これは罰だと思った。
狙われていたアスナを守る為に〝死銃〟の前に立ちはだかったまでは良かった。しかし〝死銃〟が持っているハンドガンのグリップを……正確にはグリップに刻まれている星を見て思い知らされた。
〝
「あ、ぁ……!!」
全身から力が抜ける。興奮して熱いくらいだった熱は消え去り、凍えるような寒さが襲う。視界はブレてまともに物を見ることが出来ない……それなのに〝
フードに隠れて見えないはずの顔が幻視出来る。それはあの男の顔。五年前、北の街の小さな郵便局に押し入って私の母を撃とうとしたあの男。そしてーーー私が殺したあの男の顔。幻覚だと頭では分かっている。それなのに心は〝
違う違う違う!!こいつはあの男じゃない!!……いくら理性が叫んだところで、あの日に刻まれた恐怖が私を縛り付けている。せめてもの抵抗と硬く目を閉じる。死に間際まで、あの男の幻影に縛られたく無いという小さな抗いだった。
そしてーーー彼にここで死ぬことを心の中で詫びながら、轟く銃声を聞いた。
「ーーーあぁもう!!タイミングが悪いッ!!」
「ーーーどうした!!僕はここにいるぞ!!」
〝FN・FAL〟の斉射を瓦礫に隠れてやり過ごしながら〝オルトロス〟を発砲するが、引き金を引いた瞬間には下手人はその場にはおらず、回り込んで〝FN・FAL〟の銃口を向けて来ている。
タイミングが悪いと嘆くしか無いだろう。〝廃墟都市〟エリアにやって来た瞬間にシュピーゲルと遭遇した。リアルでの約束からなのかシュピーゲルは積極的に俺を狙っていて、このままではキリトとアスナと合流出来ないと考えた俺はシノンを先行させる事にした。その目論見は成功し、シノンはこの場から進む事が出来たが、俺はシュピーゲルとの銃撃戦を繰り広げる事になっている。こちらの事情を知らないシュピーゲルは普通にBoBをやっているので文句を言うのは御門違いと分かっているが悪態の1つでも吐きたくなる。
少しずつ戦場を中央のスタジアムに向けて進めることは出来ているが、この環境下でのシュピーゲルの相手はやり辛いとしか言えなかった。
AGI特化型のビルドのシュピーゲルは俺の入れ知恵で絶えずに動き回り、相手との距離を一定に置いたまま戦うスタイルを取っている。瓦礫を、アスファルトを、時には廃墟の壁面を蹴って立体的に動き回るシュピーゲルは捉えられない。〝オルトロス〟が二挺揃っているか、広範囲に弾をばら撒けるショットガンでもあれば話は別だろうが無い物ねだりをしても仕方がない。〝オルトロス〟一挺とナイフ、それにいくらかのグレネードでシュピーゲルをどうにかしてシノンの後を追わなくてはならない。
「気もそぞろだなぁ!!集中しろよ!!」
「こっちの都合を考えて仕掛けてこいよバーカバーカ!!」
こんな時でなければ……〝死銃〟の始末に急いでいる場合でなければ、シュピーゲルとの戦いは楽しめた物になっていただろう。アスナも速かったが彼女の動きは平面、対してシュピーゲルの動きは立体的で速い。その上で、この一帯に
こんな場合ではなかったら喜んで正面から挑んでいたが〝死銃〟たちの所在が分からない今では時間をかけることは出来ない。コートの裏に吊るしてあったグレネードの1つを手に取り、ピンを抜いてシュピーゲルの行動先を読んでそこに投げる。
しかしそこはAGI特化型、グレネードに気がつくと片足で着地してそのまま後方へと飛び下がって爆発の範囲内から逃れた。前にではなく後ろに下がったのは俺と距離を詰める事を嫌ったからなのか。そこまでガチガチに警戒されて、それでもなお挑んでくる事は喜ばしいのだが……今回に限って言えばそれは悪手である。
グレネードが弾け、
「ッ!?フラッシュグレネード……ッ!!」
俺が投げたのは爆発して相手にダメージを与えるタイプの物ではなく、閃光を放って相手の視界を潰すフラッシュグレネードと呼ばれるタイプのグレネード。GGOでは強襲用か逃走用に使われているそれをシュピーゲルの行動を読んで使った。
俺の強さを知り、己の弱さを把握し、それでも挑んでくるシュピーゲルならばあの場面では前ではなく後ろに避けると信じていたから。
フラッシュグレネードが輝く中で目を閉じたままシュピーゲルに向かって走り出す。視界は使えない状況だがシュピーゲルの気配は感じられ、視覚の代わりに聴覚で
そしてシュピーゲルの顎を殴った。
人間の急所がリアルに再現され、当たりどころではナイフでも即死があり得るGGOでは
それを惜しく思いながら、ハンゾウから貰ったナイフを袖口から取り出してシュピーゲルに切り傷を付けた。
「ま、ひ……ッ!?」
「良いなこれ。BoB終わったら用意しとこ」
