修羅の旅路   作:鎌鼬

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本大会前・GGO

 

 

「後30分か……」

 

 

〝オルトロス〟のメンテナンスを終え、弾薬とグレネードの補充を済ませ、総督府の入り口でバイクを投げ捨てるダイナミック駐車を決めてからBoB本大会の会場で開始の時間を待つ。ここに来る途中で何やら悲鳴のようなものが聞こえた気がするが、そんなものは会場の熱気で掻き消されてしまう。

 

 

本大会へ出場するプレイヤーにエールを送る者や、誰が優勝するかのトトカルチョに精を出す者、そして第四回に向けてデータを集めようと静かに佇んでいる者など様々な姿見れて軽くカオスな状態になっている。

 

 

そして本大会に出場するプレイヤーの一覧を確認すればゼクシードと薄塩たらこの名前は無い。予選のトーナメント表を確認しても2人の名前が無かったことからキリトの言っていた〝死銃〟に殺されたというのは本当なのだろう。嘘だとは考えていなかったが、信憑性に欠けていたので確認する必要があったのだ。

 

 

「髑髏の姿も見えないか……」

 

 

さり気無く周囲に目を配っているがキリトと一緒に遭遇した〝死銃〟と思われる髑髏フェイスのプレイヤーの姿も存在しない。本大会に出場していると思われるが、名前も分かっていないので確認のしようがない。

 

 

だけど俺の第六感は、あいつはここにいると警鐘を鳴らしていた。慌てる俺たちの姿を見て嘲笑い、無防備な背中に銃を突き付けていると叫んでいた。

 

 

「んで、なんでアンタはここにいるんだ?ハンゾウ」

 

「……」

 

 

背後に感じられた気配から誰かを予想し名前を告げると、ハンゾウが音も無く現れた。昨日と同じ様にボディースーツにバンダナで顔を隠しているが、その目には驚愕の色が見られる。

 

 

「何故分かった?」

 

「逆に聞こう、なんで分からないと思った?俺が昨日よりも成長していないと思っていたのか?」

 

「……規格外」

 

「強ち間違いじゃないから回答に困る」

 

 

昨日のハンゾウと戦うまでは看破出来なかったハンゾウの隠密だったが昨日のハンゾウとアスナとの戦闘経験、それにBoB本大会への期待による精神の高揚が俺の感覚を引き上げているので察知することが出来た。今後、ハンゾウが今以上の隠密を身に付けない限りは俺に通じることは無いだろう。

 

 

ハンゾウから規格外と言われ、その自覚はあるのでそんなに強く言うことは出来ない。でもそうしなければ爺さんと母さんによる漣式トレーニングをこなせなかったのだからしょうがない。

 

 

覚醒と進化と限界突破を前提にしたトレーニングとか止めて欲しい。

 

 

「応援」

 

「あぁ、そういうことね」

 

「然り。私に勝ったのだから勝ってもらわねば困る」

 

「安心しろ……俺が負けるのを良しと認めた相手は今の所4人だけだ。それ以外に負けるつもりなんて無いし、その4人にも勝つつもりでいる」

 

「……武運を」

 

 

それだけ言ってハンゾウは再び隠密で姿を消した。離れていく気配は感じられるが、それは先程よりも薄くなっている。地味にハンゾウも規格外だなぁと感心していると、目の前のテーブルに一本のナイフが置いてあることに気がついた。俺が使っている物よりも刃渡りが短い普通のサイズ、そして刀身の部分は薄っすらと黄色味がかっている。

 

 

さっきの応援からこれを使えと言うことなのだろう。ありがたく暗器としてコートの袖にしまっておく事にする。

 

 

「来てたのね」

 

「そりゃあ来ないわけ無いさ」

 

 

ハンゾウのナイフをしまうのと同時にシノンが現れる。シュピーゲルは遠く離れたところから俺たちの事を伺っていて、俺が見ている事に気づくと中指を立てながら人混みの中に姿を消していった。どうやら俺と話し合うつもりは無いらしい。

 

 

「調子は?」

 

「万全よ。そっちは?」

 

「めっちゃ興奮してる。圏内設定が無かったら、今すぐにでもこの場にいる全員に喧嘩売りたいくらいに」

 

「止めなさいよ……」

 

 

隣で呆れるシノンには悪いのだが、俺はそれを今すぐにしても良いと思えるほどに興奮している。だって待ち望んでいた戦いの舞台がすぐ目の前にあるのだから。ALOは対モンスターがメインだった為にPVPはこちらから喧嘩を売らなければ出来なかったが、PVPがメインになっているGGOでは喧嘩を売らなくても向こうからPVPをしてくれる、俺からすれば天国の様な場所だった。

 

 

