修羅の旅路   作:鎌鼬

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BoB本大会・7

 

 

「〝爆弾魔〟シュピーゲル、か」

 

 

ボイスチェンジャーで変えられた無機質な声で名前を呼ばれるだけで身がすくむのを堪える。本当なら今にも逃げ出したい。でも、それは出来ないから。虚栄でも見栄でも良いから自分を奮い立たせる。

 

 

「何故、ここで、現れた?臆病者の、お前が」

 

 

どうしてそれを、と思ったが僕の戦い方を知っているプレイヤーもいるから気づいたのだろうと結論付ける。

 

 

ウェーブをGGOに誘う前、僕は慎重に慎重を重ねた戦い方をしていた。逃走通路の確保は当然のこと、PKするのだってソロで活動しているプレイヤーだけ、スコードロンなんて見ただけで逃げ出していたし、追いかけられれば銃を一度も撃つことなく倒されるなんて事もあった。ウェーブからの勧めで今のスタイルにしたのだが、それだって完全に物にするまでに5ヶ月以上かかってしまった程だ。

 

 

今だって怖い。〝死銃〟の声を聞くだけで、〝死銃〟の姿を見るだけで、恐怖が大群となって襲ってきて逃げ出したい衝動に駆られる。だけど、怯えているシノンの姿を、そんな彼女を救う為に〝死銃〟の前に立ちはだかるウェーブの姿を見て、

 

 

「……情けないと、そう思ったから」

 

 

そんな2人の姿を見て、自分は何をしているのだと自分の愚かさに気づいたのだ。ウェーブは見敵必殺を心掛けている。誰であろうと敵として彼の前に立ったのなら過程はどうであれ結果的には倒される事になる。そんな彼が、倒せた僕を放置してまでシノンの救助を優先したのだ。事情を知らなかったとはいえ、彼の邪魔をした僕の事を。

 

 

それで目が覚めた……そう言えば聞こえが良いかもしれないが所詮は言い訳に過ぎない。だから、これは自己満足。誰に求められた訳ではない、僕が僕である為に行う独り善がり。

 

 

「……そう、か」

 

 

納得した様な呟き。しかしその呟きは、さっきまでと同じ無機質な声であると言うのに……()()()()()()()()()()()()()()()。だがそれも一瞬だけ。気の所為かと感じてしまうほどの僅かな時間で〝死銃〟は再び恐ろしい死神に戻る。

 

 

サイレンサーの付けられた〝L115A3〟の銃口が向けられる。

 

〝FN・FAL〟を握り直し、銃口を向ける。

 

 

互いに交わす言葉は無く、必殺の距離を置いておきながらどちらも動かないという状況下。漲る緊張感に高まる集中力。そして、小さな瓦礫が転がり落ちて音を立てたその瞬間ーーー僕と〝死銃〟は、ほぼ同時に引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、駆ける。1秒でも遠くに後ろから迫る〝死銃〟から逃げる為に。三輪バギーに乗っているキリトたちとロボットホースに乗っている俺たちのスピードはほぼ互角と言って良い。メインストリートを走っているが路面は凹凸が激しく障害物だらけ。直線的なスピードでは間違いなく三輪バギーが優れているが、この悪環境においては三輪バギーよりも踏破力の高いロボットホースの方が適している。加えてキリトはアスナを、俺はシノンを乗せて走っている。2人乗りという重量の関係で三輪バギーとロボットホースの加速を活かせていないのだ。

 

 

しかし、〝死銃〟は違う。踏破力に優れたロボットホースを1人で乗って迫ってきている。俺たちの様に2人乗りをしていないので加速もし易いだろう。

 

 

「チィッ!!」

 

 

誰が悪い訳でもないが舌打ちの1つでもしたくなる。牽制のために大雑把に狙いを付けて〝オルトロス〟の銃口を〝死銃〟に向けて引き金を引くが銃口から狙いを把握されて右へ左へ、時には上体を傾けるだけで躱されてしまう。後ろに乗るシノンに応援を頼みたいのだが今の彼女は使い物にならない。さっきの〝死銃〟とのやりとりで直接トラウマを抉られたらしく、今も恐怖に震えている。

 

 

そして〝死銃〟が先程までシノンに向けていた黒いハンドガンを取り出し、撃ってきた。ロボットホースという不安定な乗り物に乗っているというのに狙いは中々に正確で、発生した〝弾道予測線(バレットライン)〟は俺たちを掠る様に通り過ぎる。

 

 

「いやぁ……いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

当たっていない、精々外れた弾丸で出来たエフェクトがかかった程度だがそれを浴びたシノンは悲鳴をあげて俺の背中に頭を押し付ける。漣式のメンタルトレーニングによりこの程度では動じない精神力を俺は持っているが、シノンはそんな事をしていないので常人程度の精神力しか持っていないし、トラウマを抉られた後なのだから死の恐怖に敏感になってもしょうがない。

