『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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8(2052年)

(エレナ姫……)

 ダークホーンのセンサーが漸く敵を補足した。砲撃によるがけ崩れが進路を塞ぎ、本隊との合流の時間を費やされた。

 派遣した偵察隊から、キシワムビタ城にエレナはいないことが確認されている。

 リミッターのついたままのレイノスに乗って脱出したか?

 否。

 彼は直観で、前方の敵に拉致されたのだと察知した。

 絶対に取り返してやる。

 シュテルマーはダークホーンの最大出力で突進を続けた。

 唐突に、緊急回線を経由して師団本部からの通信が入った。追撃の最中にも関わらず、至急確認の指示が忌々しい。ディスプレイに平易な通達文が表示されていく。

 彼は目を疑った。喜怒哀楽という感情全てを綯い交ぜにしたような、複雑な感情が沸き上がる。独白さえない。ヘルメットを被っていても、眉間の皺が深く刻まれて行くことまでわかる。

〝大尉、追撃中止の指令が出ています〟

 苦悩を断ち切ったのは、後続のダークホーン部隊からだった。追撃しているものの、他の兵士にも動揺が走っているに違いない。まして今の彼の行動は独断専行に近いものであったから尚更だ。しかし、彼の決意はより確実なものとなった。

「追撃は続行する。何としてもエレナ姫を奪取するのだ」

 進軍の先に、敵部隊らしきゾイド群を補足していた。

 

「ローリングキャノンへのエネルギー供給、斉射可能まであと10秒」

 コアに命の炎が宿り、低重心の攻撃型ゾイドが機動を開始した。脚部の関節が短い分、ガンブラスターの移動速度は遅い。しかしそれを補うように、文字通りのハリネズミのような武装が施されている。黄金砲はもとより、機体を保護する超電磁シールドの装備は、マッドサンダーの反荷電粒子シールドを応用した共和国の最新鋭防御システムである。

 モニターにダークホーンの一団が迫る。暗黒軍本隊から突出した独立部隊の様だ。シュウは、部隊の目的がエレナにあることを感じ取っていた。

「他のゾイド部隊はガンブラスターの射線後方に下がってください。ローリングキャノンの一斉射を行います。敵が怯んだら、間を措かずに重撃砲を連続発射、徹底的に沈黙させましょう。

 いきますよ。頼んだぞ、ガンブラスター」

 頭上でローリングキャノンのバレルが回転を始めた。砲身にエネルギーが送られていくのが判る。実体弾の装填も完了した。

「目標、前方のダークホーン」

 黄金の火箭が一斉に奔っていた。

 

 シュテルマーの部隊兵は、彼と共に幾つもの戦場を潜り抜けてきた精鋭である。みすみす敵の射撃目標になるほど愚鈍ではないが、周囲に隠れる場所の無い開けた海岸線では、退避する崖も窪地も存在していなかった。エレナを追うことだけに執着してしまったことと、先の通達に対する動揺による、シュテルマーのミスであった。

 彼の搭乗するダークホーンが黄金色の火箭が伸びるのを視止めた直後、急制動を掛けて横へ跳び退いたが、後方から加速をつけていた他の機体は一度に2機が砲撃に呑まれていた。

 機体性能の差だけで、ここまで損害が拡大するものなのか。敵のゾイドは信じられないくらいに出力が高い。これが技術力の差か。与えられたゾイドで戦う他ない。敵の弱点はどこだ。

 背中の回転砲群は、射線を前方放射状にしか向けられない。側面からの攻撃に対して電磁シールドで防御されるという情報が入っている。となれば、まずは射線上から退避することが先決だ。

