修羅の旅路   作:鎌鼬

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BoB本大会・2

 

 

スコープがマズルフラッシュで白くなり、一瞬後に結果を映し出す。そこには……後ろに吹き飛びながら大きく仰け反っているウェーブの姿があった。

 

仕留めたとガッツポーズをして立ち上がりたくなったが、心のどこかでこれで彼が終わるはずがないと感じて空になった薬莢を排出して次弾を装填する。

 

 

そしてその予感は当たった。スコープ越しに()()()()と目が合う。

 

 

あり得ない、アンチマテリアルライフルの一撃をマトモに食らっているのに無傷なんて。距離が離れている上に防具をガチガチに固めているのなら分かるが私と彼との距離は500メートル程で防具は軽装、いつもならば間違いなく仕留められている距離だったはずだ。

 

 

頭は混乱するものの、これまで染み付いていた経験からこのままのスコープの状態では彼の動きに追いつけないと判断して倍率を下げ……ウェーブが生き残っている原因を知った。

 

 

ウェーブは五体満足では無く、左腕の肘から先が無くなっていた。二挺一対だった〝オルトロス〟の片方が無残に砕け散って地面に転がっているのが見える。

 

 

()()()()……ッ!!」

 

 

信じられない事だがウェーブの状態を見る限りではそれしか考えられない。彼は狙撃に気づいた瞬間に左手に持っていた〝オルトロス〟でガードした。マトモに防いだところで腕ごと持っていかれるのを分からないはずが無いから恐らくは逸らそうとしたのだろう。それでも〝オルトロス〟一挺と左腕の犠牲だけで必殺の狙撃を防いだのだ。〝インパクト・ダメージ〟が発生するはずなのに生きているのはダメージを受け流したからなのか。バケモノじみているとしか言えない。でもウェーブなら仕方がないと思ってしまう辺り汚染されている気がしてならない。

 

 

ともあれ今は迎撃だ。この距離でウェーブの速度と私のコッキングのスピードを考えれば撃てるのは二、三発。その内の一発でも当たれば私の勝ち、逆に全てを外せば私の負けだ。

 

 

「ーーー上等よ」

 

 

シンプルで分かりやすくて良い。さっきまでのようにゴチャゴチャ考えるよりもこっちの方が私好みだ。一度息を深く吐き出してスコープを覗く。スコープ越しに見えるウェーブは片腕を無くしているというのにいつも以上のスピードでこちらに向かって来ていた。普通なら四肢の1つを無くしたことで身体のバランスが崩れて走り難くなるはずなのに、ウェーブの身体は全くブレていない。

 

 

「ーーー」

 

 

息を止め、全神経を集中させる。ただ撃ったところでウェーブには当たらないーーーだから、()()()()()()()()()()

 

弾道予測円(バレットサークル)〟を使っていては〝弾道予測線(バレットライン)〟で見切られるーーーだから、()()()()()()()()()()()()()

 

 

銃口がフラフラと揺れ、左右に逃げながら避けるウェーブの後を追う。

 

 

400メートルまではただ後を追うだけ。

 

300メートルでようやく追いつく。

 

そして200メートルを切ってやっと先読みに成功する。

 

 

チャンスは一度っきり。これ程近づかれたら次弾を装填する間に距離を詰められる事になる。

 

 

トクントクンと緩やかにリズムを刻む心臓の音が聞こえる。

 

トリガーに指を乗せていないので〝弾道予測円(バレットサークル)〟は発生せずに、スコープの照準線(レティクル)の十字がウェーブを捉える。

 

当たると確信し、トリガーを引くーーーその瞬間に背中から激しい衝撃に襲われて私の身体は()()()()()()()

 

 

「ーーー」

 

 

撃たれたと分かった。だけど私はそれを信じたくなかった。いくらウェーブに集中し過ぎたとはいえ事前に索敵を行い、周囲に他のプレイヤーがいない事なんて確認している。

 

 

いや、そもそもなぜ私はスタン状態にさせられたのだろう?身体が動かないということは電磁スタン弾で撃たれたとみて間違いない。わざわざスタン状態にするよりも実弾で撃った方が手っ取り早いというのに。

