本当だったらもう少し情報の交換をしたかったが、予選開始の時間が迫って来ているのでキリトとアスナを連れて総督府の地下20階の予選会場へと案内する。照明が極力落とされた会場は薄暗く、だだっ広い。その薄暗がりの中でBoBに参加するプレイヤーたちが戦闘用の衣装に着込み、武器を見せびらかすように弄りながら視線をこちらに向けて来る。誰が来たかを確認する為か、それとも少しでも情報を得ようとしているのか、どちらにしても向けられた視線をすべて受け止める。この程度で気後れする程に肝は小さくない。キリトとアスナは気圧されているが、それも時間と共に解決する程度の物でしかない。
「あそこの奥に控え室があるから装備を変えて来て。あぁ、武器は試合開始直前に準備時間があるからそこで装備した方が良いぞ?見せびらかしたら対策取られるし」
「わかった……行こう、アスナ」
「うん」
会場の奥に並んでいる素っ気ないデザインの鉄のドアを指差すと、2人は周りの視線に怯えながらだがしっかりとした足取りでそこへと向かい、2人で同じ部屋に入って行った。
……装備変える時に一回キャストオフする事になるのだがそこらへんは大丈夫なのだろうか。でもALOの時の2人の関係を見たらする事はもうしてそうだし、同じ部屋で着替えるくらいは抵抗が無さそうに思える。
問題ない、むしろ問題を起こしてくれた方が面白そうだと判断してシノンとシュピーゲルの姿を探すと、ボックス席で談笑している2人の姿を見つけた。銃の装備はしていないが、防具は2人が好んで使っている物に変えられている。
「よぉ」
「やぁ」
「やっと来たわね。2人をちゃんと案内した?」
「あぁ、今頃控え室で装備変えてるだろうよ」
ボックス席に腰を下ろすのと同時にテーブルの上に足を組む。流れるような動作を前にシュピーゲルは苦笑し、シノンは目つきを鋭くさせて睨んで来た。
「行儀悪いわよ」
「キチガイなんでね」
「ついにキチガイがキチガイであることを認めた」
「ぶち殺してやろうか?」
「シノンから聞いたけどウェーブはBブロックでしょ?僕はCブロックなんで。いや〜残念だなぁ!!決勝で戦おうって言って予選一回戦で当たって決勝で戦おうと言ったな?あれは嘘だってネタやりたかったのになぁ!!」
「なんだよそれ……俺もやりてぇよ!!」
呆気に取られている相手の顔面に〝オルトロス〟を突き付けて引き金を引く瞬間を想像して面白そうだと感じた。ピトフーイ辺りにやれれば爆笑物だっただろうが、残念ながら彼女はAブロックだったはずなので決勝で戦う以外に無い。
「彼女たち大丈夫かしら?」
「シノンが案内したってプレイヤーの事?GGO初心者でいきなりBoB参加するってのは無謀だと思うけど他のVRMMOからコンバートしてるんだったら大丈夫じゃないかな?」
「少なくともステータス面じゃ大丈夫だろうよ。それに、あいつらは強いから決勝まで上がって来ると思うぜ?」
「え、知り合いなの?」
「ALO時代の頃の知り合い」
ALO時代のキリトとアスナの強さは身を持って知っている。一対一なら嵌め殺せる自信があるし、実際に嵌め殺して完勝した事はある。しかし、一対二になると話が変わる。長い間共闘して来たのか2人のコンビネーションは異常な完成度を誇っていて、一対二では
2人相手だから負けたなどと言い訳するつまりは無い。一対一なら俺の方が強く、一対二なら2人の方が強いというだけの話。いずれ一対二でも完勝するつもりだが、今はそんな事をしている場合では無い。
〝死銃〟の炙り出しを行い、これを排除する。それが今の俺たちの目的だから。
だけど……その道中で
「ウェーブウェーブ!!顔が怖いよ!!」
「凄い……ウェーブのそんな顔初めて見たわ」
「いや〜シュピーゲルがいうみたいに俺も戦闘民族の出身らしくてさ、戦うのが楽しみで楽しみでしょうがないんだよね!!こう、なんて言うの?遠足前日の小学生の様な、13日の金曜日前日のジェイソンの様な気持ちなんだよ!!」
「前後の比喩の差がおかしくない?」
言われてみて確かに前後の差が邪悪すぎると思ったが他に例えが思いつかなかったのだからしょうがない。
「そう言えばサヤは?」
「シノン見て興奮したのかアミュスフィアの安全装置が働いて強制ログアウトしてた」
「マジか、ザマァ」
