『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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6(2052年)

「前方500mに、敵の拠点らしき建造物を確認。周囲に戦闘ゾイドは確認できず」

「古城のようですね。あの灯りはなんでしょう」

「航空標識の類だろう。戦闘とは直接関係のない遺跡かも知れない。研究者としての御意見を伺いたいところですな」

「僕も暗黒大陸に渡るのは初めてです。中央大陸部族紛争時代の資料だって、信頼に足るものは残っていないのですから。敵の罠や、何処かに隠れて攻撃の機会を狙っている、なんてことはないですよね」

「おやおや、アイザック将軍の御子息にしては気弱な発言ですね。勇敢に戦死された父上殿や兄上殿も、さぞやお嘆きの事でしょう」

 悪意を込めた皮肉を投げつける士官にも、彼は全く動じないどころか微笑みさえ浮かべている。

「父と兄は偉大でした。僕は臆病者で、戦うのが嫌いです。だからこうしてチャンスさんに一緒に来てもらっているのですから。どうですか、あのお城。できれば調べたいのですが」

 肩透かしを食らって言葉を失った士官は、決まり悪そうに手にした双眼鏡を覗きこんだ。緩やかな丘陵の頂から、古城の全貌が見渡せる。カノンフォートが7機、ガンブラスターが1機、そして遠方には、周囲を索敵する為のシールドライガーMk-2がデビルメイズの断崖の間を遊弋している。彼らは軍の本隊とは独立した、大統領直属の暗黒大陸調査部隊であった。

 戦闘ゾイドの指揮官はチャンス少佐だが、調査にあたっては可能な限り科学者であるシュウの意見を取り入れよと命じられていた。よって勇猛果敢なアイザック将軍の下で戦ったチャンスにしてみれば、あまりに無警戒で調査に没頭するシュウに対し、皮肉の一つも溢したくなったのだ。

「カノンフォート小隊を先行させます。シュウ博士は安全を確認してから入ってください」

「いや、一緒に行きますよ。みなさんばかり危険に晒すのは申し訳ありませんから」

 言うが早いか、彼は愛機カノンフォートに乗り込むと、斥候部隊の3機とともに、前方で沈黙を保つ古城に向けて進んで行ってしまった。

 後方で呆れるように青いゾイドを見つめ、チャンス・グレゴール・オストロム少佐は呟いていた。

「臆病にして大胆。若干15歳での博士号取得。我々軍人には予想もつかない御仁です、あなたの御子息は」

 シュウと呼ばれた少年は、中央大陸沿岸地域での活発な地殻変動の原因を究明する為、ヘリックⅡ世大統領に志願し共和国第二次上陸部隊に随伴し暗黒大陸に渡ってきた地球物理学者で、ブラッドロック戦役で名を馳せた名将アイザックの次男である。戦争を避けて軍務につかず、研究員の道を歩んできたが、研究に対する執着は父や兄にも勝るほどで、今までにも活火山の火口や巨大なクレバスの底、圧壊寸前のアクアドンでの海溝調査、地質調査に夢中になりメタロゲージでライオンタイプの野生ゾイドに追い回されたという逸話などの数々の冒険譚を有する人物だった。驚愕すべきは、それらの危機をこの若い科学者が全て切り抜けてきたということである。彼がどの様にして危機を脱して来たかは、残念ながら多くを語ることは無かった。科学・宗教・歴史、凡そ知識と名の付くものであれば、全てに貪欲に挑んで来た彼にとって、目の前に現れた魅力的な古城に挑むのを押しとどめることなど出来はしなかったのだ。

「こちらシュウ機、周囲異常ありませんか」

 並走するカノンフォート小隊に連絡を送る。標識灯は無機質に点滅し、内部からの抵抗を予想することはできない。頭一つシュウのカノンフォートが前に出た。

 城壁の中央に固く閉ざされた古めかしい城門が付いている。潮風に晒され、朽ち果てる寸前の門額に古代ゾイド文字が刻まれていた。画像解像度を上げモニターに映し出す。

「キシワムビタ……」

 辛うじて判読できた城の名を声に出すと、シュウは深く頷いた。そして改めて城門を見つめた。

「開けてくれ。と言って、開けてくれるはずもないか」

 シュウはコクピットを離れ、するするとカノンフォートの背中に装備された二門の重撃砲の砲身に飛び乗ると、城壁の上に機体を摺り寄せた。足場を確認したカノンフォートは、砲塔を直角に曲げ、最大仰角をつけた砲身に跨るシュウを城壁の上に放りあげた。かなり強引な方法だが、彼の身体は僅かな放物線を描き比較的緩やかに――つまりそれなりに――城壁の床面にぶつかって、城内への侵入を成功させた。

〝シュウ博士、御無事ですか〟

 ヘッドインカムから、他のカノンフォート小隊機の操縦者の声が聞こえる。兵士にしてもまさか砲塔を振り回して中に入ることなど予想していなかった。

「あんまり大丈夫ではないかな。手袋の片方を無くしたよ。あれ、気に入っていたんだけどね」

 城壁の内側の壁面に階段が設置されている。シュウは周囲を警戒しつつも、城内の敷地へと降りていった。

 人の住んでいる気配はあるが、警報装置を含め、侵入した彼の進路を防ぐ物は何もない。拍子抜けしたまま城の内部を見渡す。石積み様式がデルポイのものと著しく異なっていた。石材も中央大陸で産出されるものとは違っている。航空標識灯は無理やり設置させられているのが見て取れ、接続部分の石積みが醜く歪んでいた。