 シュテルマーは大きく弧を描いて迂回するようにダークホーンを走らせる。

 ガンブラスターは予想以上の機動性を持っている。側面に武装が無いことも敵は理解しているはずだ。周囲を固めるカノンフォートが、間断なく重撃砲の砲撃を繰り返していた。

「中央の黄金砲を沈黙させる。キュヴィエの機体は周囲の青い牛を狙え。シャーフハウゼンは私の援護をしろ」

 残った合計3機のダークホーンが、それぞれに花弁が開く様な隊列を組みながら攻撃を開始した。

 先行したのはシュテルマーの機体であった。黄金砲の火箭が伸びる。一斉射撃ではない。敵も出力を絞っているのだ。

「舐められたものだな」

 一瞬、歩幅を変えて銃撃をやり過ごした。側面から迫っていた1機のカノンフォートが狙いをつけている。次の瞬間、そのカノンフォートはハイブリットバルカンの餌食になっていた。

「よくやった」

 僅かに乗機の頭部を振って合図する。まだ黄金砲の側面を撞く態勢ではない。上空からレイノスが現れた。忌々しい青いゾイドだ。ハイブリットバルカンを最大仰角に構えて威嚇射撃をする。シュテルマーには命中させるつもりはなく、射線を避けたレイノスが、確実に照準に捉えた別のダークホーンに撃ち抜かれていた。

 カノンフォートは残り2機。1機が今、クラッシャーホーンに粉砕された。3対2、それも1機は小型ゾイドである。共和国軍は明らかに分が悪かった。

 その時シュテルマーは、ガンブラスターの後方に1機のカノンフォートが逃走していく姿を見つけた。

 目の前の敵は囮か。あれにエレナ姫が捕えられているに違いない。その彼の僅かな心の迷いが、3機のダークホーンのフォーメーションを崩した。

 隊長シュテルマーの機体が更に突出する。防御陣に穴が開いた。狙い澄まされたガンブラスターの砲門が、ダークホーンに叩き込まれた。

 1機のダークホーンが横転擱座する。これで2対2。しかしシュテルマーはエレナ達の操縦するカノンフォート目掛け一直線に突進していった。

 

 シュウは、ダークホーンがエレナたちのカノンフォートを狙っていることを察知した。通常の兵士であれば、目先の敵と戦うものだ。無理に戦闘を回避したことにより、敵は損害を拡大させているにも関わらず追撃を継続している。暗黒軍にとって彼女が如何に重要なのかを改めて知った。

 シュウにとっても共和国にとっても彼女は重要である。彼はエレナたちのカノンフォートに向けて突進するダークホーンの進路に、ガンブラスターで立ち塞がった。

「何処からでもかかって来い! でも、なるべく正面から」

 

 こんな場面で、共和国の新型ゾイドと直接対決するとは予想外だった。残弾も少なく、最大出力を強いてきたコアも限界気味だ。装甲の彼方此方に被弾し、防御能力も低下している。なにより味方が皆やられていた。

 自分の所為か。それでも生きている最大の意味は、エレナを守ることだった。彼女が敵の手に堕ちることは、自分の存在を全否定されるのと同じはずだった、あの緊急連絡が入るまでは。

 しかし、軍人としてこの戦いだけは決着を付けなければならない。共和国の奴らにゾイドが単に出力や火力だけで戦うのではないことを思い知らせてやる。

 決意の瞬間から、シュテルマーの目標はカノンフォートからガンブラスターへと変わっていた。

 

「これがゼネバス帝国の開発した旧式ゾイドを改造したものなのか!」

 シュウは、ハイブリットバルカンをまるで竜巻の様に乱射して、ガンブラスターを翻弄する暗黒ゾイドダークホーンに恐怖した。黄金砲の発射態勢が整わないうちに、敵は小火器を撃ち込んでは射角の外側へと回避する。機体全体に電磁シールドを展開して攻撃を防いではいるが、このままではいずれエネルギー切れとなる。格闘兵器では、敵のクラッシャーホーンに勝るものを持ち合わせてはいない。黄金砲の威力を生かせないまま、これでは破壊されてしまう。