「正直言って怖かったわ……私を見つけて駆け寄って来たかと思ったらいきなり白目向いて倒れた挙句にログアウトですもの」
「ちょっとネタに生きすぎじゃないかな」
その時の光景を想像するだけで笑いが込み上げてくる辺り、サヤはネタに生きているとしか思えない。でも下手をすれば警察沙汰になる事をしでかすからイイ様だとほくそ笑む事で終わらせる。今頃発狂しながら再度ログインして総督府に向かっている頃だろう。
俺の笑顔が邪悪だとシュピーゲルにドン引きされ、腹いせに裏拳を鼻っ面に叩き込んだところで着替え終わったキリトとアスナがやって来た。2人とも装備は似通っていてキリトは黒系統、アスナは白系統とALO時代と同じ様な色合いなので好みで選んだと思われる。
そして2人の顔は真っ赤になっていた。
「ヤッたのか?」
「殺す」
「ストレートな殺意ぶつけて来たよこの美人さん」
「落ち着いて、殺すのは決勝の時でも遅くないわ」
「……待って、その……ヤッたって……え?女の子同士で?」
女の子同士と聞いて不思議に思ったが、良く良く考えてみればシノンは2人の事を知らない。俺はALO時代からの付き合いでキリトが男だと知っているが、今のアバターを見れば女と勘違いしてもおかしく無いだろう。実際にシュピーゲルはキリトの性別を勘違いしている様だ。
「良し落ち着こう。さっきのは冗談だ、そしてキリト……そっちの黒髪の方の性別は男だ」
「男……ヲトコォォッ!?」
「そのアバターで……男……!?」
「キリトでーす。性別は男でーす」
「アスナです……私は女ですからね」
「詐欺だよな?巫山戯てるよな?つうわけだからキリトはちょっとタイに行って来て取ってこい」
「ナニを取らせるつもりだ!?」
ALO時代にやったやり取りをGGOでもする事が出来るとは思わなかったので懐かしさを感じてしまう。ALOで前にあった男性限定の女装大会でキリトが優勝した時にはアミュスフィアの安全装置が働く程に爆笑し、現実に帰ってからも爆笑していた記憶がある。それからキリトの顔を見る度にその時の事を思い出してしまい、その都度強制ログアウトしていた。
「凄えだろ?リアル男の娘だぜ?しかも彼女持ちでALOには金髪巨乳の妹ちゃんがいるとか言う勝ち組なんだぜ?」
「おうウェーブ、お前リーファの事そんな目で見てたのか殺すぞ」
「疑問符つけない辺りガチでキレてるなぁ」
「……」
金髪巨乳の妹ちゃんであるリーファの事を出してやればキリトが額に青筋を浮かべながら胸ぐらを掴んで来たので頭突きで迎撃する。シュピーゲルはキリトの豹変にドン引きし、アスナは顔を手で覆い隠し、シノンは自分の胸元を見て顔から表情を消していた。
「ねぇ……ウェーブは胸とか気にするの?」
「……別に?あったら目が行くのは否定しないけど有る無しは気にしない」
シノンから聞くと思わなかった疑問に少し驚き、自分の中でどうかを吟味してから正直に応える。シュピーゲルともリアルでその話題で語り合った事があるし、その事に対する羞恥心は勿体無いので聞かれれば応える。
だけど俺の答えを聞いても不満なのか、シノンは自分の胸元を恨めしそうに見ているだけだった。
これは触ってはいけないと直感で判断してアイコンタクトで情報を共有、理解してくれたシュピーゲルは頷いてキリトとアスナにBoBの予選の説明を始めた。
シノンの反応を見る限り、本人が気付いているかは不明だが俺に対する好意を持っているのがわかる。それは素直に嬉しいと思う。俺だって男だ、異性から好意を持たれて嬉しいと感じないはずがない。
だけどーーー駄目だ。
「……そう言えば、2人は予選は何ブロックなんだい?」
「俺はFブロックでした」
「私はBです」
「ふむ、僕はボッチ、Fはシノンとキリト、Bはアスナさんとキチガイか……アスナさん、強く生きるんだ」
「よぉボッチ、どう言う意味だよそれ」
「そのままの意味だけど?」
「そうかそうか、そのままの意味かーーー月夜ばかりと思うなよ?」
「待ってそれってどういうーーー」
シュピーゲルが何かを言おうとした瞬間、予選開始時刻となって俺たちを青いライトエフェクトが包み込んだ。
修羅波は一対一ならキリアスに勝てるくらいには強い。だけど一対二になると負けてしまう。数に負けたとかじゃなくてコンビネーションで戦闘能力の差を埋められて押し切られるから。
ところでバーサークヒーラーが修羅波と同じブロックなんだが、どう思うよ?