『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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61(2111年)

 海から吹き渡ってくる風が、彼女を温かく包み込む。

 遥かに望む山並みから滔々と流れ出た雪解け水は、新緑の大地を潤わせ、新たな生命の息吹きを次々と産み出している。

 小川のせせらぎを聞きながら、彼女は小さく呟いた。

「春が、来たのね」

 

 無邪気な嬌声が聞こえる。山間の村落に戯れる子ども達が、一斉に彼女の周りを取り囲む。

「ばあちゃん、おはよう」

「おはようございます、みんな」

 思い思いの服装と、様々な年齢や種族の何人もの少年少女が、彼女の背後の建物に入って行く。所々に粗い丸太の木目と節がのこる木造の学び舎に、賑やかな子どもたちの歓声が満ちていた。

 都市部を遠く離れ、時折訪れる航空便以外に交通手段を持たないこの村では、彼女は貴重な知識の担い手であった。

 東方大陸は、嘗て地球からの移民船が不時着した後、一部の住民が第一次中央大陸戦争の混乱を避け入植していた。そこで独自の文化形態を育み、独自のゾイドを飼育して長く暮らしていたが、大陸間の交流が深まり、特にその10年前より始まった中央大陸との交易は、この東の大地に様々な恩恵をもたらしていた。

 幸いなことに、東の大陸には戦禍が及ぶことは無く、戦争によって研鑚された優れた科学技術が数多く伝わり、急激な近代化を成し遂げていた。それに対し、その技術を学ぶにあたり、異なった言語を含め中央大陸に関する知識を有する者はこの地には稀だった。

 その頃、村の山間にひっそりと暮らし始めた夫婦らしき二人の住人があった。

 何処からともなく現れたその二人は、巨大な赤いゾイドを使い、村人たちに許可を得た上で山間の荒野を開墾し、ほぼ自炊での生活を営んでいた。

 その大きな赤いゾイドが中央大陸由来の機体であることは確かで、村人たちは二人が中央大陸からの移民であろうと噂した。しかし、戦乱を知らず、足る事を知る村人にとって、二人の存在は興味を抱かせる対象ではなかった。

 転機は、村で起こった事故からだった。

 村はずれの一本の大木に、戯れに登っていた少年が足を滑らせ大けがをする。

 全身を強く打ち、腕の骨も折れ、頭部から夥しい出血の為、村では救済の見込みは無いと諦めかけていた。

 丁度その時、食料の調達に訪れていた二人のうち、老いた女性の方が瞬時に的確な応急措置を施し、少年の一命を取り止める。

 忽ちの内その噂は小さな村を駆け巡り、治療を求めて山間の小屋に村人たちが訪れた。

 女性は快く応じた。語学力に長けた彼女は、東方大陸の言語も自在に会話したが、もう一人の男性の方は、無愛想なまま小屋の外で作業に勤しむだけであった。

 いつしか二人が中央大陸に関わる豊富な知識を持つことも伝わり、学びを求めて最初は青年達が、そして次に子どもたちが、徐々に集まるようになっていた。

 老いたとはいえ気品ある女性は美しく、人々から慕われていた。

 

 子どもは無邪気であるが故に、時に残酷な場合もある。

「ねえ、なんであのじいちゃんは右腕と左腕の長さが違うの?」

 遠くで黙々と巻き割りの作業に勤しむ老いた男性を指さし、少年が尋ねた。

「ここにいる子どもの中で、同じ顔をした人はいるかな」

 彼女は静かに微笑んで、少年の問い掛けに問い掛けを以て応えた。

「2人いるよ。だって双子だもん」

「でも、他にはいないよね」

 少年は頷く。

「人はみんな違うもの。大人になると、もっと違ってくるもの。違うから嬉しい、違うから楽しいのです。例えば、あなたはどのゾイドが好きですか」

「エナジーライガー!」

 即答する少年。しかし、東方大陸では目にしたことは無いはずだ。齎された断片的な情報から知った、それは憧れの存在なのだ。

「凄いゾイドみたいですよね。でも、この世界全てが、みんな同じゾイドしかいなくなったら、どう?」

「つまらない。他にも好きなゾイドはいろいろあるから」

「それと一緒。あのひと……あのじいちゃんも、いろいろあったのよ。だからいろいろ。ここにもいろいろな子がいるでしょ。歩けなかったり、話せなかったり、見えなかったり。それでいいの。だからみんな違って楽しいの。

 さあ、今日は何のお話をしましょうか……」

 彼女と手を繋ぎ、少年は一緒に小屋に入って行った。

 

「手紙は見ましたか」

 微笑む彼女とは対照的に、彼は無言のままだった。

「写真が入っていて……ほら、懐かしいでしょ。みんな元気だったのね」

 同封されていた写真を取り出し、彼の前に示した。

「覚えていますか、このゾイドの名前」

 彼は銀色の左腕で写真を手に取る。

「……珍しいな、カノンフォートにオルディオス、それに青いレイノスか」

「あの日私が操縦しようとして海に落ちかけた時、あなたがダークホーンで引き上げてくれた」

「あの時の機体か。よくこの時代まで保存されていたものだな」

「どうやら惚けてはいないようですね」

 彼女の戯れに、彼は不服そうに顔を背けながらも、目を細めて写真を見つめている。同封されていた手紙は、お世辞にも達筆とは言えない文字で、近況を伝える便りが記されていた。

 

                   ***

 

 あれからガイロスと交渉して、漸く探し出すことができた。重撃砲は欠損していたけれど、奇跡的にコアは無事でした。大異変の衝撃で休眠状態になっていたのが幸いだったようだ。細君はとても喜んで早速乗り回しているよ。

 オルディオスもやっとレストアが完了した。パーツ捜しには苦労したんだ。

 

 それと、見てくれ!

