時速200キロというリアルでやったら逮捕間違い無しの加速を見せてくれた二輪バイクを〝ブリッジ〟手前の階段に止め、そのまま歩を進める。
すでに乗せていたシノンと、シノンが遅刻しかけた原因だと思われる2人のプレイヤーは予選エントリーの為に中に入っている。アバターで見たことの無い顔のはずなのに何処かで会ったことがある既知感を感じていた。恐らくあの2人はリアルか、それかALOで出会った事があるのだろう。それと黒髪の方が茶髪の方をアスナと呼んでいた。ALOにその名のプレイヤーが居るので、憧れて付けたので無ければ本人、そうなればもう1人の正体も分かってくる。
タバコを咥えながら〝ブリッジ〟の内部に入れば目に付いたのは巨大なモニターに流されている第3回BoBのプロモーション映像。興味が無いのでそこから視線を外せば、入り口の近い壁に設置されている操作パネルに向かって予選エントリーの操作をしている3人の姿があった。時間は14時54分なので、操作を間違えでもしない限りはエントリーには間に合うだろう。
「間に合ったか?」
「なんとかね……」
エントリーを終えたのか安堵しているシノンに話しかける。後ろからシノンの操作していたパネルに表示されている予選のブロックを確認すればFブロックだった。
「Fブロックか、俺はBだからやるとしたら決勝でだな」
「……ねぇ、約束覚えてる?」
「あんな素敵な啖呵を忘れるかよ。覚えてるよ」
「ーーーウェーブ、貴方は私が倒すわ」
「素敵な宣戦布告をありがとうーーー俺はシノンに倒されるまで、無敗であり続けてやるよ」
唐突に成された宣戦布告と向けられた戦意。それを受け止めて心地よいと感じながら、俺もまたシノンへ戦意を向ける。
挑むというのなら是非も無し、全力で叩き潰してやろう。
だけど、願わくば、全力を出した俺を超えて欲しいと思っている。
勝利と敗北を同時に求めるという二面背反。それを愚かしいと感じながら決して表には出さずに、いつもの様なヘラヘラとした笑みを貼り付ける。
そして、シノンが連れてきた2人もエントリーを終えたのかチラチラとこちらを見ている。
「で、そちらの2人さんは?」
「あぁ、BoBに参加する為にコンバートしてきたプレイヤーらしいのだけど……」
「えっと……初めまして、アスナです」
「キリト、です……」
茶髪の方がアスナ、黒髪の方がキリト……確定だな。アバターが違っていてもアスナは声がそのまんまだし、キリトの方は声質を変えているが作っていると分かる程度のものでしか無い。
「アスナ、キリトねぇ……初めまして、ウェーブです」
出来る限りの笑顔で、オモチャを見つけた子供の様な無邪気な笑顔で名前を告げた筈なのに2人は硬直し、見て分かる程に冷や汗をかきはじめた。よく見れば顔が青くなっている。
「う、ううううウェーブ!?」
「嘘ッ!?本当にウェーブさん!?」
「今年はどこで田植えしようかな?」
「本物だ!!この発言は本物のウェーブだ!!」
「他のゲームにコンバートしたって聞いてたけどまさかGGOだなんて……!!」
「ウェーブ、田植えって一体何したのよ?」
「ALOってゲームでな、サラマンダーって種族の奴らが矢鱈と俺のことを目の敵にして襲ってくるから地面に植えてスクショ撮ったのよ。今年は人参が豊作ですって文字と一緒に鍬を持ってな」
「……うわ〜」
ざっくりとした説明だったがその光景が思い浮かぶのかシノンの目がみるみるうちに死んでいく。一番初めに田植えしたのはサラマンダーだったけど二番目はシルフで三番目はウンディーネだったな。あの光景は今思い出しても笑える。
「話が終わったのなら控え室に行きたいのだけど……」
「う〜ん……もうちょっと待ってくれるか?久し振りに会ったから少しだけ話がしたいし」
「分かったわ。その代わり、ちゃんと控え室まで案内しなさいよ」
そう言ってシノンはホールの正面奥に設置されているエレベータに向かっていく。エントリーの締め切りが終わってから30分後に予選が開始される。準備の時間を考えれば15分前に案内すれば良いだろう。