 

 

「ーーーシノン、〝氷の狙撃手〟だな?」

 

 

背後から声をかけられ、うつ伏せの姿勢から仰向けに引っくり返される。そこにいたのは髑髏を思わせるフルフェイスのマスクを付け、ボロボロのマントに身を包んだプレイヤーがいた。

 

 

「ぁーーー」

 

「あぁ返事はしなくて良いぜ……どうせ死ぬんだからな」

 

 

死ぬ?何を言っているのだろうかと言いたくなるが声は出せない。その代わりに脳裏に思い浮かんだのは、最近スレッドで噂になっている〝死銃〟と呼ばれるプレイヤーの存在だった。〝死銃〟が撃ったプレイヤーは現実でも死ぬという噂話。あれを見た時にはただの与太話か何かだと思っていたが、良く良く思い出してみればスレッドに挙げられていた〝死銃〟の特徴とこのプレイヤーの特徴は一致している。

 

 

髑髏のプレイヤーの左手が動き、十字を切る。殺そうとしている私に向けて祈っているのか、それともこれが〝死銃〟の現実での殺しを可能にする方法なのか分からない。このままでは私は撃たれて〝死銃〟の存在の真偽を証明する実験台になるだろう。

 

 

1秒後には本当に殺されてしまうかもしれないこの状況……だけど、()()()()()()()

 

 

「何が可笑しい」

 

 

訊ねられてもスタンで声を出すことが出来ないし、そもそも答えてやるつもりも無かった。どうして私が笑っているのか分からないということはそういう事なのだろう。つまり、私が彼に集中していたように、彼も私に集中していたのだ。

 

 

今も接近している彼の存在に気付いていない様子がその証拠だ。

 

 

「ーーー」

 

「なっーーー」

 

 

音もなく現れたのはさっきまで私が狙っていたウェーブ。首を動かさずに目だけを動かして状況を把握した彼は右手の〝オルトロス〟の銃口を髑髏のプレイヤーに向けてトリガーを引いた。〝デザートイーグル〟である〝オルトロス〟の銃口はウェーブに支えられて一切ブレずに50AE弾を吐き出す。

 

 

「ーーーチィッ」

 

 

それを髑髏のプレイヤーは銃口を向けられた瞬間に大きく飛び退いて躱す。その一動は速度だけで見ればAGI特化のシュピーゲルよりも速く動いているように見えた。同じAGI特化のプレイヤーかと思ったがスタン弾を使えるのは一部の大口径のライフルのみ、それを扱うSTRにも振っているだろうにあの速度はあまりにも早過ぎた。

 

 

そしてウェーブの襲撃を遣り過ごした髑髏のプレイヤーは状況が不利と判断したのか崖から飛び降りた。ウェーブが跡を追って慎重に崖を覗き込んだが、静かに首を振った。どうやら逃げられてしまったらしい。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ん……ッ、なんとかね」

 

 

ウェーブに抱き起こされながら背中に刺さっていたスタン弾を抜いてもらい調子を確かめるように右の手のひらを握ったり開いたりする。スタン弾が無くなった事で動けるようにはなったがまだ痺れは残っている。出来る事なら完全に痺れが抜けるまでは休んでいたいところだが、目の前にウェーブがいるのにそれは出来ない。ウェーブの左腕は欠損が発生して使用不可能、残っている右腕も私を起こすのに使われていて今の彼は完全に無防備な状態。このチャンスを見逃すわけにはいかない。

 

 

空いていた左手で腰に下げていた〝MP7〟を抜いてウェーブの頭に突き付けるーーーしかしいつの間にか左手は空になり、代わりにウェーブの口に〝MP7〟は咥えられていた。

 

 

「手癖が悪いわね……この場合だと口癖かしら?」

 

「両手が使えなくなっても口でやれば良いと教えられてるからなぁ……」

 

「本当、何を目指してるのよ」

 

 

