ダークスパイナーのジャミングウェーブの運用法には3種類ある。
① その名の如く強力なジャミングを行い、ゾイドの活動を停止させること。
② ゾイドの破壊衝動のみを増幅し、野良ゾイド同様本能のまま破壊を行わせること。
③ 操縦系統を完全に制御し、味方機同様に操縦すること。
戦闘ゾイドは、鹵獲されても容易に敵に使用されないよう、起動キーや生体認証、若しくは特殊なコードを入力しなければ稼働できなくなっている。だが、ジャミングウェーブは生命体としてのゾイド自体を操るため、後付の鹵獲防止装置など意味を成さなかった。例を挙げれば、共和国軍のライガーゼロは前記③の運用法により鹵獲防止装置が解除されないままにコンバットシステムを起動させられ、システムを完全に書き換えられた。その後イクスパーツに換装され、ネオゼネバス帝国軍兵士によって操縦されることとなる。
孤独な逃避行をするエレナを襲ったシールドライガー、ガンスナイパー、スナイプマスターは、前記②のジャミングウェーブ運用によるものである。生命体としてのゾイド本来の思考を封印し、単純な破壊を行うだけで、そのゾイドの機体が傷つくことも忘却してしまう。イメージとして、覚醒剤を大量に摂取した直後の麻薬中毒患者と考えればいいだろう。ゾイドは生命体としての生存本能さえも封印してしまう。無差別に破壊する機体は敵にパニックを起し、基地施設の破壊や同士討ちを促す効果がある一方で、集団の戦闘行動は不可能となる。
ジャミングウェーブの当初の目的は①の単純に敵の動きを止めることであり、それ以外の運用は副次的なものであった。それでも運用次第では恐るべき能力を発揮する。シュテルマーとエレナを乗せたアイアンコングEの周囲から無数のゾイド群が湧き上がって来ていた。
コングのレーダーに“enemy”を示す数十の光点が浮かぶ。林の向こうから現れたのは、②で運用された半壊したゾイドではなく、③の運用によって整然と隊列を組んだガンスナイパー群と、AC装備のコマンドウルフ部隊であった。コクピットにはやはり人影はないが、軍事パレードの行進の如く、一糸乱れず同一の動きを取っている。“機械仕掛けの”という表現がこの場合適切であるか疑問だが、正確に動きをトレースして接近して来ていた。
「操られている」
コングのコクピットで、二人の呟きが重なる。
エレナも瞬時に状況を判断した。
最初に襲いかかったシールドライガーやガンスナイパーのように、1機のダークスパイナーで異種のゾイドを同時に操作することは出来ない。結果、ジャミングウェーブ運用②となる。だが同一機であれば、オートバランサーなどの自律機能だけをゾイド各個体に任せ、一斉に戦闘行動を行わせることは可能だ。1機のダークスパイナーに一種類のゾイドから編成される部隊を操作させ、戦闘行動をさせる。遠望する先に2機のダークスパイナーがあり、先程キラードームを投げつけたものに加え計3機。恐らく奥の2機が、それぞれガンスナイパー部隊とコマンドウルフ部隊を操っているに違いない。十数機の機体が、一斉に四肢を同時に動かし迫る姿は、嘗て見たことの無い不気味な光景であった。
ウルフのロングレンジキャノンが仰角を付けると同時、ガンスナイパーのミサイルポッドハッチが解放される。発射の閃光と共に、コング目掛けて無数の弾丸が飛来した。
ウルフのキャノンはまだ試射のため、至近弾こそあれ命中弾は皆無であったが、ガンスナイパーのミサイルはホーミングタイプのため十数発がコングの赤い装甲に直撃し破壊した。先ほどとは全く違った攻撃パターンである。間合いをとって攻撃する無人ゾイドに対抗する為、コングはビームランチャーの発射態勢を整える。左腕を地につけ、右腕を銃身に添えた時、周囲が一斉に燃え上がるような着弾が起こった。試射を終えたウルフが、着実に照準を合わせて来たのだ。足場を取られ、軸線をずらされたビームランチャーの光条が虚空に吸い込まれていく。激しい振動によりシュテルマーの身体がエレナに凭れ掛かった。
一瞬、甘い香りが漂う。しかしエレナは、その香りの奥にある異様な匂いに気が付いた。
「あなた、左腕が」
彼の左腕が殆ど動いていない。腱が切断されたかのように、だらりとぶら下がっている。多くの傷病者を診た経験を持つエレナには、その仕種から、彼の左腕が完全に壊死している事を察知したのだ。
「操縦桿も握れないはず、出来ることを命じてください」
「音声認識とサブシステムで代行しています。包囲網を突破するまでの辛抱です」
