修羅の旅路   作:鎌鼬

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BoB本大会

 

 

「ーーー」

 

モニター越しから伝わる喧騒が遠く離れた出来事の様に聞こえる。口に咥えているはずのタバコからは味も匂いも感じられず、ただ手にした〝オルトロス〟の冷たさだけが伝わってくる。目の前のモニターにあるカウントダウンを確認すれば、BoB本大会開始まで30秒を切っている。

 

 

肉体的、精神的コンディションは良好、指どころか髪の毛の先まで神経が通っている様な感覚。ここまでの状態に持ってこれたのは中学卒業の頃に爺さんと殺し合いをした時か、小学生の頃に勝手に俺のケーキを食った母さんにブチ切れした時以来だろう。

 

 

負ける気など欠片もしない。勝利するイメージ以外思い浮かばない。

 

 

ーーーまだか?

 

カウントダウンはまだ20残っている。

 

 

ーーー早く、早く、早くして。

 

カウントダウンはまだ10。

 

 

ーーーやっとなんだようやくなんだ。待ちに待ったこの時間、誰にも邪魔はさせないさせるものか。〝死銃〟を殺す全員殺す。その道中で視界に入った奴全員殺す。最後に戦うのはシノンかな?シュピーゲルかな?キリト?それともアスナ?まさかのピトフーイ?誰でも良いどうでもいい。殺させてくれ倒してくれ、呆れ返るほどの闘争の果てに充実と共に敗北が欲しい。血塗れの大地に横たわって勝者に見下されたくて仕方ないのだ。

 

カウントダウンはゆっくりと5に変わる。

 

 

ーーーもうやっちゃって良いかな?良いよね?嫌、まだだ。待ち望んだ時間をこんなしょうもない事で壊したくない。でも待ち切れないから早くして、お願いだから早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く……

 

 

『BoBーーースタートッ!!!』

 

 

視界の声が聞こえて全身を転移エフェクトが包み込んだ瞬間に、俺は精神的な枷を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーどうなってるんだよ……」

 

 

呆れるような驚愕の声を出したのはBoBの様子を映すモニターを眺めていた1人のプレイヤー。第一回、第二回では喧騒に包まれていた観戦席だが、第三回の今日に限っては静寂に包まれていた。

 

 

BoB本大会は半径10キロの円形の島〝ISLラグナロク〟で行われる。〝ISLラグナロク〟は北から時計回りに〝砂漠〟、〝田園〟、〝森林〟、〝山岳〟、〝草原〟、中央に〝廃墟都市〟、南部にはステージを二分するように大河が流れて〝鉄橋〟が一本架けられている。相当に広いフィールドなので参加者には〝サテライト・スキャン端末〟と呼ばれるアイテムが配布され、15分に一回上空を監視衛星が通過し、その際に全員の端末にフィールド内の全プレイヤーの位置情報が送信されるのだ。

 

 

そしてーーー第一回目の情報の送信を待たずにして、すでに半数の15人のプレイヤーが敗退していた。

 

 

もちろん、それは珍しい事ではない。運が絡むが初期配置とプレイヤーの行動によってはそれだけのプレイヤーが敗退することもあり得るのだから。

 

 

問題なのは、敗退したプレイヤーの大半が1人のプレイヤーに倒された事だ。

 

 

真紅のコートを翻しながらフィールドを駆け回る1人のプレイヤー。狙撃手(スナイパー)だろうが突撃兵(アサルト)だろうが、隠れていようが立ち向かおうが問答無用で接近して銃身の下にナイフを取り付けた独特のカスタマイズが施された二挺の〝デザートイーグル〟で蹂躙する。その顔に貼り付けられているのは満面の笑み。倒してやる、勝ってやると意気込んで挑むプレイヤーを、彼は心の底から楽しそうな笑みを浮かべたままGGOでは考えられない程の近距離戦で悉くを踏み躙っていた。

 

 

『ーーーハハハッ!!どうした!?挑めよ俺に!!俺はここに居るぞ!!倒してやると意気込んで、殺してやると息巻いて、全力出して死力を尽くして俺を殺そうとしやがれよ!!』

 

 

静寂に包まれた観戦席に、彼の声が響く。

 

 

GGOに、ウェーブの伝説が刻み込まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー景気良くやってくれてるみたいね」

 

 