どんな状況下でも戦うことへの意識を忘れないウェーブの実家に呆れるしかない。ヘカートIIは手元に無く、副武装(セカンダリ)の〝MP7〟もウェーブに投げ捨てられて離れた場所にある。今回は私の負けかと諦めていると、ウェーブは何もせずに立ち上がって私に背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

「……何?余裕のつもり」

 

「違う、あいつを追いかけるだけだ……あいつは〝死銃〟だ。噂くらい聞いたことあるだろ?」

 

 

倒せる私を見過ごそうとするウェーブに苛立ち混じりに問い掛けたが、ウェーブから返ってきた答えは予想だにしない物だった。

 

 

「どうやってるかは分からないがあいつは……いや、()()()()()()()()()()()()()。そんな奴らがいちゃあ心臓に悪くて仕方がない。だから先に殺してしまおうとな」

 

「本当にって……」

 

 

つまり、さっきウェーブが助けてくれなかったら私は現実でも死んでいたという事だろう。冗談かと聞き返したかったが、普段見せる事のないウェーブの真剣な表情で本当なのだと思い知らされる。死の直前だったとようやく理解して呼吸が激しくなり、動悸が乱れる。

 

 

「落ち着け」

 

 

たった一言、それと一緒に頭に乗せられた手で乱れていた呼吸と動悸が治る。ウェーブは膝を折って、私と視線を合わせた。

 

 

「隠れて欲しいんだけどシノンは絶対に隠れないよなぁ……あんな髑髏のプレイヤーを見つけたら挑まずに逃げろ。遊ぶためのゲームで死ぬなんて馬鹿らしいからな」

 

「……ウェーブはどうするのよ」

 

「あいつを殺す」

 

 

端的に吐き出された言葉には彼にしては珍しく、殺意じみた物が込められていた。実家からの教育で人を殺すことにストレスを感じず、何も思わないと公言する彼は他のプレイヤーとは違い淡々と作業のようにPKをする。

 

 

ゲームだというのに本当に殺しかねないまでに殺意を漲らせている彼の姿を見て、あのプレイヤーのことを憎んでいるのかと思ったがウェーブの目に宿っているのは憎しみでは無く()()()()()。怒っている原因などあのプレイヤーの存在くらいしか無いのだが……ふと、彼は私が襲われたから怒っているのではないかと思いついてしまった。

 

 

殺気立っているウェーブの姿を珍しいと言ったように、基本的に漣君は感情を見せつけない……というよりも上手く隠している。苛立っていても表面上はヘラヘラと笑い、その裏でどう報復してやろうかと考えている。これも実家からの教育の賜物だと彼は遠い目をしながら語っていた。

 

 

そんな彼が、私が〝死銃〟に襲われたことに対して怒っているかもしれない。

 

 

……ヤバい、不謹慎だが少しだけ嬉しいと思ってしまった。

 

 

そんな考えを振り払うために頭を振り、どうすれば良いのかを考える。

 

 

隠れるなんて私の性にあっていない。

 

1人で戦ってもまた狙われてしまう可能性がある。

 

だったら彼と2人で行動する……これだ、これしかない。

 

 

「待って、私も行くわ」

 

 

インベントリからHP回復アイテムを取り出して使用しながら去ろうとしているウェーブを呼び止める。

 

 

「正気か?さっきの見て狙われてるって考えないのか?」

 

「そう考えたからよ。1人になったところを狙われるかもしれないから2人で行動するのは当然じゃないかしら?それに、あんな物騒な奴がいたら邪魔なのよ。さっさと叩き出した方が良いわ」

 

「それもそうか……分かった、俺が前衛するからシノンは後衛宜しく」

 

「一時共闘ね」

 

 

そう言いながら右手を差し出す。私の意図を察してくれたのか、ウェーブは苦笑しながら右手を差し出し、握手をしてくれた。

 

 

 






アンチマテリアルライフルで撃たれても片腕がもげただけで平然と戦闘を続ける修羅波があるらしい……なんだ、修羅勢ならすれば普通だな(白目

〝死銃〟サン、アンブッシュ成功!!なお修羅波が駆け付けたので結果的には失敗した模様。


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