『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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7(2052年)

 ダークホーンの突進は泥のように遅く思えた。

 漸く共和国軍の包囲網を突破し、掻き集められるだけの兵力を携え、キシワムビタ城へと進撃できた。シュテルマーの機体と合わせた五機のダークホーンが、デビルメイズの渓谷を疾駆していく。暗黒大陸で小隊を編成し、共に戦ってきた部下達だ。

 シールドライガー、アロザウラー、ディバイソン。途中、何機もの共和国軍ゾイドを蹴散らした。疾風迅雷の如く疾駆するシュテルマーのダークホーン部隊を遮るものは皆無だ。軍人は常に冷静でなければならないことを知っていても、彼には堪えることなどできなかった。

 

 ガイロス帝国は、エレナ・ムーロアを本当に必要としているのか。

 ゼネバス兵を動員する以上、必要な象徴であるはずだが、今回は見捨てたように援軍を渋った。何か別の理由が存在しているのかもしれない。

 それでも、彼の私的な感情とは無関係なことだ。

 自分はエレナを守りたい。それ以外、自分がこの世に必要とされる理由がないのだから。

 彼女の死は、自分自身の存在価値の消失とも繋がっている。だから絶対に彼女を救わなければならない。彼は沸き上がる焦燥感を抑え付けるのが精一杯であった。

 遠く航空標識灯が見える。キシワムビタ城の標だ。

 周囲には数機の共和国軍ゾイドがある。

 先遣隊だろう、一機だけあの黄金砲がいる。あとはカノンフォートが数機。

「エレナ姫は自分が守る」

 シュテルマーは秘めた想いを呟いていた。

 

                   ※

 

「ヘリック大統領はエレナ姫を受け入れる準備を整えています。大統領は純粋に弟ゼネバスの娘を守りたいと思っているのです。この古城は僕の趣味ですが、姫様には似合いません。身の安全と自由は僕が責任をもって保障します。頼りなく見えると思いますが、僕の父はあなたの伯父ヘリック大統領とも懇意にしていました。兄の名付け親も大統領ですから、僕もそれなりに信用があります。

 東のエントランス湾に共和国の橋頭堡が確保されています。お願いです、一緒に共和国へ脱出しましょう」

 少年科学者の真剣な表情は、偽りを言っているようには思えなかった。

 エレナは速断を迫られた。

 やっと訪れた脱出の機会だ、どの様な形でも利用したい。仮に王女の身分を隠してしまえば、暖かな日差しに包まれたデルポイでの生活が待っている。でもシュテルマー、あなたはこの大陸にいる。私のためにここで戦っている。

 脳裏に無数のゼネバス兵の死体が重なった。死体の山の頂で、声を殺して笑っている男がいた。ここにいたら、もっともっと犠牲者が増えてしまう。やがてシュテルマーまでも。

「伯父に会いに行きます」

 エレナの決意は固まった。シュウが微笑む。

「ご案内します。僕のゾイド、カノンフォートへ」

 

 ラッタルにスカートの裾が絡んで登りにくい。ブーツのヒールも装甲板の隙間に挟まり足をとられる。身軽な格闘服に着替えていたキャロルが羨ましく思える。

 滑り込んだ機内は、閉塞感を少しでも和らげるために青白色の塗装が施されていた。コンソールに浮かび上がる緑の光に照らされて暗い印象はなかった。

 ガンナーシートを挟み込んで砲身の底が突き出しているが、細身の女性二人であれば充分な広さの空間であった。

〝カノンフォート、発進します〟

 二人が付けたノイズキャンセルヘッドホンを通じてコクピットからの通信が送られてきた。キャロラインは咽頭マイクを装着すると、すかさず砲塔のコンソール系を確認していく。

「念のため聞いておくけれど、マニュアルでの砲撃は可能なのね」

〝可能です。でも、味方を撃たないでくださいね〟

「馬鹿な事を言わないで。これから保護を求める相手を攻撃するわけないでしょ」

 エレナは彼女がゾイドを操作するのを初めて見た。備え付けられたスイッチを次々と操作する姿はとても初めてには思えない。

「キャロルはいつゾイドの操縦を」

「詳しいことは後程ご説明します。以前ミンクスにおりました」

 キャロラインの操作に合わせて、カノンフォートの砲塔が180度旋回する。遠心力で二人の身体がシート右側に吸い寄せられた。

〝ミンクス〟。何処かで聞いた名だ。確か女性のみで編成された部隊だと思う。永くキャロラインは学友として選ばれた臣下の娘と聞かされてきたが、それが娘を最後に守る為の父の配慮であったことに、エレナは初めて気が付いたのだった。