「もう虚勢を張るのは止めましょう」
弾着音に紛れ、エレナの透き通った声が響く。
「もう、お互い痩せ我慢なんて懲り懲りなんです。
シュテルマー、一緒に戦いましょう。一緒に生き残りましょう」
老兵の鋭い眼光がエレナに向けられた。僅かに眉間に皺を寄せた後、武骨な風貌に似合わない穏やかな笑みが湛えられる。
「姫様は、相変わらず気丈で御座いますね」
「頑固なのは父親譲りですよ、お互いにね」
見つめ合ったのは、一秒の数分の一でしかなかった。それでも二人の心は瞬時に繋がっていた。数十年の時を越え、巡り合った旧知の友は、互いを隔てていた期間など物ともせず、一体となってアイアンコングの操縦を始めていた。
少女時代、エレナは父に付き添われてアイアンコングのコクピットに座ったことがある。戯れにマイケルと共に操縦したこともあった。ガイロス帝国によって複製された機体は、E型故に一部簡素化されていたものの操作法は変わらない。シュテルマーの左腕が届かないコ・パイロットシートの火器管制を一手に引き受け、無人の共和国ゾイドに向け火箭を開いた。
10連発自己誘導ロケット弾ランチャーのハッチを開く。ウルフの足元目掛け、斉射する。
ビームランチャーへの充填完了、3秒間の照射が可能だ。軸線に哀れな操り人形と化したガンスナイパー群が映る。「御免なさい」とエレナは心の中で呟く。
「ファイアー!」
迷いを断ち切る為にエレナが叫ぶ。横殴りの閃光に薙ぎ倒されるガンスナイパー群を眼下に、赤い巨体は大地を揺らして敵の眼前に着地した。間合いを詰められ格闘戦に即応できない生き残りのガンスナイパーをアイアンハンマーナックルが叩き付けた。吹き飛ぶ小型ゾイド群の奥、
コングの動きが不意に重くなった。駆動系に異物が挟まったような感覚だ。
正面のダークスパイナーに気を取られ過ぎていた。後方から接近していたもう1機に、指向性のあるジャミングウェーブを撃ち込まれたのだ。
コングは右腕を伸ばしたまま、凍り付いたように機動を停止する。コンソールにシステムフリーズのメッセージが表示され、火器管制も一斉にダウンする。前のめりに倒れ込むコングの背中に、背鰭の無いダークスパイナーが接近してきた。
その背中にはキラードームが乗っていた。背鰭を失った1機目は、攻撃を重点に置いたキラースパイナーに合体していたのだ。
地表に這いつくばって無防備に背中を晒すコングを前に、キラースパイナーはジャイアントクラブをコングのマニューバスラスターに叩き付けた。バーニアスタビライザーが弾け飛び、TVM地対地2連装戦術ミサイルのランチャー部も毟り取られる。生き残っていたガンスナイパーが、一斉にAZ144㎜スナイパーライフルの発射態勢を取った。照準の中心に、既に焼け焦げて装甲を幾つも失ったコングが横たわる。左の剛腕でコクピットを漸く庇うようにしているが、ガンスナイパーの徹甲弾を受ければ防ぎようもない。
「姫様、潮時の様です。脱出してください」
「まだそんなことを言うの」
シュテルマーは、その武骨さに似合わず言葉に詰まる。隣に座る女性は、確かに共和国を率いていた人物であったことを実感する。
「もういいのです。私の役目はとっくに終わっているのだから。最期くらい、あなたと一緒にいても、亡き夫は許してくれるでしょう」
「いいえ、許されません」
彼は、彼女の凛とした言葉をも遮った。
「あなたは生きねばならぬ方、今あなたを死なせるようなことがあれば、リチャード・キャムフォード殿に顔向けできません」
エレナは自分の夫の名を、彼の口から聞くことに驚くと同時に感動していた。彼は亡き夫を含めた上で、自分を受け入れているのだと。
生き残らなければならない。改めてその気持ちを強くする。そしてそれは、隣に座るひととの人生である。離れていた時間を取り戻すためにも、漸く訪れた自分の時間を生きるためにも。
ジャイアントクラブが間断なく叩き付ける。装甲は崩れ、機体の関節が歪む。徹底的に叩き付けた後、頃合いを見て離れていく。キラースパイナーが退いた後方に、動かない標的目掛けてガンスナイパーのスナイパーライフル発射態勢が整ったのだ。
二人は願った。
力が欲しいと。
それは敵を倒すための力ではなく、互いに生き抜く力だ。
このひとと生きたい。
生き残りたい。
互いを支え合い、人を支え合い、殺戮のために生きた人生を拭い去り、誰かを幸せにするために生きていきたい。
平和な世界を作るため、自分を含めた全ての人々を幸せにするため、ゾイドと人とが平和に生きる、素晴らしい世界を作るため。