「ーーーで、〝黒の剣士〟様と〝バーサクヒーラー〟がなんでGGOにコンバートしてBoBに参加してるんだ?」
人気が無いことを、聞き耳を立てているプレイヤーが居ないことを確認してから本題へと入る。キリトとアスナはALOで有名なプレイヤーだ。なにせ誰にもクリア出来ないと言われた〝グランドクエスト〟をクリアしたのだから。ALO以外にもゲームが出ているのに興味無しといった風だった彼らがわざわざコンバートしてまで、それにコンバート当日にBoBに参加するとなれば何か目的があるとしか思えない。
「それは……」
「……」
「最近のGGOで噂になっている事と言えば……〝死銃〟か?」
「「ッ!?」」
〝死銃〟という、ゲーム内でリアルの人間を殺せるというプレイヤーの事を出した途端に2人の顔が驚愕に染まるのが分かる。2人とも俺よりも年上だと思われるがそこら辺の経験は浅いらしい。その反応だけで彼らの目的が、そしてその噂が事実の可能性があると分かってしまう。
「リアルで死人が出てるみたいだな?」
「……2人だ。〝死銃〟に撃たれて死んだのは」
「キリトくん……!!」
「GGOの内部事情を全く知らない俺たちだけじゃ〝死銃〟を止められない。協力者が必要だ……キチガイだけど」
「……はぁ、どいつもこいつも俺のことをキチガイ扱いしなくちゃ生きていけないのかねぇ……それにしても2人か」
2人となれば何かの偶然でと済ませられるレベルだろう。だがこうしてGGOにキリトとアスナがやって来ているという時点で彼ら2人、もしくは彼らに依頼でもした人物は偶然では無いと思っているに違いない。〝死銃〟の真偽、あるいはどうやって殺したのかを求めているのだろう。
「〝死銃〟探しだっけ?手伝うぞ」
「良いのか?」
「あぁ、こっちにも思うところはあるんでな」
ぶっちゃけた話、〝死銃〟が俺を撃ってその結果俺が死んだとしても俺はその事をそうかと納得しながら死ぬだけだ。だけどシノンが、シュピーゲルが、GGO内で出来た友人が殺される可能性があるのなら全力で止めてやろう。いろんな思惑があろうとも、彼らは純粋にゲームを楽しんでいるのだから。それを壊そうとするのは許せない。
それに、命を賭けるのならこのロクで無しの命だけで十分だ。
「〝死銃〟が殺したプレイヤーに共通点は?」
「有名だったって事くらいだな。1人はゼクシードっていうプレイヤーで第2回BoBの優勝者、もう1人は薄塩たらこっていう有力プレイヤーだ」
「死因はどちらもリアルでの心不全だったらしいんですけど……」
「有名ねぇ……」
有名がどの程度のものなのかは分からないが、それが〝死銃〟に殺される条件なのだとしたら俺の友人たちはほとんどがそれに当てはまる。
シノンはBoBで数少ない女性プレイヤーで10挺しか見つかっていないアンチマテリアルライフルの使い手。
シュピーゲルはAGI極振りで、爆発物を使う〝
ピトフーイは最古参で様々な銃を使いこなすプレイヤー。
そしてーーー俺も二挺拳銃でガン=カタで戦い、不本意ながら〝
俺と友人たちが、〝死銃〟に狙われる条件にピッタリと当て嵌まってしまっている。
項垂れたくなったがそれを堪える。頭ではヤバイなと考えている癖に、心は興奮で今にもはち切れそうになっている。
殺される危険性、命のやり取り……現実では出来ない殺し合いを〝死銃〟とならば出来ると、そう考えただけで口角が持ち上がりそうになってしまう。
死ぬかもしれない恐怖など微塵も感じず、
「……まぁ、取り敢えず予選始まる15分前だから行くとしようか。案内するからついて来てくれ」
その興奮が表に出てこないようにと努めながら予選の準備をするために、彼らを〝ブリッジ〟の地下へと案内する事にした。
「ところでなんでアスナが居るの?キリトの事だから危ないとかで連れてこないと思うんだけど」
「押し切られました……」
「押し切っちゃいました」
「キリトがアスナの尻に敷かれる未来が見えた」
キリトとアスナの参戦。それと修羅波と組む事に……でも修羅波は〝死銃〟との殺し合いを望んでしまってるんだよなぁ……
アスナ>キリトなのは常識。