 長年交渉してきて、往年の〝暴れ馬(クレイジーホース)〟から譲り受けることに成功したよ。君たちから聞いていた、あの時のレイノスだ。暗黒大陸から共に帰還したゾイドだから、彼もなかなか手放してくれなかったけれど、僕の努力の甲斐あって漸く手に入れたんだ。

 でも、細君にまた怒られた。“いくら息子たちが巣立った後とはいえ、ゾイドを幾つ買い揃えば気が済むの!”と。その日のコーヒーは熱湯だったよ。

 なぜ女性は判ってくれない。自分でもカノンフォートを乗り回しているのに。

 君のからも細君に言ってくれないか。真剣にお願いしたい気分だ。

(※注:ここの部分が線で消されている)

 

 君が去ってからもう10年たつのだね。

 あれから世界は随分変わったよ、若き皇帝陛下も含めてね。

 因習に拘り続けた連中も、漸く気付いたようだ。

 君の描こうとしていた世界がどのようなものかは、僕にも想像できないけれど、少なくともこの星の人々は互いに歩み寄ろうとする気持ちが生まれている。

 思えば随分時間がかかったものだ。それでも人間は着実に成長してきた。

 絶望なんてものは、詭弁に過ぎない。世界没落体験(ホロトローピックブリージング)という奴で、平和な時期にはまたぞろ妙な噂がたつものだ。所詮、不幸は論理ではなく感情であって、その感情に対して論理的な解答を求める事なんかできない。僕はそんな輩に対しては断固対決していく心算だよ。

 

 君たちも、遠い東の地で静かに暮らしているのだろう。戻って来いとは言わない。以前の手紙に記されていたように、君にとっての故郷は、もうこの惑星自体なのだからね。

 

 彼の墓碑は、君の息子がしっかりと管理している。相変わらず君への不満は溢しているけど、理解もしているようだ。君の息子だ、心配はないだろう。

 

 細君からも宜しくとのこと。機会があれば、そこに一度行ってみたいね。ウルトラザウルスにレイノスを載せて。

 

 二人の幸せを祈っている。

 それでは。

 

 追伸

 カノンフォートを探しにニクスに行くため、ニカイドス島を経由して渡ったのだが、立ち寄った漁村で面白い話を聞いた。

 なんでもその漁村には、昔ゼネバス皇帝をニカイドス島まで運んだタクチェルさんという老人がいて、“皇帝陛下様をお助けしたのはこの儂じゃ!”と言い張っているそうだ。

 今でも中古のダークネシオスで、息子と一緒に漁をしているそうだが、村では本気で信じている人は少ないとのことだ。

 彼の話は本当だろうか、興味が湧かないかい?

 

                   ***

 

 幾分は愚痴に近くなっていたが、写真の中で3機のゾイドの前で微笑む二人の姿は、幸せそのものであった。

 

「大陸は、平和になったのでしょうか」

 彼はやはり無言であった。

 だがそれは、寡黙な彼の肯定の意味での沈黙であると知っていた。

 

 子ども達の声が一層騒がしくなる。彼女にとっての務めの時間だった。

 彼女は立ち上がり、窓を開けた。

 春風が花の香りを運び、小鳥が囀っている。

 

「お父さま、私はここにいます。ここで生きていきます」

 

 見上げる先には、どこまでも続く青空が広がっていた。

 






               結(2034年~2111年)



 ヘリック共和国大統領、ルイーズ・エレナ・キャムフォードの消息は、依然途絶えたままである。
 彼女のその後については諸説あり、未だ以て判然としない。

 最も可能性が高いのは、脱出後の戦禍に巻き込まれ、そこで命を落としたという説だ。戦乱の最中であり、遺体が見つからないのも止むを得ないことだろう。

 悲劇の女性大統領として最期を悼む人々の思いが、彼女の生存を願って様々な物語を描かせてきた。結果として、創造の世界に描かれた数多くの物語の中、仮にどれかが真実であっても、それを知る事はもはやできなくなってしまっている。

 見方を変えれば、それを悲劇とは言えないだろう。
 静かに余生を過ごすことを望んだとすれば、彼女の人生の最期の瞬間まで描くことはあまりに無粋である。

 帝国の皇女として生まれ、人質同然の少女時代を過ごし、やがて共和国の大統領に就いた、波乱に満ちたゼネバスの娘の生涯は、こうしてひっそりと歴史の中に埋もれていった。



           『ゼネバスの娘――リフレイン――』(終)

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