修羅の旅路   作:鎌鼬

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過去の傷

 

 

「……」

 

「……」

 

 

目的地であった〝砂漠〟エリアの洞窟には辿り着く事は出来た。奥行きは広く、隠れるには十分なスペースがあったが乗り物であるロボットホースを詰めると狭く感じられるのでキリトたちには別の洞窟に入ってもらった。無線を渡しているので連絡する事は出来る。

 

 

俺はシノンと2人で洞窟に入ったのだが会話は一切無い。シノンは体育座りで膝に顔を埋めていて、俺は胡座をかきながらずっと端末を眺めていた。サテライトの電波が入らない以上、この端末は洞窟を出るまで更新される事はない。だけど最後の更新は……暗くなったシュピーゲルの名前と、その近くで光っているステルベンの名前は残っている。それを見てシュピーゲルがステルベンと戦い、負けたのは分かった。もしかしたら他のプレイヤーに倒され、たまたま近くにステルベンがいたからこうなったかもしれないと希望的観測を抱きたいのだがすぐに否定してしまう。

 

 

本音を言うのなら、今すぐにでもステルベンを殺しに行きたい。ステルベンを殺し、どれだけ時間がかかっても良いからステルベンの現実での正体を探り、惨たらしく殺してやりたかった。だけど、今にも死にそうな顔をしているシノンを放っておく事は出来なかった。下手な慰めをしたところで彼女には意味がない。それにそうしたところで余計に落ち込むか、自暴自棄になってステルベンに向かって特攻していくかのどちらかだ。

 

 

故に黙って隣にいる事しか出来ない。それしか出来ない自分に、そしてシュピーゲルを殺したステルベンに殺意が湧く。

 

 

「……私、強くなれなかった」

 

 

そんな中、シノンが口を開いた。今にも泣き出しそうな声で。

 

 

「あいつが持ってる銃が……〝黒星(ヘイシン)〟だって気が付いて、身体が動かなくなった……そんな事今までなかったのに……」

 

「……五年前に使った銃がそれなのか?」

 

「うん……郵便局に来た強盗が使ってた銃……お母さんが撃たれると思ってそれを奪って……夢中になって引き金を引いて……私は、そいつを殺した」

 

 

懺悔のつもりなのか、シノンは五年前に起きた出来事を……今も自分を苦しめるトラウマの原因を話してくれた。五年前といえばまだ小学五年生くらいか。母親を守る為とはいえ今よりも身体も心も未熟だと言うのに強盗に立ち向かい、銃を奪うとは勇敢だと思う。その勇敢の結果、彼女は今も苦しんでいるのだが。

 

 

「私が……私があの時撃ってれば、あの男を倒してれば、こんな事にはならなかったのに……!!」

 

「それは違う」

 

 

今の精神状態ではなんでもかんでも自分が悪いのだと考えてしまう事になる……だが、それ以前に彼女はシュピーゲルが死んだ件について何も悪くないので否定する事にした。

 

 

「悪いのは恭二だよ。〝死銃〟の事を伝えていたのに、それが本当かもしれないと勘付いていただろうに、あいつは自分の意思でステルベンに立ち向かって行った。恭二が自分の意思で決めて、自分の意思で行動したんだ。全部の責任はあいつにある……だから、朝田は悪くない」

 

「でも……でも……ッ!!」

 

「確かにお前があの時にステルベンを撃ってればこうはならなかったかもしれないな。だけど、所詮はかもしれないだ。撃っててもこうなっていたかもしれない。朝田が自分が悪いと自分を責めるのなら、俺は何度でも否定してやる。お前は、悪くない」

 

 

この件に関しては朝田は絶対的に悪くない。悪がいるのだとしたら殺した〝死銃〟、死の危険を理解していながら挑んだ恭二……それと、恭二を説得しきれなかった俺だ。だから、何があっても〝死銃〟は殺す。

 

 

「……どうして、どうして漣君は、そんなに強いの?」

 

「俺が強いねぇ……」

 

 

ここでの強いとは物理的な力では無く精神的な物の事を言っているのだろう。〝死銃〟という死に怯えながらもどうして立ち向かうことが出来るとかと彼女は問うていた。

 

 

まったく笑いそうになる……俺が強いと感じるのなら、それは()()()()()()()()()

 

 

「一つ、少年の話をしよう」

 

 

だから彼女の間違いを正すために、俺は自分の過去を語る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ、少年の話をしよう」

 

 

どうして貴方は戦えるのか。〝死銃〟に恐怖し、新川君が殺されたと言うのに漣君の顔には罪悪感はあるものの闘志は陰るどころか増しているように思えた。だからどうしてまだ戦おうとしているのか、それを知りたかったのだが彼の口からは期待していなかった言葉が紡がれた。

 

 

「その少年には父はいなかった。だけどキチガイの祖父とキチガイの母、そして心優しい双子の姉がいたから寂しがることは無く、むしろ騒がしいくらいの毎日を送れていた」

 

 

それは昔語り。とある少年……いや、きっと漣君の話。

 

 

「キチガイの祖父と母に現代社会では使う事の無い戦闘の技術を叩き込まれたが、2人はそれを当たり前だと思っていた。何故なら、それが普通だったから。山奥に家を構えていたせいで他人との繋がりが無かったから、それを異常だとは考えなかった。義務教育が始まって、初めて自分たちは他の人間と違う事を理解した」

