔が切れてきたのか、辿々しいながらにも朝田はベッドから起き上がり、壁にもたれ掛かりながら玄関に向かっていく。そして施錠が外れる音が聞こえるのと同時に慌ただしい足音が向かってきた。

 

 

その正体はステルベンと戦って負けた……死んだかと思っていた新川恭二だ。

 

 

「よぉ、生きてたかモヤシ」

 

「そんな事言ってる場合じゃないだろうが!!止血しないと……朝田さん、タオル使うよ!!」

 

 

返事が返ってくるよりも早くに恭二は浴室から未使用のタオルを持ってきて、それを俺の腹に押し当てた。純白だったタオルが血を吸ってどんどん赤く染まっていく。

 

 

「救急車……いやタクシーの方が速いか?」

 

「それなんだがもう少ししたらここにパトカー来るからそれに乗せて貰うから。あと悪いけど俺の部屋にも金本みたいにキマってる奴がいるから見張っててくれない?一応気絶させて手足は折ってあるから抵抗は出来ないと思うけど」

 

「はぁ……分かったよ。そのまま大人しくしとけよ、これ以上出血が酷くなったらガチで危ないから」

 

 

そう言って恭二は呆れながら部屋から出ていく。それと入れ替わりで朝田が戻ってきた。

 

 

「漣君……」

 

「大丈夫だったか?」

 

「……それ、貴方が言える事じゃないでしょ」

 

「大丈夫大丈夫、多少血が抜けたぐらいじゃ死なないってガキの頃の経験で分かってるから」

 

「どうしよう、その一言で安心出来なくなったわ」

 

 

爺さんからの教育でどれくらい血が流れたら死ぬのか覚えよう、お前の身体でな!!とかいうキチガイ染みた経験をさせられたので今のくらいじゃあ動くのは億劫だが死ぬ程の物ではないと分かっている。

 

 

「……来てくれたのは嬉しかったけど、頭とお腹から血を流して……心配したんだからね?」

 

「まさか起き抜けに撃たれるとは思ってなかっだんだよ。それに顔面殴って気絶させたと思ってたのに出来てなかったし……一生の不覚だ。どうしよう、爺さんにバレたら間違いなく煽られる」

 

「話を聞く限りじゃあ漣君のお爺さんがただの狂人にしか思えないのだけど……」

 

「第三次世界大戦が来る事を信じて今も山に篭ってるような真性のキチガイだぜ?」

 

「……ただのキチガイじゃない」

 

 

一瞬だけ間が空いて、何が可笑しいのか分からなかったけど朝田と一緒に噴き出してしまった。さっきまで殺されそうだったというのにその事を引きずっている様子は見られない。トラウマにならないようで何よりだ。

 

 

「ーーーッァ」

 

 

そしてその時、視界に入っていた金本が呻き声をあげながら動き出した。動けないようにしているとは言え、咄嗟に朝田を後ろに回す。

 

 

「あ……あ……あ゛さ゛た゛さ゛ん゛……」

 

 

砕けてしまった顎で聞き取りにくいものの金本の口から出て来るのは朝田の名前。芋虫のように這い蹲りながらこちらに向かって来る金本の姿は控えめに言ってもホラーとしか思えない物だった。

 

 

「トドメさしておいた方が良いか……」

 

「ーーー動かないで……私に良い考えがあるから」

 

 

後ろに回していた朝田に抱き締められて立ち上がろうとしていたのを中止する。這い蹲る金本から目を離さないので顔を見ることは出来ないが……抱き締めている朝田は震えているものの、その声には怯えは一切感じられなかった。

 

 

「……金本さん、私は貴女が思っているように強くなんかないわ。今もこうして彼に触れていないと怖くて怖くて堪らないの……貴女の理想に、私はならない。だから、貴女に殺されてなんかやらない……ゴメンなさい」

 

 

それは拒絶の言葉だった。誰に促された訳でもない、朝田が自分で選んで紡いだ言葉。殺されそうだったのに、自分に向けられている狂気(想い)を真摯に受け止めて出て来た言葉は真っ直ぐでーーー

 

 

「ーーーあ゛さ゛だ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!!」

 

 

ーーーだけど、どんなに素晴らしい言葉だとしても理想しか見ない狂人には届かない。

 

 

やっぱりかと半ば予想していた結果なだけに落胆が隠せない。朝田が見ているので殺しは出来ない、なので適当に痛めつけて気絶させようと考えてーーー

 

 

「ーーー何これ?」

 

 

ーーー玄関から堂々と土足で入って来たサングラスを掛けた女性が金本の頭を踏みつけて気絶させた。

 

 

「……母さん?」

 

「……蓮葉さん?」

 

「え、何?知ってたの?」

 

「BoBが始まる前に漣君の部屋の前にいて……」

 

「ヤッホー、不知火元気してた?ってか何その姿。銃に撃たれたの?ザマァ」

 

「それが息子に対する反応かよ……あと写真撮るの止めろ」

 

 

サングラスを退かしながら俺の姿をスマホで撮影して笑っているこのキチガイは残念なことに俺の母親である漣蓮葉(さざなみれんは)だ。いつもならば外国を飛び回っているのに年末が近いからと帰国して俺に顔を見せに来たのだろう……こんな情けない姿を見せることになってしまったが。

 

 

「あとはこれを父さんに送信してっと……これで良し。救急車でも呼んだ?」

 

「直にパトカーが来るからそれに乗せて貰おうかなぁ……っと、ちょうど来たみたいだな」

 

 

遠くからサイレンの音が近づいて来るのが聞こえる。このままのペースならあと二、三分もあればここまで来るだろう。

 

 

「あ、ゴメン、血がちょっと流し過ぎたみたいだから寝落ちするわ」

 

「え、ちょーーー」

 

 

止血しているとはいえ、流し過ぎた上にサイレンの音を聞いて気を抜いてしまったからなのか視界が暗くなって来た。母さんがいるからイレギュラーな事態が起きても大丈夫だろう。

 

 

なので朝田に身体を預けながら、そのまま視界を暗転させた。

 

 

 






アサダサァンならぬあ゛さ゛だ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛。口から血を流しながら這いずってくるので普通に怖い。

これにて死銃事件は〝一応〟終わり。あとは後日談的なものだな。


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