 

 

「やだぁ……助けて……助けてよぉ……」

 

 

今はまだ当たらないが、それは距離が離れているからだ。このまま競争を続ければいずれ追いつかれ、ロボットホースに乗りながらでも当たられる距離まで詰められる。そうなってしまえば俺もシノンもお終いだ。

 

 

「シノン、手振れが酷いからちょっと抑えてくれない?」

 

 

〝オルトロス〟の銃口を〝死銃〟に向けたまま、怯えるシノンにそう頼んだ。このまま怯えられて発狂から錯乱でもされればそれこそどうしようも無くなってしまう。そうなる前に少しでもシノンがトラウマから離れられる様に、気を外らせようとしているのだ。

 

 

「ーーーえ?」

 

 

酷く緩慢な動作だったが腰に回されていた手の片方が外されて〝オルトロス〟を握っていた手に添えられる。そうやって触れて気が付いたのだろう。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

「どう、して……」

 

「どうしてって?そりゃあ()()()()()()()()()()()()

 

 

爺さんと母さんの教育により精神力は鍛えられているが、恐怖心まで無くした訳ではない。寧ろ無くすなと入念に刷り込まれている。何が起こるか分からないから恐怖するから警戒する、警戒するから何が起きても対処できる様に身構えることが出来る。恐怖しないとは聞こえが良いかもしれないが、そうして出来るのは警戒することなく進むだけのただのロボットと変わりない。

 

 

VRMMOの戦闘では死なないと分かっていたから死の恐怖(そんなもの)感じる事は無かったが、〝死銃〟という仮想世界を通して現実の人間を殺せる存在が出てきた事で久し振りに恐怖を感じてしまった。

 

 

最後に感じたのは正月に爺さん相手に喧嘩した時だったか。

 

 

「死ぬのは怖い、死ぬのは嫌だ、死にたく無い……それは人間として当たり前の感情だ。俺だって表面上に出さないだけで怖いとか普通に思ってるんだからな」

 

 

まぁ死への恐怖だけでは無くてシノンを死なせてしまう事への恐怖もあるのだがこの場で言う事では無いので黙っておこう。

 

 

「なら、なんで貴方は戦えるの……?」

 

()()()()()()、それと()()()()()()()()()

 

 

長々と語れる程に崇高な理由なんて無いし、そんなものは必要ない。死にたく無い、死なせたく無い、それだけで俺は戦える。恐怖を踏み躙り、震えを押し殺して、顔を上げて戦うことが出来る。

 

 

「だから支えてくれよ、シノン。一発だけで良いからさ」

 

「……」

 

 

言葉での返事は無かった。だけど触れるように添えられていたシノンの手の震えが若干治り、弱々しくあるが力を込めて支えられた事が返事の代わりとなる。そして……それをされた事で俺の手の震えも治りつつあった。

 

 

手の震えが治った事で狙いが正確になる。

 

ロボットホースの振動のリズムを掴んで更に精度が上がる。

 

離れた位置にいる〝死銃〟の呼吸を感じ取り、意識と呼吸の合間に存在する避けようのない空白の瞬間を把握する。

 

 

「3、2、1……」

 

 

スリーテンポのカウントダウン、〝死銃〟の空白の瞬間を狙って引き金を引いた。反動は完全に片手で殺しているのでシノンへの被害は一切無い。〝オルトロス〟の吐き出した50AE弾は真っ直ぐに〝死銃〟ーーーの乗っているロボットホースへと向かう。空白の瞬間から戻ってきた〝死銃〟が撃たれた事を知覚するものの、どこを狙われているのか分かっていない以上、この弾丸は避けられない。

 

 

そしてシノンと共に撃った弾丸は、ロボットホースの額に風穴を開けた。

 

 

中枢部を撃たれたことでロボットホースは機能を止めてその場で停止、乗っていた〝死銃〟はそれに巻き込まれて地面に放り出される。そこに追い打ちとして避けられる事を分かっていながらプラズマグレネードを数個程投げておく。

 

 

「たお、せた……?」

 

「いいや、逃げられたな」

 

 

プラズマグレネードが爆裂する瞬間に、〝死銃〟がロボットホースから離れるのが見えた。多少なりともダメージは与えられたかもしれないが倒すまでは行っていないだろう。それでも乗り物という移動手段を奪う事が出来た。これで〝死銃〟は徒歩で移動するしか無くなる。

 

 

そういえば最後の一発だったと〝オルトロス〟をホルスターにしまう直前に気が付き、プラズマグレネードの爆発を聞いて三輪バギーを止めているキリトたちと合流して再び〝廃墟都市〟エリアからの脱出を図った。

 

 






シュピーゲル大人気。やっぱり皆んなアサダサァンキメる彼の事が好きなんだなぁって。


カーチェイス編(3/2が馬)は終わり、次は同時進行しているシュピーゲルよ〜


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