「父さん、兄さん。僕に力を貸してください」

 電磁シールドを叩きつけるハイブリッドバルカン攻撃に耐えながら、シュウは歯を食い縛っていた。

 もともと戦争をするために上陸したのではない。あの時エレナに語ったように、純粋に暗黒大陸の地形や地殻変動の状況、そして文化を知りたかったからここに来たのだ。大統領は僕の身を案じてカノンフォートと最新式のガンブラスターを与えてくれた。でも、それは僕自身への配慮ではなく、父と兄を戦死させてしまったことへの罪滅ぼしだろう。この上僕まで死んでしまっては、残された母や父と兄との知人に申し訳が立たないからだ。それでも大陸に渡ったのは、何処かに父たちへの劣等感があったのかもしれない。

 でも今は戦わなければならない。なぜなのかはよくわからない。どうしても守りたいんだ、あの女の人を。

 敵のゾイド乗りは優秀だ。素質や性能だけに頼っていたのでは、とても勝てそうにない。ガンブラスター、多分君の電磁シールドと装甲板が僕の命を救ってくれたとしても、君のゾイドコアは燃え尽きてしまうだろう。こんな半端なパイロットであることを許してくれ。今度ゾイドに乗るときにはもっと操縦技術を上げておくよ。せめて今は全力を尽くして、彼女たちを逃がしてあげることに付き合ってくれ。

 電磁シールドで守られたコクピットの中にも、容赦なく敵の攻撃のよる振動が響いていた。

 

 シュテルマーも焦っていた。いくら新型とはいえ、ここまでエネルギーが持つものなのか。このままではこちらのコアが焼き切れてしまう。ほぼ孤立状態だ。頃合いを見計らって脱出しないと、下手をすると犬死になる。

 当初の目的とは違ったが、エレナを守ること以外に自分の生きる義務ができたのだ。

 一気に決着をつける。

 黄金砲の砲身の先を躱しつつ、次第にダークホーンの攻撃の輪が狭められていった。

 

「……しまった」

「いまだ」

 

 互いにその声を聞き取ることの出来ない二人が、同時に叫んだ。ガンブラスターの電磁シールドが消滅したのだ。既に充分な攻撃距離に迫っていたダークホーンが、その頭部中央のクラッシャーホーンを閃かせた。

 

 お前はよくやったよ、敵ながら賞賛してやる。

 せめて一撃でコアを貫いてやる。

 

 ガンブラスターの中心線目掛けて、黒い竜巻が突進していった。

 

 突然ダークホーンが弾かれた。丁度スティラコサウルスの特徴である首の後ろ側、装甲が厚く直接機体の行動に影響のない襟の部分に、重撃砲の砲弾が命中したのだ。

 シュテルマーは周囲を確認した。カノンフォートのジャミングテイルのため充分な索敵が出来ない。白煙の向こう側に青い機体が浮かぶ。

 まだ残っていたのか、青い牛め。

 だが、様子が違っていた。青いゾイドは停止している。背中の砲塔には金色の髪を靡かせる人影が見える。モニターの解像度を最大に上げ確認した時、思わず操縦桿から手を離しコクピットハッチを跳ね上げていた。

 

「エレナ姫」

 砲塔のハッチに凭れ掛かるように立ち竦んでいたのは、紛れもなくそのひとであった。

「シュテルマー、もう止めてください」

 カノンフォートがゆっくりとした足取りでダークホーンに近寄ってくる。頭部コクピットも開放され、それを操るのが学窓を共にしたキャロライン・ラーレナスであることも分かった。逃走途中のカノンフォートのモニターに映った、シュウのガンブラスターと死闘を繰り広げている黒い機体、唯一残ったダークホーンに示された燐光を放つ機体番号が、レイノスを見つけた時に再会したシュテルマーの機体と同じことにキャロラインが気付いたのだった。

 

