修羅の旅路   作:鎌鼬

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邂逅

 

 

声を掛けられた瞬間に反射的に振り返りながらその場から飛び退く。普通に声を掛けられただけならここまで過度な反応は見せなかっただろう。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()というのが問題なのだ。ゲーム内とはいえプレイヤーの気配を察知出来る俺が、声を掛けられるまで背後を取られた事に気づく事が出来なかった。こんな経験は初めてだ。

 

 

そこに居たのは1人のプレイヤー。全身をボロボロになっているダークグレーのマントで覆い隠し、深く被ったフードの上にまるで髑髏を思わせるフルフェイスのゴーグルで隠している。その風貌とレンズが赤く光っているのも相まって、幽鬼の様な、死人の様な印象を与えていた。その視線は俺と同じ様にその場から飛び退いたキリトに向けられているものの、こちらを警戒しているのが分かる。

 

 

「……本物ってどういう意味だ?あんたは誰なんだよ」

 

 

自分の反応にか、相手のマナー無視の声掛けに腹を立てているのか、キリトは珍しく苛立たしげに問いかけていた。だが出て来た声も掠れていて動揺しているのが丸分かりである。それを看破したのか髑髏フェイスのプレイヤーはキリトに詰め寄る。

 

 

「試合を、見た。剣を、使ったな?もう一度、訊くーーーお前は、本物、か?〝キリト〟、あの剣技、お前、本物、か?」

 

「……ッ!?」

 

 

ボイスチェンジャーでも使っているのか耳障りな変質した声で淡々と、ウインドウで予選のトーナメント表に載せられているキリトの名前を指差しながら尋ねる。一見すればキリトが自分の知っているキリトなのか尋ねている様に思えるのだが本質はただの確認作業と変わらない。髑髏フェイスのプレイヤーはこのキリトが自分の知っているキリトだと確信している。肯定しても否定しても、こいつはキリトを自分の知っているキリトと思って行動するだろう。

 

 

そしてこの髑髏フェイスのプレイヤーだが、キリトの反応と〝キリト〟への執着具合から大凡把握する事が出来た。恐らくこいつはキリトと同じSAO生還者(サバイバー)の1人だろう。〝黒の剣士〟であるキリトを知っていて、SAO時代に使っていた剣技を見てキリトを自分と同じSAO生還者(サバイバー)と確信したのか。

 

 

しかし髑髏フェイスのプレイヤーを見ていると、自分と同じSAO生還者(サバイバー)との交友を深めようとしている様には見えない。顔を隠し、声を変えているがこいつからは冷たい殺意がーーードロリとした憎悪が感じられる。

 

 

キリトがSAO時代にゲームクリアを目指していた攻略組と呼ばれていた集団に所属していた事は、ALOで捕らわれていたアスナを助け出した後にどうやって知り合ったのかと尋ねた時に聞いている。デスゲーム終了に貢献したキリトは正しく正義と呼ばれるべき存在であってここまでの憎悪を向けられるのは間違っているとしか思えない。

 

 

しかしキリトが正義で、このプレイヤーが悪であるのなら、デスゲームと化したSAO内で悪事を働いていたのなら、これ程の憎悪を向けられるのも納得が出来る。

 

 

「ーーーヘイ、一回戦が終わったばっかでキリトも疲れてるんだ。お前も決勝目指してるんだろ?だったら細かい話は予選が終わってからにしようぜ?」

 

「ウェーブ、〝冥狼(ケルベロス)〟、か」

 

「恥ずかしいからその呼び方止めてくれない?こう背筋がゾワゾワするから」

 

 

キリトが精神的に追い詰められているのを察して空気を変えるためにわざとらしく明るい声をかける。髑髏フェイスのプレイヤーの鬼火を思わせる赤い眼を向けられ、何を考えているのか分からない恐怖で鼓動が早まるが顔には出さない。

 

 

「……まぁ、いい」

 

 

髑髏フェイスのプレイヤーと目が合って数秒経ち、彼は目を再びキリトへと向ける。その時、キリトが彼の腕を見て目を見開いていたのを見逃さない。何を見つけたのかと思えば腕に巻かれた包帯の隙間から顔を覗かせているタトゥーの様なものだった。何かの顔なのか、目の様な物が見える。タトゥー自体は珍しい物でもない。スコードロンのエンブレムとして、オシャレ代わりとして、何も考えずに身体のどこかに刻むプレイヤーは山ほど居るから。だというのにキリトは動揺していた。それはSAO内でそのタトゥーを見た事があるからなのか。