「試射させてもらう。操縦席、反動に注意しろ」

 キャロラインの口調が変わっていた。照準らしきモニターに、二つの小さな十字が点滅する。

〝そんな無茶な。闇雲に撃たれては困ります〟

「脚部スタビライザー確認、ゾイドコアへのリンク正常。姫様、ヘッドホンを押さえてください」

 シュウからの通信を無視して、彼女は操作を続ける。

 シート両脇の銃底の移動により、重撃砲が仰角を付けていくことがわかる。気忙しく叩いていたコンソールの手を止めて、キャロラインは発声した。

「斉射一撃。目標、後方の断崖」

〝ちょ、ちょっと待ってください。目標、後方の断崖? 距離……75? 斉射……〟

 砲塔ごと巨大なハンマーで叩かれたような轟音が鳴り響いた。ノイズキャンセラーとは名ばかりだ。コンソールの中に備え付けられたモニターが、砲弾の着弾方向を追っていく。キシワムビタ城の真下、ゴッドクライと呼ばれた城門状の断崖の一部に命中し、平坦な海岸部分に岩石の破片が落下して、追撃する暗黒軍の進路を防ぐ形となった。

〝あのお城を壊さないでくださいよ〟

 コクピットからシュウの泣きそうな声が送られてきた。

「あなたそれでも共和国の軍人なの」

〝だから僕は科学者です〟

 相変わらずが噛み合わない会話をしているが、エレナには食い違う二人に妙な一体感を感じた。何なのだろう、この二人は、と。

「ダークホーン部隊との距離は」

〝えーと、小隊長さん、敵との距離はどれくらいですか……後方2㎞より猛進中、信じられないスピード、間もなく敵の射程に入る、だそうです〟

「応戦するわよ」

 再び砲塔が旋回した。

〝本隊と合流します。そこでガンブラスターに乗り換えるので、お姉さまはこのままカノンフォートで脱出してください〟

「誰がお姉さまよ。それより大丈夫なの、私たち帝国の人間にゾイドを預けるなんて」

〝僕のゾイドだし、僕は軍人じゃないので。それにあなたたちは大丈夫だと思います。

 大統領の姪御さんだし、人質の救出も頼まれていたから丁度いいでしょう。

 ただし、少しの間は身分を隠しておいてくださいね。味方の中にもまだゼネバス帝国を恨んでいる兵士はいますから。とりあえず、ガイロス帝国の政治犯の娘とそのボディーガードとでもしていてください〟

 突進するカノンフォートは最大速度で駆け抜けていく。突然、頭上を幾筋かの銃弾が突き抜けていった。ハイブリットバルカンだ。

〝現在ジャミングテイルを作動させているので、敵の全天候3Dレーダーは充分に索敵できないはずです。ただ、無駄弾を撃つと逆に位置を探られるので注意してください〟

「あんたもよくしゃべるわね」

 キャロルもね、とエレナは心の中で呟いていた。

 

 砲塔のモニターに、共和国の調査部隊本隊らしきゾイド群が見えてきた。シュウのカノンフォートが到着すると、空かさず頭部コクピットにタラップが横付けされる。コクピットから這い出したシュウを、上官らしき軍人が眉を顰めて見上げていた。苛立ちを隠さず怒号を投げつける。

「遅いぞシュウ。直接戦闘に突入する。参戦するのか」

「ガンブラスターを起動させます。お姉さま、姫様をお願いします」

「その呼び方を止めなさい」

「はい、お姉さま」

 言うが早いか、シュウは眼下の無数の砲身が黄金色に輝くゾイドのコクピットに滑り込んでいた。漆黒の暗黒軍の機体と対照的なゾイドであった。

 カノンフォートのキャノピーは解放されたままで、空かさずキャロラインが砲塔のハッチを開き操縦席に向かう。

「姫様は砲塔にいてください。頭部よりも装甲が厚いはず、それに少しでも共和国の兵に接触しないで済みます」

「私たちはどうするの」

「これで逃げられるだけ逃げます。共和国の伯父上様にお会いすることが第一です」

 格闘服姿のキャロラインが飛び乗る。状況の飲み込めないチャンス少佐は、有らん限りの罵声を無線に乗せて浴びせかけた。彼女はそれをも無視して、一直線にダークホーンの迫る方向とは逆にカノンフォートを走らせた。彼女にとっては、エレナを護ることだけが全てであった。

 


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