修羅の旅路   作:鎌鼬

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BoB本大会・8

 

 

ウェーブたちが〝廃墟都市〟エリアからの脱出を試みる中で、メインストリートでは連発と単発、2つの銃声が響いていた。

 

 

連発はシュピーゲルの持つ〝FN・FAL〟。フルオートで撃ちまくり、抑えきれないほどの反動を利用しながら地面、瓦礫、廃ビルの壁面、全てを足場にして立体機動を行う。AGI特化のステータスであるが故にその挙動は早く、マガジンの交換でさえ瓦礫の陰に隠れた一瞬の間で済ませてしまう為に弾幕はほぼ途切れる事は無い。

 

 

単発は〝死銃〟の持つ〝L115A3〟。ウェーブでさえ厄介だと言わしめるシュピーゲルの動きを前にして隠れる事などせずに地面だけを用いた平面的な動きで〝FN・FAL〟の弾幕を回避しながらトリガーを引いていた。〝沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)〟の名が付けられる理由となった銃口に取り付けられたサイレンサーが銃声を殺しながらシュピーゲルの跡を追うように電磁スタン弾が撃ち込まれる。

 

 

互いに動きながら、両者一歩も引かぬ戦い。戦況は全くの互角ーーーでは無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何せ〝死銃〟とは違い、シュピーゲルには絶対的な縛りが2つ掛けられているから。

 

 

1つ目、弾薬の所持数。AGI特化型であるシュピーゲルは当然のことながらSTRは低く、それ故にインベントリに入れられるアイテムの量は少ないのだ。ウェーブの入れ知恵により多少STRに振って他のAGI特化型よりもインベントリには余裕はあるが、初めからSTRに振っているプレイヤーよりは絶対的に少ない。〝死銃〟のステータスはわからないが、ライフルである〝L115A3〟を移動しながら撃っている時点でウェーブ並……あるいはそれ以上のSTRだと分かる。それだけのSTRならシュピーゲルよりも弾薬の所持数は多いに違いない。

 

 

2つ、攻撃に対する反応。〝死銃〟はシュピーゲルの弾幕を隠れる事なく避けているが全てが回避出来ているわけでは無く、中には数発掠っているエフェクトが見られる。対するシュピーゲルは、〝死銃〟が〝L115A3〟の銃口を向けた瞬間に全力で射線から逃げている。それはそうだろう、〝死銃〟は()()()()()()()()()()()()()()()。真偽は不明で殺害方法も不明、噂を信じるのなら()()()()()()()()()()()。もしかしたらシノンに向けてやっていたように〝L115A3〟以外の銃で無ければならないという条件があるかもしれないが電磁スタン弾である以上はどちらにしても命中した時点で勝負はついてしまう。故に〝死銃〟は掠る事は出来るが、シュピーゲルは回避を強制される。精神的なアドバンテージが生まれてしまう。

 

 

どちらにしても、このままの状態を維持していればシュピーゲルの敗亡は避けられない。なんとか状態打破しなくては。そう考えながらも何も思い浮かばずに現状を維持してしまい、シュピーゲルは内心で焦る。

 

 

その焦りに付け込まれたのか、ここで〝死銃〟が動く。

 

 

〝L115A3〟の銃口がシュピーゲルの足下に向けられる。それを当然の如くシュピーゲルは〝軽業(アクロバティック)〟のスキルで飛び跳ねるようにして逃げる。

 

 

「ーーーフッ」

 

「がぁ……ッ!!」

 

 

飛び跳ねるという事は地面から足を離すこと。そうなれば足場が無くなり、着地するまでの間は方向転換をする事が出来なくなる。その一瞬の隙をついて〝死銃〟は超人的な加速を見せてシュピーゲルに接近した。それはチートでは無くSTRにより高くなっている脚力を使っての瞬発的な加速。そしてその加速の勢いを殺すこと無く、ガラ空きの腹部に目掛けて強烈な脚撃を見舞った。

 

 

踏ん張れる足場の無いシュピーゲルはそのまま吹き飛ばされ、廃墟ビルの中に叩き込まれる。腹部に強い衝撃を受けたことでHPが削られ、一時的に呼吸が出来なくなる。AGI特化型の弱点がここに来て出てしまった。AGI特化型はスピードが命、そのスピードを殺すような重量の防具をつける事はタブーなのだ。シュピーゲルもそれに従い、防具は軽量を優先して防御は低い。腹部に気休め程度のプレートでも仕込んでおけば耐えられたかもしれないが、彼はそのプレートの重さも嫌って敢えて付けていなかった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