 

 

「名前を、騙った、偽物でも、本物、でもーーーいずれ、殺す。そして、ウェーブ、お前も、殺す」

 

 

今にも消えそうな音量だったのに、その声はしっかりと耳に届いた。そして髑髏フェイスのプレイヤーは俺たちに背中を向けて数歩進んでーーー唐突に消えた。転移エフェクトも無しに、ログアウトとは違う消え方でその場から姿を消した。その現場を目撃したのは俺たちだけ、他のプレイヤーたちは応援か情報収集かでモニターに目が行っていて見ていない。

 

 

そしてーーーどこかから俺たちを見ていた視線も髑髏フェイスのプレイヤーが消えるのと同時に無くなった。

 

 

「ーーーふぅ、なんだありゃ」

 

 

安堵の溜息を吐きながら手の甲で顔を拭う。ゲーム内で汗は出ないはずなのに冷や汗をかいていると思ってしまったから。

 

 

はっきり言うと、俺はあのプレイヤーに()()()()()()()()。それは強さ的な意味での恐怖では無く、不明であるという事の恐怖。子供の頃に正体不明な存在を訳も分からず怖がっていた時の様な、そんな恐怖を感じていた。顔を拭う為に持ち上げた手はよく見れば小刻みに震えていた。

 

 

「あれが〝死銃〟かもな……大丈夫かよ」

 

「あ、あぁ……」

 

 

返事はされたものの限界を迎えたのかキリトは近くのボックスシートに崩れる様に座り込み、体育座りになる。その線の細いアバターの身体は俺の手と同じ様に小刻みに震えている。

 

 

「お、ウェーブじゃん!!」

 

「勝ったみたいね」

 

「キリト君はどうでした?」

 

 

そのタイミングでシノンたちが転移エフェクトと共に姿を現してこちらに駆け寄ってくる。空中に投影されているトーナメント表を見れば3人とも第2回戦へ進出した事を表すラインが伸びていた。いつもなら嬉しい事なのだが、今はそんな事を喜んでいる余裕は無い。駆け寄って来たアスナをキリトへと向かわせる。

 

 

「ケア頼んだ」

 

「え?って、キリト君!?」

 

 

あのプレイヤーが〝死銃〟だとしたら相当やばい事になる。装備不明で実力も不明、さらに人数さえ不明なのだ。あの格好=〝死銃〟だとするのなら、他にも何人か〝死銃〟がいるのかもしれない。キリトにここで潰れられても困るのでアスナにキリトのケアを頼むしか無い。

 

 

「シノン、シュピーゲル、ボロッボロのマント着た髑髏フェイスのプレイヤー見つけたら俺に教えてくれない?名前と一緒に」

 

「……何かあったの?」

 

「もしかしてキリトの様子と関係がある?」

 

「あるある超大有り。そいつ、俺のブチ殺リストに初登場で殿堂入りしてくれたから絶対に殺すって誓ってるんだよ」

 

「分かった、教えれば良いのね?」

 

「ウェーブのブチ殺リストに殿堂入りするとか何したのさ……教えるけど」

 

「ありがと」

 

 

ともかく今はあのプレイヤーの正体を明かす事が最優先だ。見つけてーーーそして殺す。あれはGGOに、普通のゲームに存在してはいけない異物なのだと一目で理解した。だから殺す。何があっても、例え相打ちになろうとも、あれをこの世界から追放しなくてはならない。

 

 

2人に悟られない様にいつものヘラヘラとした笑みを浮かべながら内心で誓うのと同時に転移エフェクトが俺を包んでさっきの暗い空間へと飛ばされた。もう少し時間があっても良いんじゃ無いかと思いながらダイン戦で消費した分だけ弾丸を装填して準備を終わらせる。

 

 

そしてカウントダウンが0になってフィールドに飛ばされ、()()()()()()()()()活動を開始した。

 

 

 






〝死銃〟サン、修羅波に恐怖を与えるという大金星。でも恐怖の理由が叶わない存在だからじゃ無くて分からないから怖いって理由がなんもと。皆さんも子供の頃、良く分からない存在が怖かった経験はありませんか?それと同じです。

〝死銃〟サンを危険認定した修羅波が活動開始。一切の遊び無しで戦う〝死銃〟サン絶対殺すマンに変身しました。

キリトちゃん君をアスナ様がケアするという百合百合しい光景があったそうな。

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