即効性を重視したのか僅かな切り傷だというのにシュピーゲルは麻痺状態になってその場に倒れる。そんな姿になりながら〝FN・FAL〟を撃とうと踠いているが、握る手を踏みつける事で阻止する。
そしてシュピーゲルの頭に〝オルトロス〟の銃口を向け、引き金を引こうとした時ーーー銃声が、聞き慣れたシノンのヘカートIIの銃声が聞こえた。
「チィッ!!」
ヘカートIIの銃声を聞いた瞬間に2つの可能性が脳裏に浮かび上がる。1つはキリトとアスナを襲っているプレイヤーに目掛けてシノンが狙撃した。もう1つは……シノンが〝死銃〟に向かって狙撃した。1つ目ならばまだキリトとアスナと合流しているから良い。しかし2つ目だと最悪シノンが1人で〝死銃〟2人の相手をしている事になる。そう考えるとシュピーゲルを倒す時間すら惜しい。
「待てよ……逃げるなぁ……ッ!!」
「本大会に〝死銃〟がいる!!それだけで分かれ!!」
吐き捨てるようにそれだけを言って倒れるシュピーゲルに背を向けて走り出す。頭の良いシュピーゲルならそれだけで分かってくれるはずだと信じて。
「間に合えよ……!!」
普段自然体で行っている隠密を全て投げ出して全力で走る。一瞬でも、1秒でも速くシノンの元に辿り着く為に。
そしてシノンを視界に入れた……地面に倒れているアスナと、十字を切るジェスチャーをしているボロマントの〝死銃〟と一緒に。
何があったのか分からないがシノンはその場に崩れていて動こうとしない。アスナも同様。キリトは先行していたのかこちらに向かっているものの間に合うかは微妙な距離だ。そして俺は
俺が辿り着くよりも先に〝死銃〟が手にしている黒いハンドガンでシノンを撃つ方が早い。〝オルトロス〟で狙える距離ではあるが、例え当たったとしても無理矢理に撃たれてしまえばそれまでだ。阻止するならば確実にあのハンドガンを狙う必要があるのだが、シノンの頭が壁になっていて普通に撃っても当たらない。
「あぁクソッ……やるしかねぇよなぁ……ッ!!」
普通に撃っても当たらないというのなら普通に撃たなければ良い。それを出来るだけの技術は持っているのだがGGOをプレイしてからはやった事はなく、しかもそれを成功させたのは平常心で立ち止まっている時だけだ。シノンが殺される間際という状況で内心は荒れ狂い、走りながらそれをやらなければならない。成功するよりも失敗する可能性の方が高い。
だけど、それを成功させなければ彼女は死んでしまう。
ならば、成功させる以外に無い。
走りながら〝オルトロス〟を構えて銃口を向ける先は〝死銃〟のハンドガンーーーではなく、側に立っている鉄製のポール。嗅覚と聴覚を限界まで引き落としてその分のリソースを全て視覚に回し、ポールを凝視する。表面の状態を、円柱の弧を見て、どこに撃てば良いのがを直感と経験則から導き出す。
そしてポールに向かって引き金を引いた。
真っ直ぐポールに向かっていく50AE弾。間に合え、成功しろと祈りながらやけにスローに飛んでいく弾丸の行く末を見守る。50AE弾はポールの狙い通りの箇所に着弾。普通ならこれでポールを貫通して先に進みそうなのだが……
跳弾、それが俺が狙って起こした現象だ。弾丸の角度によって無理矢理跳ねさせて軌道を変える技術。もっとも、こんな事は偶然でも無い限りは起こせることでは無い。こんなものいつ使うんだと思いながら当時の俺は不機嫌になっていたが、今はその経験に感謝している。
50AE弾は狙い通りの箇所に着弾したらしく、〝死銃〟の手が弾かれ、黒いハンドガンが砕かれたのがその証拠。それとは別に〝死銃〟の右肩にダメージエフェクトが見えるのはキリトの仕業だろう。
間に合ったことに安堵しながら、ようやく顔を上げて俺を視界に入れた〝死銃〟の腹を全力で蹴り飛ばす。避けられないはずのタイミングでの奇襲だったが反応されたらしく、手応えが軽い。恐らくは蹴りに合わせて後ろに飛ばれたのだろうがシノンとアスナから引き剥がすという目的は果たせた。
「うぇ……ぶ?」
「ゴメン、怖かっただろ?安心してくれ」
背中越しにシノンの状態を確認する。焦点が合っていない眼は虚で、恐怖したのか身体は見て分かる程に震えている。今のシノンはリアルで朝田が起こしていた発作に近い状態だった。出来ることなら行動で落ち着かせてやりたいが、目の前で幽鬼の様に立っている〝死銃〟を前にしてそんな事は出来ないので言葉で安心させるしか無い。
ナイフと〝オルトロス〟を握り直し、自信に満ち溢れた声で宣言する。
「こいつはーーー俺が殺すから」
シュピーゲル、もしかしたら修羅波を倒せてたかもしれない……状況が状況じゃ無かったらな!!
走りながらデザートイーグルで跳弾を起こして狙った場所に当てる……頭おかしいと思ったけど今更だったなぁって考え直したり。