〝L115A3〟のマガジンを交換しながら〝死銃〟は悠々とシュピーゲルを叩き込んだ廃墟ビルへと近づく。シュピーゲルも咳込みながら〝FN・FAL〟のマガジンを交換し、周囲の確認をする。

 

 

そこはかつてウェーブがハンゾウと戦った時と同じ様な造りの廃墟ビル。違いがあるとするならこの廃墟ビルの方が階数が多く、そしてーーー暴徒対策なのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()。窓からの脱出は不可能、唯一の出入り口は〝死銃〟がいる。AGI特化型の鬼門とも言える狭い空間、〝死銃〟はそれを確認した上でシュピーゲルをここに蹴り入れた。

 

 

逃げ場無し、その上シュピーゲルの長所であるスピードを殺す様なフィールドに移された。絶体絶命の窮地と言っても過言では無い状況でーーー()()()()()()()()()()。そして廃墟ビルの中を駆ける。

 

 

一階から五階まで確認しても窓は全て鉄格子が嵌められていて逃げ場は無い。逃げる事を諦めたのかシュピーゲルは六階まで辿り着くと直線の通路の先の曲がり角に身を隠し、聴覚に全神経を集中させた。

 

 

シュピーゲルの狙いは奇襲。〝死銃〟がやって来た瞬間に飛び出して超接近戦に持ち込み、〝FN・FAL〟を全弾撃ち込むというもの。追い詰められたシュピーゲルに残された勝利の手段はそれだけしか無かった。

 

 

荒くなった呼吸を鎮める。それとは正反対に心臓は五月蝿いくらいに脈打っている。静かにしろと念じた所で心臓は黙るどころか更に五月蝿くなる。どうしようもない。だってシュピーゲル(新川恭二)という男の本質は小心者で、怖がりで、臆病者なのだから。〝死銃〟と互角以上の戦闘が出来た事でさえ、彼からしてみれば奇跡に等しい。本音を言えば今すぐにでもこの世界(GGO)から逃げ出したい。手にしている〝FN・FAL〟で自分を殺して、さっさとリタイアしたい。

 

 

だけど、それはしない……出来なかった。怖いと思っても、逃げ出したいと震えても、それが出来ない理由と覚悟があったから。

 

 

〝FN・FAL〟を握り直した瞬間に、階段からジャリっという足音が聞こえて来た。来た、〝死銃〟が来た。そう認識した瞬間に五月蝿かった鼓動が、まるで心臓が止まったのでは無いかと思ってしまう程に一気に小さくなる。そして足音は真っ直ぐにこちらに向かって来る。通路に溜まった埃に残された足跡でも辿られたか。それを好都合だと嗤いながら、シュピーゲルはタイミングを図った。

 

 

一歩ずつ一歩ずつ、ゆっくりと近づいて来る足音が死神のそれに聞こえてしょうがない。小さくなったはずの心臓の鼓動が先よりも五月蝿くなる。だというのに、足音はしっかりと耳に届く。

 

 

ゆっくりと近づいて来る足音、一歩の間が永遠にも感じれる程に遠く、もう出るか?いやまだ早いと逸る気持ちを必死に抑え込む。そしてーーーついに5メートル以内まで〝死銃〟が近づいて来た。

 

 

今だ、このタイミングしか無い!!

 

 

そう曲がり角から飛び出してみればーーー()()()()()()()()()()()

 

 

「はーーー」

 

 

分からない、何故いない?足音は間違いなく聞こえていた。だというのにまるでワープしたかの様に〝死銃〟の姿は無い。驚愕、混乱……それらがシュピーゲルの脳内を搔き乱しーーー()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッーーー!!」

 

 

姿は見えない、しかしここにいる。そう理解したシュピーゲルは反撃では無く回避を選ぶ。その後の事など考えずに腕で顔と心臓を庇いながら全力で逃げ出す。それが結果的に功を奏した。視認が出来ない程の速度で刺突剣(エストック)の突きが放たれる。一度で無く複数回。庇いながら飛び退いた事で急所は守れたが〝FN・FAL〟を手放してしまい、それ以外を貫かれて全員を激痛が襲い、HPが大きく削られる。

 

 

