「……またこの夢か」
シノンの膝を借りて、泣いて眠ったらあの時の……俺が姉を殺した時の光景が目の前にあった。いつも通りに森の中で血溜まりに倒れて死にかけている姉に、両腕を砕きながらも立っている幼い俺。そんな2人の事を少し離れたところから現在の姿で俺が眺めている。
幼い頃の俺は何かを言おうとして、だけど嗚咽交じりで言葉にならずに涙を流しながら死にかけている姉を見ていた。この時、俺は謝りたかった。殺してゴメンと、ただダメだからという理由で殺した姉に謝りたかった。しかし、優しかった姉を、あの愉悦交じりの笑みを見たからとはいえ戸惑いも無しに殺さなくっちゃと考えてしまう事が、姉を殺してしまった事が悲しくって言葉にならなかった事を覚えている。
いつも通りなら、この後に姉が俺に何かを言ってこの夢は終わる。彼女が俺に何を言ったのかは殺した事のショックが大きかったのか覚えていない。だけど、殺された側の人間が殺した人間へ最後に遺す言葉なんて恨み辛みと相場が決まっている。今日まで、今もそう信じていた。
けど、俺の過去を話したからなのか、シノンが過去を聞いて寄り添ってくれると言ってくれたからなのか、俺はこの先が知りたいと思っていた。目を閉じて姉の死に様を見ずに、耳を塞いで最後の言葉を聞きたくないという気持ちには変わらない。
だが、シノンが震える俺の手を握ってくれた感触がまだ残っていたから、この先を知りたいと思った。彼女のように、過去から目を逸らしたくないと思った。
『不知火……』
死に行く姉は、悲しげに微笑みながら俺の名前を呼ぶ。幼い俺はそれを聞いて小さな悲鳴をあげる。あぁそうだ、この時俺は怖かったのだ。あの優しかった姉が、殺した俺にどんな罵詈雑言を遺すのかが。
『ーーー』
姉の口が開く。鮮血を吐きながら、耳を背けたくなるような呪詛を吐くだろう。だけど、俺はそれを聞き届けなくちゃいけない。それが俺の罪で、俺の罰だから。過去から目を背けていた俺にできる唯一の贖罪なのだから。
どんな言葉を叫ばれても受け入れようと覚悟を決めーーー
『ーーー
「ーーー」
姉から出てきた謝罪の言葉に、耳を疑って崩れ落ちた。それと同時に思い出した。
あの時、彼女は俺の知る優しい微笑みを浮かべながら、俺に向かって謝っていた事を。
俺はそれが信じられなくて、姉を殺したショックで記憶から消してしまっていた事を。
「あぁ……そうだ。あの時姉ちゃんは……」
『ーーーえぇ。私は、貴方に謝って死んだわ』
過去の姉が目を閉じて息を引き取った瞬間に2人の姿が消え、俺の目の前に好き好んで着ていた白いワンピースを着た姉が……
「姉ちゃん……」
『不知火は悪くない。だって歪んで産まれてしまった私が悪いのだから。私だって、貴方が歪んでいたら同じように殺していたかもしれない。だから、悪いのは私』
「ううん……姉ちゃんは悪くない。どんなに歪んで産まれたにしろ、殺してしまったのは俺なんだ。だから、俺が悪い」
『お母さんは、歪んでしまった私を産んだ自分が悪いと言っていたわね』
「で、爺さんは殺せる技術を教えた自分が悪いって言ってたな……」
爺さんも、母さんも、俺も……そして、死んでしまった姉でさえ、誰も悪くない、自分が悪いのだと自分を責めていた。あぁ、どれも正しいのだろう……そして、同じくらいに間違っていた。
貴方は悪くない、貴方は悪くない、全ては自分が悪いんだと、相手を庇いながらひたすら自分を傷付けて……それに気が付いて、思わず噴き出してしまう。
「なんか、馬鹿みたいだな」
『そうね。大切だから、大好きだから、傷付いて欲しくないから、自分が悪いんだと自分を傷付けて……』
「その結果、相手が傷ついている事に気が付かない。自分が傷だらけだって事から目を逸らして生きていた」
あぁ、これは誰も