「もったいないな、こんなに貴重な建造物なのに」

 標識灯を見上げながら、彼は視線を正面に落とした。

 ふと、目の前に人影が見えた。瞬時に側面に跳び退き、シュウの背後から迫ってくる。気配を感じ仰け反って身を低くすると、インカムを吹き飛ばして頭上の空気を細い脚が薙ぎ払って行った。シュウはそのまま地面に倒れ込むと、前転をして身体を起こす。ブラウンの髪の毛を束ねた若い女性が、彼を睨みつけていた。

「ちょっと、待ってください。別に怪しい者では……」

 そこまで言って、彼は言葉を切った。

「……ありますね。でも、戦う意思はありません。信用できないのであれば、ほら、ご覧ください。両手をあげますよ、武器もありません。応援を呼ぶ無線機も、今の蹴りで吹き飛ばされました」

 シュウは無抵抗の姿勢を彼女の前に晒した。緊張感のない言葉に、殺気も薄らいで行く。

「僕はシュウと言います。中央大陸の地殻変動を研究する為、上陸部隊と一緒に来ました。ゾイドに乗っているけれど、軍人ではありません。まずは話し合いませんか」

 身構えた女性が、シュウに近寄ってきた。胸元、腰、足など、武器を隠し持っていそうな箇所を確認する。

「申し訳ありませんが、インカムを拾ってもいいですか。通信が途切れると、外の部隊が攻撃を開始するかも知れないので」

「信用できるわけないでしょ!」

「信用してください。僕はこの城が壊されるのを見たくありませんから」

 不思議な少年だとキャロラインは感じていた。彼女のローリングソバットを擦り抜ける程の反射神経を持ちながら、全く殺気がない。その間にも、彼はすたすたと落ちているインカムの元に歩いていくと、何事も無かったように通信を開始した。

「小隊長さんですか。シュウです。中に無事入れたのですが、城門を開けるのに時間が掛かりそうです……。そうなんですよ、錆び付いているようでして……。貴重な文化遺産なので、砲撃で破壊したくないので、もうしばらく待っていてください……。中には誰もいません、退却した後みたいです。なんなら先に戻ってもいいですよ。その時はチャンス少佐によろしく……。そうはいかないですか、じゃあ、まあ、とにかく待っていてくださいね」

 緊張感のない会話のあと、彼は再び両手をあげた。「とぼけた奴だ」。キャロラインは呆れると同時に少年の年齢に似合わない豪胆さに驚愕していた。

「ええと、お姉さま、とでもお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「あなたは一体何者なの!」

 油断させて逆襲するのかもしれない。鋭い言葉を発しても、彼の態度は相変わらずである。

「えっ、さっき言いましたよ。共和国地球物理学者のシュウです」

「キャロル、その人、信用しても大丈夫だと思います」

 エレナは一部始終を見ていた。殺意があればここまで無防備な行動はしない。それに彼の姿が、何処か恩師マイケルとも重なっていた。

「地球物理学者といいましたね。共和国の科学者がなぜこんな危険な事をしているのですか」

 エレナの問いかけにも、少年は淀みなく返答する。

「知的探究心の成せる業、とでも申しましょうか。こんな時でもないと、暗黒大陸の研究はできませんからね……。自己紹介はこれくらいでよろしいでしょうか」

 戦場での逼迫感がまるでない余りに自由な人物で、エレナも拍子抜けしていた。

「あの、そろそろ手を降ろしてもいいですか。疲れてきたので」

「わかりました。自由にしてください」

「姫様!」

 キャロラインが振り返ったが、後方の警戒を怠ったことに気付き、直ぐに正面に向き直る。それは彼女の警戒は杞憂に過ぎず、シュウはそのままの場所を動いていない。

「姫様、ですか。もしかしてガイロスのお姫様とか」

「失礼な、エレナ様はゼネバス皇帝陛下の……」

「キャロル」

 キャロラインはシュウのタイミングをずらす会話に(はま)り、思わずエレナの出自を語ってしまっていた。

「エレナ姫、存じ上げております。あなたが、あの玉容と言われた方ですか。失礼しました。大統領から、お話しは聞いております」

 完全にエレナとキャロラインは混乱した。この少年はヘリック大統領とも知り合いだという。彼の言葉から察するに、エレナの伯父ヘリックⅡ世とも面識があるのだろう。一介の兵士でないことは間違いない。エレナは彼が風族の人間であることを示す緑の目を見つめて尋ねた。

「どうやら詳しいお話をする必要がありそうですね」

 丁度その時、シュウのインカムが共和国軍からの短い通信を受信した。彼の表情が硬くなる。

「残念ながらその時間は無いようです。この城に向かって、ダークホーンの一団が接近しています」

 


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