「ーーー抵抗は、止めろ」

 

 

そして虚空が揺らぎ、そこから〝死銃〟が現れた。〝L115A3〟はインベントリに仕舞ったのか姿形は見えず、代わりに手にはGGOでは存在しないはずの実剣が握られている。膝を突き、痛みに堪えながらポケットから入れておいた回復アイテムを取り出して使用する。隙だらけで殺せるというのに〝死銃〟の口から出たのは別れの言葉では無くて降伏の要求だった。

 

 

「お前は、俺に、勝てない。これは、絶対だ。何故戦う?〝氷の狙撃手〟に、惚れているのか?」

 

「ーーーあぁ、そうだよ、悪いか?」

 

 

ゆっくりと回復していくHPをもどかしく思いながら、全身を襲う痛みに耐えながら苛だたしげにシュピーゲルは叫んだ。惚れた少女の為に戦う事の何が悪いのかと。

 

 

「ーーー例え、〝氷の狙撃手〟が、〝冥狼(ケルベロス)〟に、惚れていたとしても、か?」

 

 

何故それを知っていると思う余裕はシュピーゲルには存在しない。事実、シノン(朝田詩乃)ウェーブ(漣不知火)に対して特別な感情を抱いている。切っ掛けは何だったのか、いつからそうなのかは分からない。だけど彼女の彼を見る目が、気が付いたら友人に向ける物では無く異性へと向けるそれに変わっていた。

 

 

お前の恋は報われないと、〝死銃〟は残酷な真実を言葉にする。いくら愛していると叫んでも、お前は愛される事は無いと。

 

 

「手を取れ、シュピーゲル。お前が、望むなら、〝冥狼(ケルベロス)〟だけ、殺す。〝氷の狙撃手〟は、生かしてやる」

 

 

そして分かりやすい程に甘い誘いをシュピーゲルに投げかけた。お前の恋路を邪魔する奴は消してやる。だからこの手を取れと、刺突剣(エストック)を持たない手を差し伸べた。どうして〝死銃〟がこんなことをするのかシュピーゲルには分からない。しかしこれはシノン(朝田詩乃)を救うチャンスでも、そして新川恭二の叶わぬ恋を成就させるチャンスでもあった。

 

 

漣不知火がいなくなれば朝田詩乃は深く傷付くだろう。その隙に漬け込み、言葉を掛ければ彼女は自分に振り向いてくれるかもしれないーーーなんて馬鹿らしい。

 

 

「馬鹿にするなよ……ッ!!」

 

 

奥歯が軋むほどに歯を食い縛って痛みに抗い立ち上がる。

 

 

この想いが実らない事は百も承知だ。彼女は自分に振り向かない。愛しているのは別の男だ。どうしてあいつなんだと思った事は、彼女への愛を自覚した時から何度も思った。羨ましいと感じた事も当然ある。

 

 

この想いは報われない、そんな事は重々承知だーーーその上で、

 

 

「よく聞け……ッ!!僕は彼女を愛しているッ!!そして、あいつは僕の親友だッ!!」

 

 

胸を張って答えよう。

 

 

「だったらーーー2人の幸せを願うのは、とても当たり前な事じゃないか……ッ!!」

 

 

彼女を愛しているから、彼女の幸せを願うからこそ、自分は身を引くとシュピーゲルは心の底から断言した。今はそうではないけれど、愛する人と親友が共に笑顔でいられる未来……胸はちょっぴり痛むけど、それはとても素敵な事だから。この胸の痛みだって、いつか笑い話に出来ると信じているから。

 

 

愛情と友情ーーーどちらも等しく大切で、だからこそ命を懸ける価値がある。誇りを抱いて2人が心の底から笑い合っている光景を思い描き、今この瞬間も目指している感情に嘘はない。

 

 

「あぁ……そもそもーーー」

 

 

HPの回復仕切っていない身体を揺らし、

 

 

「関係ない部外者のクセにーーー」

 

 

沸々と湧き上がる怒りを動力に変えて、

 

 

「ーーー知ったかぶってペラペラ口にしてんじゃねぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

拳を握り締めながら、シュピーゲルは全力で〝死銃〟に向かって突貫していった。今の今まで育て上げたAGI全てを総動員した突進は過去最速。ステータス以上の、本来ならば実現しない視認が出来ない程の速度で〝死銃〟に向かっていきーーー

 

 