 

 

今まで聞いた事の無い、彼の話を聞かされていた。

 

 

「そして五年前のある日……少年は姉の帰りが遅い事を気にして山を駆け巡った。どうせ姉の事だ。何処かで昼寝をして、寝過しているだろうと考えていた……そうして……彼は、見つけてしまった」

 

 

そこで間を置く。その時に気が付いた。漣君の顔は血の気を失って青くなっていて、呼吸が乱れている事に。それは、まるで私の発作に似ていた。

 

 

「ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「ーーー」

 

 

それは……間違いなく異常者の行動だろう。普通ならば忌避感を抱く殺すという行為。それを愉しそうに行うなんて異常以外の何でも無い。漣君でも楽しそうにしているのは戦闘行為で、殺すだけの時には作業のように淡々としているのに。

 

 

「それを見た瞬間に、()は駄目だと思った……爺さんからの話でウチの家系には産まれた時から頭がイかれている奴や、そういう素質を持っている奴が産まれることがあるって聞かされてたから……姉ちゃんはそれなんだって分かって……」

 

 

もはや少年と取り繕ってすらいない。その時の事を思い出しているのか漣君の身体は震え、眼は徐々に光を無くしていた。

 

 

「だからーーー()()()

 

 

絞り出すような声で、漣君は自分の罪を告白した。

 

 

「このまま姉ちゃんを生かしていたら、絶対に取り返しのつかない事になるって思ったから……殺した。不意を打って反撃されて……嫌だったけどしたく無かったけど、殺さなくっちゃって考えて……殺したんだ……」

 

 

彼の顔は今にも泣き出しそうで、焦点の合わない目で震える手を見ていた。彼の目にはきっとその時の自分の手が……姉の血で汚れている手が見えるのだろう。

 

 

「今だってその時の事を夢で見る……血塗れになって倒れてる姉ちゃんが、俺の名前を呼んで何かを言って……だけど聞こえなくて……」

 

 

あぁ……ようやく分かった。彼は強くなんか無いーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 

自分は強い、大丈夫だ、その時の事なんて悔やんでいないと。私が知っているヘラヘラとした笑みの下で、姉を殺した時の事をずっと嘆いていたのだ。

 

 

もう治ったと思い込んで、今も治りきっていない心の傷から目を逸らして。

 

 

「だから、俺は強くなんか無いんだよ……朝田とおんなじ……いや、それ以下だ。過去に立ち向かう勇気も無い、かといって過去を否定する事もしていない……自分のやった事に目を逸らしている、ただの負け犬なんだよ……」

 

 

過去を語り合えた時、そこには本当の漣君がいた。ヘラヘラとした笑みは鳴りを潜め、全てに絶望し、疲れ切っていて、覇気を欠片も感じなかった。それを見て、彼の時間はその時……姉を殺したあの瞬間から進んでいないと理解した。私のようにいつまでも追ってくる過去に怯えているのではなく、ずっと過去と一緒に立ち止まっているのだと。

 

 

同情の言葉なんて掛けられないーーーだって、彼は私にそうしなかったから。

 

慰めの言葉なんて言わないーーーだって、彼は私にそうしなかったから。

 

 

だからーーー私は、何も言わずに震える彼の手に自分の手を重ねた。

 

 

「……何やってるんだよ、汚れるから離せ」

 

「気にしないわよ……私の手だって、汚れてるんだから」

 

「朝田の手は汚れてねぇよ……誰かを守ろうとした、綺麗な手のままだ」

 

「だとしても、私が人を殺したって言うことは事実よ……私が貴方のした事については何も言えないわ。貴方はそうしなかったから……」

 

 

だから、と続けながら彼の手を握った。まだ立ち直っていなくて弱々しいけど、しっかりと離れないように。

 

 

「……側に居てあげるわ。頼って欲しいのなら頼りになるし、支えて欲しいのなら支えてあげる。貴方が、私にしてくれたように」

 

 

彼が私に抱いたのが同情から来るものなのか分からない。だけどいつの日か彼がそう言って、そうしてくれたように、私も同じ言葉を口にした。

 

 

「……どっかで聞いた事のある言葉だな」

 

「えぇ、私の王子様が言ってくれたの」

 

「はっ……俺は白馬に跨って高笑いするようなカボチャパンツにマント装備のレベルの高い変態じゃねぇよ」

 

「馬はいるけどね」

 

 

その言葉に私たちを隠すように身を蹲らせているロボットホースが鼻を鳴らす。まるでそんな変態を乗せるような変態と一緒にするんじゃないと反論しているようで、思わず彼と一緒に噴き出してしまう。

 

 

「あぁそうかよ……悪いけど膝貸してくんね?ちょっと泣きたいから」

 

「良いわよ。思う存分、泣きなさい」

 

 

それだけ言って、漣君は身体をズラして私の膝の上に頭を乗せた。そしてそのまま、私に顔を見せる事なく小さく嗚咽する。

 

 

五年間も気づかないフリをして流していた涙を再度流すように、漣君は泣き疲れて眠るまで静かに泣いていた。

 

 

 






修羅波だって人の子供なのだから、トラウマだって持っている。それが姉殺しなら尚のこと。自分では乗り越えたと思っていても、乗り越えていなかったなんて事はザラにある。

それを受け止めるシノのん……シノノンとは比較にならないヒロインだなぁ。


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