倒してやる、殺してやると敵意を向けられる事が嬉しくて、それに立ち向かうのが心底楽しかったのだ。

 

 

戦闘欲求、とでも言うのだろうか。戦うための技術を身につけ、戦うための精神状態を作り、戦うための思考に育てられたと言うのに現代社会ではそれを活かすことが出来ないのがもどかしくて堪らなかった。

 

 

戦いたい、闘いたい。血肉が沸き、心が狂喜乱舞するほどの闘争が飽きてしまうほどにしたいのだ。

 

そしてーーー充実感と共に負けたいとも考えている。敵わなかった、だけど満足だという完膚なき敗北を味わいたいとも願っている。

 

 

それを叶えてくれそうなのはシノンとキリトとアスナくらいか。望ましいのは一対一でだが、一対多でも構わない。ALOでは連合軍作った上にキリトとアスナを逐次投入してようやく負けたのだが、GGOではどうだろうか。

 

 

そんな淡い期待を込めてシノンを眺めていると視界の端にキリトとアスナが登場した。

 

 

死んだ目のキリトに首輪が付けられ、活き活きとしているアスナがそのリードを握っていた。

 

 

その姿を全力で視界から追い出した。シノンはその姿を直視してしまったらしく、顔を覆っていた。

 

 

「こんばんわウェーブさん、シノのん」

 

「……その呼び方、止めてって言ったわよね?」

 

「キリト、なんでそういうプレイに励んでるの?目覚めたの?それともアスナの方が目覚めたの?」

 

「昨日の罰だってさ……」

 

 

明るいアスナと対照的にキリトの目が加速度的に死んでいっているのだが、これはこれで面白いので放置しておく事にする。後ろの方で野次馬たちが首輪装着のキリトを見てはしゃぎ回っているのだが、アスナが睨む事で全員が自主的に正座を始めていた。

 

 

「そうだシノのん、本大会に残った30人の中で初めて見る名前ってどれ?」

 

「だからシノのんは止めてって……」

 

「アレ探しか?」

 

「あぁ……アレがネームだとは考え難いし。熟練プレイヤーのシノンが知らない新顔がそうじゃ無いかと思ってな」

 

 

アレなどと濁して話しているが、アスナの質問の狙いは〝死銃〟探しだ。確かに〝死銃〟がアバターネームならBoB予選の段階で運営から弾き出される。かといって熟練プレイヤーが〝死銃〟だと名乗ったところでそれまでのイメージが纏わりつくことになる。

 

 

「俺からも頼む。探してみたけどあの髑髏フェイスのプレイヤー知ってる奴は誰もいなかったからな。多分新顔がそいつだからブチ殺す」

 

「ヘイト稼ぎすぎじゃないかしら……えっと、貴方達を除いたら初めての参加者は……4人ね。〝銃士X〟と〝ペイルライダー〟に〝B・J〟、あとこれは……〝Sterben(スティーブン)〟かな?」

 

「あぁ、それはスティーブンじゃなくてステルベンって読むぞ?確かドイツ語だったかと思う」

 

「なんでさらりとドイツ語読めてるんだよ」

 

「漣式ラーニングのお陰」

 

「そこはかとなく不安を煽るネーミングね……」

 

 

母さんからもしもの為にと有名どころの外国語は一通り読み書きと会話が出来る程度に仕込まれているので単語程度なら見ただけで判断がつく。この時ばかりは母さんに感謝した。

 

 

そして脳内でシノンのあげたプレイヤーの名前を反芻する。〝銃士X〟、〝ペイルライダー〟、〝B・J〟、〝ステルベン〟……その4人の何人かが、もしかしたら全員が〝死銃〟である。あの髑髏フェイスのプレイヤーがこの中にいるのは間違いない。必ず殺すと心中で密かに誓う。

 

 

「ウェーブ」

 

 

キリトが首輪を外そうと奮闘し、アスナにそれを阻止されているのを見ているとシノンが話しかけてきた。闘志に満ちた山猫の様な目を真っ直ぐに向けている。

 

 

「私が貴方を倒す……だから、誰にも負けるんじゃないわよ」

 

「分かってるよ……シノンも、俺が倒すまでに負けるなよな。でないとシノのん呼びを定着させてやる」

 

「……鬼畜」

 

「ボソッと言われるのもなかなかキツイなぁ……」

 

 

よほどシノのん呼びはお気に召さないのか、満ちていた闘志は掻き消えてジト目で見られる事になってしまった。

 

 

BoB本大会開始まで、後10分。

 

 

 






銃士X、ペイルライダー、B・J、ステルベン……この中に〝死銃〟はいるっ!!(1人とは言っていない

BoB本大会前に彼氏に首輪を付けて参上するクレイジーな彼女がいるらしい。

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