開始から15分が経ち、サテライトによるプレイヤーの位置情報を確認すれば残っているプレイヤーは私を含めて15人にまで減っていた。その下手人は〝森林〟エリアにいるウェーブに違いない。〝砂漠〟から〝田園〟を通って〝森林〟まで移動したのだろう。その証拠に、今あげた3つのエリアにはプレイヤーの反応が存在しなかった。とんでもない索敵と機動力と殲滅能力だと呆れるしか無い。

 

 

「だけど、好都合ね」

 

 

ウェーブがこのまま時計回りにフィールドを徘徊するのなら私が潜伏している〝鉄橋〟の付近を通る事になる。遮蔽物の少ないフィールドは狙撃手(スナイパー)にとっては鬼門だが、逆に言えば相手が隠れるスペースも無いという事になる。

 

 

勝負は一度っきり、〝弾道予測線(バレットライン)〟が生じない初撃だけが私の勝機。外せば彼に私の位置を教える事になり、そのまま接近されて〝オルトロス〟に斬り殺されるか撃ち殺されるだろう。

 

 

サテライトからの情報では〝山岳〟エリアには獅子王リッチーというプレイヤーの反応があったが、あれは籠城タイプだから放っておいても問題無いだろう。1キロ圏内にはウェーブとリッチー以外のプレイヤーの反応は無い、つまり奇襲を気にしなくて良い。

 

 

すぐに〝鉄橋〟が一望できるポイントまで移動し、崖の上で腹這いになって〝PMG・ウルティマラティオ・ヘカートII〟を構える。そして呼吸を整え、無心になるように努めた。

 

 

信じられない話だが、ウェーブは〝弾道予測線(バレットライン)〟の発生しない狙撃を避けられる。彼がいうには直感……撃とうとした瞬間に生じる僅かな気配を察して反射的に避けるとの事だった。初めて聞いた時には何を言っているのか分からなかったが実際にそれを見せられ、彼の実家ではそれをしなければ生き残れなかったと死んだ目で語る彼の姿が印象的だったので覚えている。

 

 

だったら、撃つ瞬間に気配を生じさせなければウェーブは避けられない。

 

 

理屈の上ではそうなるが、私はそれをやってみようと考えた事は無かった。だけど彼に勝つにはそれしか無いのでやるだけだ。頭を空っぽにして心を冷まし、ただ銃を撃つ1つの機械になるーーーそうしようとした直前で、本当にそれで良いのか悩んでしまった。

 

 

私がウェーブに、漣君に勝ちたいと思ったのは、彼を倒したら強くなって弱い自分や過去に立ち向かえると、精神的に強くなれると考えたからだ。それなのに感情を無くして1つの機械になる……勝つにはそれしか無いとはいえ、それが本当に正しいのか分からなくなってしまった。

 

 

これではダメだ、一度休憩でも入れるべきかと考えたその瞬間、ウェーブは〝森林〟エリアから姿を現した。スコープ越しに見る彼の顔にはゲーム内でも、それどころかリアルでも見た事が無いほどの満面の笑みを浮かべていて気分が良いと分かった。だけどその顔を見ていると訳のわからない寒気に襲われる。あれはウェーブだけどウェーブじゃない、そんなどう言ったら良いのか分からない悍ましさを感じてしまった。

 

 

「ーーーフゥゥ……」

 

 

知らない内に止まっていた呼吸を吐き出して意識を切り替える。確かにあれは私の知らないウェーブだが、それは今は関係の無い事だ。彼を倒す、その一念で私は今日まで戦ってきた。彼を倒せる唯一のチャンスが目の前に転がっている。なら、危険かもしれないがそれに飛び付くしか無いだろう。

 

 

私の心中を表すかのように激しく拡縮する〝弾道予測円(バレットサークル)〟。1秒、2秒と時間が経過する事に荒れていた拡縮は収まり、いつも通りのリズムに落ち着く。

 

 

そしてウェーブが〝鉄橋〟の中央付近に差し掛かった瞬間にーーー私はヘカートIIのトリガーを引いた。

 

 

 






悲報、修羅波自重を完全に投げ捨てる。〝死銃〟?とりあえず全員殺せばオッケーでしょ?ってノリで目に付くプレイヤーをひたすらコロコロする。

シノのん=サンのアンブッシュ……やったか!?


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