「ーーーごふ、ッ……あ、ぁぁ……」

 

「ーーー甘い」

 

 

あっさりと、〝死銃〟の刺突剣(エストック)に串刺しにされた。

 

 

〝死銃〟の観察眼はシュピーゲルを捉えて逃さなかった。何かを企んでいる気配を感じ、警戒していた。例え目に見えない程の速度で突進されようとも、軌道は読む事は出来る。それとこれまで積み重ねてきた戦闘経験により、〝死銃〟はシュピーゲルを貫いた。

 

 

胸を串刺しにされた事で削られるシュピーゲルのHP。〝死銃〟とシュピーゲルによる死闘はここに決着し、勝者は〝死銃〟となるーーー

 

 

「ーーークッ……()()()()()……ッ!!」

 

 

ーーー()()()()()()()()()()()

 

 

死の間際でありながらシュピーゲルの口は三日月の様に歪み、負けたというのにどこか勝者の様に誇らしげ。自分から更に踏み込み、〝死銃〟の身体に万力の様な力で抱き着く。

 

 

「不自然に思わなかったのかなぁ……僕の二つ名、知ってるだろ?」

 

「ーーーッ!?」

 

 

シュピーゲルの二つ名、〝爆弾魔(ハッピーボマー)〟。グレネードを好んで使うことから付けられた名だが……〝死銃〟の脳裏に浮かぶシュピーゲルは、()()()()()()()()使()()()()()()

 

 

この瞬間、初めて〝死銃〟は危機感を覚えた。しがみつくシュピーゲルを振り解こうとしてーーー

 

 

「ーーー遅い……ッ!!」

 

 

それよりも早くに、いつの間にかシュピーゲルの手に握られていたスイッチが押された。

 

 

下階から爆発音が聞こえ、廃墟ビルが揺れる。そして〝死銃〟の身体を()()()()()()

 

 

これこそ、シュピーゲルがウェーブに用意していた必勝の策。ビル一つを倒壊させて彼を押し潰す。それを実現させる為に手持ちの爆弾は全て使い果たしてしまった。その上実行する相手はウェーブでは無くて〝死銃〟だが……2人の未来を想うのなら惜しくはない。

 

 

「クッ……!!」

 

 

爆破させた事の気の緩みで〝死銃〟を手放してしまったがもう手遅れだ。このビルの出入り口が一つしかないのは確認済み、それはもう存在しない。どう足掻いたところでこの瓦礫に押し潰されるしかない。

 

 

「あは……ははは……あ〜あ……勝ったぞ、不知火」

 

 

逃げ道を求めて走る〝死銃〟の姿はもうシュピーゲルの目には入らない。刺突剣(エストック)が突き刺さったままだが精魂尽き果てたという具合で通路に大の字で転がる。その顔は敗者のものでは無く、紛れもなく勝者のそれだった。

 

 

「告白しろよなぁ……ぜったい上手く行くって。僕が保証するよ……」

 

 

そしてこの策の唯一の欠点……それは、シュピーゲル自身にも逃げ道が無いこと。

 

 

「だから……ぜったい勝てよ、親友。朝田さん泣かせたら承知しないからな……」

 

 

そう届かない声を呟き、シュピーゲルは目を閉じた。そして刺突剣(エストック)の継続ダメージか、瓦礫に押し潰されたからか、どちらが先か分からないが……シュピーゲルはBoB本大会から脱落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーッ!?」

 

「ーーーえ?」

 

 

〝廃墟都市〟エリアから出る直前、妙な胸騒ぎがしてロボットホースの足を止めた。それと同時に視界に入っていた廃ビルが崩れるのが見える。急に止まったことに文句でも言われるかと思ったが、シノンも何かを感じたらしく〝廃墟都市〟エリアに目を向け、崩れる廃ビルに目を向けていた。

 

 

「……」

 

 

嫌な予感がした。そして訪れるサテライトの時刻。この予感が嘘で、気のせいであって欲しいと願いながら端末を確認するーーーさっき崩れた廃ビルの辺りに、黒く塗り潰された新川恭二(シュピーゲル)の名前があった。

 

 

「ーーー馬鹿野郎ォォォォォォォッ!!

 

 

何があったのか、シュピーゲルが何をしたのか理解した俺は、〝死銃〟に見つかるかもしれないと分かっていながらも叫ばずにはいられなかった。

 

 

 


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