「籠の中から鳥は飛び立ちました。一度逃げた鳥を無理やり捕えようとしても、いたずらに傷付けるだけです」

「一時の気まぐれで飛び立った鳥ならば、やがては主の手元に自ずと戻って来ます。野生を知らない籠の鳥は、野生に生きるには辛過ぎます」

 エレナは彼の言葉を聞いて悲しくなった。どんなに互いを理解したつもりでいても、まだ伝わらないものがあったことに。

「私は伯父の元に行きます。今のあなたなら共に行けるはず。もし私を守るというのならば、黙って私に従いってください」

 彼はその命令に従うことを屈辱と感じるだろう。しかしエレナには彼がどうしても必要な存在だったのだ。

 暫しの時が流れた。

「お断りします」

 鋭い視線が彼女に向けられた。

「どうして、なぜなのシュテルマー。私があなたを必要としていることは知っているでしょう」

 エレナは叫ぶ。もはや懇願であった。愛しい人に共に来て欲しいという、王女という立場など振り切った願いであった。それでも彼の決意を揺るがせることが出来なかったのだ。

「姫様。どうやらこれでお別れの様です。身分違いのことながら、お慕いしておりました。これまでの数々の御無礼をお許しください」

「あなたは姫様の気持ちがわからないの!」

 コクピットからキャロラインが叫ぶ。しかし彼女の声も、彼の心に響くことはない。

「自分はゼネバス軍人として、王室の忘れ形見であるあなたをお守りしておりました。ですがそれはあなた個人への忠誠ではありません。あくまでゼネバス皇帝陛下への忠誠です。

 これだけはお知らせしましょう。お喜びください。皇帝陛下が御存命であることが、先ほど公表されました」

 

 エレナは絶句した。父が生きている。

 

 その時、シールドライガーMk-2の一群が接近してきた。

〝シュウ、生きているのか〟

 ガンブラスター、そしてカノンフォートのコクピットに響き渡ったのは、チャンス少佐が率いる増援部隊からの通信であった。

 時を同じくして、シュテルマーのダークホーンがディオハリコンエネルギーを最大出力にして最期の突進を始めた。

 またゾイドを殺すことになるが、せめてこの包囲網を突破するまでは持ってくれ。

 緑色の燐光を放つ黒い竜巻になったダークホーンは、シールドライガーの群れの中央を蹴散らしながら突進していく。ゾイドの生命と引き替えの捨て身の突進を追撃できるゾイドはいなかった。

 

 お父さまが生きている。

 エレナは喜びとともに、大きな疑念を抱いた。なぜ父は今までその生存を隠していたのか、それも他ならぬ娘にも。もちろん、ガイロス皇帝の陰謀による隠蔽の可能性もあるが、隠す意味は何なのか。むしろ父と娘の双方を手中に収めていることを示した方が、よりゼネバス兵への忠誠を誓わせることが出来ただろう。まるで切り捨てるようにキシワムビタ城の護衛部隊を引き上げさせたことの方が謎なのだ。

 

「大丈夫でしたか」

 ぼろぼろのガンブラスターのコクピットから、シュウが這い出した。

「酷くやられました。生きているのが不思議なくらいです」

 黄金砲の殆どの砲身がへし折られ、超電磁シールド発生用のコーンも黒く焼き切れている。脚部関節も悲鳴を上げていた。

「キシワムビタ……『戦いを好む場所』。まさにその通りになりました」

「いったい何のこと」

 キャロラインがコクピット越しに問いかけた。

「古い言語です。あの城の名前の意味です」

 見渡せば、敵のダークホーンの他に、カノンフォートやレイノス、そしてシールドライガーなどの残骸が累々と散らばっていた。そして、この戦いが一層激しさを増すであろうことを、彼女なりに予測していた。

 空に流星が奔る。

 エレナは、戦争以上に悲劇的な事件が起こるのではないかという不穏な予感が横切った。

 そしてこの大陸の何処かで、あの流星の下にいる父を想っていた。

「お父さま」

 娘の声は流星の輝きにも似て儚く、父に届くことはなかった。

 

 

              (2051—2052)

 

                 了


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