シュテルマーは願った。
エレナは強く願った。
二人の手は、いつしかアイアンコングEの操縦桿に重なり、強く握り合っていた。
「姫様と一緒に生きていきたい」
「シュテルマーと一緒に生きていきたい」
「最後まで、一緒です」
「私もです、シュテルマー」
エレナが顔を上げた。
「今だから、素直に言えます。ずっと慕っていました。あなたを愛しています」
コングの機体が、神々しい輝きに包まれた。
輝きが、飛来した徹甲弾を跳ね返し、アイアンコングEは機体ごと光の繭に包まれていった。
E型と称されるアイアンコングは、敢えて通常の改造機と同じ開発コードを与えられ開発されていた次期主力ゾイドの先進技術実証機(Advanced Technological Demonstrator-X, ATD-X)であった。〝E〟が示す意味とは〝Evolute(進化)〟である。
これまでガイロス帝国軍が研究開発してきたゾイドは、あくまで兵器として量産化を考えたものが根底にあったが、このE型コングは「生命体」としてゾイドの進化を目指したものであり、これまでのゾイドとはコンセプトそのものが大きくかけ離れたものとなっていた。
開発の経緯として挙げられるのが、やはりオーガノイドシステムの存在である。古代ゾイド文明の遺跡から解析された謎の技術は、ガイロス帝国軍部やその関係者、並びにゾイド研究者達に、ゾイドとは一体どの様な存在であり、その進化を人の手で進めることは可能であるのか、そして現在この星の盟主として君臨するゾイド星の人類との遺伝子的繋がりはどこにあるのか、という疑問を投げ掛けた。
兵器ではなく生物としてのゾイドを徹底研究するという目的のために、研究は軍部の独占ではなくヴァルハラ科学大学を拠点に帝国政府関係者、民間企業なども一体となって続けられ、実験が連日繰り返された。
テストベットとしては、最も扱いやすく生命力に溢れたゾイドをということで選ばれたのがコング型であり、類人猿型と人との関係性をも突き詰めた結果でもある。外形はアイアンコングを素体にしており、装甲などもそのまま流用しているのでバックパックから肩へ伸びているパイプを除けば一見するとそれほど変わるものではない。また、アイアンコングと同じ外観パーツを使用していたが故に同武装をそのまま装着することもできた。ギュンターが、敢えてE型にPK仕様の武装を装備させたのも、重武装化の目的と同時に、その本質を隠蔽するためでもあった。
E型は、オーガノイドとは違った進化の形態を模索するものとして、ヴァルハラ大学に於いて数機の実証機が完成する。だが結果的に、首都ヴァルハラで起きた爆発により実証機が消失。多くの技術者も巻き添えとなり命を落としていた。このことから研究計画も頓挫したが、ギュンターがシュテルマーに与えた機体はヴァルハラの研究施設から密かに接収され残された、唯一の〝エヴォルトシステム〟を搭載する実証機であったのだ。
装甲が剥ぎ取られ、素体状態に変化したアイアンコングEのフレームが輝く。ゾイドコアを中心に、光が血流の如く体内を駆け巡る。シリンダーやサーボモーターが瞬時に表皮に呑み込まれ、臓器を思わせる微細で有機的な組織へと変化する。無数のケーブルが脊索となって、背部を支える神経節の支柱となる。脊索から光の束が伸び、先端には星状体つまり巨大ニューロンによるシナプスが形成され、瞬時に無数の細胞分裂を繰り返し桑実状の神経節を形成する。ガングリオンと呼ばれる巨体の反応速度を高める体節毎に存在する疑似的な小脳となり、再生されたサーボモーターに覆われる。肩が、胸が、大腿部が次々とケーブルの束に覆われ、隆々とした筋繊維を形成する。透き通った頭部コクピットにエレナとシュテルマーの人影が浮かび上がるが、光はシルクの羽を広げたように全てを温かく包み込み、キャノピーから金色の輝きを放ちつつ全てのフレームの形成を終えた。
本体の周りを旋風の如く舞い続けていた赤い装甲板の破片が、フレームの変化に同調して徐々に形を成していく。一つのパーツが変化するたびに閃光が奔り、母鳥に寄り添う雛鳥の如く次々に素体フレームに装着されていく。戦火に晒されていた
「これは……」
ゾイドの意志より齎されたメッセージ。二人はコンソールのマルチディスプレイに浮かぶ〝Evoluzione〟の文字を読み取った。
旋風を拭い去り、再び大地に降り立った時、アイアンコングEは新たな生命を得たゾイド、『アイアンコング・エヴォルツォーネ』へと生まれ変わっていた。