「ゴメンな、姉ちゃん……俺、ずっと自分が悪いんだって……姉ちゃんの最後からずっと目を逸らしてた……姉ちゃんのゴメンを、ずっと聞いていないフリをしてた……」
『ゴメンね、不知火……私はずっと、殺したくって堪らなかったの。だから貴方に殺された時、実は嬉しかった。あぁ、これでもうこの衝動から解放されるって……』
自分が許せなかった。誰にそうしろと言われた訳では無く、自分が悪いと自分で自分を責めていた。自分で目を逸らして、自分で聞いていなかったフリをして……自分で自分を苦しめていた。
「可笑しいよな。大切だったのに……大好きだったのに……こんなにすれ違って……」
『本当に、馬鹿みたいね』
おかしくなってしまい、思わず笑う。姉ちゃんも、笑っていた。涙を流し、俺も泣きながら笑っていた。
『自分で自分を許せない……だから』
「……あぁ」
姉ちゃんが側により、俺の頭を細い腕で抱き締めた。夢だと言うのに彼女の温もりは俺が覚えている物と変わっておらず、どこまでも優しさを秘めていた。
『貴方は悪くない……
「姉ちゃんは悪くない……
自分で自分を許せない、だったら誰かが許せば良い。そんな子供みたいな理論で俺たちは互いを許し合う。殺した者と殺された者が、相手の罪を許し合う。傷の舐めたいだと憤激されるかもしれないが、俺たちがそれを認めているのだから良いじゃないか。
俺たちはずっと、許されたかったのだから。
「ありがとう、姉ちゃん……」
『ありがとう、不知火……だから、私の義妹候補の彼女も許してあげて。きっと、彼女も許されたがっているのだから』
「義妹候補って、気が早すぎるだろ。婚約どころか付き合う事もまだなんだぜ?」
『あら、貴方はあの娘の事が好きなんだしょ?だったら告白なさいな。それで、私の事を紹介してくれると嬉しいわ』
「あいつの姉ちゃんの評価はきっと、サイコパスなんだろうけどな」
先入観というのは恐ろしいものだ。前もって伝えられた印象があるだけで評価はガラリと変わってしまう。俺は優しかった姉ちゃんの事を知っているけど、彼女は俺が殺すきっかけになった姉ちゃんの印象の方が強いに違いないから。
「じゃあ、行ってきます。姉ちゃん」
『行ってらっしゃい、不知火。どうか彼女を守ってあげてね』
薄れ行く意識の中、夢から覚めて現実へと帰るその間際で昔やっていたように姉ちゃんと額を合わせる。行ってきます、行ってらっしゃいと……別れの言葉を告げながら。
この姉ちゃんが本物の姉ちゃんでは無い事など百も承知。俺が産み出した都合の良い幻想なのかもしれない。だけど、それでも俺は救われた。許せなかった自分の事を許す事が出来た。
だから、この事を彼女に教えてあげるのだ。自分で自分を許す事を……誰かの罪を、許してあげる優しさを。
視界いっぱいに広がる姉ちゃんの優しい微笑みを映しながら、俺は夢から覚めるのだった。
「ーーー」
廃ビルが崩れ落ち、サテライトによる位置情報の更新が行われていた頃。シュピーゲルの手によって崩された廃ビルの瓦礫が動き、そこから1人のプレイヤーが姿を現した。〝死銃〟、ステルベン。全身にダメージを表す赤いエフェクト光が帯を引き、左腕は喪失していたが健在だった。
崩れ行く廃ビルの中でステルベンがとった行動とは……
救急治療キットをベルトポーチから取り出して首に打ち込みながら装備を確認する。姿を消し、副次効果としてサテライトを回避出来ていた〝メタマテリアル
結果、まだ〝死銃〟としての活動は続行可能。インベントリから〝L115A3〟と〝
「逃げたか。まぁいい」
今は逃げただろうが、あの2人はいずれ自分と対峙する事を予見する。何せシュピーゲルを殺したのは自分だから、親友を殺した自分を憎んで向かってくるのは目に見えている。
〝メタマテリアル
自分で自分を許せないのなら、誰かに許してもらうしか無い。誰でもいいと言うわけではなく、大切な人に許してもらうしか無いんだよ。